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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第五章 天を衝く咆哮
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誰も"代わり"には


 第一防衛線。


 既に間近にまでフィルベルグ王国が見えているこの場所は、絶対防衛線と呼べる最後の場所となる。ここから先に撤退する事になれば、城門内まで後退する事となってしまう。

 何としてもここで全ての魔物を斃さねばならない。ここはそういう場所だった。


 ルイーゼが騎士団と冒険者の配置を完了し、全ての準備が整う頃には、草原一帯をオレンジ色の優しい光が包み込んでいた。


 前衛に騎士団二百名、中衛に熟練冒険者二百五十八名、そして後方にルイーゼとエリーザベト含む、眷属討伐隊である待機組冒険者八名とミレイを加えた計十一名が魔物を待ち構えている。


 第三、第二防衛線と同じように土塁と馬防柵を配置してある現在であるなら、例え大量の小型魔物が到来しても対処をする事が出来るだろう。尤も、あれ以上に現れる事そのものは、最早あり得ないと言える異常事態であったが、今まで幾度と無く、そのあり得ない事を体験してきた彼等に、油断など出来よう筈が無かった。


 だが、幾ら待っても魔物が到来する事はなく、時間だけが静かに過ぎていった。


 既に日が傾きつつある現状で出来る事はとても少ない。

 この状況で魔物の確認をするなど危険だと誰もが理解していた。それは最悪の場合魔物を刺激し、再び大群となって押し寄せる可能性に繋がる事になりかねない。その場合、今現在の時刻と予想される最悪の魔物数を想定すると、確実に日が落ちての戦闘となるだろう。


 そうなれば夜間戦闘の経験が少ない騎士団が、重荷になってしまう。

 熟練冒険者であればある程度夜間での戦闘の経験もあるだろうが、それでも大群を相手取る戦いなど出来るという確証もない。夜間強襲してきた魔物を斃す程度の経験しかないのだから、ここは慎重に行動せざるを得ないだろう。


 故に、可能な限り夜間の迎撃は避けるべき、という方向性で作戦内容が決まっていった。


 この日はこのまま待機となり、前線に参加していたシルバーランク冒険者の斥候(スカウト)達に監視を続けて貰い、前線で戦っていた者達は休息を取っていく。当然、如何なる対処にも対応出来る様に気を引き締めなければならないが、度重なる連戦で流石の熟練冒険者達も今回ばかりは酒を飲む事無く、その場にへたり込んでしまっていた。


 ミレイも余程疲れたのであろう。

 酒を飲む事無く休もうとしていた。


 そんなミレイをルイーゼが呼び止め、彼女は振り返り近寄っていく。


「ミレイさんは一時戦線を離脱して頂き、街でしっかりと休養を取って下さい」


 その言葉に驚くミレイは流石にその指示を容認出来ずに、ルイーゼへ言葉を返してしまっていた。


「でも、まだ終わってないよ?」

「現在の戦況は落ち着いています。既に斥候(スカウト)の方に警戒をして頂いておりますので、何かあればこちらに連絡が来る手筈となっております。もうじき夜にもなりますし、こちらから進行する事はありません。ミレイさんはこれまでの疲れを取って下さい。明日になっても現状が続くようであれば、森への調査が必要になるでしょう。そうなればまた貴女のお力をお借りする事になりますので、その時までゆっくりと疲労を回復させて下さい」


 優しい言葉をかけてくれるルイーゼに戸惑うミレイ。どんな理由を付けても、自分だけ街に戻って休むのはと思ってしまうようだ。どうしても躊躇いが消えないミレイの元にやって来た三人の冒険者が、ミレイへと言葉を発していった。


