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12. 倫理欠損のディナ2

 その少女はかつて倫理と風紀を重んじる、小隊の優等生だった。

 彼女がいてくれたから、小隊の規律は守られ、そして、エイドたちは着実に成果を積み上げることができた。

 エイドは彼女に感謝している。


 だから。


「エヘヘェ! 頭がぐらぐらするよぉ~~~。快楽が足りないぃぃぃ。もっと! もっともっともっとッ! 汁が飛び散るような悦楽に浸りましょう!?」


 エイドは、彼女を殺してやるのだ。


「下品だな。女魔術師」


 顔見知りとして、説得を試みることはしない。

『ミーム』に汚された人間は元には戻らない。これは奇跡が起きても変わらない事実だ。

 だから、エイドは愛すべきディナと目の前の女を同一人物として扱うことはしない。ディナの身体を乗っ取り暴れる獣を殺す。


それこそがディナにとって何よりの弔いである、とエイドは考える。


「行くぞ」


 エイドが過去の部下へかけた言葉はそれだけだった。

 それと同時、彼は高速でディナの懐に潜り込む。彼女の死角から杖の先端を突き出すが、ディナは間一髪のところで身を引き、それを回避した。


「危ない危ないぃ! 本当に殺すつもりなんだね、あんたぁ!」


 ようやく戦闘モードになったディナは、瞳を淡く輝かせた。魔魂が身に満ち、彼女の背後には大きな一つの魔法陣が現れる。彼女は魔法陣に右手を突っ込むと、鈍く光る剣を取り出した。


 彼女は魔術師であるが、剣の腕も立つ。

 エイドと魔術の打ち合いをするのは分が悪いと、即時に判断して戦法を選択した辺り、王国魔術師としての勘は以前のままのようだった。


 魔術の行使はその使用者の技量で、発動までの時間が変わってくる。エイドの魔術の発動に追いつけないとしても、剣戟であれば追いつけるようになるのだ。


 ディナが剣を思い切り真横に振った。エイドは後方に下がってそれを避けるが、その隙を彼女は見逃さない。すぐさま、エイドに向かって飛び出した彼女は、彼の首元に二撃目を放つ。


 その剣筋は正確無比。

 全てを正確に行うことをモットーとしていた彼女の性分が現れている。


 皮肉なものだ。ほとんど酩酊状態で世迷言しか吐き出さない下品な女。そんな不快極まる存在が戦闘時に限って、正確な動きに正確な剣筋を見せてくる。

 

エイドはそこにディナの幻を見た。

『ミーム』に汚され、嗚咽を上げている彼女の姿を見た気がした。


 だから、終わりにしようと思う。


「――あ?」


 エイドの間合いに飛び込んできたディナ。

 彼女の突き出した剣先を、エイドは数ミリのところで避けていた。

 だが、ギリギリで避けたというわけではない。エイドにとって、彼女の剣を交わすことは余裕だった。


 彼女の剣は正確だ。

 そしてエイドは、それをずっと注意してきた(、、、、、、)


「僕はずっと注意していたけれど、結局、直らなかったね。剣が正確だということは、その分、相手にも読まれやすい。ましてや、ずっと共に戦ってきた味方になど通用するはずもない」


 ディナの身体がびくっと痙攣する。床に多量の血が流れ落ちた。

 彼女は状況がわからず、視線を自分の腹部へと下げる。

 そこに突き立っていたのは、エイドが隠し持っていた小振りなナイフだった。


 魔術師が得物を使うというのは、ディナの専売特許ではない。

 むしろエイドほどの高位魔術師であれば、活用しない方がおかしい。

 エイドは自身の服に隠していたナイフを、ディナが飛び込んできた地点で構えて待っていた。ただそれだけの動作。だが、正確な動きで飛び込んできたディナは、ナイフを避けることができなかった。


 エイドは部下のことは何でも知っている。

 それは小隊戦闘において、どんな状況でも仲間を助けるためだった。

 だから、彼はいつも仲間を観察していた。仲良く遊んでいた。悩みも聞き続けた。


「……殺すために、覚えたんじゃなかったんだけどね」


 ディナの身体から力が抜けていくのがわかった。彼女はだらり、とエイドにもたれかかって、激しく呼吸をしている。至近距離に近づいたディナに向かって、エイドは悲しげに笑ってみせた。


 良質なエンターテイメントなら、もしかしたらこんな死の間際、ディナは元の彼女に戻って、エイドにお礼を言うかもしれない。だが、『ミーム』の呪縛は最期まで彼女を放さない。


 血走った瞳で、ディナはエイドを見つめて。


「――死ねッ」


 その瞬間、エイドはナイフを思い切り引き抜き、辺りには鮮血が飛び散った。

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