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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第五章 天を衝く咆哮
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"誰が為に"

 

 戦闘開始から既に三十ミィルが経とうという頃、戦況にはある変化が起きている。討伐組に疲労が色濃く見られて来てしまっていた。


 何度斬ろうが、何度刺そうが、何度叩き付けようが、何度重傷と思われる傷を与えようが、何事も無かったかのように平然と起き上がる。まるで悪夢のようだ。

 眷属の攻撃は単調なため、勝利は目前と思われていたが、全くの誤認だったようだ。既に肩から息をしてしまっている一同は、いよいよ勝敗が怪しく見えてきていた。


 徐々に均衡は崩れていき、眷属からの攻撃を受け出してしまっている。その度に回復をしなければならないほどの高威力の攻撃に翻弄され、残りの魔法薬は少なくなってきていた。言葉に出す事はないが、こりゃいよいよ本気でやべぇなと、ヴィオラはそう思いつつあった。


 いや、ここにいる誰もがそれを思っていた。

 まさかここまで規格外の体力だとは思わなかった。

 正直気持ちが悪くなるほどの異質さに、一同の戦意は下がるばかりだ。


 攻撃は単調でも、こいつは(まご)うことなき化け物だった。

 もう何度目かも分からない咆哮に気圧(けお)されつつある中、それでも喰らい付くように彼等は鋭い攻撃を重ねていった。


 *  *   


 眷属が咆哮するたびに、ミレイの震えは止められなかった。

 身体の奥底から震え上がるような恐怖に、まるで地面に根が生えたようにその場から動けずに居た。


 震えが止まらない。怖い。あんなのに立ち向かうなんて無理だ。あれは魔物なんかじゃない。もっと別の存在だ。あの姿を見た瞬間に思い知らされた。あたしは狩られる側(・・・・・)だ。あれ(・・)が大きな声を上げる度に身体が跳ね上がる。腰は完全に抜けて逃げることすら出来ない。どうして。どうしてみんな、あんなのと戦えるの?


 ミレイはその恐怖心を抑えられず、ただただ震えていた。


 何て情けないんだろうあたしは。皆が必死になって戦っているのに、あたしはこんな所で逃げる事も出来ずに、ただへたり込むことしか出来ないだなんて。


 轟く咆哮に身体がビクリと跳ね上がるミレイ。


 怖い、怖い! あんなのの近くに居たくない。今すぐ遠くに逃げたいのに、怖くてそれすら出来ない。足に力が入らない。どうしよう。……どうしよう。


 ミレイは酷い恐慌状態の最中(さなか)にいた。

 今まで魔物を怖いと思わなかった事は無い。

 だが、これほどの恐怖を持った事も無い。

 この感覚は明らかに異質なものだった。


 ギルド討伐指定危険種と出会ったことは無いが、そんな魔物ですら凌駕するほどの恐怖を感じているだろう事は、心の何処かで理解しているようだった。


 眷属とはそのような存在なのだろう。

 文献にも記されていたように、何も出来ず威圧に飲まれ、そのまま踏み躙られた人たちがたくさんいたと載っていた。恐らくそういった人たちと今のミレイは全く同じなのだろう。何も出来ず、行動すら起こせず、ただ狩られるだけの存在。

 そうやってかつてのアルリオンは半崩壊させられたのだろう。

 ミレイが不甲斐ないわけでも、ましてや情けないなどでは断じてない。


 だが、それでもミレイは思わずにはいられなかった。

 何て情けないんだろうと。何てあたしは弱いんだろうと。


 今すぐ逃げ出したい気持ちと、何とかして奮い立たせたい気持ちが入り乱れ、ミレイの精神は未だかつてないほどに混乱し、正常な判断が出来ずにいた。

 自分が何をしたいのかも、自分がどうしたいのかも、そして自分がどうするべきなのかも分からず、ただひたすらへたり込んだ場所で動けずに震えていた。


 ミレイは傍にいるリーサを見るも、同じような恐怖を受けてしまい、彼女もまた動けずにいるようだ。アルフレートとマリウスはここからは見えない。どうやら眷属との戦いの邪魔にはならない場所まで離れて行ったのかもしれない。


 再び周囲に響く大きな声に、思わずミレイは頭を抱えてしまった。


 ……イリスもこんな気持ちだったのだろうか。怖くて、震えが止まらなくて、頭が真っ白になって、何も考えられなくて、逃げ出したくて。


 ミレイは目を見開いてしまっていた。


 イリスはあんなに頑張ったのに、あたしは今何をしているの? あたしはイリスにあんな仕打ちをしておいて、自分はこんな所に隠れて何をしているの? 怖いから隠れて、逃げて、震えて、怯えて。……それだけなの? それだけしか出来ないの? 何をやってるの、あたしは……。


