12
デュリオがブレイズと一緒に入ってきたことで、会場はさらに騒然となった。
そんな騒ぎをよそに、デュリオは礼儀正しい笑みを浮かべて伯爵夫人の話を聞いていたが、ブレイズに耳打ちをされて視線を上げた。
その強い眼差しが真っ直ぐにオリヴィアへと向かう。
どうすればいいのかわからず固まってしまったオリヴィアに、デュリオはいつもの穏やかな笑みを浮かべた。
それから夫人に何か言うと、ブレイズとともにやって来る。
途端に会場の視線が二人に注がれ、オリヴィアたちまでの道筋が綺麗に開けた。
人々はこれから何が起こるのかを固唾を飲んで見守るっているようだ。
「やあ、オリヴィア。今日はこちらにいると聞いて、追いかけてきたよ」
「デュリオ様……」
まさかデュリオが現れるとは思っておらず、しかもこんなに優しい笑顔を向けられて、オリヴィアは何を言えばいいのかわからなかった。
思わずオリヴィアが目を伏せると、デュリオの胸に飾られた白いカーネーションに気付いた。
それは先日、オリヴィアが贈ったお見舞いの花の中の一輪で、まだこんなにも生き生きと咲いていることに驚く。
カーネーションはデュリオにとても大切にしてもらったのだと、またオリヴィアと会えて嬉しいとも伝えてくれた。
オリヴィアも嬉しくなってお礼を言おうと顔を上げた時、わずかな沈黙を破るようにわざとらしく不機嫌な声が割り込んだ。
「おい、デュリオ。俺もいるんだから、挨拶くらいしろよ。ローラ嬢にも失礼だろう?」
「ああ。すまない、ジェスト。相変わらず元気そうだからわざわざ挨拶はいらないかと思って。だが、確かにこちらのお嬢さんには失礼なことをしてしまったね。オリヴィア、紹介してくれるかな?」
デュリオと兄がここまで親しいとは知らなかった。
呆気に取られていたオリヴィアは、いきなり話を振られて慌てながらも、どうにか言葉を発した。
「デュリオ様、こちらはわたしの友人でアジャーニ子爵家のローラ・アジャーニ嬢とその婚約者のチャールズ・リンドン卿です。ローラ、リンドン卿、こちらがデュリオ・アンドール伯爵よ」
「――やはり、あなたがローラ嬢でしたか。オリヴィアの手紙にはいつもあなたのことが書かれていて、お会いするのを楽しみにしておりました。リンドン卿、はじめまして。お二人のご婚約、おめでとうございます」
「ありがとうございます、アンドール伯爵。どうぞローラとお呼びくださいませ。はじめましてなのに、いつもオリヴィアからお話を伺っておりましたので、そのような気がしなくて……」
軽く膝を折って挨拶したローラは悪戯っぽく笑うと、一歩下がってリンドン卿に譲った。
「アンドール伯爵、はじめまして。チャールズ・リンドンと申します。お会いできて光栄です」
「こちらこそ光栄ですよ。あなたの手掛ける事業は全てが成功すると、他国まで聞こえてきていましたから」
「それはかなり誇張されているようですね」
デュリオとリンドン卿の挨拶が終わると、ローラがブレイズに挨拶をして、リンドン卿を紹介していた。
ありきたりで何の問題もないやり取りに、周囲でさり気なく六人を窺っていた人々がつまらなさそうにしている。
無責任にも何か騒動を期待していたのだろう。
驚きが少しずつ落ち着いてくると、オリヴィアはデュリオの体調が心配になってきた。
今朝届いた手紙によると、ようやくベッドから出ることができるようになったとあったのだ。
「あの、デュリオ様。お体の具合は――」
「まあ! デュリオ様! 今夜、こちらにお越しになるなんて存じませんでしたわ! わざわざオリヴィアに会いに来てくださるなんて!」
会場中に聞こえるような甲高い声で、オリヴィアの母である子爵夫人が割り込んだ。
隣には夫である子爵もいる。
そのあからさまな母の態度に、オリヴィアはどこかへ隠れたくなった。
だがオリヴィアには責任があり、この場にいなければならない。
デュリオは子爵夫妻に微笑みながら和やかに挨拶を交わしており、オリヴィアはブレイズにそっと近づいた。
「ブレイズ、ごめんなさい。実はあなたからの手紙を読んでいないの。そのことを手紙に書いたんだけど、送ることもできなくて……」
