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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第五章 天を衝く咆哮
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大森林"最奥"の異変

 

 辺りは荷物が散乱しており、様々な物が捨て置かれていた。

 突発的に訪れた魔物の襲撃により、持ち運ぶことなく棄てられた物に勿体無く思ってしまうが、今はそれを回収する訳にも行かない。

 簡易的に作られた(うまや)に乗ってきた馬を繋ぎ、慌てて退避したため蹴っ飛ばしてしまったであろう転がる酒瓶を横目に見ながら、一同は聖域を進んでいく。

 そして作戦当初に釣り(・・)をしていた場所を通り奥まで歩いていく。たくさんの戦闘の跡を感慨深く見つめる者、神聖な場所を穢してしまったような罪悪感から忌々しく魔物を見る者様々だが、ここまでは魔物の襲来もなく順調に作戦を進めていた。

 いや、眷族はおろか、魔物ですら見つからない現状を良い結果とは、とても思えないのかもしれないが。


 大森林に入り、すぐさまミレイが瞳を閉じ集中していく。


「この辺りには魔物がいないみたいだね。凄く静かだよ」

「なら前進だな」


 ヴィオラの言葉に頷きながら、彼女等は大森林の中腹部へと向かっていく。

 既にこの辺りは以前ミレイが数が多すぎて判別出来ないといった、大量の魔物が集結していた地点である。


 だが、何もいない。風が吹き穏やかな木々が揺れる音しかしない、至って安全と思えるような森になっていた。あれ程の魔物の数を目にしていた彼女等にとって、これは安心する事など出来ず、この静けさがただただ不気味にしか見えなかった。

 まるで今にも魔物が集団で飛び出てきそうな、そんな危険性まで感じてしまうほどに。


 もうじき深部へと辿り着けそうだという頃、ミレイは怪訝そうな顔をしながらパーティーに話していった。


「おかしいよ。何にも音がない」

「どういう事だ? 狩り尽くしたって事か?」


 マリウスが言葉を続けるが、わからないと思うしか出来ない一向。

 これ程までに静けさがある大森林は見たことがない。いや、ありえなかった。

 確かにあれだけ大量の大型種を斃した以上、森の安全性が増すという事は理解出来るのだが、流石にこれはいくらなんでも静か過ぎると言うしかないほどの静寂に包まれていた。

 最深部に出る手前の深部は、木々が鬱蒼と生い茂っており、昼間であっても陽の光が届かないほどの植物で覆われている。この暗く、足元も見難い場所が、この大森林で一番危ない地形とも言われていた。

 ミレイなら問題ないが、急襲する魔物がとても多い場所であり、この場に留まる事そのものが命を落とすことに直結してしまうほどの危険な場所となっていた。いくら経験の豊富な冒険者だからと言って、無闇にこの場所へ留まる事は避けたい一同は、ミレイの確認を済ませると躊躇なく最深部へと向かっていく。


「そろそろベアの縄張りに入りますね」


 しばらく深部を進んだ後、呟くように言葉を発したアルフレートに、リーサが冷静に答えていった。


「そうですね。流石にこの狭い場所でベアと戦うのは危険ですね」

「ミレイ、わかるかい?」


 ロットがミレイに尋ねると、真面目な顔でミレイは返していくが、あまり嬉しいとも言えない状況のようだ。


「ん。やっぱりいないみたいだね。明らかにおかしいよ、こんなの。この静けさが気持ち悪くなって来た」


 まぁ、言っても始まらないわなとヴィオラが話し、更に奥へと進んでいく。


 徐々に視界が開けていき、彼女等は大森林最深部へと到達する。

 冒険者からは『大樹』と呼ばれるとても大きな木が、開けた空間の中央に聳え立っていた。ここは月明かりに照らされると、とても幻想的に見える場所だ。

 尤もここはベアの縄張りなので、余程の強者でなければ見ることが出来ない場所でもあった。話には聞いたことがあるが、訪れた事のないリーサやヴァンにとっては想像することしか出来ないが、それだけでもここはまるで違う世界に迷い込んだように思えるほどの特別な場所だと想像できた。

 今は残念ながら太陽の陽で明るく照らされており、その周囲を見回しても魔物の気配すら感じられない様に思えていた一同だったが、ここへ来て異変に気づかされることとなる。

 その場所まで訪れた一行は、各々調べていきながら言葉にしていく。


「ベアが、斃されてる……」

「なんだこりゃ。共食いか?」


 ラウルの言葉に続くマリウス。

 共食いとはベア種に多く見られる現象で、一定距離を縄張りとしたベアの領域に一歩でも侵入したモノを排除し、それを喰らってしまうという行動の事だ。

 魔物にもそれぞれ領域(テリトリー)と呼ばれている、自身に近づけさせない独自の範囲を持っており、それを踏み越えた存在を襲う習性がある。その範囲は魔物によって様々で、殆どの魔物はその範囲がとても短く、魔物同士でそれを越える事は殆どない。それは例え最弱であるホーンラビットでさえも持っているものであり、それを一度越えてしまうとホーンラビット同士でさえも襲いあってしまう。


