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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第五章 天を衝く咆哮
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"王国騎士団"

 

 ビリビリと聖域周囲へ響くかのような轟音に、冒険者は慌てふためいた様子で事の次第を確認していく。ざわざわと彼らが話し合う中、一人の少女がルイーゼの元へ駆け込んでいた。


「魔物多数接近中! 数判別出来ない! すぐに退避を!」

「了解しました。全員! 速やかに第三防衛線後方まで後退を! 荷物は最小限! 食料品、素材はここで放棄します! 聖域左右で警戒に当たっている斥候(スカウト)に早馬を直ぐに出して下さい! 素材班の方々はそのまま馬車でフィルベルグ内へ非難をお願いします! 途中の土塁に嵌らない様に注意を!」


 大きな声で指示をするルイーゼに、それぞれ従って行動していく。このままでは聖域全体を取り囲まれる危険性がある。早急に撤退をしなければならない。


 幸いな事に魔物の移動速度は然程速くは無い様で、落ち着いて行動すれば追いつかれる事はまず無いとミレイは言っている。

 だが、迅速な対応を取らねば危険である事は変わりない。急がねばならない。


 後方へと下がりながらルイーゼはミレイの報告を聞いていた。


「不味いよ。倒し尽くしていたと思っていたのが、大量にいるみたいだ」

「大型種という事は?」

「無いと思う。これは羽ばたいてる音だ」

「……スパロホゥク。まだいたのですね」


 ミレイによるとそれだけではないと言う。どうやら奥地に隠れていたようで、大量の魔物が押し寄せて来ているらしい。

 昨日までの戦果として倒した魔物は百七十七匹。後は大型種と多少のフロック、そして眷属だけと思われていた。それも昨日の段階では、丁度良くばらけて魔物がいるらしく、上手くすれば聖域を拠点とした攻勢作戦で、大凡(おおよそ)の魔物は倒せると予測されていた。

 それが今朝になって一気に逆攻勢へと向かってしまっている。それも眷属の声と思われるたった一言で、それが逆に向かっているという事実に、ルイーゼは冷や汗をかいていた。何て理不尽な存在なのだろうか、眷属というのは。

 やはりあれは絶対に(たお)さねばならない。斃せなければこちらが蹂躙される、文献通りの最悪の存在だ。彼女はそう思っていた。


 浅い森から草原へと出て直ぐ、第三防衛線が見えてくる。

 ルイーゼは防衛線後方まで来ると直ぐに騎士団へと指示を出す。


「現在、魔物が多数接近中だ! 陣形を組み、魔物に備えよ! 訓練通りにすれば、必ず我らを勝利へと導いてくれる! 冷静に、かつ慎重に! 落ち着いて行動するように!」


 ルイーゼの言葉に大きく短い返事をしていく騎士団。

 騎士団二百名はそれぞれ五名ずつのチーム計四十組となり、左右に二十組ずつ展開していく。中央にはルイーゼと待機組冒険者八名とミレイが残っている。


 この事態は既に予測していたものだ。この程度で彼らが揺らぐ様な鍛え方をルイーゼはしていない。問題なく戦う事が出来る。

 それが例え、スタンピードであったとしてもだ。


 地鳴りの様な大きな音が大地に響かせ、大量の魔物が浅い森の中に見えてきた。ケイブフロック、オレストアドヴァク、オレストディア、オレストボーア、ホーンラビット、そしてスパロホゥクだ。

 聖域側浅い森を挟んで、左右から魔物が展開するように襲ってくるかと思われたが、若干中央へとその進行を変化させているようだ。それはまるで魔物を集結させているかのようにも見えた。森の木々に隠れているせいか、スパロホゥクはここからでは見えないようだが、ミレイの話ではそれも来ているという。


「ホーンまでかよ。索敵範囲無視してるな」

「恐らく見えている訳では無いのでしょう。まるで何か(・・)に突き動かされているようですね」


 マリウスの言葉にリーサが返していく。

 本来であればホーンラビットの索敵範囲は二十五メートラととても短い。この様な姿は誰もが見たことが無い異質な現象だった。理解に苦しむ。いや、理解するとかしないとか、そういった話ではもう既に無いのであろう。

 そもそも異質な現象からこの事件は始まっているのだから、理解するより身体を動かせとヴィオラは言うだろう。そしてそれは概ね正しい。考えている暇があるなら敵を倒さねばならない。それほどの魔物の数だった。


「おいおい、まだ来るぞ。どこから沸いて来たんだ?」

「……信じられない。あれだけ倒したのに」


 引き気味に話すラウルと、アルフレートが驚いた様に言葉にしていった。


 女王エリーザベトは、魔物の総数は三百と予測されていた。だが、これは明らかに多い。いや、多すぎる。その数、目算で(およ)そ百二十。この時点で予測としていたほぼ同等の魔物の数となる。


