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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第五章 天を衝く咆哮
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"一緒に居ていいかな"

 

 静かに瞼を開けていくミレイ。

 外はまだ日が出ていないほど早い時間だった。

 どうやらいつもの鍛錬の時間に起きてしまったようだ。


 傍では可愛い寝顔をしたイリスが静かに寝息を立てていた。

 あまりの可愛さに抱きしめたくなってしまうが、起こしてしまうと可哀相なのでぐっと感情を堪えるミレイは、優しく丁寧にイリスの頭を撫でていく。イリスは微笑みながら幸せそうな夢を見ているようだった。


 身体に疲れは見られない。いや、それどころか、とても快適のように思えた。

 これは寝る前に飲んだ自然回復薬の効果ではなく、よく眠れたお蔭だとミレイには把握できた。思考が鮮明になっている。身体に違和感がない。フィルベルグに来てもう2年近くにもなるけど、こんなにぐっすり眠れたのは初めてかもしれない。


 ミレイはすぐ近くで眠る妹を見ながらぽつりと小さな声で呟いていく。


「……そうか。イリスが居てくれたお蔭なんだね」


 優しく頭を撫でるミレイはとても嬉しそうに微笑んでいた。


「……ありがとうね、イリス」


 しばらく撫でていると、ゆっくりとその瞳を開けるイリス。

 目の前に居るミレイを確認すると、すぐに可愛らしい笑顔を見せてくれた。


「おはよう、イリス」

「おはよう、ミレイさん」


 静かに起き上がるイリスは身体を伸ばし、今日も気持ちのいい朝ですねと、カーテンの隙間から漏れる明かりを見てミレイに話していく。そうだねと言いながらミレイも起き上がり、身体の調子をみていく。やはりしっかりと疲れが取れているようだ。


 寝巻きを着替え、一階に降り、歯を磨き、顔を洗う。

 いつもと変わらない日常に、今日は優しい姉が傍にいてくれて、イリスはとても幸せそうに仕度を整えていた。

 ミレイは荷物を纏めて、後は装備を付け直すだけとなっている。


 ダイニングに出るとレスティが朝食の用意をして待っていてくれた。

 とても豪勢な朝食にミレイは、こんなにしっかりと取る朝食は久しぶりだよと、瞳を輝かせながらレスティへお礼を言った。


「うふふ、さぁ、冷めないうちに食べましょう」


 夕べもそうだったが、レスティとイリスの家はとても居心地がいい。とても仲が良い二人だからなのかもしれないが、ミレイにとっては本当に幸せに思える場所だった。


 ゆっくりと味わいながら美味しそうに食べるミレイに、レスティは尋ねていく。


「疲れは取れたかしら、ミレイさん」

「うん。とっても身体が軽いよ。ありがとう二人とも。一人じゃこんなに回復出来なかったよ」

「よかったぁ」

「うふふ、いつでも居てくれていいのよ。何なら二階に空き部屋もあるから、そこに住んでくれても良いわ」


 ぱぁっと明るくなるイリスに、言い難そうにミレイは答えていった。


「いやいや、流石にそこまでは甘えられないよ」

「……そう、ですか」


 物凄く残念そうなイリスに申し訳なく思うミレイであったが、流石にここに住まわせて貰うのは申し訳なさ過ぎる。そう出来たらいいなとは思うし、それはとても幸せな事だ。何せ毎日イリスと会えるのだから。きっと笑顔が絶えない暮らしが出来るだろう。それは今のミレイにとって切望するほど幸せになれる事なのだろう。


 これ以上甘えてはいけない。自分のためにこれ以上尽くして貰うのはとても申し訳ない。そう思ってしまうミレイだった。同時に、こんなに素敵な二人の元へ来てしまったら、本当にもう独りでは居られなくなってしまう気がした。

 それはきっといつか訪れるであろう孤独に耐えられなくなってしまう様な、そんな気さえもしてしまった。


 そんな事を思っていたミレイの元へ、レスティはふと考え付いたように言葉にしていき、それは徐々に勢いを増していった。


「イリスのお姉さんなら、私にとっては孫よね」

「! そうだよ! それだよ、おばあちゃん!」

「うふふ。なら、家族なのだから、遠慮するのは違うわね」

「え……え?」


 目が丸くなってしまうミレイに二人は話を続けていく。


「なら一緒に居るのも当たり前だよね、おばあちゃん。だって家族なんだもん!」

「うふふ、そうね。それが当たり前よね」

「ええ!?」

「遠慮しちゃ駄目だよ、お姉ちゃん」


 はぅっとイリスの言葉が突き刺さる。何という恐ろしい破壊力なのだろうか。

 満面の笑顔で言われると凄まじい威力が出てしまう事を改めて知るミレイだった。これは以前体験した一撃よりもずっと重くなっている。

 言葉が出ないミレイは言い返すことが出来ずにいた。いや、内心では断る事を拒否している。イリスと一緒に居たいと、まるで心が叫んでいるみたいに感じられる強い想いがそこにあった。


