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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第五章 天を衝く咆哮
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"輝く星"の夜に

 

「これで準備が整ったわけか。何とかスタンピードが発生する前に整ったな」


 ふぅっと安堵のため息を付くロードグランツにエリーザベトが釘を刺していく。


「これからですよ?」

「そうだな。ここからが勝負だな」

「ですが準備が整ったのは重畳でしょう。これで予定通り進行作戦に移れる」

「はい。現在は明日に備え、英気を養っております」


 ロドルフの言葉にルイーゼが返していく。


 現在は夕方の鐘が鳴り、日が落ちてしまった為に作戦は中断となっている。

 当然進行予定の森は、月明かりも照らさないほどの深い森となっているので、これ以上暗い場所を進む事は危険すぎる。これが上策と言えるだろう。引き際を間違えると取り返しが付かないのだから。


「それでは最前線へと戻り、明日の早朝報告させて頂きます」




 *  *   




 王城や防衛線での定期報告も終わり最前線へと戻ってきたルイーゼ。既に辺りは真っ暗となっていて、聖域の泉の上には星が瞬いていた。

 こんな時でもなければ、とても良い夜が過ごせただろうにと思いながら星を見上げていると、ルイーゼはロットに労いの言葉をかけられた。


「お疲れ様です、ルイーゼさん」

「いえ、これが私の役目ですから、お気になさらないで下さい」


 自分の役割をこなしているだけなので、改めて言われると恐縮してしまうルイーゼだった。そんな笑顔で答えるルイーゼにロットは申し訳なくなってしまう。


 待機組であるロットは、その役割上何もする事が出来ず歯痒い気持ちで一杯になってしまっていた。当然こういった依頼も初めてではないのだが、今回はあまりにもその期間が長過ぎる為に申し訳なさが出てしまっているようだ。

 そんな心情を察してくれたルイーゼはロットをフォローするが、やはり何かしたいという気持ちが出てしまうロットであった。

 休むのも(こら)えるのも貴方のお仕事ですよとルイーゼに言われ、苦笑いで返してしまうロットに、近くにいたリーサが言葉を添えていく。


「ロット君の気持ちは痛いほど分かるのですけれどね。あまり考え過ぎると疲れてしまいますよ?」

「そうですね。少し泉でも見てきます」


 そう言ってすぐ目の前にある泉まで歩いていくロット。

 そんな彼の後姿をルイーゼとリーサは見つめながら話をしていく。


「彼はとても真面目ですね」

「そうですね。そこが彼の良い所の一つなのですが、少々真面目過ぎて気を抜く事が難しいようです。プラチナランクと言っても、彼はまだ十七歳ですからね。私とは違って彼はまだまだ経験次第で高みに行けると思いますよ」

「リーサさんも私からすればずっとお若いのですが」


 そう言って苦笑いしてしまうルイーゼにリーサは真面目な顔で答えていく。


「いえ、私は恐らくこれ以上の成長はあまり期待出来そうもないですね。現状維持が精一杯といった所ですから」


 自分の限界は自分自身が一番よく分かっている。

 リーサは攻撃魔法を苦手としていた。何度試してみても上手くいかなかった。恐らくは魔法で攻撃する事に忌避感を感じるせいだと、彼女自身が理解していた。

 逆に言うのならば、防御魔法は得意と言えるほどの性能を持つ事ができ、持ち前の冷静な判断力と相まって、今ではゴールドランク冒険者としてリーダーも務めるほどの者にまでなる事が出来た。

 正直彼女自身、ここまで辿り着けるとは思ってもみない事だった為、心の何処かでもう満足してしまっているのかもしれない。言うなればそれは、向上心というものが無くなってしまったのだとルイーゼに語っていく。


 これは自分自身が決める事だ。引き際と言い換えることも出来るのだが、本人がそこまでと決めてしまうと、それ以上先に進む事はとても難しくなってしまう。人それぞれ想いや考えが違うが、恐らく向上心の欠如は冒険者でなかったとしても、重要と言えるほど大切なものだ。それが彼女にはもう無くなってしまっていた。

 冒険者になりたての頃の世界が輝いて見えたものも、今では失われてしまったように感じられ、ただただ依頼をこなすだけになっている。依頼が終わった後に飲むお酒はとても美味しいし楽しいが、それでもどこかに大切なものを置き忘れたような、そんな感覚を感じるようになってしまっていた。


 ルイーゼと別れたリーサは一人考える。

 満足したような気持ちになってしまったのは、一体何時の頃からだろうかと。ゴールドランクに昇格したとギルドから言われた時の頃だろうか。

 確かにあの時、シルバーランクに上がった時に感じた、とても嬉しいという感じは無かった。これでもう一つ上の依頼が受けられる、という程度だった気がする。


「……潮時なのかもしれませんね」


 ぽつりと小さく呟くリーサの言葉は、響く事無く風に攫われて消えていった。

 動機づけや意欲が失われてしまった今、これ以上冒険者を続ける意味も無いのかも知れない。この依頼を機に今後を少し考えようと、リーサは思っていた。


「この依頼が終わったら、実家に帰って農園のお手伝いをしましょうかね」

「なんだ、辞めちまうのか?」


 振り返るとヴィオラが立っていた。どうやら小言が聞こえてしまったらしい。

 そんな彼女へいつもと同じ優しい笑顔でリーサは答えていった。


「それも一つの選択かと思いまして」

「まぁ、そういうのは本人が決める事だからな。アタシは止めないよ」


 でも、とヴィオラは言いかけて少し考え込み、リーサへ話を続けていった。


「このまま辞めたら後悔も残るような気がするぞ」

「そうなんでしょうか?」


 そういう顔をしている、と言葉を返すヴィオラ。続けて、誰かに相談でもして少し考えても良いんじゃないかと話してくれた。その言葉にリーサは微笑みながら、ヴィオラさんは本当に優しい方ですねと言ったら、うるせえと返されてしまった。