「今日はゆっくり休め。お前頑張り過ぎだ。熱出ちまうぞ?」

「そうですよ、ミレイさん。流石に休むべきです」

「だな。これ以上耳使っても、きっと良くないと俺も思うぞ」


 とても懐かしく思えてしまうミレイのパーティーである三人は、口々に優しい言葉をかけてくれた。その気遣いの言葉に納得したように、ミレイは言葉を短く返していった。


「ん。わかった。休む」

「おう! ゆっくり休んで来い!」


 ニカッと笑うレナードは、二人を連れて休憩場所へと戻っていった。



 連絡役として派遣された女性兵士とミレイは馬車に乗り込み、街へと戻っていった。閉じられた城門まで来ると、大きな門の横にある連絡口を開けて貰い、そこから二人は歩いて街へ入っていく。


 街並みを見たミレイはとても不思議な気持ちにさせられたようだ。その様子を見た連絡役の女性は、不思議そうな顔をしていますねとミレイに質問をし、まるで何年も戦ってたみたいに感じるよと、ミレイは答えていった。


 のんびりと噴水広場まで来ると、兵士はミレイに話していく。


「それでは連絡役としてこちらに兵士が常駐しますので、何かあればこちらまでいらして下さい」

「うん。わかった」

「それでご自宅の方へ戻られるのですか?」

「あー、まずは"森の泉"に行って挨拶したい子が居るんだ」

「わかりました。では、場所を変えられる際はこちらまでご連絡下さい」

「そうだね、そうするよ」


 それではごゆっくりお過ごし下さいと笑顔で女性兵士はミレイに話し、ミレイもありがととお礼を言ってその場を後にしていった。


 道中ちらりと冒険者ギルドが見えたが、流石にお酒を飲む気になれなかったミレイは、"森の泉"へと真っ直ぐ向かっていく。


 さすがにこんな状況下では閉店していると思っていたミレイであったが、どうやら通常営業をしているようだ。カランカランと音を鳴らし、店内へ入っていくミレイ。そんな彼女を見るや否や、満面の笑みでイリスは出迎えてくれた。

 その表情を見ただけでミレイは疲れが消えていくようだった。


「ミレイさん! おかえりなさい!」


 駆け寄ってくれるイリスにぎゅっとしたい所だが、流石に今は出来ない。

 気持ちを抑えながら現状報告を出来る範囲でしていった。当然、魔物に関してはイリスには伝える事は出来ないが。もしそんなことを言ってしまったら、もしかしたらイリスはあまりの事に卒倒してしまうかもしれない。


 ある程度の報告を終えて、明日までゆっくり出来るんだよと優しくミレイは話した。ふとお店が開いている事が気になったミレイは、何とはなしに聞いてみた。


「お店やってたんだねー」

「はい。冒険者さん達は訪れませんが、一般のお客様がいらして下さるのですよ」

「なるほどねー。それでお店開いてたんだね」


 現在はお店にお客もいないらしく、つい色々話し込んでいると夕方の鐘が鳴ってしまった。その後も話し続けていると、しばらくしてレスティが調合部屋から出てきて挨拶をする。気になるだろう現状を軽く報告すると、レスティはミレイに今日の予定を聞いてきた。


「それでミレイさんは、今日の予定はあるのかしら?」

「ううん、特に無いよ。このままご飯食べに行こうと思ってた」


 その言葉に、ぱぁっと表情を明るくしたイリスが、ミレイに提案をしていく。


「それじゃあ、お夕ご飯ご一緒しましょう!」

「うふふ、いいわね。そうしましょうミレイさん」

「いいの?」

「勿論よ。皆で食べましょう」


 快く了承して貰えた二人に涙が出そうになってしまうが、ぐっと堪えるミレイはお礼を言いながら、でも身体も拭きたいし今日は遠慮するよと答えていった。


「それならお家のお風呂でさっぱりして下さい。いいよね、おばあちゃん?」

「ええ、もちろんよ。それがいいわ」


 申し訳なく思うも、どうしてもお風呂という言葉に魅力を感じてしまう。

 お風呂に入るなら専門のお風呂屋さんまで行かねば、一般的には手に入れないほど高価なものだ。流石に疲れた今、お風呂屋さんまで行く気力がなかったミレイは、身体を拭いて食事をしたらすぐに寝ようと思っていた。


