06. 渋谷結界
今日は二回更新です!
「これは……厄介だな」
木造空き家の室内。
地球儀型魔導品による魔魂探索の結果表示を見て、ラディカルヒットは酷く口元を歪めた。同じく竜弥も、3Dで表示された地形の異変に気付く。
魔導品は正確に、渋谷中央に存在する魔魂の流れの集中地点を示していた。反応はセンター街を中腹まで入ったところにある。それ自体には何の問題もない。だが。
「なにこれー? なんか、魔魂の中心地の周りを何かが覆ってない?」
猫少女がずいっと横から顔を突っ込んできて、竜弥のすぐ横に現れる。彼女の匂いさえ感じ取れそうな距離で竜弥はドギマギするが、猫少女はそんなのお構いなしに魔導品に手を伸ばした。
操作によって、センター街の地形が拡大される。すると、彼女が言ったように、魔魂中心地の周囲をぐるっと壁のような何かが囲っていた。まるで、周囲から中心地を守るかのように。
「それは恐らく、魔魂による結界でしょう。私たちの集落に張られていたものと同種であると思います」
後ろで見ていたハイリがそう告げる。ユリファも彼女の意見に同意した。
「たぶん、何者かが再転移を阻止するために張ったんでしょうね。これじゃ中心地に侵入できないわ」
「でも、何者かって誰だよ?」
渋谷の中心地を守ることにメリットがある人間を思いつかず、竜弥は首を大きく傾げる。
「どんな理由で守っているのかは知らないけど……ま、十中八九『存在しない結社』だと思うわ。思ったよりもこっちの世界に、所属魔術師が来ているみたいだしね。他にこんなことをする存在は今のところ思いつかない」
「今までの流れを考えると、それが一番自然か……」
ユリファの推測に竜弥が納得しかけたところで、
「……待ってください。そうとは限りません」
背後にいたハイリが言葉を挟んできた。
「どういうことだ? 何か心当たりがあるのか?」
「ええ。実は最近、ヴェイズ森林地帯の内側――竜弥さまたちが渋谷と呼ぶ街に、『ミーム』の信者たちが集結しているのですよ」
「『ミーム』の信者?」
竜弥はハイリの言葉に眉をひそめた。
悩ましげなため息と共に、ユリファがハイリの言葉を継ぐ。
「……忘れてたわ。結界を張っているのが『ミーム』の信者っていうハイリの推論は当たっているかもね。アガディス=ランド級『ミーム』。その恐ろしさが精神汚染にあることは覚えてるわよね?」
「もちろんだ。人間のミームを奪って、獣同然にするってあれだろ?」
「そう。そして、『ミーム』は意図的に相手の精神を改変することもできるの。つまりは、特定のミームを抜き取ることで、思いのままに操るってことね。当然、狂信的な『ミーム』の信者に仕立て上げることもできる」
ユリファの言う理屈がわからないわけではない。『ミーム』に抵抗する意識を奪えば、その人間は『ミーム』に抵抗することができなくなる。だが、それでも、モンスターである『ミーム』がそんなことを狙ってやっているというのには違和感があった。
「恐らく、それは『ミーム』の動物的な本能の一部なんだと思うぜ、御神」
ラディカルヒットは魔導品から目を離して、納得のいかない竜弥の方を見た。
「別に『ミーム』が何かを考えてやってるわけじゃねえ。そういう風に遺伝子に組み込まれてるんだ。生まれながらに人間から搾取するための方法をな」
「なんて話だ……」
「『ミーム』の配下は元はみな、一般人だったはずです。『ミーム』の襲撃を受けたか、もしくは討伐をしようとして返り討ちにあった人々……しかし、現在の彼らは精神汚染を受け、『ミーム』の狂信的な信者となっています。教団を形成し、『ミーム』の都合のいいように扱われているのです」
ハイリはそう言うと、悲しげに目を伏せた。そんな彼女に、竜弥は根本的な疑問を問う。
「でも、『ミーム』にとって、人間たちは利用価値があるのか? 奴から見たら、人間なんてちっぽけな存在だろう?」
「……『ミーム』信者たちは『ミーム』討伐を阻止するのが主な仕事なんです。精神を汚染する部分を限定的にすれば、彼らは一般の人間社会に紛れ込んで、『ミーム』討伐の情報を得ることもできますから」
「マジかよ……本格的に胸くそ悪い話になってきたな」
「彼らは今、百人程度の集団で渋谷を占拠しています。中には腕のたつ魔術師の姿も。現在、渋谷は『ミーム』にとって、天敵のいない安心できる住処となっていますから、渋谷を確保するため、再転移を阻止しようと結界を張っているのかもしれません」
ハイリの仮説を聞いて、竜弥の背中に冷たいものが走った。
「なあ……ってことは、その渋谷にいる狂信者たちは、俺たちが再転移をしようとしていることを知っているってことじゃないか?」
竜弥の不吉な想像を否定することもなく、ユリファは口元を歪めて頷く。
「残念だけど、リーセア国の内部にも狂信者が紛れていたってことでしょうね。それも、王女のリーノに極秘で進めている再転移計画を知ることができるような、魔術師軍の中枢近くに」
その事実は、竜弥に衝撃を与えた。一国家の中枢にモンスターの影響力が働いている。狂信者が紛れているのは、魔術師軍だけではないかもしれない。知らないうちに、政治や行政にまでモンスターの信者が食い込んでいるかもしれないのだ。
「…………」
竜弥がその重大さに口を噤んだ時だった。
「やっと追いついた!」
その場の重い空気にそぐわぬ、妙に明るい声が部屋の中に響いた。竜弥はその声に聞き覚えがある。
「……って、何しにきたんだよ、お前」
竜弥が入り口へと目を向ける。そこに立っていたのは、何度も目にした長髪の優男。彼は底抜けに明るい笑顔を浮かべ、竜弥に向かって親指を立てた。
「待たせたね! 話は入り口で聞かせてもらった! 僕はこの地球上のみんなの味方! 正義を愛し、正義を愛する自分さえ愛する、そう、それはまさに――稀代のヒー! ロー! 魔術師!」
いつか聞いた口上とほぼ変わらぬ台詞を繰り返した彼は、
「エイド・ダッグマンだっ!」
自分の名前を高らかに叫び、戸惑う竜弥たちにウインクしてみせた。