11. 回想:倫理欠損のディナ
「ちょっと! 何回言ったらわかるんですか? 女の子に過度なスキンシップはダメ! 遵守してくださいよ、小隊長」
それは懐かしい声だった。
エイド・ダッグマンがまだ魔術師軍全体の長ではなく、位の低い小隊長だった頃のこと。
その時にはすでに表の顔が出来上がっていて、エイドは男性女性関係なく、部下たちに過度なスキンシップを取っていたのだった。
「ああ。すまないね。わかってはいるんだが、愛すべき部下たちは平等に扱いたくなってしまって……。だからつい、成果を上げた時なんかは熱い抱擁をかわしてしまうんだよ」
「そんな真摯な顔して言ってもダメですからね! 最近じゃ、本気にしちゃう女の子たちも増えてきてるんです」
「本気? とは?」
「清々しいほどに鈍感ですね。ダッグマン小隊長を恋愛の対象にしているってことですよ」
そうやって苦々しく注意をしてくれる少女の名はディナ。新進気鋭のダッグマン小隊の中で、規律と風紀を重んじる少女だった。
エイドはディナと二人、王城の中庭にいた。正確には、くつろいでいるエイドのところに、ディナが注意をしにきたのだ。
彼女が忠告をしてくるのは、毎日のことだった。エイドはそんな彼女の説教を心地よく思っていた。ディナには悪いが、平和を感じることができたのだ。そうやって、部下に怒られている時間は、過去のエイドには体験できなかったものだ。
怒られている間、エイドはずっと、彼女の金色の髪の毛を見ていた。ふわふわと柔らかそうで、しかし、触ろうとすると怒るので、未だに触れたことはない。
「あー、またディナ怒ってる~! ほんと、見た目は派手なのに、一番真面目だよねー」
同じ小隊の女子が通りかかって茶々を入れてきた。
「っ~~!」
ディナは金色のツインテールを隠すように手で覆うと、恥ずかしそうに俯いた。顔は真っ赤に染まっている。茶々を入れてきた隊員がいなくなった後も、ディナは照れたように視線を逸らしていた。
「……やっぱり、変だと思いますか? 小隊長も」
「なにがだい?」
「……この髪と、性格があってないって」
自信なさげにディナは呟く。
だが、エイドは優しい笑みを浮かべて首を横に振った。
「そんなことはない。その髪は生まれつきだよね。とても綺麗な色をしている。真面目な性格のキミにふさわしく、気品に溢れた黄金色だ」
「本当にそう思いますか?」
「本当にそう思うよ。だから、ちょっとだけでいい。触らせてくれないかな?」
「また! すぐそうやって、人に触ろうとするんですから!」
どさくさに紛れて手を伸ばしたエイドから、ディナはバッと飛び退いて睨んでくる。
そして、まだ火照ったままの頬で彼女は言う。
「……そういうこと、言わない方がくださいっ。私だって、本気に……い、いえ! さあ! 今日こそは真面目に働いてもらいますからねーっ!」
それは、エイドの胸のうちに秘められた懐かしい思い出。
とても温かい、仲間との記憶の一つだった。