魔法少女ではなく、魔法少年と遭遇しました。
息抜きにと、ふわっと思いついた短編です。
ほぼコメディーなラブコメ……だと、思います。
身体が冷えるなと、目を覚ました。
周りを見渡すが、室内の明かりはなぜか全て消されていた。
腕時計で時刻を確認すると、夜の八時。それは暗くて当然だろう。
図書室の端の、人目につかない場所で居眠りをしてしまった私の存在に気づかずに、当番の先生は退室してしまったのだろう。
「まっずいな、母さんに怒られるな、これ」
スマホを見てみると、着信の件数が結構すごいことになっている。
図書室に入る際に、バイブ機能すらオフにしてしまったのが仇になったのだろう。……家に帰ったら、確実に雷を落とされる。
ん――っと、背伸びをして帰る準備を整える。
電気が付いてないが、暗闇にも多少目が慣れてきた。これなら、スマホを懐中電灯代わりにして、通用口に無事に辿り着けそうだ。
と、からりと窓の開く音が静寂の中響いた。
「こんばんはーって、誰もいませんよねー?」
「いいから、早く中に入れ、ほら」
「うっわ、押さないでよ、兄さん。って、痛い、嘴が地味に痛いから!」
どすっと、お世辞にも軽やかとは言えない着地音と、鳥か何かの羽ばたく音がした。
なんだろう? と、音のした方に近寄ると、月明かりに照らされた窓辺には、
マジカルでリリカルな魔法少女的な衣装に身を包み、その手には同じくラジカルでリリックなステッキを持った少年がいた。
プラスのオプションとして、肩にサポートキャラ的な赤いリボンを付けたカラスを乗せて。
「………………今流行の、男の娘?」
うん、男の子だ。だって、骨格が女の子よりがっちりしてる。肩幅も意外とあるし、喉仏も暗がりの中で目立っている。
ここまで見事に女装した男子は初めて見た。珍しいので、できればちゃんとした明かりの中で見たかった。
こちらを見て固まっている姿は、中々にシュールなものがある。
だって、スカートから見えるのは学校指定のジャージである。……まだ、履くならレギンスくらいにしろ。
そこまであれな衣装を着て、なぜにそこで下にジャージを履くか。
「に、に、に、兄さん!! なんか女子生徒が残ってるんだけど!? オレのあれな姿を上から下まで舐めまわすかのように見てるんですけど!!?」
「当たり前じゃないか。お前が着ているそのコスチュームは、魔法少女要素が満載の逸品だぞ。目の前にあったら、細部まで記憶に残るように見てしまうに決まっているじゃないか。思う存分、先ほど練習した決めポーズでもして、記憶に残してもらえ」
「言ったよね!? オレって、この格好好きでしてるわけじゃないって!!」
「バカか、貴様。本来ならその珠玉の衣装に身を包みたかったのに、サイズがどうしても合わなくて泣く泣くあきらめるしかなかった、この兄の無念を晴らそうという気概がないのか!」
「いやいやいやいや。無理に着用しようとして、服を破いてなんちゃらっていうプリンセスにくっそ怒られてたよね!? で、そのペナルティでカラスになんかなっちゃってるよね!!?」
そして、女装男子に兄さんと呼ばれているカラスは、当たり前のように人語を話している。
これは夢の続きかと、騒いでいる二人には気取られないように、自身の掌をぎゅっと摘んでみる。
……うん、痛い。目は覚めてるってことか。
そうか、これ、現実なのか。
「えーと、見なかったことにするんで、失礼します」
二人のやり取りを聞く限り、面倒くさいものしか感じなかったため、早々にこの場を立ち去る判断を下す。
まだ、普通に一般的な魔法少女と、もう少し可愛らしいマスコットキャラがいたら、えぇ、何それ、すごーいっとか言って走り寄ったかもしれないが、この二人はダメだ。
さっさと立ち去ろうと、図書室の扉に手をかけた瞬間、
「見つけましたわ!!」
開ける筈だった扉が開き、背後にいる女装男子と同じく、マジカルでリリカルな魔法少女的な衣装に身を包み、同じようにラジカルでリリックなステッキを持った少女がいた。
もちろん、プラスのオプションとして、両肩にはサポートキャラ的な猫をそれぞれ乗せて。
今度こそ、まごうことなき女の子が可愛らしい衣装に身を包んでいる。そうそう、これぞ、魔法少女。しかもツインテールとか鉄板ですね。
少女は、私の方にちらりと視線を向けるも、女装男子の方へステッキを突きつける。
「こそこそ逃げ回るなんて、魔法少女の衣装に身を包む身として恥ずかしくないのかしら!?」
「いやいや、これって、うちの兄に無理やりですね、」
「だまらっしゃい!! そのコスチュームでステッキを持って、ステージである学校に乗り込んだということは、あなたの事情がどうであれ、参戦してるとみなされるのよ!」
少女の方から黒猫がするりと降り立ち、私の方へ近寄ってきた。
「……あちらのチームの関係者の方でしょうか?」
カラスが喋ってるくらいだから、猫もしゃべるよねーと、遠い目をしながらお答えする。
「いえ、赤の他人です」
首輪に付いている銀の鈴が、ちりりんと軽やかに鳴る。
「お嬢様。この女子生徒を安全な場所まで誘導して参ります」
「そうね。巻き込んでしまうと色々と面倒だもの。そうしてさしあげて」
「山吹、お嬢様は任せたぞ」
少女のもう片方の肩にのっている、白猫が頷く。
「では、こちらへ」
黒猫に先導されて、夜の校舎を歩く。
たまにちりりんと鳴る鈴の音と、私の足音だけが廊下に響く。
「状況をきかれないのですね」