 だがベア種に限って言えば、その領域範囲がずば抜けて広くなっており、周囲には魔物が決して近づくことはない絶対領域となっている。

 それ故に凶悪とも呼ばれるベア種自体の個体数が少ない理由とされていた。

 逆に言うのならば、それは凶悪なベア同士が戦い、勝ってしまった強者が残る仕組みとなってしまう。つまりそれは、弱いベアなど存在しない、ということにも繋がってしまう。出会ってしまうと最悪と言われる理由もここにあった。


 そんなベアが無残に斃され、その場に横たえていた。


 だが、それだけではない。その周囲には地面を大きく(えぐ)ったような穴と呼べるほど大きなものがそこにあった。そのあまりの異質な光景に冷や汗を書いてしまう一同。誰もがその抉れている場所を見て、言葉を発せずにいた。

 これは魔物が付けたものに間違いはない。人が出来る限界を超えているからだ。そしてその状況を作り出した原因も、彼等には理解が出来ていた。だが、それを口に出せずにいた。ある程度の冒険者であれば、地面を抉ることが出来る。

 当然、これ程までに強烈なものなど作りようがないが、似たような現象であればここにいるリーサ以外のものなら作り出すことが出来る。


 その事にまるで触れないように周囲を確認していく一同は、大樹の周りをぐるりと見渡していき、その変化にすぐさま気が付いた。大樹を中心として、七匹のベアが横たえていたのだ。それはまるで大樹に捧げる供物のように思え、薄気味悪く感じてしまう。

 そしてその横たわる魔物と同数の抉れ(・・)が地面に描かれていた。最早確定と言わざるを得ないだろう。


「どいつもこいつも倒されてんな」

「これも眷属の仕業だろうか」


 少々引き気味に答えるマリウスにラウルが答えていき、それにヴァンが続く。


「ふむ。取って食った訳でもないようだな」

「ですがこれまでこういった魔物も見かけませんでしたよ?」

領域(テリトリー)に引っかかったのか?」


 確かにアルフレートの言うように、眷族が他の魔物を斃したと思われる痕跡は今まで見つかっていない。続けてラウルが言葉にしたように領域(テリトリー)に引っかかったのであれば斃される事はあるだろう。

 だが、それなら何故、大樹を囲うようにして斃されたようにベアが七匹も横たえているのか。


 理由はひとつ思い当たる。それにリーサが答えていった。


「眷属が魔物を集めた際にベアとだけ敵対した、という事でしょうか」

「ふむ。確かにそれなら辻褄が合うな。だが何故敵対した?」


 魔物を従えたように襲ってきた大量の存在のように、何故ベアだけここで横たわっているのか。恐らくそれは彼等自身にも言えてしまう、ひとつの答えに導く様に繋がってしまうのではないだろうか。

 それが意味する事をロットが顎に手を置いたまま、呟くように口にしていく。


「周辺で一番の強者を斃す事で他の魔物を従えるように動かしたのか。いや、それならこれだけのベアが横たえているのもおかしい。もしかしたらベアだけ従わせられなかったのかもしれない。

 もし仮に、威圧のようなものを眷属が発生させ、それを受けた弱いものを強制的に動かしていたのだとすれば、防衛線で感じた魔物が土塁に落ちるという奇妙な違和感や、ホーンラビットが真っ直ぐ襲って来た理由にも繋がると思う。

 ベアは異質であり、凶悪と言われるほどの強者だ。フィルベルグ周辺で最強とも呼ばれるほどに。ならばその強者には威圧が通じなかった、という説が、あの文献にも通ずる事なんじゃないだろうか」


 ロットの説明を聞いていた一同は納得してしまった。それならば話の辻褄が合う。いや、それ以上の答えがあるとも思えないほどの説得力に聞こえてしまった。

 だが同時に、それは自身にも跳ね返る問答となってしまう事に気が付いたヴィオラがロットに聞きなおしていく。


「なるほど。つまりそいつは、アタシらにも言えるって事だな?」

「そう、なりますね。ヴィオラさん」


 それはつまり、その威圧に耐えられなければ、あの文献に書かれていた事の再現となってしまうという事だ。文字通りの蹂躙劇となる最悪の事態を想像してしまい、黙りこくる者達がいる中、ヴァンが静寂を破っていく。


「もし仮に動けなくなった者が出た場合、最悪の事態も想定して、撤退も視野に入れるべきだろうな」

「アタシがびびっちまう姿は想像出来ないがねー」


 豪快に笑うヴィオラ。何と頼もしく見えるのだろうかと見つめるリーサ。

 威圧を跳ね返すには恐らく、それ以上の気を保てるような意志の強さが必要となるだろう。ここにいる誰もがその精神力の強さをギルドに買われてここにいるが、何千人も被害にあったという存在に、戸惑いを隠せるものではなかった。


 まぁ出たとこ勝負になるが、なるようになるしかねぇなとヴィオラは言う。


「動ける奴だけで倒せりゃ重畳。無理なら撤退。全員飲まれたら(・・・・・)全滅ってとこだろうな」


 幸いこちらには遠くまで状況を把握する事が出来るミレイがいる。

 あり得ないほどの索敵範囲が広い相手となれば、行き成り襲って来る可能性も考えられるが、それでもミレイが気づかないとも思えない。ましてやこれほど地面を抉ってしまうような存在だ。巨体である事も間違いないだろう。

 気になる点と言えば、足跡がベア種以外全く見つからないのが不思議で仕方がないが、これは考えても仕方がないだろう。



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