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俺たちの国に異世界が転移してきた日。  作者: 月海水
第一章 異世界が転移してきた日。
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05. パーフェクトなパタァーン

 二、三階建ての煉瓦造り家屋が並ぶ住居地区。

 その間を縫うように作られた通り、そこを突風の如く突き抜けていくのは、ただの男子高校生と幼女の二人組。物が散乱し、あちこちで叫び声と火の手が上がる荒れ果てた町中を、どんどんと進んでいく。


「竜弥ッ!」


 ユリファの求めに応じ、竜弥は両手を広げた彼女の懐に飛び込んだ。小さくて柔らかいユリファの身体に抱き締められ、それと同時に初めてほどではない、鈍い痛みが走った。

 ユリファの周囲には例の黒光が展開し、その中に竜弥から喰らった虹色の『魔魂』が取り込まれていく。

 三大魔祖が一人、ユリファ・グレガリアス。その強大な力――黒光の一部が地面を介して雷撃のように溢れ出て、周囲に置いてあった木製のタルを跡形もなく砕く。


 二人の正面に立ちはだかるのは、金色の杖を手にしたスーツ姿の魔術師二人。


「金杖よ、この場に最適な術式を展開せよ!」


 魔術師の金杖から発せられた強烈な黄金の光がユリファの黒い雷撃を阻んだ。しかし、取り戻した三大魔祖の力を完全には殺し切ることはできない。数秒の間、互いの力が拮抗した後、黄金の光を突き抜けて黒の雷撃が相手二人を襲う。


「な、なぜだぁぁぁぁぁぁ!」


「金杖に刻まれた術式は完璧だったんじゃないのかよッ!」


 金杖への絶対的な信頼が崩れ、魔術師たちは絶叫と共に、黒い雷撃に呑み込まれた。白目を剥いて卒倒した二人を確認し、竜弥とユリファは住居地区の通りを抜ける。

 

 ユリファ主導で行われている魔術師の掃討は順調に進んでいた。今の魔術師二人もカウントすれば、おそらく十人弱ほどの相手を無力化したはずだ。


 王都強襲の手助けをした際、敵勢力と接触する機会があったユリファの見立てでは、被害の派手さに比べて、実働部隊の人数は多くなく、三十人から五十人ほどの規模らしい。少なくとも五分の一ほどは潰せた計算だ。


「異国の魔術師め! リーセアの尊厳、打ち砕かせはせぬ!」


「尊厳? 笑わせるねぇ! んなもん、家畜の餌にでもしちまえ!」


 住居地区の敵を排除し、王城から真っ直ぐに続くメインストリートに竜弥たちが出ると、至るところで敵の魔術師とリーセアの王国騎士たちが戦闘を繰り広げていた。

 元々、城下町の警備にあたっていた騎士たちは、王城の火災に巻き込まれることもなく、抵抗を試みているようだ。


 だが、敵は王国騎士の戦闘パターンを金杖により完全に予測済みであるため、騎士たちの形勢は著しく悪い。全ての攻撃を受け止められてしまうのだ。

 そのため、騎士たちは敵の動きを釘付けにするのが、精いっぱいの状況のようだった。


「よく持ちこたえたね! あとはわたしが引き受ける!」


 砂埃を巻き上げ、高速で大通りの中心に滑り込んだユリファの周囲に、黒光で作られた柱状の物体が、地面の下から四本突き出るように出現した。月の下で禍々しく輝いた黒い光柱は、それぞれが竜巻のように激しく回転を始めると、無数の黒光の弾丸を全方位に射出する。


「ぐあぁぁぁ! なんだその力はぁ!」


 敵の絶叫。

 ユリファの攻撃はただばらまいているように見えたが、打ち出された弾丸の雨は恐ろしいまでの精度で敵の魔術師の身体のみを貫通していた。

 鮮血が地面に飛び散り、ユリファの背後から様子を見ていた竜弥はそっと目を背ける。


「増援か!? 助かる!」


 近くにいた王国騎士の一人に感謝の言葉をかけられ、ユリファの顔がほんの少しだけ歪む。


「感謝されるようなことはないわ。当然の責任だから」


 そう言い残して、彼女は騎士から離れた。騎士は意味がわからずにきょとんとしていたが、ユリファの心境は複雑なのだろう。

 リーセア王城襲撃の原因、その一端は彼女にある。そうせざるを得ない理由があったとしても、責任を感じているはずだ。


「……あんま、背負い込むなよ」


 竜弥はユリファの背中に声を投げるが、


「何も知らない竜弥に言われても、説得力がないよ」


 と、振り向いた彼女に小さく微笑み返されてしまった。

 当たり前のことだが、出会って半日も経っていない竜弥に、ユリファが心を開くことはない。しかし、ユリファの浮かべる笑顔には危うさがあって、どうしても心配になってしまうのだ。