「ああ、謝らなければいけないのは僕のほうだよ。まさか、こんな馬鹿な噂が流れているなんて知らなくて。しばらく王都を離れていたんだ。手紙でそのことを伝えようとしていたんだよ」
申し訳ない気持ちをそのままにブレイズに謝ると、逆に謝罪されてしまった。
あれだけブレイズには近づくなと言っていた母も、今はデュリオに気を取られていて二人が話していることにも気付かない。
大げさな子爵夫妻とデュリオの言葉を一言一句聞き逃さまいとする人々もまた、オリヴィアたちが会話していることには注意を向けていなかった。
おそらくローラがオリヴィアの傍に立ち、ジェストがブレイズの隣に立っているせいでもあるのだろう。
オリヴィアはみんなの気遣いに感謝しながらも、続くブレイズの言葉に集中しようとした。
どうしても両親とデュリオへと意識が向いてしまうのだ。
「オリヴィア、僕は約束通り努力したよ。そして望みのものを手に入れた」
「ブレイズ……本当に?」
喜びに驚くオリヴィアに、ブレイズは得意げに笑って頷く。
「ああ。彼女は妹と一足先に領地に戻っていたんだ。だから僕も領地に戻って気持ちを打ち明けた。最初は身分を気にして拒絶されてしまったけど……。まあ、その……とにかく、たとえ僕が一文無しになってもかまわないって、ついには言ってくれたんだ。ただこのまま無責任に家庭教師をやめるわけにはいかないからと、僕が信頼できる次の家庭教師を探しにひとまず王都に戻ってきた。そして友人から噂を知らされてびっくりしたよ。どうにかしないととは思ったものの、手紙の返事がなかったことからして、きっとオリヴィアには会えないだろうと、僕はデュリオに会いに行ったんだ。君の窮地は想像できたからね」
ブレイズの最後の言葉に、オリヴィアは思わずデュリオに視線を向けた。
途端に新緑のような美しい緑の瞳とぶつかる。
いつもとは違う、強い意思が感じられる視線に、オリヴィアはかすかにたじろいだ。
「お姫様の窮地を救うのは、王子様って決まっているだろう?」
そう囁いて、ブレイズはオリヴィアの背中を軽く押した。
力なく一歩進み出たオリヴィアは自然とデュリオの前に立つ。
お互い視線を逸らすことなく見つめ合う二人は、まるで二人だけの世界にいるようだった。
「オリヴィア、どうか私と踊ってくれませんか?」
「……喜んで」
ずっと小さい頃から夢に見ていた場面。
デュリオと――トムと出会う前からずっと。
女の子なら一度は憧れただろう〝いつか王子様が〟との願い。
その夢が現実になった今、オリヴィアは小さく震えながら、それでもどうにか微笑んで応え、差し出された手を取ることができた。
踊っている人たちの輪の中へと進む途中、聞こえる囁きは「あの噂はやっぱり嘘だったんじゃない」などといったものばかり。
デュリオがブレイズと仲良く現れたことで、悪質な嘘だと強調できたのだ。
先日の夜会でオリヴィアを罵ったナディアたちの悔しそうな顔も見える。
「デュリオ様……申し訳ございません。このような騒動になってしまって……デュリオ様にご無理をさせてしまいました」
「正直なところ……情けなくて恥ずかしいよ」
ほとほと呆れたといった様子で呟いたデュリオを見ていられず、オリヴィアはカーネーションに視線を移した。
それでもこれ以上デュリオに恥をかかせないように努力を続けた結果、公式の場での初めてのステップを踏み間違えることはなかった。
そんなオリヴィアの耳に、デュリオの苦しげな声が聞こえる。
「ルゼールが訪ねてくるまで、オリヴィアが馬鹿げた噂でつらい立場に追い込まれているなんて知らなかったんだから。その間、僕は呑気にベッドに寝ていただなんて、本当に情けない。ごめんね、オリヴィア。もっと早く駆けつけるべきだったのに」
「い、いいえ。そのような……デュリオ様はそもそもご病気だったのですから……」
「ああ、それも情けなくて恥ずかしくなる。旅の疲れで寝込むなんて。確かに無理はしたけど、あれくらいで熱を出してしまう自分の体力のなさには嫌気がさしたよ。レオンスにも笑われてしまったぐらいだ」