 目を見開いたまま、あまりの情けなさと悔しさで涙が零れてしまった。


「……本当にダメなお姉ちゃんだね、あたしは」


 下を俯きながらぽつりと、リーサにも聞こえない様な小さな声で呟くミレイ。

 再び眷属の咆哮が、まるで周囲を震わせるかのように響いていくが、その声にミレイが震えることは無かった。


 *  *   


 現状は厳しい。いや、ジリ貧をもう既に超えていると言えるほどに悪い。

 完全に形勢が逆転し、勢いが押し返されてしまった。理由は明白だろう。

 眷族が持つ、この底なしと言えるほど異常なまでの体力の多さだ。


「いよいよ本気でやべぇな。まさかここまでバケモノだったとは」


 肩から息をするヴィオラは、忌々しく眷属を睨みながら言葉にしていく。

 彼女だけではない。既に戦う者全員が体力を奪われ、戦意を徐々に喪失しつつあった。このままでは確実に良くない。だが、対処法が見つからない。

 斬っても斬っても平然とするバケモノにどうすれば勝てるのか、本気で分からなくなっていた。


 既に魔法薬も使い切り、一撃を浴びる事すら致命傷となっている今、出来ることは限られて来ている。眷族を見るともう血塗れの状態だ。


 なのに何故立ち上がれる?

 重傷と思われる傷で何故攻撃に移れる?

 どうして全く倒れる気配すらない?


 意味がわからない。意味が分からなさ過ぎる。

 規格外と言えばたった一言だが、そんなものでは断じてないと言い切れるほど、これ(・・)は異質な存在だ。本当に生物なのか疑わしく思えてくる。


 ミレイは言っていた。『魔物じゃない』と。

 続けて『そんな存在じゃない』とも言っていた。


 その通りのようだ。

 これは魔物と呼ばれている存在ではない。

 もっと別の、何か(・・)だ。


「……全く。とんでもない依頼を引き受けちまったもんだ」


 眷属へと向き、武器を構え直すヴィオラ。

 だがその腕は重く、自前の大剣ですら構えるのが厳しくなりつつあった。


 周りをちらりと見ると、全員武器を地面につけながらやっとの思いで立ち上がっているような状況に見えた。まさかこれだけの熟練者を相手取って、それもこれだけのダメージを与えているにも関わらず、今も尚襲い掛かってくる眷属に、流石に恐怖を抱かずにはいられなくなってきてしまっていた。

 そのあまりの悔しさに歯を食い縛ってしまう。


 そんな彼女に、まるで止めを刺すかのように、眷属が離れた位置から足に力を溜めていく。既に彼女には確実に避けられるだけの体力が怪しくなってきている。

 今にも飛んで来そうな眷属へ舌打ちをしながら、ヴィオラは誰にも聞こえないような小さな声で呟いていく。


「追いかけんのも疲れてんだ。お前から来いよ」


 不適に笑うヴィオラ。

 彼女は避けられないなら、避けずに攻撃すればいいと判断してしまっていた。

 それが意味する所を、彼女のような者が知らない筈がない。


「……刺し違えるなんて、ガラじゃないんだがな」


 彼女の瞳は、達観したかのような澄んだ美しい色をしていた。


「――シュート!!」


 ヴィオラへ突進しようと眷属が足に力を込める寸前、彼女の後方から少女の声が周囲に響き渡っていった。


 その突然の声を確認しないまま、眷族から離れていくヴィオラ。

 他の者達もほぼ同時に眷属から下がっていく。


 直後、凄まじい速度で赤い何かが通り抜けて行った。

 とても目で追い切れるものじゃないほどの恐ろしい速度のそれは、眷属の左肩から右足にかけて一直線に貫き、その先の地面にまでそれは突き刺さっていた。


 いや、地面には何も無かった。

 あるのは小さな黒いもの。

 よく見るとそれは、何かが貫いたような穴だった。


 あまりの衝撃に眷属は地面に倒れ、うめき声を上げていく。

 声のした方向へと視線を向けた一同は、そこにいた一人の少女と、その手に持っていた煙を上げているクロスボウを目にした。


 とてもクロスボウから飛び出たとは思えないほどの強烈な攻撃に一同は唖然とする中、その一人の少女は、はっきりとした口調で言葉にしていった。


「ここでお姉ちゃんが頑張らないと、イリスに合わせる顔がないよ」




『シュート』

冒険者用語のひとつ。

中衛、または後衛から前方に向けて弓矢や投擲、魔法などの遠距離攻撃を行う際、言葉で周囲の仲間に知らせる為の合図。



〔簡易版 冒険者紹介〕

大剣の重戦士ヴィオラ。 熊人種女性。

長槍の剣士ブレンドン。 人種男性。

大槌の重戦士ラウル。  狼人種男性。

戦斧の重戦士ヴァン。  虎人種男性。

盾剣の盾戦士ロット。  人種男性。

長剣の剣士アルフレート。人種男性。

大斧の剣士マリウス。  人種男性。

防御の魔術師リーサ。  人種女性。

短剣の狩人ミレイ。   兎人種女性。

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