「まだ敵は残ってる。頑張らなきゃね」


 ユリファがわざと明るく、そう言った時だった。



「――あぁ、なんてことだ。我が金杖魔術師部隊がここまで壊滅するとは」



 甲高くて気色の悪い声が大通りに響き渡った。


 竜弥とユリファは警戒態勢に入り、その声の主を目で探す。すると、少し離れた橙色の煉瓦の家の陰から、一つの人影が現れた。

 その動作に警戒心は微塵も感じられなかった。

 戦場のど真ん中にいるとは思えないほど、リラックスした様子で、人影は竜弥たちの前までゆっくりと歩いてくる。

 左手には金杖。右手には何も持たないその人影は、赤色のネクタイと洒落たスーツを合わせ、その上から、ローブのようなものを羽織った奇妙な恰好だった。


 顔には無数の皺、髪は薄くなっていて、頭皮がうっすらと見えている。皮膚にはねっとりとした脂が浮いていて、それが光に反射して輝いていた。

 目の前に現れた人影、それは六十代くらいの汚らしい初老の男。他の魔術師たちが見た目二十代くらいの若者ばかりだったので、その風貌はとても目立つ。洒落たスーツも無理やり着せられたように、まるで似合っていない。


 初老の魔術師は戦意さえないのか、自分の右手の平をぼうっと眺めていた。竜弥たちにはちらりとも視線をくれない。不気味な雰囲気を持つ目の前の彼も、服装からして敵の魔術師のはずなのだが。


「ユリファ……こいつはどうすればいい?」


「……」


 竜弥の問いかけにも答えず、ユリファは緊張した面持ちで初老の魔術師から目を離さない。


「戦意がなさそうな奴も倒すのか?」


「……ちょっと黙ってて。なんだか、すごく嫌な予感がする」


 初老の魔術師は俯いたまま、何もない右手をまだじっと見続けていた。


「黙ってろったって、黙ってられねえよ。こんな気持ち悪い奴、今までとは明らかにパターンが違う――」


「………………………………パタァーン?」


 竜弥の言葉を遮るようにさっきと同じ、甲高い高音の声色が聞こえた。


「へ?」


 竜弥が呆気に取られた表情を浮かべた瞬間――


「――――パタアァァァァァァァァァァァァンッ!」


 背筋に怖気が走る超高音の絶叫。それが初老の魔術師の口から放たれた。竜弥とユリファは驚いて面食らった顔をする。急にガバッ! と顔を上げた魔術師は、左手に持っていた金杖の柄を思い切り地面に打ちつける。


「そうだ。この世は全てがパタァーンで出来ている! 美しくロジカルに組まれたパズルの如し、構成物なのだ!」


「……思ってたよりヤバい奴、なのか?」


 竜弥は迫力に気押され、一歩下がって顔をしかめる。ユリファは潜在的な脅威を感じ取って、目つきを鋭く研ぎ澄ました。


「パタァーンこそ、この世界を統べる正義! そして、パタァーンを従えるワタシの『才能』こそ、この世界を作り上げる真理!」


初老の魔術師は金杖をブンと振って、球体のように丸くなった先端を竜弥たちへと向けた。


「『才能』?」


 魔術師の言い方が気になって、竜弥は呟くが、敵は全くお構いなしに口上を続ける。


「この金杖は、ワタシのパーフェクトな作戦パタァーン! によって生成された、完全無欠の戦闘インターフェース。なのに、これを持たされていながら、キミたちのようなガキ共に負けるなんて、ワタシの部下たちは何をやっているんだぁ!?」


「俺たちの存在はお前の想定範囲の外だった。そういうことだろ?」


 異様なテンションの魔術師に向かって、苦い顔のまま竜弥は言う。だが、魔術師はそんな横槍を気にも留めず、再び、右手を顔に触れそうな距離まで近づけて、手の平を凝視した。


「想定の範囲の外? 何を言ってるのかな、キミは。ワタシは部下たちにちゃんと全てのパタァーンを伝えていたよ? イレギュラーな存在に対する行動パタァーンは完璧に立てていたはず……。そして現にこの状況は、対イレギュラー用行動パターンNo.68『三大魔祖が一人、ユリファ・グレガリアスが能力を取り戻し、なおかつこちらを裏切った場合』とNo.437『「魔魂」を無尽蔵に生み出す新兵器が使用された場合』を複合した、応用・複合対処パタァーンNo.84776『三大魔祖が一人、ユリファ・グレガリアスが「魔魂」を無尽蔵に生み出す移動型兵器を利用し、リーセア王都内で我が部下の掃討を開始した際、彼女が侵攻開始から12分後に大通り3ブロック目で、自らが彼女たちと相対した場合』に相当するッ! パーフェクト! 実にパーフェクトな作戦パタァーンだ!」


「頭おかしいんじゃないの……?」


 ユリファが心底引いた様子で眉根を寄せた。だが、初老の魔術師は意に介さない。


「部下たちはこんなにもパーフェクトな『パタァーン』をきちんと覚えず、攻撃が来たら防御、火力が足りなければ自己強化、負傷すれば回復などという安い『パターン』で動いているから、金杖がお飾りにしかならなかったのだ!」


 魔術師が右手で己の顔面をがしりと掴むと、対応するように上空に十数の白光魔法陣が出現する。


「……この世の全てはパタァーン。自然の法則も全てがパタァーンに帰結し、イレギュラーでさえも、物理法則から逃れることは不可能であるから、パタァーンの派生形という立ち位置から脱却することは出来ない。よって、パタァーンを操るは世界の理を操るも同じ!」


 バッと右手を振り下ろし、そこで初めて、初老の魔術師は鋭い眼光を竜弥たちに向けた。


「――さあ、パタァーンの神髄をお見せしよう。ワタシの名はリー・ダンガス! 王都を強襲した魔術師たちの長にして、パタァーンを極めた最高位魔術師であるッ!」


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