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婚約破棄のために淑女になる方法。  作者: もり
婚約破棄を回避するために紳士になる方法。

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19/29

 

「――でさ、数ヶ月前にオリヴィアと一緒に植えた球根からやっと芽が出ていていたんだよ。でも、ひと月先だと僕は花を見ることができないかもしれないな。たださ、去年接ぎ木したリンゴの枝にはもう花が咲いたんだ。しかもリンゴの花はすぐに散ってしまうからって、なんでもオリヴィアが――」

「デュリオ、さっきから黙って聞いていたけど、正直に言って、俺は花にも植物にも興味がないんだ」

「そうか? でも、オリヴィアには興味あるだろ? お前の妹なんだから」

「興味なくもないが、毎日顔を合わせているから報告はいらない」

「自慢かよ」

「事実だよ」

「なら、ジェストが報告してくれ。毎日」

「何でだよ。面倒くさい」


 ひと月に一度の訪問日の翌日は、いつもデュリオからオリヴィアの話を聞かされる羽目になるジェストはいささかうんざりしていた。

 どんなにオリヴィアが可愛かったかと力説されても、自分の妹なのだ。

 もちろん赤の他人だったとしても、友人の婚約者に手を出すわけにはいかないので、はっきり言ってジェストにとっては迷惑以外の何ものでもない。

 だが、こんな惚気を聞く相手も自分しかいないとわかっていたので、ジェストは課題をしながらいつも聞き流している。


(まあ確かに、最近のオリヴィアは姉さん似の美人になってきたからなあ……)


 兄として、妹の涙ぐましい努力は見てきた。

 デュリオとオリヴィアの婚約を聞かされ驚いたあの日から五年が経過した今、オリヴィアは確実にどこに出しても恥ずかしくない淑女へと成長を遂げている。

 あれだけ内気な性格だったのに、来客があればそつなく挨拶をして会話に入り、上手い具合にその場から抜けることもできるようになっていた。

 それだけでなく、ジェストはたまに勉強をみてやるのだが、オリヴィアは正等科に通っていれば、トップを争えるほどの学力と女性としては強い魔力を有しているのだ。


「でもさ、何でひと月に一度なわけ? もっと会いに来ればいいのに」

「あまり頻繁に会いに行ってオリヴィアの負担になりたくないんだ。オリヴィアにはできる限り自由でいてほしい……というか、縛りたくないんだよ」

「いや、婚約している時点で縛ってるだろ」


 ジェストが突っ込むと、デュリオは珍しくばつの悪そうな顔をした。

 傍から見れば、こんなにわかりやすい両想いの二人はいないというのに、どうやらお互いには気付いていないらしい。

 ただ確かに、オリヴィアはデュリオ以外の異性の知り合いどころか女友達すらいないのだ。

 そういう意味では、オリヴィアにもっと広い世界を見せるべきだとは思うが、両親は正等科への入学を許さなかった。

 オリヴィアに悪い虫とやらがつくのを避けるためと、デュリオの婚約者として希少性を上げるためだとかどうとからしい。


(オリヴィアは珍獣かよ……)


 滅多に我が儘を言うことのないオリヴィアが一度だけ、両親に正等科に通いたいと言った時のことを思い出し、ジェストは心の中で突っ込んだ。

 基本的にジェストは面倒事が嫌いなので、オリヴィアを両親から庇う気はないが愛情がないわけではない。

 それでも、デュリオとオリヴィアの仲を取り持ってやろうなどとは決して思わなかった。


(恋愛事って、他人が絡むとややこしいだけだしな。そもそも他人の力を借りなきゃ上手くいかないもんは、どうしたって上手くいかないんだよ)