 かなりの魅力的な提案にミレイは悩んでしまっているとレスティが、一度着替えとか取りに戻るのなら、いっそ今日はここに泊まったらどうかしらと提案してくれる。流石にそれは申し訳ないよと言ってしまうミレイに、お泊りして貰えるとイリスは手放しで喜んでしまっていた。

 そのあまりの嬉しい表情を見てしまったミレイは、流石に断ることも出来ず、それじゃあよろしくお願いしますとレスティに返していった。


 必要なものを取りに戻ろうとしたミレイは一度噴水広場に戻り、待機していた女性兵士にその事を告げて、以降は朝まで"森の泉"に居ることを伝えていった。


 拠点としている宿舎まで戻ったミレイは、お泊り用に必要なものをバッグに揃え、来た道をまた戻っていく。何が起こるかわからない以上は装備をそのまま持っていく必要がある為、いつでも戻れるように着替え、革鎧を身に付けたまま再びイリス達の元へと向かっていった。


 "森の泉"へと戻ると、イリス達が笑顔で出迎えてくれた。

 ご飯の前にお風呂にどうぞとレスティに言われ、お言葉に甘えてしまうミレイ。


「私もご一緒しても良いですか?」

「うん、一緒に入ろ」


 きゃっきゃと喜ぶイリスはとても年齢相応に見えて、どこか安心してしまうミレイだった。



 *  *   



「わぁ、ミレイさん、お肌真っ白ですね。すごく綺麗」

「元々兎人は肌が白いんだよ」


 その美しい白い肌を羨ましがるイリスに、ミレイは言葉を返していった。


「イリスだって白くてとっても綺麗だよ」

「そうなんでしょうか?」

「うん。きっと誰もがそういうんじゃないかな」


 頭を洗い、背中を流しっこしていた時、ふとイリスはミレイの腰に可愛らしいものを見つけてしまう。


「わぁ、可愛いお尻尾」

「あはは、ありがと。物凄くくすぐったいから触っちゃ駄目だよ?」

「くすぐったいんですか?」

「うん。物凄くくすぐったいんだー」


 ほんの少しぴょこっと揺れる真っ白な尻尾を見ながら、イリスはミレイの背中を流していった。女性とはいえミレイの背中はイリスにとって、とても広く感じられた。冒険者として一流のミレイは程好(ほどよ)く筋肉が乗っており、女性らしい体系はそのままで、それでいて力強そうにイリスには見えた。


 そんな時イリスは、ぽつりと独り言のように言葉を漏らしてしまう。


「……私も、ミレイさんみたいに強くなれるでしょうか」


 本当に小さなその声を拾ったミレイは、優しい声で大切な妹に尋ねていく。


「なりたいもの、決まった?」

「……いえ。まだ色々してみたい事が多くて中々決まらないんです」


 その答えにミレイは少し羨ましく思ってしまう。

 なりたいものというものは、ミレイがイリスの年齢の頃にもたくさんあったが、してみたい事と言うものはほとんど彼女には見つからなかった。冒険者くらいしか思いつかなかったといった方が正しいだろうか。

 ただ自由に。そんな風に生きていけるものが彼女にとっては冒険者だけだった。別段魔物を狩りたいとも思わなかったが、自由という意味ではこれしかミレイには思いつかなかった。


「イリスにはなりたいもの、してみたいことが一杯なんだね」

「決めかねているだけなんですけどね」


 えへへと笑うイリスに微笑んでしまっていた。


「強さにも色んな形があるからね。身体を鍛えるにしても、どんな風になりたいかを先に決めてから動いた方が良いよ。前にも言ったけど、ただ闇雲に強くなろうとすると怪我に繋がっちゃうからねー」


