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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第一章 優しさに満ちたその世界で
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優しさに満ちたその"世界"で



 この世界は優しさで満ちていて。



 この世界は温かさで満ちていて。



 この世界は幸せで満ちている――。




 そうだ。きっとどんなに遠くても、きっと――。





「ん……ぅ……」


 小鳥のさえずりが聞こえ、いつもと同じ朝が始まる。

 少女の(まぶた)は重く、開ける事が出来ない様子だった。


 昨日も随分と寝つきが悪かったせいだろうか。

 最近はずっとこんな日が続いている気がする。

 怖い夢を見る訳でも、夜遅くまで起きていた訳でもない。

 表現がし辛いが、これは不安、というものなのだろうか。


 まるで真っ暗な闇が襲ってくるような、そんな不安感を少女は感じていた。


 少女は不安を拭い去る様に手を伸ばしていく。

 昨日まであった温もりが無く、不安になり瞳を開けた。

 どうやらそこにいる筈の大切なひとの姿は既にないようだ。


 上半身を起こしながら腕を上にあげ、身体を伸ばして目を覚まさせる。

 肩の少し先の辺りまで伸びた、細く銀色のさらさらとした髪が揺れて、カーテンの隙間から溢れる日の光を浴びてきらきらと美しく輝いていた。


 ベッドから起き上がり、服を着替えカーテンを開ける。

 今日もとても天気の良い、暖かい春の日だ。


 少女は部屋を出てダイニングルームへと向かっていくが、そこには誰もいないようだった。テーブルに置かれたメモを見つけ、見てみるとそこには少女へ向けたメッセージが書かれていた。


『たーくんとお外でデートしてきますっ』

『えーちゃんとデートしてきます』


 楽しそうに書かれたその内容に、少女はくすりと笑いながら、両親に楽しんできてねと心の中で思った。


 メモにはどうやら追伸が書かれているようだ。


『広場でポワル様が待ってるわよ。早めに行きなさいね』



 我が家では時々ある事だった。

 何か理由を見つけては両親だけで出かけ、夕方頃になると帰ってくる。

 そんな日が時として急に訪れる不思議な家庭だった。

 それは決して放任主義ではなく、ある理由から席を外すように出かけてしまうのだが……。


 まぁ、それはさておき。

 早く準備を終わらせて広場へ向かおうと少女は思っていた。

 大切なひとを待たせ過ぎては申し訳ないからだ。


 洗面所まで向かい、顔を洗い歯を磨き、ブラシで髪を整える。

 鏡に映る自分の髪を見つめながらはぁっとため息をつく少女。

 憧れの金色でふわふわした髪を自身に重ね合わせるように想像し、また一つため息をついてしまっていた。


 客観的に見れば彼女の髪はとても美しい。

 綺麗に切り揃えられて真っ直ぐ伸びたストレートヘアも、ほんのり青みがかっている銀の髪色も、青が入った銀の瞳も。

 そして透き通るような白い肌に優しい眼差し。目鼻立ちがしっかりとしているので将来は絶世の美女となる可能性がとても高いだろう。

 細い手足がすらりと伸び、まだ少女だと言うのに、その姿は多くの人が見惚れる程とても魅力的であった。


 出かける準備を終えた少女は、家を出て広場へと向かっていった。

 小走りで向かう彼女の頬を優しい春の風が撫でていく。

 今日もとても気持ちの良い春の日だった。


 次第に広場が見えてくると、少女は待ち人を探していく。

 すぐにその姿を見つけ、歩いて近くまで寄っていった。

 広場にある屋台を見ているようで、その待ち人の女性に少女は声をかけた。


「おはようございます、ポワル様」


 その声に気が付き、少女の方へ振り向く女性。それはとても美しいひとだった。

 見た目は20代半ばほど、大人びた顔立ちをしている超絶美人で、腰の辺りまでふわふわと伸びた、まるで金糸のような髪に宝石をはめ込んだかのような碧の瞳、白く美しい肌と慈愛に満ちた眼差しをしていた美しい女性だった。