 何でも器用にこなす友人は課題もすらすらと進めている。

 それなのにオリヴィアに関しては、不器用としか思えないやり取りを続けているのだ。

 ジェストは課題をする手を止めて、そんなデュリオをぼんやり見つめた。

 その視線に気付いて、デュリオが顔を上げる。


「何?」

「いや、オリヴィアももう十五歳だけど、どうするのかなと思って」


 ケインスタイン王国では、男女ともに十六歳を迎えれば成人とみなされ結婚もできる。

 オリヴィアは今年で十六歳になるため、母が社交界デビューを計画していることをジェストは知っていた。

 社交界にデビューすれば、同年代どころか世慣れた男性たちと接することになるが、それでもデュリオはオリヴィアに自由でいてほしいと思うのだろうか。

 ジェストは問いかけながらも、肝心なことは教えなかった。


「そうだな……。次にオリヴィアに会った時に伝えるつもりなんだが、実は遊学しようと思っているんだ」

「遊学? どこに?」

「メイアウト王国だよ。ひとまずは、あそこの高等科に編入して卒業するつもりなんだ」

「メイアウトの高等科か……。確か、メイアウトの第二王子が今は通っているんだっけ? まあ、遊学先には悪くない選択だな」


 最近、とみに王太子妃殿下の力が増している。

 このままバルエイセン出身の者たちを優遇して交易が偏れば、有事の際に不利になり得るのだ。

 バルエイセンと争うことになれば流通は混乱し、他国と争うことになればバルエイセンに頼らざるを得なくなってしまう。

 国力でバルエイセンに勝っているケインスタイン王国ではあるが、油断はできない。

 今のところはどの国とも友好関係を築いているので、無駄な心配ではあるのだが。


「まあ、隣国に顔をつなぐのはいいことだが、やりすぎるなよ」

「どういう意味だ?」

「お前には人望がある。無意識に多くの人を惹きつけるんだよ。ムカつくけどな」

「それは、褒められてるのかな?」

「褒めてるんだよ。外交の役に立つんだから。ただな、この国ではお前の婚約はみんなに知られているし、あの〝唯一〟ってやつも有名だから、女子も下手に期待したりしない。だが、メイアウトにしても他の国にしても、お前にそのつもりはなくても女性たちが放っておかないだろう? だから、後腐れなく別れられるようにしとけよ」

「ごめん。最後の意味がわからないんだけど。何で別れる必要があるんだ?」

「デュリオ、お前はオリヴィアがいながら、愛人を持つつもりか? それはさすがに俺も許さないぞ」

「はあ!? 許す必要なんかないだろ! 僕はオリヴィア以外に考えられないんだから! それはオリヴィアと僕に対して侮辱だよ!」

「え? そうなのか……?」


 本気で怒っているデュリオを見て、ジェストはうろたえた。

 重症だと思っていたが、ここまでとはさすがに思っていなかったのだ。

 今年でジェストもデュリオも十八歳になる。

 そして、デュリオは短くても一年は遊学に出るつもりらしい。

 ジェストは呆れればいいのか、尊敬するべきなのか悩んだ。

 しかし、友としても兄としても言わなければならないことはある。


「その、悪かった。だが……まだオリヴィアに手は出すなよ」

「当たり前だ!」


 この日、いつも穏やかなデュリオが怒っているらしい貴重な姿を見ることができて、自習室の外からこっそり覗いていた生徒たちは喜んだ。

 残念ながら完全防音のために内容は聞こえなかったが、それでよかったのだろう。

 手の届かない貴公子たちの残念な会話を知ることはなかったのだから。


(――とは言ったものの、難しいんだよなあ……)


