08. 作戦準備
「で、これからどうするよ。御神」
事態の全容を語ったエイド・ダッグマンは、ハイリと猫少女が持ってきたお茶を一口飲むと、そのまま渋谷へと向かってしまった。彼の迫力に呑まれた竜弥たちは止めることができず、未だに集落の中に留まっている。
「エイドの言葉が正しければ、結界を張っている三人の王国魔術師を倒した後、閃光魔術で合図をするってことだったけど……。正直、それまで何をして待っていればいいかわからないな」
敵教団は北、東、西の三つの廃墟を拠点として戦力を分散しているらしい。各拠点には幹部信者である元王国魔術師がいて、結界維持のために魔魂を供給しているそうだ。エイドはその三人全てを自分の手で殺すと言った。そして、その後のことは竜弥たちに一任するつもりらしい。
「結界が消えたらすぐに突入しなきゃならねえ。近くまで行って、潜伏できる場所を探すのがいいんじゃねえか?」
「ラディカルヒットの言う通りね。少なくとも、この集落からじゃ時間がかかりすぎる。戦闘のための準備を終えたら、ジャングルからは抜け出しましょう」
ユリファもラディカルヒットの意見に賛同する。竜弥も異論はなかった。
「よぉーやく、あたしの出番だねー! 戦闘はこの猫ちゃんに任せておいてよ!」
ハイリが手作りしたというナッツ入りのクッキーをぼりぼりと食べながら、猫少女も楽しげに言う。
「……なあ、ずっと思ってたんだが、お前の名前ってなんだっけ?」
竜弥はそんな彼女に気まずそうに訊ねた。もしや、一回名乗っていたっけ? と心配だった彼だが、
「へ? そんなの知りたいの?? 内緒だよぉー」
と猫少女が答えたことで、安堵と諦観の念のこもった息を漏らす。
「お前って、人をおちょくるの好きそうだよな」
「おー大好き大好き! よくわかったね! でも、名前を名乗らない理由は別にそれとは関係ないかな!」
「そうなのか?」
「あたしらは傭兵だからさー。ま、これから、あんま良くない仕事も請け負っていこうと思ってるわけ。だから、本名じゃ都合が悪いんだよねー」
へへー! と快活な笑顔で言ってはいるが、その実、言葉の意味は重い。
思えば、「ラディカルヒット」も彼が宿している無形上位存在の名前で、本名ではない。傭兵集団リトルアンガーは、その辺りも徹底しているようだった。
「……まあ、あまり考えないことにするよ。じゃあ、これからなんて呼べばいいんだ?」
「猫、でいいよ! 凝った呼び名考えるのめんどいっしょ?」
ずいぶんと簡素な呼び名だが、本人がいいと言っているのだから問題ないだろう。竜弥は頷く。名前を忘れることも、呼び間違えもなさそうだし、案外良いのかもしれない。
「それじゃ、そろそろこの集落を離れるぞ。全員、万全の態勢で渋谷へ向かおう」
「準備っていっても、私は竜弥から予め魔魂を喰らっておくくらいしかないけどね」
ユリファと軽口を叩きながら、木造空き家を出ようとした時。
「あ、あのっ」
呼び止められて、竜弥は後ろを振り返った。視線の先にいるのは、魔導人形の少女であるハイリだ。
「どうした、ハイリ?」
「あの……ですね。よければ、私も連れて行ってもらえませんか?」
その願いは唐突だった。
竜弥を含め、その場の全員が疑問符を浮かべる。ただの魔導人形である彼女が、なぜ戦闘に参加しようとするのだろうか。
「私も、その……『ミーム』には借りがあるんです……。詳しくは、言えないんですけど……」
「どうする? ユリファ」
「うーん、竜弥が決めていいわよ。非戦闘員を抱えるのは、あんまりオススメはしないけどね」
ユリファの否定的な言動に食らいつくかのように、ハイリは顔をぐっと近づけてきた。
「わ、私! これでも戦えます!」
そして、次の瞬間。竜弥の目の前にいたハイリの姿が消え。
首元に冷たい感触を覚えた。
同時に、背中に温かく柔らかいものが当てられる。
竜弥の首元に突き付けられていたのは、小型のナイフだった。今まで見た中で一番、原始的な武器。だが、それ故にその恐ろしさは伝わりやすい。
「どうですか!?」
ハイリの声がすぐ耳元で聞こえる。どうやら、竜弥は彼女に背後から拘束され、ナイフを突きつけられているようだ。ユリファとラディカルヒットは唖然として、ぽかんと口を開けたまま、こちらに呑気に見つめている。
というより、ハイリが後ろにいるということは、この背中の柔らかい感触は……。
「あのさ、ハイリ……」
「な、ななんですか! 合格ですか!?」
普段はこんなことしないのだろう。完全に動転しているハイリに、こんなことを言うのもどうかとは思うのだが……。
「ハイリ……たぶん、お前の胸が思いっきり当たってる……」
「なっ……!」
その後の反応は手に取るようにわかった。
ついさっき、セクハラで平手打ちされたばかりである。
ということで。
「竜弥さまの――へんたい~~~~~!!」
竜弥はハイリによってくるりと身体を反転させられると、その右頬に思いっきり平手打ちを食らったのだった。
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