「無理を、なされたのですか?」
デュリオはオリヴィアでなく、自分に呆れていたらしい。
しかも、何にでも計画的に行動するとばかり思っていたデュリオの言葉は、オリヴィアにとって意外だった。
不思議そうに見上げるオリヴィアに、デュリオはどこか悲しげに笑う。
「私は、オリヴィアからの手紙をいつも楽しみに待っていたが、ひと月に一度届くはずの手紙が届かなくなってしまった。それでもしばらくはじっと待ったんだ。しつこいやつだと思われないように。それなのにいつまでたっても届かない。それで我慢できなくなって、社交界のことに詳しい母なら、何か知っているんじゃないかと手紙を書いた。そして、オリヴィアが社交界にデビューしたことを知らされて……慌てて帰ってきたんだ。もう父との約束も何もかもどうでもよくなって。とにかくオリヴィアが誰か別の男に恋してしまったらどうしようと、そればかりが心配だった」
「……わたしが?」
デュリオの言葉には驚くことばかりだった。
オリヴィアからの手紙が届いていなかったこと、しつこいやつだと思われないようにしていたこと。
それにアンドール侯爵との約束とは何なのだろうかと。
しかし、何よりも驚いたのが、オリヴィアが別の男性に恋をすると心配していたという。
あまりのあり得なさに、オリヴィアは目を見開いた。
「初めてオリヴィアとダンスを踊るのは、私でありたかった。ルゼールでなければ、相手の男を殴っていたかもしれない。ルゼールとはそれほど親しくはなかったが、その人柄は十分に知っていたからね」
デュリオらしくない過激な発言に、オリヴィアの口がぽかんと開いた。
それでも足はちゃんとステップを踏んでいる。
「でも……この曲は……円舞曲は初めてなんです。今まで誰とも踊ったことがなくて……」
密接度の高い円舞曲だけは、誰に誘われても断っていた。
デュリオ以外の男性と踊るなど考えられなかったからだ。
そして、一生踊る機会もないかもしれないと思っていたオリヴィアの腰に回された腕の力がかすかに強くなった。
「ありがとう、オリヴィア。それを聞いて、私がどれだけ嬉しいか……。急ぎ王都に戻り、そのまま礼儀も忘れて子爵家に訪れた時、ルゼールと名前で呼び合い、親しげにする君を見て……もう手遅れだと思った。そして、男らしく身を引くべきだとも。それからのことはよく覚えていないんだ。ただ枕元に飾られた君からの見舞いの花を見て、やはり諦めるものかと決意した。おかしな話かもしれないが、まるで花たちも応援してくれている気がした。だから、もう一度初めから求愛しようと。それなのに体が思うように動かなくて、どれだけ情けなく悔しかったか」
「ほ、本当に、お体はもう大丈夫なんですか? ご無理を――」
「心配はいらない。大丈夫だよ。むしろ鈍ってしまったくらいだ。二日前からもう熱も下がって動けるようになったのに、母が……というより、エリカが心配してベッドから出してくれなかっただけで」
「妹さんが?」
「ああ。枕元でずっと絵本を読み聞かせてくれて……いや、読んであげていた――って、そうじゃない」
妹の話になると途端に目元を和らげたデュリオだったが、はっと我に返ったようだ。
と同時に、ちょうど曲が終わりを告げ、周囲で踊っていた人たちがその場から離れていく。
どうやら休憩に入るらしく、音楽は鳴りやみ、ざわざわと人々の話し声が大きく聞こえるようになった。
それなのに、デュリオは動こうとしない。
「……デュリオ様?」
不思議に思ったオリヴィアが問いかけると、いきなりデュリオはその場に片膝をついた。
周囲で訝しげに見ていた人たちの息を呑む音が聞こえる。
「デュリオ様!」
「オリヴィア、私はあなたを愛している。この気持ちはずっと幼い頃から変わらない。そしてこの先も変わらないと誓う。だからどうか、私と結婚してくれませんか?」
そう言うと、デュリオは胸に飾っていた白いカーネーションを差し出した。
今や会場全体が静まり返り、フロア中央で立ち尽くすオリヴィアとデュリオの成り行きを見守っている。
しかし、オリヴィアには周囲を気にする余裕もなく、目の前で片膝をついてカーネーションを差し出すデュリオしか目に入らなかった。