 全身からは力を体現したかのような淡い光がほんのりと溢れていて、身に纏っている真っ白なエレガントドレスが、彼女の魅力をさらに引き出しているようだった。


「おはおう、いいふひゃん」


 女性は少女へいつもの挨拶を、いつもと同じ素敵な笑顔で返していくが、その美しさとは反して、彼女はまるで子供のように何かを頬張りながら話をしてきた。

 大人びた透き通るような声を持ち、おっとりとした口調のとても美しいひとなのだが、言動が若干幼い感じのする、なんとも可愛らしいお方だ。


「はしたないですよ、ポワル様。もぐもぐごっくんしてから話して下さい」


 はっと気が付いたように彼女はなりながら、むぐむぐとしっかり噛んで飲み込んだ後、改めて挨拶をした。


「おはよう、イリスちゃん」


 いつもと同じように優しい微笑で答えてくれて、その表情と仕草がとても美しく綺麗に見え、本当にこの方は笑顔がとても素敵で似合う方だなぁとイリスは思っていた。


「真っ白なドレス、とってもお似合いですよ」

「ふふ、ありがとう」


 屈託の無い笑顔で返して下さるこのお方は、女神ポワルティーネ様。

 私達の住む世界である"リヒュジエール"の人々を心から愛し、慈しみ、見守る女神様だ。地上に顕現されている時は、そのお力の殆どを封じているらしく、一般的な女性と変わらない力まで抑えているそうだ。


 

 この世界には、たくさんの神様が顕現なさっている。

 世界にある九つの街にそれぞれ一柱(ひとはしら)ずつ、世界にいる人々を常日頃からとても近い場所で見守って下さっていた。


 イリスの傍にいる可愛らしくて綺麗な女神様もその一柱だ。

 彼女が生まれた時からずっと傍にいて下さる方で、イリスと共に行動し、苦楽を共にしてくれていた。それは食事も、外出も、遊ぶ事も、寝ることも。

 それがイリスにとっては幸せな事であり、また彼女自身も幸せと思える事であった。


「ふふっ、イリスちゃんは大切な"祝福された子"なんだから、私も一緒にいられてとっても幸せなんだよ」


 "祝福された子"とは、神と人の魂が惹かれ合い、とても強い絆で結ばれ、祝福され生まれてきた者の事だそうだ。お互いに惹かれ合っている為、傍にいるだけで幸せに思える存在になる。

 それはお互いを"愛する"という意味でもあるのだが、ここに一切の恋愛感情はなく、仲のいい親子か兄弟の域を超えることはない。


 目を細めた優しい眼差しでイリスに微笑むポワル。

 その表情を、何よりも美しいとイリスは感じていた。

 普段はふんわりとしているが、こういう時の顔を見ると、あぁ、本当に女神様なんだなと、イリスはしみじみ思っていた。


 そんな彼女もポワルといられるだけで幸せを感じ、穏やかな日々を暮らしている。


「そうだ、イリスちゃん」


 そう言いながらポワルは小さな包みを何処からとも無く出し、イリスへ祝福の言葉と共に渡していく。


「十三歳のお誕生日、おめでとうっ」

「わぁ、ありがとうございますっ」


 ポワルは毎年この日を忘れた事がない。とても大切で特別な日なのだから。

 イリスが喜んでくれる姿が何よりも嬉しく、また幸せな一時でもあった。

 心から喜びながらイリスは開けてもいいですかとポワルに尋ね、もちろんだよと彼女も答えていく。

 どんな時でも心からの笑顔を見せてくれる少女に、内心ではいつもどきどきしながらも、彼女の反応を待つ。


「わぁ、かわいい。きれいな青色のリボンだ」


 ぱあっと明るくなる少女にポワルまで微笑んでしまっていた。


「街の中心から少し歩いた所にあるお店で見つけたんだよ。とっても可愛いお店だったから、今度一緒に行こうね」

「はい!」


 満面の笑みで答えてくれたイリスに、嬉しくて涙が出そうになるもぐっと堪え、青いリボンをつけてあげるポワル。

 特別なプレゼントという事以外は、いつもの温かく幸せな日常だった。


 イリスは屋台のおじさんやおばさんにお誕生日おめでとうと祝福され、プレゼント代わりに食べ物を持っていってと言われた。彼女は何だか申し訳なく思い、遠慮しようとするも、いち早くポワルが受け取ってしまったので、ありがたく頂く事にした。


