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婚約破棄のために淑女になる方法。  作者: もり
婚約破棄のために淑女になる方法。
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 あの夜会から二日。

 噂は悪意あるものだとの認識もされてはいたようだが、やはり皆は醜聞を好み、オリヴィアは周囲から蔑みの視線を浴びせられ、無視されることが多かった。

 母である子爵夫人は日に日に機嫌が悪くなり、父である子爵も普段は無関心なオリヴィアに対して厳しく当たった。


 悪意ある噂は、もう一人の主役であるブレイズがまったく社交の場に出なくなったことも原因の一つである。

 どうやらオリヴィア宛てに一度手紙が届いたらしいのだが、子爵夫人が先に気付いて読むこともなく破り捨ててしまったらしい。

 それをネリから聞いた時には驚き、謝罪の手紙をブレイズに書いたのだが、また母に見つかってしまい出すことは許されなかった。


「まったく、馬鹿ばっかりね」


 オリヴィアにダンスを申し込み断られた男性の後ろ姿を睨みつけながら、シルー夫人が呟いた。

 その言葉にオリビアは苦笑を返すことしかできない。

 あれから噂は下火になりかけはしたのだが、今まで接触してくることのなかった不品行で有名な男性たちが声をかけてくるようになったのだ。

 ジェストから聞いた話では、誰がオリヴィアを落とせるかなどといった賭けが行われているらしい。


 そのため、夫人たちからは眉をひそめられ、女学院で仲良くしていた子たちも母親に止められてるらしく話しかけてくれなくなっていた。

 彼女たちは申し訳なさそうな顔を向けてくるのだが、オリヴィアはとっておきの笑顔で大丈夫だと応えている。

 だがその中で一人、噂をものともせずに近づいてくる若い娘がいた。


「オリヴィア、元気にしていた? なんだかわたしがいない間に、騒がしくなっているみたいね?」

「ローラ、あの――」


 わたしとは距離を置いたほうがいいと言おうとしたオリヴィアに、ローラはいきなり抱きついた。

 あまり社交の場ではふさわしくない女学院のノリではあるが、シルー夫人は片眉を上げただけ。

 ローラは一度離れたものの、オリヴィアの両手を握ったままにっこり笑う。


「わたしね、結婚が決まったの」

「まあ!」

「驚いたでしょう? 前に言っていたあの人よ。どうにかプロポーズを引き出したってわけ」

「あの……実業家の?」

「そうよ。彼がね、パルサットの街へ仕事で行くって聞いたから、偶然を装ってわたしも行ったの。あそこは交易の要所となっているでしょう? 彼はバルエイセン王国から輸入される炎魔石が最近市場に出回りだしたから、どんなものか確かめてみたかったかったみたい。まあ、彼曰く『安かろう、悪かろうの品だ』って、取引するのはやめたみたいだけどね」