オリヴィアの茶色の瞳から、堪え切れずに涙が一粒こぼれ落ちる。
「わたしも……わたしも、デュリオ様をお慕いしております」
怖かった。本当にこれでいいのかと。
それでもオリヴィアは涙に滲む声で答えると、震える手でそっとデュリオからカーネーションを受け取った。
その時のデュリオの顔は一生忘れられないだろう。
安堵と喜びを満面に湛え、ほんの少し得意げな表情を覗かせた笑みは、オリヴィアの心を強く捉えた。
嬉しい返事を受け取ったデュリオはすばやく立ち上がると、オリヴィアを強く抱きしめた。
周囲から若い女性たちの悲鳴じみた声が上がる。
それから男性たちの冷やかしや指笛の音。
まだ熱に浮かされたようにぼんやりするオリヴィアの耳元で、デュリオが優しく囁く。
「本当は今すぐキスしたい。だけど、これ以上見世物になるのはオリヴィアが耐えられないだろう?」
「……ッ、キス!?」
思いがけない言葉に驚き上げたオリヴィアの声は、幸い周囲の喧騒で聞こえなかったようだ。
ただデュリオが初めて見せる意地の悪い笑みを浮かべたことで、聞き間違いではなかったと悟った。
会場内は騒然としていたが、ゆっくりと進む二人の行く先を邪魔する者はいない。
オリヴィアは夢見心地のまま歩いていたが、やがて走り始めた馬車の振動で我に返った。
隣に座るのはデュリオで、向かいにはシルー夫人がいる。
そこでようやく、侯爵家の馬車でどこかに――おそらく子爵家に向かっているのだと気付いた。
しかも自分は公衆の面前でデュリオのプロポーズを受けてしまったのだ。
これではずっと昔から考えていた婚約破棄の計画が――デュリオを解放するという計画が台無しになってしまう。
「ダメです、デュリオ様! やっぱりわたし、結婚できません!」
「――え?」
勢い任せに叫んだオリヴィアの言葉に、向かいのシルー夫人は口をぽかんと開けた。
そんな珍しいシルー夫人のことも目に入らず、信じられないとばかりにオリヴィアを見つめるデュリオを見つめ返す。
「デュリオ様はとても素晴らしい方です! 八年前のあの日、何の責任もないのに、わたしと婚約してくださって! それからもずっとわたしに優しく付き合ってくださったのですから!」
「いや、それは……」
「ですが、もうわたしに縛られることはないのです。これでもわたしは強くなりましたし、一人でも生きていけるように計画も立てました。救女院に手紙を書いて、受け入れてくれるとの返事もいただいております。ですから、両親に勘当されても大丈夫なんです!」
呆気に取られていたシルー夫人は〝救女院〟と聞いて息を呑んだ。
デュリオも言葉を失っている。
そんな二人の前でオリヴィアは必死に続けた。
「今回、わたしのためにあのようなプロポーズをしてくださって、本当に感謝しております。あのお言葉を胸に、わたしは一生を幸せに生きていけます。ですから、しばらく時間を置いて、やはりわたしは相応しくないと、デュリオ様のほうから婚約破棄を言い渡してください。そうすれば、デュリオ様も――」
「ちょっと待って! オリヴィア、落ち着いて。頼むから、少し黙ってくれないか?」
「は、はい……」
どうにかデュリオにわかってほしくて、オリヴィアは少々興奮して話していたらしい。
デュリオに遮られてようやく口を閉じたオリヴィアは、徐々に恥ずかしくなってきた。
もっと順序立てて説得しなければならないのに、支離滅裂だったような気がする。
デュリオは深く息を吐くと、オリヴィアの手を握り微笑んだ。
それはいつもと変わらないように見えて、どこか違う。
「オリヴィアは白いカーネーションの花言葉を知ってる?」
「い、いえ。花言葉には興味がなくて……」
「じゃあ、私の一番好きな花は覚えている?」
「スノーフレークです」
「うん、覚えていてくれて嬉しいよ。でも、花言葉は知らないんだよね?」
「はい……」
「植物の本って、たいがい花言葉も一緒に載っているから、てっきり知っているものだと思っていたけど……。そうか、そうだよな。オリヴィアって、昔から思い込みが激しくて、一つのことしか見えていないようなところがあったよな……」