 この街でイリスを知らない者はいない。女神様に祝福された子なのだと大切にしてくれる。この街の人は皆とても優しい。思いやりや助け合いに溢れてる。

 全てはポワル様が見守ってくださるお蔭なんですねと、イリスは素直にそう思える、とても素敵で幸せが溢れる街だ。


 頂いた食べ物を食べた後、二人はいつもの場所へと向かっていく。

 街から少し離れたところにある草原だ。ふわっと暖かく心地よい春の優しい風が、心地よく身体を包んでいく。

 遥か遠くを見渡せる果てのない草原に、うららかな春の陽射し、空はどこまでも透き通るような青さを見せている。


 ここが二人のお気に入りの場所だった。ここで寝転がりながら色々な話をして、そのままお昼寝をして、夕方になったら二人で家に帰る。

 これは二人にとって、いつもと変わらない、そしてとても幸せな日常だった。


 目が覚めてからも話を続けていき、ゆっくりと散歩をするように歩いていく二人は、やがて家へと戻ってくる。どうやら両親も帰ってきているようだった。

 二人の姿を見かけるとおかえりと優しく言ってくれた。


「おう、おかえり、イリス」

「おかえりなさい、イリス」

「ただいま、お父さん、お母さん」

「タウマス、エレクトラ、ただいまーっ」

「「おかえりなさい、ポワル様」」


 イリスたちが帰ってくる前に、今日のこの日の為に豪華な食事を用意してくれたようだ。料理が上手な母特製のとても美味しそうな品々が並んでいた。

 どれもイリスの好物を作ってくれたようで、嬉しさでいっぱいになるイリス。


「今日はイリスのお誕生日だから、お母さん張り切っちゃった!」

「後で父さん達からのプレゼントもあるからな、楽しみにしてるんだぞ」

「わぁ、ありがとう、お父さん、お母さん!」


 優しい家族、穏やかな時間、温かい家、そして素敵な女神様。

 大切なひとと過ごし、大切なひととお気に入りの場所でお昼寝をし、大切なひとと眠りに就く。いつもと変わらない日常。いつもと同じ幸せな日々。

 ただひとつ違ったのは、今日はとても特別な日だって事だった。


 この世界は優しく、穏やかで、暖かい。

 この街に生きる人々で、笑顔を絶やしている所を見た事がない。

 まるで世界そのものに祝福されているかのように、誰もが幸せに生きている。

 そしてそれはイリスや、彼女の家族も同様だった。


 この優しく穏やかな世界で、今日も少女は大切なひとと眠りに就いていく。彼女が生まれてからずっと、ポワルはこうしてイリスを抱きしめて眠ってくれていた。

 彼女のぬくもりも、彼女の香りも、彼女の鼓動も。

 イリスにとっては、そのどれもが安心する事の出来るものだった。


 だが、何故だろうか。少女は今日も中々眠りに就く事が難しいようだ。

 それはまた言いようのない不安に襲われていくように、イリスは瞳を閉じながらも眉を(ひそ)めていく。ポワルはそんな不安げな少女を優しく抱き寄せ、落ち着かせるように頭を撫でていった。


 少女は次第に心を落ち着かせていき、微睡(まどろ)む意識の中、この幸せで温かな暮らしがいつまでもずっと続き、そして目が覚めるとまた優しい日々が始まりますようにと、まるで願うように、小さな少女は眠りに就いていった。


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