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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第五章 天を衝く咆哮
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"別の世界"のように

 

 ホルスを一刀両断してしまった女王エリーザベトの叱咤激励により、最前線の士気が恐ろしいほどに上がっていった。騎士団と冒険者達からは雄たけびのようなものが上がり続け、ずばずばと大型種に攻撃を当てていく。

 "鮮血の戦姫(ブラッディプリンセス)"の登場に沸き上がる冒険者は、彼女を新たに"鮮血の女帝(ブラッディエンプレス)"と呼び出していた。士気が上がるのは良い事だが、流石にこれには何も言葉に出来ない待機組は既にどん引き状態だった。


 その前線へ与えた影響を見ながらヴィオラは半目になりつつも、言葉を途切れ途切れに出していく。


「まぁ、なんだ。……危険になれば加勢するって事で、いいのか?」

「え、ええ。それで良いのではないでしょうか」


 思考の止まったリーサはそれに答えていく。

 流石のリーサも、これには考えが追いつかない状況のようだ。


 確かに女王の激励は士気を上げるには効果があったと思う。

 だが、これほどの効果になるとはとても思えなかったリーサには、理解が出来ないようだ。いや、理解に苦しむといった方が良いのだろうか。


 その状況を作り出した人物が、後方にいるこちらへと戻ってきた。

 その歩みはとても優雅で、その瞳は一仕事終えたような満足感を含んでいるようにも見えた。普段であればそのような感情を表に出すことなどしない人物だが、今回は少々気持ちが昂ぶっているようだった。その姿はまるで、今まで溜まりに溜まった鬱憤を吐き出したかのような清々しさに溢れている様にも見える。


 言葉にならない冒険者達に代わりルイーゼが、剣を収めゆっくりと華麗に歩いてくるエリーザベトへ声をかけていった。


「……何を、してるんですか?」


 その声色は今までの優しい彼女とは違い低い声で、口角がひくついていた。表情は笑っているが、瞳の奥は全く笑っていない色をしている彼女に、顔色一つ変えずに答えていくエリーザベト。


「戦況が悪かったので、少々激励を」

「そういう意味ではありません。女王の貴女が最前線で何をしているのか、と聞いています」


 ルイーゼの言葉に表情を変えず、彼女は何かおかしいですかと質問を返していった。彼女にとって今回の事は、特に問題にもならない事だと思っているようだ。しれっとその言葉を発していく女王に苛立ちを覚えつつ、ルイーゼは声を荒げて答えていく。


「おかしいです! おかしすぎます! 貴女はこのフィルベルグ王国の頂点にいるのですよ!? 国民にとっては貴女は(しるべ)となるべき女王です! それが最前線に赴き、(あまつさ)え魔物と戦うなど言語道断です! もしもの事があったらどうするつもりですか!?」


 待機組には想像もつかなかったルイーゼの怒った様子に驚いてしまう。

 だが当の本人はさらっとそれを聞き流しているようだ。

 眉すら動かさずエリーザベトはルイーゼに言葉を返していく。


「相変わらず真面目ですね、ルイーゼは。もう少し力を抜きなさい」

「貴女が自由過ぎるのです! 大体エリザは昔から――」

「なぁ。どうでもいいが、戦況見てなくて良いのか?」


 完全にエリーザベトしか見えていなくなったルイーゼに、ヴィオラが注意を促していく。その言葉にはっと気が付いた様に戦況を確認する彼女にエリーザベトは、幾つになっても仕方の無い子ですねと聞こえるような声で呟いていく。その言葉を聞いただけでルイーゼの額にぴしっと青筋が立つも、作戦に集中していった。


 悔しいが、どうやらエリーザベトの叱咤により、戦況は著しく好転へと向かっているようだ。魔物に対し圧倒的な力の差を見せつけ、それをただの()扱いした彼女に叱咤されただけでこうもなるとは、流石にルイーゼには出来ない事だった。いや、ホルスを真っ二つにするくらいは出来るが、ただそれだけだ。

 その後のエリーザベトがしたことに比べれば、応援程度の事しか彼女には出来ないのが想像に難くない。


 だがそれも良い方向に向かっているのだから問題はない。

 現に今、危機的状況と言えるような状態であっても対処が出来ている。


 その中でも特出して目立つのは先程まで見られなかった、騎士団と冒険者の連携が取れてきた事によるものだろう。そしてその中核をなしているのが熟練冒険者達だった。彼等は騎士団との技術の差を理解した上で、的確に行動をしていた。


 幾ら訓練や実戦経験を積んだとしても、それには限界がある。言うなれば冒険者としての技能と呼べるものは、冒険者に師事しなければ手に入らないだろう。それも卓越した技術となると、それを扱うものは限られてしまう。その点が騎士団と熟練冒険者に技術的な差を生み出す事となってしまっていた。

 こればかりは熟練者である冒険者当人から学ばねばならないと、ルイーゼは今後の騎士団の課題として考えているようだ。この差が埋まる埋まらないで、実力が激変してしまうのだと、目に見えて理解させられた。