上履きから靴に履きかえたタイミングで、黒猫が再び問いかけてきた。
「……巻き込まれたくないので」
素直に自分の気持ちを伝えておく。
あと、鬼のように着信履歴を残している母親がマジで怖い。
九時が我が家の門限である。この時刻を過ぎて家に帰ろうものなら、大変な事態になる。今なら、まだ間に合うラインなのだ。
「賢明な判断ですね。校舎を出れば、巻き込まれはしないのでご安心ください」
扉に手をかけ、校舎外に出ようとした瞬間、
「夜道は暗いのでお気をつけて、長春ありかさん」
名乗ってもいないのに、名前を呼ばれて驚く。
慌てて振り返るも、そこにはもう、何の姿もいなかった。
――――キツネではなく、猫につままれたとでも思おう。
と、早くに決断し、足早に家に帰る。
よく分からない事があった翌日。
いつものように登校し、自分の教室に向かう。
入り口で、クラスメイトの男子生徒とすれ違う時、お互いの肩が少しだけかすめてしまう。
「うわ、ごめん」
かしょんと硬い音がして、足元に瓶底メガネ――いわゆるぐるぐるメガネが落ちる。
こんなマンガみたいなメガネをしている生徒は、我がクラスの誇る秀才君しかいまい。
「ごめんね、梨野くん。はい、これ落ちちゃったけど、うわ、傷ひとつついてないとかすごい……」
ぶつかってしまった私が言うべきことではないが、フレームすら歪んでない頑丈さに驚いてしまう。
「すごいでしょ。結構重たいんだけど、そこまで厚くないと本当に何も見えなくて困るんだよね」
「いやいや、私が言ってるのはレンズの厚さではなくて、メガネ自体の強固さというか、」
差し出された手のひらに、メガネをおいてあげる際に、まじまじと見たクラスメイトの顔に言葉途中で固まってしまう。
――――瓶底メガネに隠されたそこそこキレイな顔にもベタすぎてビックリだけど、どこかで見たことある顔である。
昨日は、学ランではなく、もっと面白ろ可笑しい恰好をしてたよね。
電気も付いていなくて、暗がりだったけど、顔くらいは見えたのだ。
間違いなく、昨夜の魔法少女……いや、魔法少年もどきか。それに違いない。
梨野くんは本当に視力が悪いのか、私のことに気づいてないらしい。
でも、昨日はメガネをかけてなくても普通だったのに、どういうことなんだろう? コンタクト? それとも、何かの補正でも入ってたのだろうか。
いや、そんなこと気にしちゃダメだ。
気付かれる前にとっとと離れよう。そして、今後、極力彼には近づかないようにしよう。
「本当にごめんね」
と、もう一度だけ謝って、自分の席へと移動する。
席の一歩手前で、可愛らしい猫の形をした銀色のしおりが落ちているのに気づく。
……猫。
いや、考え過ぎちゃダメだって。
誰のだろうと思って拾ったしおりを眺める。
「あぁ、落としてしまってましたか。拾って頂いてありがとうございます」
すっと差し出された手の主に目を向けると、濡れたように艶やかな黒髪の見つめられたら思わず頬を染めてしまうような美男子が微笑んでいた。
女子生徒のハートを鷲掴みにしている有名な双子の片割れである。
私も女子というものなのだが、ここまでお綺麗だと、同じ人間に見えなくて、普通の女の子みたくうっとりできないんだよね。
「奏多くんのだったんだ。はい、どうぞ」
しかし、なんだろう。何かがひっかかる。
「どうしたんですか? いつもは塩対応な長春さんが、僕のこと見つめるなんて。ついに見惚れたくなりましたか?」
「いや、ないね。奏多くんくらい綺麗だと、もはやどうでもいいというか、しかも、双子で同じ顔が二つ並ぶとか、お腹いっぱいというか」
女子として、隣に並んでほしくない。
平凡顔の私の隣には、同じく平凡顔の彼氏が望ましい。うん、まだいないんですけどね。
「月白!」
甲高い声がして、女子生徒が男子生徒を一人引き連れて近づいてきた。
学校でも有名な女子生徒である。美形で双子の奏多兄弟を護衛としている、どこぞのお金持ちなご令嬢だったはずだ。
名前はなんだったか、なんか漢字で書いたら大変そうな苗字だった筈。
「お嬢様、どうされましたか?」
……お嬢様。いやいや、お嬢様なんて呼ばれてる女の子なんて、世の中に多少はいらっしゃいますもんね。
昨夜の魔法少女と同じ呼ばれ方したからって、反応し過ぎだって。
「始業前に悪いのだけど、付いてきてくれる? 山吹だけでは、対処が難しいの」
………………山吹。えと、それも、昨夜聞いたような。
背中に少しばかり嫌な汗をかきながら、目の前の三人を改めて観察する。
お嬢様と呼ばれた女子生徒は、髪形をツインテールにこそしていないが、昨夜見た少女にそっくりである。
奏多兄弟。今、はじめて下の名前を認識したが、月白と山吹と呼ばれていた。
昨日、魔法少女が方にのせていた白猫と、同じ名前である。
しかも、お嬢様と、月白と呼ばれていた奏多くんの方の声に、聞き覚えがある。
こそーと、その場を離れて、自分席に着く。
教室にまだいる、例の三人組とか、ぐるぐるメガネのクラスメイトを視界に入れたくなくて、窓に目を向ける。
が、教室から見える近くの樹には、どこかふてぶてしい感じのするカラスがとまっていた。
もちろん、昨夜同様に赤いリボンを付けて。
…………え、何、これ。
衝撃のあまり、私は机に突っ伏した。
お付き合いありがとうございました。
この後、ありかにどのような災難が降りかかったかはご想像にお任せします。
取りあえず、くっつくとすれば月白さんだと思われます。