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俺たちの国に異世界が転移してきた日。  作者: 月海水
第一章 異世界が転移してきた日。
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08. 廃屋でのやりとり

第一章開始です。

 夜闇に包まれた城下町。

 だが、町は眠ることを許されていなかった。あちこちで松明や魔法によって灯りがつけられ、大勢の人間が外を忙しなく歩いている。普段はみんな寝静まっているであろう深い時間だが、こんなにも多くの人間たちが出歩いているのは、王都、またリーセア王城が受けた強襲のせいだった。敵の魔術師に破壊された家屋の補修、通りに刻まれた戦いの爪痕の修繕、火が放たれた王城の被害調査。やることは山積みだ。

 

 リーセア城下町の混乱自体は収束を見せつつあった。

 敵魔術師のリーダー、リー・ダンガスを竜弥たちが倒したことで、敵残党は指揮系統を失って撤退。生き残った王国騎士たちの尽力によって、負傷者の救護活動も進んでいる。


 敵を追い出すことには成功した。だが、敵による強襲もまた、紛れもなく成功したのだという事実は認めざるを得ない。それが現在の状況だ。




「……どうにか、片付いたわね」


「本当にしんどかったぞ。今日だけで何回死にかけたことか」


 王城から離れた城下町の端、使われていない木造の廃家屋に腰を落ちつけた竜弥たちは、ガラスが砕けて風が吹き込んでくる窓から、外の様子を眺めていた。町の住民たちが通りに散乱した瓦礫の後始末に追われているのが見える。通りの端の暗がりには、地面に倒れて動かない町民の姿もちらほらあって、竜弥の心は痛んだ。


 照明がなく、差し込む月光だけがほのかに周囲を照らす薄闇の部屋の中で、ユリファはうんと伸びをした。


「確かに、ここまで巻き込まれるなんて竜弥は運が悪かったわね。いや、死ななかったんだから、運が良かったのかも?」


「これで運が良かったっていうなら、昨日までの俺の生活はありえないくらい幸運続きだったよ」


「そんな皮肉が言えるなら、問題はなさそうね」


 竜弥たちが廃家屋に身を隠すことにしたのは、王城で出会った少女、リーノから逃げるためだった。また彼女と遭遇すれば、面倒なことになるのはわかり切っている。竜弥はリーノが何者であるのかを知らない。本当はそのことをユリファに問いたかったのだが、彼女はその話を少しでもすると不機嫌になるため、未だ聞き出せてはいない。


 廃家屋内には家具の類は全く存在せず、誰かが捨てていったのか、壊れかけの木箱だけがいくつもあって部屋の中央で山を作っていた。ユリファはその山の下層の一角にちょこんと座る。こうして見ている限りでは、ただの可愛い女の子だ。戦闘中の見る者に威圧感を与える姿とは上手く結びつかない。

 

「――そろそろ説明をしないとね。今、この国が一体どうなっているのか。そして、竜弥の身体に巡る『魔魂』のことについても」


「ああ、そうだな。ここまで考える暇もなく急き立てられるように来たけど、さすがに説明不足が過ぎる。日本に転移してきたのは、この王都だけなのか? それとも他にもこんな風になってる場所が? こんな混乱は、ここぐらいであってほしいもんだけど」


 竜弥の問いにユリファはふるふると首を横に振った。


「残念だけど、正解は後者。この日本という国の各地に、リーセア王国の国土が出現しているはず。本当はリーセアがそっくりそのまま転移されてくるはずだったけど、さっきも言った通り、大規模転移術式は完全には成功しなかった。だから、リーセアの国土の約半分くらいが、バラバラに裁断されて、デタラメに組み上げたパズルみたいに日本全国に散らばって転移することになったわ」


「日本にとっちゃ、はた迷惑な話でしかないな……置き換わって消えちまった日本の土地はどうなったんだ?」


「恐らく、入れ替わる形でこっちに来たリーセアの国土、それが元々あった場所に逆転移されていると思う」


「こっちの国土も異世界転移してんのかよ……」


 日本は現在、どれほどの混乱にあるのだろうかと考えた竜弥は、ふとあることを思いついた。制服のズボンのポケットを漁って携帯を取り出す。電波が繋がるかどうかが心配だったが、どうやら無事だったようで使い慣れたブラウザが開かれた。


 竜弥はニュースサイトを検索し、アクセスする。そこには、彼が思った通り緊急速報の見出しが飛び交っていた。見慣れた場所が異世界と入れ替わったことで、日本中は大混乱状態のようだった。


「さすがは文明の利器だ。偉いぞ、俺の携帯」


 とりあえず情報はリアルタイムで得られそうだ。竜弥がさらにページをスクロールさせていく。


「何を見てるの? わ、すごい。どうやってこれ表示されてるわけ?」


 近づいてきたユリファが横からひょこっと画面を覗き込んできた。彼女は携帯が珍しかったのか、口に手を当てて驚く。そういえばあやふやになっていたが、ユリファは異世界人なのだ。そのことを竜弥は再認識する。