 デュリオは馬車に揺られながら、深く息を吐いた。

 今日はひと月に一度の子爵家への訪問日である。

 昔は楽しみで仕方なかったこの日が、最近は苦行のようになっていた。

 先月、ジェストに偉そうに言い切ったものの、本当は触れたくて仕方ないのだ。


 初めて会った時のあの笑顔に一目惚れしてしまったのだと、今ならはっきり言える。

 それが近頃はその笑顔で恥ずかしそうに頬を染めるものだから、破壊力は途方もない。

 庭に出る時は相変わらず重装備なのだが、部屋に戻りその装備を解いた時に見える白く細い首筋。

 あのなめらかな肌をレースがもったいぶって覆い、サテンのドレスが胸のふくらみを隠している。

 傷一つないように見えるが、きっとあの柔らかそうな胸のどこかに傷痕があるのだろう。

 それはオリヴィアが自分のものである印のようで、早く目にしてみたいと思ってしまう。


「って、何考えてんだ! 最低だろ!?」


 デュリオは一人、また馬車の中で頭を抱えて叫んだ。

 御者はすっかり慣れてしまい、少々のことでは馬車を止めたりしなくなっている。


(オリヴィアにとっては、たぶん傷痕は忌まわしいものだろうに、それを嬉しいと思うなんて……)


 デュリオは再び深く息を吐いた。

 初めて会った頃からオリヴィアは可愛かったが、このところは特に可憐な蕾が花を咲かせたように美しくなっている。

 オリヴィアに自由でいてほしいと思いながら、他の男の目に触れさせたくないとも思う。

 いっそのこと、さっさと結婚してしまえばいいのかもしれないが、それはあまりに不公平だろう。


 しかも、デュリオには父であるアンドール侯爵との約束もある。

 オリヴィアが十八歳になるまでにデュリオのことを好きだと明言しなければ、そしてアンドール侯爵夫人としての才腕がなければ、婚約は破棄されてしまうのだ。

 まだ社交界にデビューはしていないが、ジェストや噂で聞いた話によると、子爵家への来訪者に不躾な視線や質問を向けられても、そつなく答えてかわしているらしい。

 頭の良さなら、ひと月に一度会っているだけのデュリオでもわかる。

 魔力も飛び抜けているわけではないが、炎魔法を自在に操るくらいはできると聞いた。


(問題は僕への気持ちだよな……)


 いつも会えば好意的な視線を向けてくれるが、それは〝刷り込み〟のようなものだと思う。

 あの皮肉屋の兄以外に同年代の子供が周囲にいない状態で、優しくしてくれたデュリオと婚約したのだから、好意を持たないわけがないだろう。

 オリヴィアが正等科へ入学したがっているのがわかっていながら、子爵夫妻に助言しなかったのは独占欲以外の何ものでもない。


(僕は思っていることと、やっていることがバラバラなんだよ……)


 自分が大人になればなるほど、オリヴィアの成長を目の当たりにすればするほど、罪悪感がデュリオの中で大きくなっていく。

 そしてすっかり行き詰ってしまっていたデュリオの悩みを知ってか知らずか、父から命じられたのだ。

 二年間、この国を離れて見聞を広めてこいと。

 遊学先は自分で選ぶように言われ、試されていることを知った。

 すぐさま、メイアウト王国にすると答えた時の父の満足そうな表情からすると、間違いではなかったのだろう。


 オリヴィアと離れるのはつらいが、何もできない状態で一緒にいるのもつらい。

 二年――この時間と距離があれば、オリヴィアはデュリオのことをちゃんと男としてみてくれるだろうか。

 戻ってきてから一年の間に、「好き」だと明言してくれるのだろうか。


 五年前は幼い恋だったと思う。

 だが、この年月をオリヴィアの傍で過ごすことによって、本物になったとデュリオにははっきり言える。

 優しく正直で美しく、さらには自分のために懸命に努力してくれている姿を見ていて、好きにならないはずがない。

 もうオリヴィア以外は、デュリオには考えられないのだ。

 今さらオリヴィアとの婚約が破棄されることになれば、デュリオは生涯独身を貫くだろう。


(まあ、レオンスもジェラールもいるから、後継者に困ることはないしな)


 後ろ向きなことを前向きに考えているうちに、馬車はいよいよ子爵家の敷地内へと入った。

 デュリオは車窓から子爵家の正面玄関を目にして笑みを浮かべる。

 玄関扉は大きく開かれ、そこにオリヴィアが立っているのが見えたのだ。

 歓迎してくれていると思うだけでデュリオの気持ちは浮上し、これから告げなければならない憂鬱なことを少しの間だけ忘れることができたのだった。




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