 自慢げに言うローラの話はすっかり逸れている。

 炎魔石とは魔力が宿った石――魔法石の一つで、炎魔法を扱える者が魔法をかければ、薪の何倍もの熱を発し、長時間も燃え続けるのだ。

 しかも数十年ほど前には炎魔石の新たな利用方法が発見された。


 炎魔石に光魔法をかければ、まるで陽の光のように明るく長時間輝くのである。

 炎魔法と違って光魔法を扱える者は非情に少ないため、発見も遅くなったようだ。

 ちなみにオリヴィアも炎魔法は扱えるが、光魔法はさっぱりだった。


 ただ残念ながら、炎魔石=光魔石は消耗品であり、値段も高く、一般庶民にはほとんど出回っていない。

 だがローラの話によると、バルエイセン王国から安価な炎魔石が輸入され始めたらしい。

 そこに実業家であるローラの婚約者は目を付けたようだったが、やはり廉価のものは粗悪だということなのだろう。


「とにかく、おめでとう、ローラ!」

「ありがとう、オリヴィア!」


 久しぶりの明るい知らせに、オリヴィアは心からの笑みを浮かべて親友を祝福した。

 しかし、オリヴィアはすぐにはっとして心配に表情を曇らせる。


「じゃあ、やっぱりわたしとはいないほうがいいわ。今のわたしはあまり評判が良くないの。だから――」

「馬鹿馬鹿しい。全てが馬鹿馬鹿しいわ!」

「ローラ?」

「噂も馬鹿馬鹿しいし、それを信じている周囲も馬鹿馬鹿しいわね。そして極めつけはオリヴィア、あなたよ」

「え?」

「あなたが、こんな馬鹿な噂を気にしてどうするの? わたしは賢いから、馬鹿な噂には惑わされないし、彼だってそうなの」


 離そうとするオリヴィアの手をさらに強く握り締めて、ローラは言い切った。

 その声は凛としていて、きっと周囲にも聞こえただろう。

 それなのに、ローラは笑みを浮かべたまま。


「あら、本当に賢い子だわ」


 そこに今まで黙っていたシルー夫人が口を挟んだ。

 ローラは「そうでしょう?」とばかりにシルー夫人に微笑みかける。

 両親が同行しているためにジェストはおらず、そんな三人の会話を聞いていた周囲は冷ややかだった。


 そして翌日――。

 オリヴィアは憂鬱な気分で夜会の準備をしていた。

 シーズンだから仕方ないが、どうしてこう毎日どこかの屋敷で夜会が開かれるのだろうと、オリヴィアは恨めしい気持ちになる。

 本来なら欠席することも可能だが、母がそれを許してくれないのだ。


 特に今夜は、オリヴィアがデビューを果たしたアバック伯爵家での夜会であり、招待客も豪華だ。

 両親はもちろん、ジェストも出席することになっている。

 姉のマヌエラは夫である伯爵と他国へ旅行に行っているため今シーズンはいない。


 兄であるジェストがいてくれるのは心強いが、ローラが婚約者を紹介すると昨夜約束してくれたことが心配だった。

 実業家の彼にとっては、それが不利になるのではないかと思う。


 ただ、かなり嬉しいこともあった。

 今朝早く、デュリオから手紙が届いたのだ。

 手紙にはようやくベッドから出られるようになったこと、ただの旅疲れで五日間も寝込んだ自分の不甲斐なさを嘆き、また伝染病ではないので安心してほしいとのことだった。

 そして何より、オリヴィアからの手紙と花束がどれだけ嬉しかったかが綴られていたのだ。

 自分の好きな花ばかりで、覚えていてくれてとても嬉しいと。

 オリヴィアはもう一度その手紙を読み返し、喜びを胸に刻むように抱きしめた。

 これだけで頑張れる。


 勇気を得たオリヴィアは、先ほど届いたばかりの手紙の封を切った。

 そして読み進めるうちに安堵の笑みが浮かんだ。

 以前、両親に隠れてこっそり出した手紙の返事には〝いつでも受け入れるので安心してください〟とある。

 オリヴィアはさっそく〝ありがとうございます。おそらく近いうちにお世話になると思います。よろしくお願いしますと〟と返事を書いた。


 宛先は王都の外れにある〝国立救女院〟。

 困窮した女性や複雑な事情――未婚で身籠ってしまった女性などを一時的に保護し、また仕事の斡旋もしてくれるらしい。

 オリヴィアの事情はかなり軽いものではあるが、わずかでも財産があるために迷惑をかけることはなく、ひとまずの宿泊と仕事の提供をしてくれるそうだ。 

 しかも救女院は農作物や植物の栽培と、一部の職員たちによる品種改良などの研究にも力を入れているらしく、ひょっとして何か力になれるかもしれないと考えていた。


 ほっと息を吐いたオリヴィアは、デュリオに次に会った時に婚約破棄をお願いしようと決意した。

 ブレイズには努力すると約束した形になってしまったが、このようにデュリオに恥をかかせてしまっては、それもできない。

 デュリオ側からの破棄であれば、彼の名誉も回復できるはずである。


 やがて時間になり、伯爵家に到着したオリヴィアは、アバック伯爵夫妻によそよそしく出迎えられた。

 前回とのあからさまな違いに子爵夫妻は憮然としていたが、ジェストは皮肉げに笑う。


「あの方たちはもう少し立派な方かと思っていたけれど、所詮は俗物だったな」

「え?」


 その言葉に驚いて、オリヴィアは兄を見上げた。

 兄であるジェストはあまり他人を悪く言うことがない。

 今ではすっかりオリヴィアの周囲に人が集まらなくなったことをいいことに、ジェストはにやりと笑って小声で話し始める。


「〝沈黙は金、雄弁は銀〟だよ。社交界では、本音を口にも態度にも出さないように気をつけないとね。ただし、流されるだけで同意していると取られてもダメだ。相手に気分良く語らせて情報を得ながらも、自分の考えを悟らせないように、もしくは自分の考えに同意させるように話を持っていくべきだよ」

「それは社交界では必要なことなのでしょうけど、とても難しいことだと思うわ」

「確かにね。だけど、それができるやつは人を惹きつける」

「お兄様みたいに?」

「その通り」


 ジェストは謙遜することもなく頷いた。

 そして続ける。


「だが、あいつは身分も関係なく人を惹きつける。きっと私のように小賢しいことを考えず、自然とやってるんだろうなあ」

「あいつ?」


 珍しくジェストは悔しそうな、それでいて尊敬の眼差しを浮かべている。

 いつも自信たっぷりの兄にこんな顔をさせるのはひょっとしてと思ったオリヴィアに、明るい声がかかった。


「オリヴィア、ここにいたのね!」

「お久しぶりです、オリヴィア嬢」

「ローラ、リンドン卿……」


 初々しい婚約者同士の二人に何か言わなければと思うのに、言葉が出てこない。

 すると、ジェストが前に進み出て、ローラに声をかけた。


「久しぶりだね、ローラ嬢。お連れの彼を紹介してくれるかな?」

「お久しぶりです、カルヴェス卿。彼はわたしの婚約者で、チャールズ・リンドン卿です。チャールズ、こちらはオリヴィアのお兄様でジェスト・カルヴェス卿よ」

「はじめまして、リンドン卿。ご婚約、おめでとうございます」

「ありがとうございます。カルヴェス卿にこうして祝っていただけるなんて光栄ですよ」


 挨拶を交わしながら握手する二人を見て、オリヴィアは二人が似ているように思えた。

 顔形ではなく、雰囲気だが。

 きっと二人は仲良くなれると思いつつ、四人を遠巻きに見ている人たちに気付いた。

 このままでは、リンドン卿の仕事の機会を潰してしまうかもしれない。


「リンドン卿、あの――」


 心配して忠告しようとしたオリヴィアの言葉は、さざ波のように広がった会場のざわめきに遮られてしまった。

 何事かと四人も皆の視線が集まる入口へと視線を向けた。

 そしてオリヴィアは息を呑んだ。

 頬を紅潮させた伯爵夫人に迎えられて新たに入ってきたのは、婚約者であるデュリオだった。




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