"言うべき言葉"
クロスボウから立ち上がる煙を見つめる冒険者達。
そのあまりの威力に驚愕の表情を浮かべていた。
思わずヴィオラも転がる眷属を放置してミレイへと質問してしまった。
その彼女の表情も、普段の姿からは想像もつかないほどの驚愕の色で染め上げられており、ここにいる誰もがヴィオラのそんな顔を見たことが無いほど、呆気に取られながら立ちすくんでいた。
そんな彼女は、原因を作り出した者が手に持っているモノを見つめながら質問していくが、とても言葉にし辛そうにたどたどしく口を動かしていった。
「……な、なんだ、それ……」
「あー、えーっと。なんて言うか、んー。……気合?」
首を傾げながら微妙な答えを言葉にしたミレイ。
思わずそんな訳あるかと大声で突っ込んでしまいそうになるが、思いっきりその気持ちを押さえつけ、冷静さを取り戻すように心を静めていくヴィオラ。
だが大凡の事は答えを聞かずとも見当が付いていた。
第二防衛線で女王がホルスを軽々と真っ二つに両断した剣、先程ロットが叩きつけるようにして眷族を凄まじく転がせた輝く盾、そして今回のミレイがクロスボウから放ったと思われる鋼鉄の矢だ。
恐らく同じ技術だろう。いや、そうとしか思えない。そうでなければ尋常じゃない威力の説明など出来ない。尤もミレイの場合は、とても目で追い切れるほどの速度ですら無かった訳だが。これも練度の差だとすると、本気でヤバイ能力という事になる。
だからこそ女王が口止めをしているのだろう。これに関しての見解も恐らくではあるが理解する事が出来たヴィオラであった。彼女だけではないだろう。この場にいる誰もがそれを理解し、冷や汗をかかされていた。ロット以外は。
彼は以前ミレイに直接見せて貰った経緯があった。その凄まじい威力にぽかんと呆けてしまった。それ程の威力だったが、今の一撃は更に訓練を重ねていたと思えるほどの強さだった。
これ程の威力、これ程の技術。
恐らくこれは情報規制がされているのではないだろう。これは情報統制だ。国の存続すら危ぶむ程の高威力の魔法。いや、もはや魔法ですらないのかもしれない。
ロットもミレイも女王でさえも、詠唱をする事が無かった。ホルスの時はそれが聞こえなかっただけかもしれないし、ミレイに関しては準備が終わってから合図を送ったのかもしれない。だが明らかにロットは詠唱をしていなかった。それはつまるところ、詠唱も無く、既存の魔法ですらない全く違う技術の可能性も出て来た。
これを大々的に公開すれば大変な事態になりかねない。だからこそ言えない技術として存在していたのだろう。なら逆に、何故こいつらがそれを知っているか、という疑問にも繋がってしまう。こんな技術を独自で身に着けたという事だろうか。
ヴィオラの疑問は絶える事が無かった。
魔法に関しては、今作戦に関わっている者達のほぼ全員が良く知りえていない物ではある。現在は戦線離脱してしまったリーサなら何か知っているかもしれないが、それを今いない彼女に聞くことは出来ない。
この技術が広まれば、下手をすれば世界に混乱を落としかねない。それ程のものだ。だが同時にこれを使いこなせていれば、眷属など取るに足らない存在になるだろう事も理解出来た。
何ともやるせない気持ちに苛まれる一同は無言になってしまっていた。
そんな中、ヴィオラは話を逸らすようにミレイへと言葉を投げかけていく。
「全く。お前等、強過ぎんだろその力……」
「あはは、ごめんよ。詳しくは言えないんだ」
「大体分かってる。女王に言いたい事が山ほど出来た」
「あー、程々にね?」
「わかってるよ」
そう言いながらミレイはヴィオラにライフポーションを分けていく。
ミレイの持ち合わせはライフポーション七本、スタミナポーション二本、マナポーションに至ってはたったの一本だ。
先程の強力な充填法で攻撃する為に、マナポーションを沢山用意していないのには理由がある。それは充填法での攻撃が強過ぎるからだ。そのあまりの強さ故、絶えられる武器をミレイはまだ所持していない。
その凄まじい威力から予想がついたヴィオラはミレイに尋ねていく。
「で? あと何回使える?」
「クロスボウが新品だから、良くてあと二回だと思う」
「クラウスんとこの武器か?」
「うん。今回の作戦前に現状で一番良い性能の物を借りてるよ。でもこれもまだ試作の武器なんだ。あと二週間もあれば、満足のいくミスリルクロスボウが完成してたらしいんだけど」
「まぁ仕方ねぇわな。それでも十分過ぎる威力だった」
「あはは、加減が難しくてね」
さらっと凄い事を言うミレイに思わず苦笑いをするヴィオラ。
確か先程の一撃は、眷属の左肩から右足を貫いていたように見えた。正確には何かが通ったような気がする、という曖昧な表現しか出来ないほどの速度だったが。地面に付いた穴がミレイの放った物が作り出したのだとすれば、それは途轍もない威力だったと言える。
そして間違いなく眷属への切り札となるだろう。
だがあと二発しかこのクロスボウでは撃てないのだと言う。
それ程の威力なのだから武器が持たないのも仕方が無い。
