04. 人形の集落
その森は、渋谷とガルミニウス峡谷の間に緩衝地帯として存在している。
ヴェイズ森林地帯と呼ばれた円環状の森林は、小動物から獰猛なモンスターまで様々な生き物の鳴き声で満たされていた。気温は日本のそれのままだが、辺りに植生している植物は、南米の熱帯林で見られるような形をしているものが多い。
「しかし、こういうのを目にすると、本当に日本はおかしくなったんだなって思うよ」
竜弥は行く手を遮る植物を手で押し退け、わずかに道らしき気配のする場所を進んでいた。
「気を付けろよ、御神。その辺には、素手で触るとかぶれちまう植物も多い」
「って、マジかよ! 早く言ってくれ、そういうのは……」
ラディカルヒットの忠告に顔をしかめた竜弥は手を引っ込めて、服の袖で植物たちを押し退ける方法に変更する。
「で、こんなジャングルの奥地みたいなところに拠点だって?」
「奥地じゃねえよ。まだ渋谷の街から十分も歩いてねえだろ」
「時間の問題じゃない。様々な空間が混ざり合った今となっちゃ、物事の見極めは自分のフィーリングで行うべきだ」
「なに適当抜かしてやがんだ。いいから黙ってついてこい。拠点までそうかからねえから」
額から汗を流す竜弥の顔面に、前を歩くラディカルヒットが避けた大きな葉が直撃する。竜弥が顔をしかめて自らが当たった葉を確認すると、そこには小さな虫がびっしりと張りついていた。
「ひぃぃぃぃぃ!!」
「恐ろしいわね、ジャングル……。いくら力があっても、虫には勝てないわ」
慄く竜弥を見て、ユリファは小さな身体をぶるっと震わせた。彼女は先ほどからずっと、竜弥の背中を片手でぎゅっと掴み、離れることなくぴたりとついてきていた。普段なら可愛いと思うところかもしれないが、竜弥だって顔面に昆虫は勘弁であり、ユリファどころではなかった。
「にしても、こんなところに集落なんてあるのか? とても人間が暮らせる環境じゃないぞ」
そうやって竜弥が嘆息すると、ラディカルヒットは振り返って不敵な笑みを浮かべた。
「どこのどいつが人間の集落なんて言った?」
「へ?」
「ふむ、そういうことね」
ユリファは竜弥の背後に依然、ぴたりとくっついたまま、一人納得した様子で頷いた。
「どういうことだよ」
「わたしたちの世界には、人間以外の知的生物もたくさんいる。獣人の類や、人型を保っていないような存在までね。だから、集落と言っても、人間のものを指すとは限らないのよ」
「……ってことは、初の異種族との邂逅ってことか? あんまイカツいのは勘弁だぞ」
獣人などであれば、ファンタジーでもよく見るし、受け入れることは難しくないだろう。しかし、完全な異形のものとなると、対峙した時に平常心でいられる自信が竜弥にはなかった。そんな彼の様子に気づいてか、ラディカルヒットは声を上げて笑う。
「んな、ビビるなって。見た目は人間にちけえよ。だが、獣人なんかよりもよっぽどレアな存在だ。楽しみにしとくといいぜ」
ラディカルヒットの楽しんでいるような笑みが、竜弥をさらに怯えさせるのだが、本人は全く気付いていないようだった。
「ようこそ、お越しくださいました。三大魔祖ユリファ・グレガリアスさま、御神竜弥さま」
生い茂る樹木の間、道なき道を抜けると、そこにはラディカルヒットが言った通り、木造の家屋が数十立て並ぶ小集落が現れた。そして眼前には、竜弥たちを出迎えるように一人の少女が立っている。
「……人間じゃないか」
長い黒髪に丸くて優しそうな瞳。顔立ちは整っていて、将来はきっと美人に育つだろう。色は白く、全体的に細い身体だが華奢ではなく、ほどよく引き締まっている。少し幼さも残る印象で可愛らしい。
竜弥は安堵したような、拍子抜けしたような、そんなどっちとも言えない気分になって、深く息を吐いた。どんなごつい異形の存在が現れるのかと思ったら、現れたのは普通の美少女だ。全く、ラディカルヒットの冗談に振り回されてしまった――と思った竜弥だったが、
「人間ではありませんよ。私は人形です」
それを裏切る一言が、彼女の口から出た。
「……は?」
真顔でそんな世迷言を言い放った少女に、竜弥は思わず無礼な返しする。だが、彼女は気にした様子もなく、えへ、と笑った。
「よくそういう反応をされます。でも、私は人形。そして、ここは人形の集落です」
「電波系の人……?」
「違うわよ、竜弥。その子、本当のことを言ってる」
竜弥の背後にくっつくことをやめ、彼の隣に立ったユリファは腕組みをして、じっと少女のことを見つめた。その視線はどことなく厳しい。
「そ、そんなに見られると恥ずかしいです」
照れ照れ、と顔を赤くする少女は、やはりどうみても人間だった。しかし、ユリファは真剣な眼差しを崩さない。
「身体の全関節から魔魂の気配がする。これは……典型的な魔導人形の構造だわ」
「魔導、人形……?」
聞き慣れない言葉が出て、竜弥はユリファに聞き返す。
「ええ。その名の通り、魔魂によって動かす人形よ。身体の各関節に、圧縮した魔魂を充填できる小型魔導品を配置して、魔魂の力によって駆動させるの」
「つまり、魔導品をアクチュエータ代わりにして動くロボットみたいなもんってことか……」
「その例え、逆にわたしがわからないんだけど……」
ユリファは苦い顔をしているが、なんとなくは納得できた。ということは、目の前の少女は本当に意識のないただの物……。
物ならば、と竜弥は物珍しげに少女の顔に触れてみようとする。しかし、
「あ、でも、自我があるから、勝手に触ったりしたらセクハラになるわよ」
と、ユリファが遅すぎる忠告をしてきた。
「え、マジかよ。それ早く言え――って、わああ!!」
いきなり言われても、伸ばした手を止めることなどできない。結論、竜弥の手は少女の頬をぷにっとつまんでいた。
「な、な……」
頬を掴まれた少女は再び、顔を真っ赤に染めると、
「なにするんですかーー!」
彼女の平手打ちが、竜弥の顔面を殴り飛ばした。