 魔物は目の前にある土塁を見えていないかのように直進し、次々と落ちていく。

 土塁に落ちると予測していたが、土塁の手前で止まろうとした魔物を後ろの魔物が押し出すような形になると思われていた。この姿は想像もしていなかった事だ。


 だがルイーゼはそれに怯む事無く、冷静に騎士団へ指示をしていく。


「騎士団構え! ……撃て!!」


 騎士達は弓を番え、団長の指示に合わせ一斉に矢を射った。

 空へと放たれた二百本もの矢はまるで驟雨(しゅうう)の如く、前方左右の土塁に落ちた魔物へと降り注いでいく。続いて第二射、第三射と次々に放っていき、土塁から抜け出してきた魔物は既にその歩みを遅くするまでに弱まっていた。

 このまま騎士団を前線へと送り、弱った魔物を撃破させる訳にはいかない。

 あの中に大型種は含まれていない以上、現状を維持しなければならない。


「冒険者の皆さん、あの魔物の中に大型種は含まれていません。恐らく波の様に時間差で襲って来ると思われます。騎士団はそれに対処するため動かせません。冒険者の皆さんには、弱った魔物を馬防柵(ばぼうさく)手前で止めを刺して頂けませんか? 

 大型種が現れ、土塁を越えたら騎士団を前線に送りますので、合流次第皆さんは後退し、騎士団と入れ替わって下さい。大型種が出現する前に敵を殲滅出来れば、そのまま後退して下さい。ミレイさんは後方でそのまま待機をお願いします」


 おおお! と大きな声で返事をする冒険者達をとても頼もしく思えるルイーゼは、騎士団にも指示していった。大型種であるオレストホルス、オレストエーランド、そしてオレストベア。これらが出て来た時点で戦況は大きく変わるだろう。


 冒険者達はそれぞれチームのまま、前線へと進んでいく。

 騎士団はそのまま現状維持で矢を土塁目掛けて放ち続けていった。

 第三防衛線中央手前にある馬防柵で待機する冒険者は、弱った魔物の到着を待っていた。流石に空から降り注ぐ矢の威力は凄まじく、早歩き程度の弱った魔物の止めを次々に刺していく冒険者達。正直手負いの魔物など相手にすらならなかった。

 だが、それでも四十匹は軽く土塁を越えてしまったため、殲滅するのに少々時間がかかるようだった。とはいえ、苦戦と言う意味ではなく、魔物が冒険者側へ近づくまでに時間がかかる、という意味ではあるのだが。

 ホルスがいつ強襲してくるか分からない以上、前に進むのは危険極まるだろう。出来る限り引きつけて倒す必要がある。


 それまでの様子を見ていた待機組はヴァンの言葉を皮切りに、冷静に分析していった。


「ふむ。土塁に落ちたあの様子から察するに、どうやら穴が見えていないのだな」

「そのようですね。これでは本当に眷属が操っているように見えます」


 アルフレートが思うのも無理はない。

 これは明らかに異常な動きをしているのだから。

 本来であれば目の前にある穴に落ちるような魔物などいない。

 動物でさえそうなのだ。そんなことはありえない事である。

 だが現実にそれが起こっている。どう見ても異常な事態に驚く一同。


 そんな中、冷静な二人は、落ち着いた表情で会話をしていく。


「流石にあれだけの数の矢は(すげ)ぇな」

「これなら問題なく倒せそうですね」

「だが、ありゃ雑魚だぞ。ホルスが出て来たら相手出来んのか?」


 ヴィオラとリーサの会話に、大丈夫ですよと返していくルイーゼ。

 そもそもフィルベルグ周辺の魔物が多く出現した場合に、間引いていたのは騎士団だ。当然その範囲はホルスやエーランドがいる大森林も含まれている。

 そのために日々鍛錬に励んでいる騎士団は、相当の実力者になりつつあるとルイーゼは感じている。正直な所あと一年もあれば、かなりの練度になったであろうと思われることだけが、唯一悔やまれる所ではあったが。


 それでもこれだけの強さを誇るフィルベルグ騎士団は、この国の歴史上でも相当の実力までに育っているとルイーゼは確信していた。

 通常のホルスではまず負ける事はないだろうと。


 問題は凶暴化したホルスにどれほどの対処が出来るか、と言う所だろうか。

 待機組の話では、弱い魔物ほど眷族の影響が出易く、強い魔物ほどその影響は低く見られるということだった。もちろん全ての魔物を見たわけではないし、実際に闘ってみないとわからない事だってある。外から見てそう思えた、という曖昧なものに過ぎない。


