EX1. 彼は『有能』
本編で主人公たちに負けた魔術師たちの日常を書いた番外掌編です。
時系列は不明……。
暗い部屋。その場所は八畳ほどの空間があり、中央には四角いテーブルと対面する形で置かれた二つの椅子だけがあった。
「……あー……暇だと思わないかね、キミは?」
「そんなこと、俺に言われても困りますよ」
じめじめとした空間で、だらけきった声を出したのは六十過ぎの老人だ。禿げかけた頭までローブを被り、左手では金色の杖を弄んでいる。
その名は、リー・ダンガス。『存在しない結社』に所属するパタァーンの最高位魔術師である。
対して、その正面にふてぶてしく足を組んで座るのは、リーセア王城襲撃時、テラスでユリファに負けた雑魚魔術師だった。
リー・ダンガスは机に突っ伏し、やる気のない様子でため息を漏らす。雑魚魔術師は上司の不甲斐ない姿に顔をしかめている。
「作戦決行までの待ち時間、暇であるな……。何かして遊ぶか、部下よ」
「俺のこと部下って呼ぶのやめてもらえません? 俺にはちゃんとした名前が――」
「あーいい、いい。どうせ、名前など聞いても忘れるのだからな。お前は部下だ。それが呼び名だ」
「お得意のパタァーンみたいな感じで、ちゃんと覚えてくださいよ。人間扱いされてない気がするんですが」
「それはそうだ。ワタシは端からお前らを人間扱いなどしていない。パタァーンさえ使えない奴など、ただの有象無象のゴミでしかないだろう?」
「俺は『無邪気な箱』術式の専門家ですよ? パタァーンなんて、使いたくもないですよ。なんか気持ち悪いし」
「お前の『無邪気な箱』だって、相当気持ち悪いだろうが! ワタシのパタァーンは万物の理を制した完璧かつ美しい術式なのだ!」
「……じゃ、戦ってみます?」
「ふん? やる気か?」
「パタァーン術式は構造を知っている身内からすれば、いくらでも対処のしようがあるんですよ。あなたにパタァーンを提案する物を潰せばいいんですからね」
「侮るなよ、雑魚が」
「そっちこそ、年寄りはさっさと一線から退いてくださいよ」
「言ったな!」
リー・ダンガスは立ち上がると、金杖を振りかざした。
「パタァーン№198474『有象無象の雑魚部下が、ワタシに楯突いてきた時!』」
「行け! ミニチュア『無邪気な箱』!」
リー・ダンガスの金杖が鈍く光り、狭い室内には小さな白い魔法陣が三つ出現した。それと同時、八畳の空間は『無邪気な箱』へと変貌し、机の上で小さな胴体部が生成、四方の壁から筋肉質の腕が飛び出す。
「本気で行きますよ!」
「望むところだ、雑魚魔術師!」
こうして、二人の魔術師の力は激突し――。
「ははは。口ほどにもないわ!」
二分後。立っていたのは、最高位魔術師リー・ダンガスであった。雑魚魔術師は自身が言っていたように、リー・ダンガスにパタァーンがサジェストされることを阻止した。
しかし、腐っても最高位魔術師。リー・ダンガスの脳内にもある程度のパタァーンは蓄積されている。そして、そのパタァーンたちだけでも、リー・ダンガスは十分に戦えるのであった。
『無邪気な箱』を使役に特化した雑魚魔術師は所詮、術者を狙われれば脆い。
勝敗がすぐに決するのは、誰が見ても納得だ。
「うう……」
敗北に悔しがる雑魚魔術師。
彼を足で踏みつけ、リー・ダンガスは高らかに笑う。
「ハハハハ! 見たか! ワタシは『有能』なのだぁー!」
リー・ダンガスのけたたましい哄笑は、八畳の小部屋の中にいつまでも響き続けたのだった。