最後のほうはデュリオの独り言に近く、オリヴィアは首を傾げた。
思い込みが激しいかもしれないとは、最近気付いた自分の欠点だが、デュリオは知っていたらしい。
それと花言葉とどう関係があるのかわからないうちに、デュリオはさらに続ける。
「先ほどの私のプロポーズの言葉を覚えている?」
「一言一句、全て」
あんなに素敵な言葉を、幸せな瞬間を忘れるはずがない。
力を込めて頷いたオリヴィアだったが、デュリオは大きくため息を吐いた。
「でも信じていないんだ」
「え?」
「あれだけ心を込めたプロポーズなのに、嘘だと思っていたんだ」
「え、だって……デュリオ様は無理やりわたしと婚約をさせられて……」
「あのね、オリヴィア。このケインスタイン王国で、アンドール侯爵家の意に反することを無理やりさせることができるのは、今のところ王家の方たちくらいだよ」
「そうですね」
当然だとばかりに答えたオリヴィアに、デュリオは天を仰ぎ、また視線を戻した。
そこに馬車ががたんと揺れて、止まる。
「お二人はまだまだ話し合いが必要なようですから、私は先に失礼いたします。ですが伯爵、節度は守ってくださいませ」
「うん、婚約者同士のね」
「え……シルー夫人?」
デュリオの返事にシルー夫人は片眉を上げたが何も言わず、開かれた扉からさっさと出ていく。
すると、馬車のドアはまた閉じられてしまった。
馬車が動く気配もなく、これでは密室に二人きりである。
動揺してドアへと目を向けるオリヴィアの頬に大きな手が添えられて、デュリオのほうへと向き直された。
気がつけばデュリオの顔があまりに近い。
思わず目を閉じたオリヴィアの唇にとても柔らかなものが触れる。
驚いて目を開けたオリヴィアは、再び目を閉じた。
(キ、キスされてる!?)
それは触れるだけの軽いキスだったが、離れるまでにとても長い時間が経ったような気がした。
薄暗い車内で呆然と見上げるオリヴィアに、デュリオは真剣な表情になって問いかける。
「キスは初めて?」
「は、はい……」
挨拶ではない男女のキスなど当然初めてで、オリヴィアは真っ赤になったまま頷いた。
するとデュリオはほっとしたようでいて、悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「実は私も初めてなんだ。恋人同士のキスは」
「え?」
「幼い頃からずっとオリヴィアが好きだったって言っただろう? だから、オリヴィア以外には考えられないよ」
「で、ですが……」
「ダメだよ、オリヴィア。こうなった以上は、お互いに責任を取らなければ」
「……はい?」
腰が引けるオリヴィアを逃がさないようにか、デュリオの右手はしっかりとオリヴィアを捕えている。
そしてデュリオは左手でドレスに隠された胸――昔、怪我をしたあたりに触れた。
「責任、取らないとね?」
「えっと……?」
「先ほどのプロポーズは本気だよ。そして私はオリヴィアの答えも一言一句覚えている。もちろん、嘘だなんて思っていない」
悪戯っぽいものからいつもの穏やかな笑みになったものの、デュリオの顔にはかすかな傲慢さが滲んでいた。
そんなデュリオを混乱しながらも見つめていたオリヴィアだったが、今の言葉が頭に染みてくるにつれて、体中が熱を出したように火照ってくる。
「やっと……やっと捕まえたんだ。だからもう、絶対に逃がさないからね?」
ぎゅっと抱きしめられ告げられたデュリオの言葉に、オリヴィアは言葉を失った。
ずっと、デュリオを縛っていると思っていた。
だから自分から解放してあげなければと努力を続けていたのに。
しかし、縛られていたのはオリヴィアのほうなのかもしれない。
初めて会ったあの時から、逃れようとしても逃れられなかった。
ゆっくりと深く深くオリヴィアの心の中に浸透していった、デュリオへの「好き」の気持ち。
もうこの気持ちから解放されることはないだろう。
オリヴィアは独占欲に満ちたデュリオの言葉に応えるように、恥ずかしそうに微笑んだのだった。