 徐々に魔物の数も減り、勢いも止まりつつあった。

 四十程もいた手負いも冒険者達は確実に斃し、落ち着きを取り戻していった。


「全員警戒!! 凄い数が来るよ!! 数不明!!」


 最後の一匹を仕留め、これで仕舞いだなと誰かが呟いた瞬間、後方に居るミレイが冒険者達へ聞こえる様な大声を張り上げながら言葉にした。


 後方を勢い良く振り向く冒険者達はそのまま後方へと下がっていった。

 ルイーゼが騎士達に弓を番えさせて魔物の到着に備えていく。

 浅い森から同じように魔物の群れが草原へと進行して来た。


 マリウスが叫ぶように声に出していく。


「おいおいおい! 何だよあれは!? 軽く八十はいるぞ!」

「騎士団構え! ……撃て!!」


 ルイーゼの合図と共に矢が空へと舞っていく。

 降り注ぐ雨に足を鈍らせるも、その進行は止まらない。

 第二第三の矢を射って、流石に近づき過ぎてしまったため、騎士団を前に出す。

 馬防柵を盾に魔物との戦いを見ながら、ルイーゼは眉に(しわ)を寄せながら鋭い表情で呟いていく。


「……まさか土塁が魔物で埋まり、それを(のぼ)って来るとは」


 流石に予想が出来なかった自体だ。こんなにも大量の魔物が出るだなどと、誰もが予想していなかった。そもそもこれほどまでに魔物が存在していた事実が恐ろしい事だし、何よりもそれ程の数などこれまでに発見された事例がない。

 ありえない事だらけ過ぎて頭が混乱しそうになってしまう。


 そんな中、マリウス以外の待機組は冷静な分析をしていた。

 純粋な戦力としての参加をしている彼は、冷静な判断を他の者達に任せている。


 ヴィオラが話し始めると、各々言葉を続けていった。


「アドにディアとボアか。ちょい大き目が出て来てるのか?」

「いえ、そうとも限らないのでは? たまたま足の遅さが出ているのかも」

「そうは言うがアルフレート。ボアの最高速は厄介だぞ」

「ラウル殿の言う通りだと俺も思う。幾ら馬防柵が尖らせた丸太を組み合わせたといっても、あの速度では一溜まりも無いだろう」


 ヴァンの予測通り、一匹のボアが凄まじい速度で馬防柵に突進をして一撃で柵を破壊してしまう。流石にぶつかったボアのダメージも相当なものがあった様だが。

 徐々に戦線に張った防壁が崩れつつあり、魔物が押しているようにも見えるが、流石訓練された騎士達だ。多少壁が壊れた程度では揺るぎもせず、隊列も乱さずに戦っている。

 それもかなりの練度を思わせるほどの強さに、思わずリーサは驚いてしまう。


「これ程までに騎士団が強いとは、失礼ながら思っていませんでした」

「これが我がフィルベルグ王国の誇る、王国騎士団です」

「確かに強い。連携をしっかりと取っているから、実力以上の力を出している様にも見えますね」


 ロットの言葉に一同が頷いてしまう。

 まさかこれ程までに騎士団が強いとは思っても見ないことだった。

 この強さなら、例えホルス相手でも倒すことが出来るだろう。

 これは嬉しい誤算と言える。


 だが、戦場はあまり思わしくは無かった。

 倒した魔物の亡骸が邪魔をしている。

 土塁も魔物でかなり埋まってしまっている様にも思える。

 このままではかなり不利な戦いをせざるを得ない。

 現に今、多くの魔物は土塁を越え、騎士達と交戦中となっていた。

 もしこのまま大型種が現れた場合、かなりの苦戦を強いられる事になるだろう。


 いや、初撃である矢ですら大した威力も出ないかもしれないが、それでも魔物が足場を邪魔している事に変わりはない。

 現在相手にしている魔物を退けた後がいい潮時となるだろう。


 魔物が徐々に少なくなって来た頃、ルイーゼはミレイを見ると、大丈夫、今はまだ来てないと言葉にしていった。その額から小さな雫が頬を伝っていく。

 幾ら聴覚が鋭い兎人種と言っても、この距離は流石に厳しいと言える程の遠さになりつつあった。手前でガキガキと剣の音が鳴り、魔物の声も人の声も入り乱れている状況下で、更に先の奥にある浅い森の様子を伺う事は並大抵なことではない。

 そもそも聞き取れる事自体が凄過ぎるのだ。それを聞き取れてしまうミレイの集中力の高さは凄まじいものがあった。


 次第に音が静まり返った頃合を見計らい、ルイーゼは声を張り上げていく。


「全員! 第二次防衛線まで後退する!」



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