「そっちの世界にはこういう通信端末はないのか? ないと不便そうだけど」


「わたしたちは、魔法である程度のことができるからね。情報伝達には基本、魔法を使うかな」


「へえ、一般人もみんな魔法が使えるのか?」


「普遍的な魔法ならね。戦闘で使うようなものや、大規模術式は魔術師じゃないと使えないけど」


 竜弥とユリファは顔を寄せ合って、小さな画面に表示されるニュースサイトをざっと見ていく。その中には写真や動画などの視覚情報も多い。これだけ大きな事件だ。SNS等で情報は拡散され、それがニュース記事にまとめられている。

 それを見ていくと、どうやら転移の規模も色々のようだ。異世界転移が起こったのが夕方のこと。そのため、どの写真も夕暮れから夜にかけての写真だ。小規模な地域の転移だと商店街の真ん中に氷河の一部が出現したり、大規模なものだと街数個をまとめた範囲が平原と置き換わったりしているのが確認できる。


「『日本領海内に、未確認の陸地出現』とかもあるぞ……マジで大変なことになってんな」


 大量に表示される情報。その中でも繰り返し報じられていたのは、関東の被害状況だった。見出しを見て竜弥は驚愕し、目を丸くする。


「――はっ!? 東京消滅? まるごと異世界と置き換わってるって、おいおいマジかよ!」


「その東京っていうのが、この国の中心都市なの?」


 ユリファは小首を傾げて訊ねてくる。竜弥は大きく頷いてその記事に目を通す。


「東京が消滅して、政府も主要行政機関も吹っ飛んだって書いてあるな……こりゃ、かなりのパニックになりそうだ」


 事態の重さがだんだんと理解できてきて、竜弥の頬を冷汗が流れていく。


「てか、転移の瞬間とかに色々事故起きてるんじゃないのか……? 車とか電車とか乗り物類の事故、電線、水道管、ガス管なんかのライフラインの切断――その他も諸々……うわ、考えたくねえ」


 最悪の想像が頭をよぎった竜弥だが、それに対しては、「安心して」とユリファが冷静に答えた。


「元々、アールラインを日本に転移させた大規模転移術式には、万が一、転移先に干渉した際の安全装置のような補助術式が組み込まれているわ。多分、アールラインと日本の境目に存在した物体は無事なはずよ。たとえば、乗り物の類ならその場に停止、移動させられることもあるし、ライフラインにどんなものがあるのかはよくわからないけど、切断っていうことなら、川なんかもなんらかの形で整合性が取れているはず。別の形になったり、小規模なものなら消滅したりね。あとは、転移時に二つの国の境目に存在した人間も、どちらかの領域に移動させられていると思う。身体が真っ二つになったりはしてないわ」


「それを聞いて、今日一番ほっとしたよ……」


 竜弥は大きく安堵の息を吐き、胸を撫で下ろした。もし、転移術式がその辺の安全を考慮していなかったら、今頃日本は異世界など関係なく、大量に発生した事故で壊滅状態に陥っていただろう。


「わたしたちがお互いの言語を理解できるのも、転移術式内に翻訳術式が組み込まれていたから。国家規模の術式だから、ちゃんと考えられて組まれてるのよ」


 確かに、竜弥は言語の問題についても気になっていた。なるほど、リーセア王国が用意した大規模転移術式とやらは、かなり手の込んだもののようだ。


「だが、これからどうなっちまうんだ、一体……?」


 ユリファは再び木箱に腰かけると、足を組んで苦い顔をした。

「……当面は、この歪な状況の安定化に努めるべきでしょうね。リーセア王都は強襲でボロボロ、日本側も政府中枢が消滅。この状況でモンスターが襲ってきたり、さっきの魔術師たちがまた攻撃してきたりしたら、被害が大きくなりすぎるわ」


「おい、ちょっと待て。モンスターとかも存在するのか、そのアールラインって異世界には」


「いるよ。結構獰猛なのも多い」


「洒落になってねえな……そんなのが大宮なんかに出現したら一たまりもないぞ」


 日本の都市は科学技術こそ発達しているが、モンスターやら敵対勢力やらと戦う能力は皆無といっていい。モンスターが街中に出現=都市の壊滅といっても、間違ってはいないだろう。


「リーセアも日本に迷惑をかけるつもりはなかったから、今の状況は不本意でしょうね。リーセアの王国直属の騎士や魔術師にモンスターを押さえ込んでもらうのが最善だけど、王都がこんな有様じゃ、いつ頃の対応になるか……」


「加えて、さっき襲ってきた奴らもいる。そいつらのこともどうにかしないといけないんだろ?奴らはなんなんだ? 敵対している他国の魔術師とか? 目的は?」


「……あいつらは、他国の兵隊ってわけじゃないわ。リーセア王城に存在していたある物を狙う組織団体だった。今回の強襲もそれが目的。まあ、バックには、あいつらに金杖を渡したどこかの国もついてるようだし、あながち外れてもいないけれど。その協力国の目的はリーセア王国の滅亡だったみたいだからね。でも、利害が一致しただけで、リー・ダンガスたちの団体と、バックの協力国は狙いが全く別」


 そう言って、ユリファは木箱に座ったまま身を乗り出し、竜弥のことをじっと見た。


「そして――リー・ダンガスたちの目的の方は、永遠に達成されなくなった」


 自嘲気味に唇の端を歪めたユリファは竜弥のことを、びっと指をさした。そうして彼女は、驚く一言を口にする。



「奴らが探していた物はね。竜弥、あなたの身体と混ざり合ってしまったの」


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