 しばし考え込むリーサは、ヴィオラに話を聞いて貰えますかとそれとなく尋ねると、アタシでいいのかよとまた返されてしまう。リーサは勿論ですよと応えていき、少しの間を挟んだあとぽつりと話し始める。


 話し終えた頃、大凡の抱えているものを把握したヴィオラは口にしていった。


「そいつは難しい問題だな。本人が納得しちまってるならどうしようもないと思うよ。でもアンタはまだ納得しきってる感じとも思えないな」

「納得しきっていない?」

「ああ。そういう目をしている。その目は何かを求めている目だ」

「何かを……。それが見つからないまま辞めてしまうと後悔すると?」

「アタシはそう思うよ。それを決めるのもアンタだけどな。でも、冒険者なんて職業は若い内だけだからな。アタシは精一杯楽しむだけだ」

「本当に綺麗な目をしていますね、ヴィオラさん。……羨ましいです」

「アタシはアンタの今の目は嫌いだな」

「鏡を見たらきっと私も嫌いになると思います」


 そういってお互いに笑い出してしまった。


 しんと静まり返る聖域にヴィオラはニヤっと笑いながら酒を飲みにいくぞと言って、リーサの腕を引っ張りながら食料品や酒が置いてある場所へと向かっていく。


「ヴィオラさん!? 今は作戦待機中ですよ!?」

「んな事言うのは、ロットとアルフレートとアンタだけだよ」


 強引に引っ張られ、強引に酒の入ったジョッキを持たされてしまうリーサ。

 手に持ったジョッキを見つめながらちらりとヴィオラを見ると、既にぐびぐびと酒を豪快に飲んでいた。ふぅっと小さくため息をしながらリーサは一口だけ酒を飲むと、染み渡るようなその味わいに驚いてしまう。普段はあまり見せない彼女の眼を丸くした表情に、ヴィオラは楽しそうに話し出した。


「な? 美味いだろ? アンタ気ぃ張り過ぎなんだよ。もっと楽しめよ。酒も、冒険も。自分が楽しまなきゃ、何やったって良いことなんかねぇよ。大体、酒好きのリーサが酒飲まなくて楽しいわけ無いわな。ここに来てから一切飲んでなかったみたいだし、思い詰め過ぎなんだよ。見ろよ、空」


 そう言ってジョッキで空を指すヴィオラ。

 先程まで何も感じなかった空が、リーサにはきらきらと輝いて見えた。


「酒ってのは楽しい時じゃ無くったって、綺麗なもん見てりゃ美味いんだよ」

「……そういえば星空なんて久しぶりに見た気がします」

「そりゃ勿体無いな。アタシなら星だけで肴になるぞ?」


 豪快に笑うヴィオラに釣られ、リーサも笑ってしまった。

 こんな気持ちになったのはどのくらい振りだろうか。


 大の酒好きなのに、最近では仲間と酒を飲んでも今一美味しいと思えなくなっていた。原因も分からず気のせいだと心に押し込めていたが、何をやっても改善はされなかった。

 そんな時に今回の事件に参加する経緯となり、それに最善を尽くすつもりではあったのだが、それでも心のどこかでは何かが引っかかってるような気がしてならなかったリーサだった。


 次第にごくごくと飲みだすリーサにヴィオラは話しかけていく。


「アンタ、気ぃ張り過ぎて心が疲れてんだよ。そういう時は、こういった綺麗なもん見りゃいいとアタシは思うぞ。といっても、アタシはアンタみたいな気持ちにはなった事が無いから、正直良くわかんないんだけどな」


 そう言って笑いながら二杯目の酒を飲みだすヴィオラに、ありがとうございますとリーサはお礼を言った。


「んで、どうすんだ?」

「やりたい事が出来ました」

「そうか。まぁ、何でもいいさ」


 どこか嬉しそうなヴィオラは豪快に酒を飲んでいった。

 やりたい事が何かは彼女にとってはどうでも良いことだが、一つだけヴィオラはリーサにアドバイスをしていく。


「どうせなら夜がいいぞ。ツマミも欲しいな」

「くすくすっ、わかりました」

「こんな時でもなけりゃ、噂のウワバミウサギを潰したい所なんだが」

「ヴィオラさんらしいですね」


 楽しそうに笑う二人の声が、静かで美しい泉に溶けていくように響いていった。




 *  *   




 そろそろ日が出て来そうな程の明け方に、警鐘を鳴らす音が聖域周辺に響いていった。恐らく最奥であろう方向から聞こえるそれは、声とはとても思えないほどの強烈に重く響く音だった。

 凄まじい轟音と共にびりびりと衝撃が聖域まで伝わって来るかのようなその音に、休息を取っていた冒険者達は一斉に飛び起きる事となる。


 この日、フィルベルグの命運を賭けた戦いとなる事を予感した者は、聖域周辺にいる者達だけだった。



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