 大量の大型魔物と小型魔物を相手にしているのにも拘らず、徐々に魔物の数は減りつつあった。そんな中、呆れた様な言い方でヴァンは話しを口にしていった。


「……本当に何とかなりそうだな」

「そ、そうですね。流石に驚きしか出てきません」


 驚きを隠せないリーサはヴァンへと言葉を返していった。

 女王の言動だけでこうも激変するとは、流石に驚く以外の感情を持てなかった。現に今こうして彼等の戦う姿を見続けていても、未だに理解出来ないほどの出来事になっている。


 ロットはちらりとミレイを見ると、彼女はこの大音量の中で必死にその先の音を拾っているようだった。もし何かあれば大変な事になってしまうため、自分の責任は重大だと思ってしまっている。

 だがそれも本来であれば、ミレイの仕事も既に終わっているはずだった。元々は聖域での攻勢作戦でのみ、その高性能な聴覚に頼るというのが彼女の役割だった。


 正直な所、ここまで凄まじい力を発揮するとは、ここにいる誰もが思っていなかったことだ。確かに彼女のお蔭で大量の魔物を斃す事が出来た。その後、草原まで魔物が襲って来るような状況になってしまってはいるが、それも遅いか早いかの違いだとフィルベルグの上層部は思っていた事だ。

 ミレイが居てくれたお蔭で大量の魔物を狩ることが出来たが、もし彼女がいなければ、その分の魔物と対峙していた可能性が非常に高いだろう。そうなれば今こうして重傷者なしと言う奇跡的な戦果はまず得られなかっただろう。恐らく大量の死傷者が出ていた事は想像に難くない。

 そしてそれは後の歴史に確実に最悪の出来事として書く事になってしまう。


 もちろん彼女一人だけではどうしようもない。冒険者や騎士団、そしてルイーゼの指揮があって、はじめてこの様な奇跡が成り立っている。


「……本当に奇跡を見ているみたいだな」


 ぽつりと呟くブレンドンにラウルとアルフレートが答えていく。


「例え俺等が出て行ったとしても、恐らくは重傷者の数人は出ていたはずだ」

「そうですね。流石にこれだけの数を相手にするのは、僕達だけじゃ無理です」


 そもそも彼等は眷属と戦う為に編成された冒険者であるため、冒険者としての実力が他の者達よりも抜けているだけの存在だ。当然、経験も技術も、そして何よりその精神力が強いという理由から、選ばれている者達だ。文献にあった眷属が放つ威圧のようなものを退ける事が出来なければ、彼らとて一溜まりも無いだろう。


 もし仮にそのような事が起こってしまえば、第二のアルリオン半崩壊へと繋がる大惨事となってしまう。そうなればフィルベルグ存続すら危うくなってしまうほどの危機に直面するという事にもなるだろう。それだけは阻止したい所だが、恐らくこれは対峙してみないと分からない事だろう。


 そんな事を考えていたルイーゼであったが、女王は別の事を考えていた。

 いや、恐らく誰もが考えていることではあるだろう。これだけの大型種を相手にしているのにも拘らず、その姿を未だ見せていないのが不可解で仕方が無かった。


 それについてエリーザベトはルイーゼに尋ねていった。


「ベアが見かけませんね」


 大型種だけでも既に大量の駆逐をしている。ミレイによると第三防衛線から現在は魔物が襲ってくる様子は無いように静かなのだという。確かにベア種の数はとても少ない。お互いにとても広い縄張りを決め、ほんの少しでも足を踏み入れることがあれば、確実に襲ってくる魔物だ。それが例え同種のベアであったとしても容赦なく襲う恐ろしく獰猛な大型魔物だ。


 だが恐らくどんなに少なくても、五匹は確実に深い森最奥に居るだろう。それが一切見られないというのは気味が悪くて仕方が無い。今まで大量に魔物が襲ってきたことを考慮しても、大型種であるエーランドやホルスと同時に襲ってくると予想されていたが、それも一切見られなかった。その姿も、泣き声も、その足音でさえも確認が出来ないと言うのは、ただただ不気味である。


「粗方片付いたな」


 ヴィオラの言葉に反応するように、ルイーゼが前線にいる者達へと指示をしていった。


「敵を殲滅の後、回復を最優先! ポーションの補充を忘れないように!」


 魔物を狩りつくし、草原に平穏が訪れていく。先程までに激戦を繰り広げられていた草原は今ではとても静かで、まるで別の世界のように感じられた。

 回復と薬の補充を済ませた冒険者と騎士団は、ルイーゼの指示を待つ。


 第二防衛線を見てみると、そこにはおびただしい数の魔物が横たわっていた。このままでは戦う事が困難となるため、第一防衛線まで退避することを決める。土塁も詰まっているこの状況で戦うとなると騎士達の矢も使えず、また足場にも悪影響が出てしまっている。

 おまけに大型種は横たえていても、その大きさはかなりのもので、視界も悪くなってしまっているだろう。ここが良い潮時だ。


 声を高らかにしてルイーゼがその場にいる者達へ伝えていく。


「総員! 第一防衛線まで退避せよ!」



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