 その様子はまるで自分を重ねているように感じられたイリスは、ミレイに何となく尋ねてしまった。


「もしかして、経験談ですか?」

「あはは、まぁね。あたしは昔それで失敗をして怪我をしたんだよ。だから身体を鍛えるのはまだ止めておいた方が良いんじゃないかなとあたしは思うよ。もう少しのんびり考えて決めても良いんじゃないかな」


 イリスにはまるで無限の可能性があるようにも感じられていたミレイは、それとなく答えていった。


 正直な所、イリスは少々頑張り過ぎる傾向を感じていた。

 ここで身体を鍛えようとすると、限度を知らずに鍛えてしまうことも考えられる。昔の自分のように頑張り過ぎると大きな怪我に繋がるため、出来るだけ体が成長するまで先延ばしにしようとミレイは思ってしまう。

 それにしっかりと鍛えるなら、ちゃんとした人に師事した方が良いに決まっている。ミレイは獣人だから人の限界と言うものを理解し辛い。人種(ひとしゅ)でしっかりと教えて貰える人に訓練してもらった方がいい。


 だがそういった人物に心当たりがないミレイには、先生を紹介してあげることも出来なかった。レナードはある程度地力のある冒険者でなければ訓練する事は出来ないと言うだろう。

 もし身体を鍛えるのならば、イリスのように鍛えたことすらない子を育て上げられる人をまずは見つけないといけない。


 いや、一人だけ心当たりのある人物が居た。

 だがこんな状況下でその話をするわけにもいかない。

 まずは全てが解決してからという事になるだろう。


 まぁそれも、イリスが本気で冒険者になりたいという気持ちにならなければいけないんだけどねと、ミレイは優しく背中を洗ってくれているイリスに嬉しさを含んだ優しい笑みを浮かべていた。


 お風呂から上がり普段着へと着替えたミレイは、本当に久しぶりに思える家族の団欒に気持ちが温かくなりながらも、食後のお茶をまったりと飲んでいた。そんなミレイにイリスはそろそろ寝ましょうかと言ってくれた。お風呂とご飯で少々眠たそうな顔になっていたミレイに気を使ってくれたようだ。


「そういえばベッドはあるのかな?」

「私のベッド使って下さい」

「だめだよそれは。なら、一緒に寝よっか?」

「いいんですか?」

「あはは、もちろんだよー」


 目を輝かせて喜ぶ嬉しそうなイリスを見て、ミレイもレスティも微笑んでしまう。随分と今回の件で心配をかけてしまっていた。そんな所にミレイが訪れ、無事な顔を見せてくれた事で、イリスはとても安心したようだ。

 やっぱり顔を見せてよかったとミレイは思っていた。


 イリスの部屋に入るミレイは早速寝巻きに着替えた。

 先程レスティから貰った自然回復薬・大を飲み、ベッドに入る二人。

 まだ寝るには早い時間ではあるが、ミレイは相当疲れているのだから、お喋りしましょうなどとイリスは言う事もなく、ゆっくりと休んで貰うためにこのまま眠りについていく。


 何だか懐かしいなとイリスが思っていると、ミレイが抱き寄せてくれた。


「流石に大切なひとの代わりにはなれないと思うけど」

「ミレイさんはミレイさんです。誰もミレイさんの代わりにはなれませんよ」


 そう言って微笑むイリスの顔をミレイは見ることが出来なくなってしまう。

 愛おしそうに大切な妹を抱きしめ、優しい言葉を伝えてくれたイリスへありがとうと囁いた。


 イリスの暖かさに包まれていると、直ぐに瞼が重くなっていく。

 思っていた以上に疲労が溜まっていたようだ。


 とろんとする瞼がやがて閉じかけた時、ミレイは思ってしまった。

 この幸せな温もりを知ってしまったら、もう一人で夜を越える事は出来なくなってしまうのではないだろうかと。


 このままずっとイリスの傍に居られれば、どんな事をしていても幸せな気持ちが続くんだろうなと思いながら、ミレイは静かな寝息を立てていった。



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