「そいつはまだ取っておけ。確実に当てれば勝てるだろ」
「あはは、そうだね。それじゃあまずはライポを皆に渡してくるよ」
「そうしてやってくれ。あいつはアタシが相手しとく」
立ち上がっていく眷族だったが、どうやらミレイの攻撃に流石にふらふらとし出している様だ。何が眷属にそうさせているのかは一目瞭然だった。恐らくあの攻撃でなければダメージが通り難いと言う事だ。それはロットの盾での攻撃がそう思わせていた。相手の力を使ったとはいえ、勢い良く盾で殴りつけただけであの威力。
逆にミレイは貫いてしまっているため、眷属へのダメージはそれほど与えていないのではとも思えた。恐らく魔法での強化をする事で威力を増大、いや、もしかしたら強化した魔法そのものがダメージに繋がっているのかもしれないが、それでもかなりのダメージを与えているはずだ。
だとすれば、通常の攻撃では歯が立たないという事になる。つまり幾ら斬っても、突き刺しても、叩き潰しても効果はあまり得られ無いという事だ。
ダメージが無いわけではない。現に奴は既に血塗れなのだから。
強靭な肉体で極端に威力が分散されている、といったところなのだろうか。
「規格外にも程があり過ぎて笑えてくるな」
「だが随分と勝機が見えて来た」
「うむ。俺等はサポートに徹するか」
ヴィオラの言葉にブレンドンとヴァンが答えていく。
そしてラウルが言葉を続いていった。
「この手でぶっ潰せないのは少々癪だが、仕方ないだろうな」
「おかえり、ミレイ」
ロットの言葉に申し訳なさそうにしたミレイは、皆に聞こえるように話をしていった。
「ごめんなさい、みんな。もっとあたしに勇気があれば、こんな事にはなってなかったと思う。本当にごめんなさい」
その言葉を聞いていた一同は目が点になってしまっていた。
それは正直な所、思ってもみない言葉だったからだ。
そんな的外れな言葉を発したミレイに、ヴィオラが皆を代弁して答えていく。
「そいつは違うぞ。お前は一度折れた心を奮い立たせて今この場にいるんだ。折れた精神はそう簡単には戻らねぇ。もしかしたら生涯残る深い傷になる方が多いかもしれないくらいだ。
それをお前はこの短期間で克服し、恐怖に打ち勝った上でこの場に立ってんだ。それに何か言う奴がいればアタシがそれを赦さねぇ。
お前の覚悟も、お前がどれだけ凄い事をしたのかをも知らずに、何かほざく馬鹿野郎がいればアタシがぶっ飛ばしてやる。誰にもお前に文句は言わせねぇよ」
ヴィオラの言葉に目を大きく見開いてしまうミレイに、彼女は言葉を続けていく。そんなミレイの言葉をここにいる者達は聞きたい奴はいないと言葉にしていきながら、話していった。
「そうじゃないだろ? お前の言うべき言葉は」
「……うん。そうだね。ありがとうヴィオラ。みんなただいま! ここからはあたしも一緒に戦うからよろしくね!」
その言葉に一同は笑顔になりながらミレイへ答えていった。
士気は十分戻りつつある。回復薬は心許ないが、勝機が見えて来た今なら何とかなるかもしれない。
眷属が足に力を込める仕草に、一同は思わずため息を付きそうになってしまう。魔物っぽいそれに言っても仕方の無い事ではあるのだが、どうしても言葉が漏れてしまう。
「それしかねぇのかよ、あのボアは」
「俺としては防御し易いので助かりますがね」
ヴィオラの呟きに答えていくロット。
既に突進の直線上まで落ち着いて行動していた。
眷属は突進の直線上に来たロットの手前で自慢の大牙を振り上げようとするが、もはやそんなものはロットに効くはずも無く盾で力を流され、ひっくり返されてしまった。そこへミレイがシュートの合図で強烈な一撃をお見舞いしていく。右太ももから今度は首にかけての致命傷となる傷を狙っている。
凄まじい悲鳴と共に眷属へ突き刺さるミレイの放った鋼鉄の矢は、体内を通り抜け、空へと上がっていった。鋼鉄の矢の速度が速すぎるため良く見えなかったが、それは首の辺りで極端に軌道がずらされたとしか思えなかった。
その事に、ここにいる冒険者の全員がそれを理解してしまい、全身から血の気が引いていった。あまりの事に固まってしまう一同は、追撃する事も出来ずそのまま眷属を起き上がらせてしまう時間を与えてしまった。
はっと気がついたように、急いで距離を取る冒険者達。
突進しようとする眷属を見つめ、その事実に誰もが言葉にする事が出来ずにいる中、ミレイはもうひとつの可能性に気付かされてしまった。
ならばそれを確かめなければならない。確認せず戦うなど危険極まるのだから。
ミレイは全員へ向かって『試してみる』と伝えてから、ブレンドンへと突進している眷属へクロスボウを向け言葉を大きく発していった。
「――シュート!!」
突進していた眷属が速度を急激に弱め、ビタっと地面に停止した。
そしてゆっくりとミレイの方向へと向きを変えていく。
その姿に一同は心底怖気立ってしまった。
あまりの出来事に震えが来そうになるも何とか押し込め、ヴィオラが引き攣ったような声で言葉にしていった。
「身体能力強化魔法と知能持ちとか、何の悪い冗談だよ……」