 やっぱりだめでしょうかと、しょぼくれるイリスを見てしまったミレイは、流石にもう断る事は出来なかった。


「あたしも二人と一緒に居たい」

「! それじゃあ!」


 一気に明るい表情を見せるイリスに負けてしまったミレイは、迷惑じゃなければと付け加えながら答えていく。


「あたしも一緒に居ていいかな?」

「わぁ!」

「うふふ、それじゃあ決まりね。これから忙しくなるわぁ」


 頬を染めながら嬉しそうにしていたミレイにイリスは抱きつきながら、これからはずっと一緒ですねと素敵な笑顔で答えていった。そしてイリスを抱きしめて頭を優しく撫でながら、うん、よろしくねと嬉しそうにミレイは応えていった。


 食後のお茶をのんびりと楽しんだ後、ミレイは席を立ち二人に告げていく。


「まずは目の前の事を片付けていかないとね」


 ミレイの仕事はまだ残っている。それも重要な役割が。

 替えなど利かない以上はミレイが行かねばならない。


 だが目標が出来た。

 いや、ある意味なくなったとも言えるかもしれない。

 それも目の前に詰まれている仕事を片してからになる。

 身体も気分も、とても調子がいい。さっさと片付けてしまおう。


「一旦荷物は置きに戻るよ。仕事を片付けたらまた相談に乗ってね」


 笑顔で答えてくれる二人に嬉しくなるミレイは、前線へと赴く為に歩いていく。

 店の扉を出てミレイは向き直り、見送りをしてくれる二人へ挨拶をしていった。


「それじゃあ、そろそろ行くね」

「ええ。無理しないでね」

「あはは、ありがと」

「……」


 とても寂しそうにするイリスをミレイは、ぎゅっと強く抱きしめ、優しく微笑みながら言葉にした。


「じゃあ、行って来るね」

「……気をつけて下さいね」

「うん」

「いってらっしゃい」

「いってきます」


 満面の笑みで送ってくれるイリスに釣られて笑顔になるミレイは、イリスへ挨拶をしていった。噴水広場へと歩いていくミレイは一度振り向き、二人に手を振ってまた歩いていき、その姿は見えなくなってしまった。




 *  *   




 第一防衛線へと戻ってきたミレイは、早速ルイーゼに挨拶をしていく。

 すぐさまミレイを見つけた彼女は、笑顔で話しかけていった。


「おはようございます、ミレイさん」

「おはよう、ルイーゼさん」


 現状報告に入るルイーゼ。

 どうやらあれから進展がないようだ。

 ミレイにとってはせっかくの休息を邪魔されずに済んで良かったのだが、それはそれで不安でもある事だった。


「――現在は様子を伺いつつ、作戦に向けての準備を進めている所です」


 現状は変わらずという事はつまり、待機組とミレイがこのまま草原へと進み、大森林の調査をするという事になる。

 当然、危険が分かれば即時撤退し、魔物に備える手筈になっている。歩きでは追いつかれてしまう可能性があるので、今回は馬を使っての移動となる。それも浅い森までしか抜けられないため、聖域で一度馬を繋ぎ、そこから歩いて深い森の調査をする予定となっている。聖域と深い森の間にも浅い森が続いているが、魔物が立ち入る事が出来ない聖域に繋いでおくのが安全と考慮したからだ。

 これは昨日の段階で決められていたことなので、特に変更がないようであればそのまま調査へと向かうことになる。


「来たか。今日もアンタの耳が頼りだ。よろしくな」

「あはは、最善を尽くすよ」


 ヴィオラが先にミレイに挨拶をしていき、各々言葉を発していった。

 最早誰もが認める彼女の聴覚に命を預ける事を不安に思う者は、誰一人としてこの場にいなかった。


 討伐組冒険者八名。

 大剣の重戦士(ウォリア)ヴィオラ、長槍の剣士(フェンサー)ブレンドン、長剣の剣士(フェンサー)アルフレート、大斧の剣士(フェンサー)マリウス、大槌の重戦士(ウォリア)ラウル、防御の魔術師(キャスター)リーサ。

 そして盾戦士(フェンダー)のロットと、戦斧の重戦士(ウォリア)ヴァンに、斥候(スカウト)のミレイを加えた計九名が、今回の作戦に参加する者達である。


 馬は八頭。リーサは馬を操れないためミレイの後ろに乗り、一路聖域まで向かっていく。何かあった時のために、八頭の馬を聖域に用意をしておいてくれるようだ。聖域周辺に斥候(スカウト)達も配備して貰い、万全を期して作戦を進めていった。

 指揮官であるルイーゼは戦力として相当の力は持っているが、この第一防衛線を動く事が出来ない。


 一同は馬を速足で走らせ、聖域へと向かっていった。



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