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02. リトルアンガー

「よう、同志」


 竜弥と視線を合わせてそう言ったのは、『ミーム』を撃退した丸刈りの男だった。年齢は三十代、筋骨隆々と言った感じで、全身に強靭な筋肉がついているのが見て取れる。首からはチェーンを下げ、その先端には髑髏の装飾がついていた。全身に目を移すと、白のタンクトップに迷彩柄の長ズボンという、頭部と合わせてみるとイカつ過ぎる服装をしている。


 しかし、竜弥はその服装に違和感を持った。

 彼は今の戦闘を見て推測できる通り、何らかの魔術の使い手だろう。


 ――だが、それにしては、服装が日本的すぎるのだ。


「妙な格好をしているな、異世界人」


 竜弥は警戒を露わにして、そう言葉を投げかける。首だけ振り返って一度、ユリファと視線を合わせるが、彼女も目の前の男に心当たりはないようだった。


 丸刈りの男は真剣な表情の竜弥を見て、その様子を鼻で笑った。


「なにがおかしい」


「いや、全部がおかしいだろ。お前、幼女に抱きかかえられて空を飛んでるくせに、なに格好つけてんだよ」


 笑いが堪えられなくなったようで、丸刈りの男は腹を叩きながら笑う。


「し、仕方ないだろ! 俺はお前ら、異世界の存在と違って空を飛べないんだから!」


 ユリファに抱きかかえられて飛ぶ絵面がヤバいのは、もう諦めかけていた竜弥だが、そうやって言われてしまうと反論できない。

 だが、赤面する暇はほとんどなかった。すぐに丸刈りの男は笑うのをやめ、竜弥たちのことを鋭く睨んだからだ。


「お前は勘違いしている。まあ、自分が特別だって思いたい気持ちはわかるけどよ」


「……竜弥、もしかしてこいつ」


 ユリファが何かを言おうと口を開く。そして、その後に続く言葉を、すでに竜弥は予想していた。そう、恐らく目の前の男は――。


「御神竜弥。俺はお前と同じ、日本人だぜ?」


「……やっぱりか」


 彼の服装、言動から考えて、それこそが説得力のある答えだった。つまり、彼は異世界の魔術師ではなく。


「もしかして、お前も……俺と同じ存在、ってことか?」


 竜弥はその身に全能神エギア・ネクロガルドを秘めている。それはリーセア転移の際、無形高位存在であるエギア・ネクロガルドと同化してしまったからだ。

 そして、竜弥は力を得た。だが、そういう境遇に置かれた人間が竜弥だけであるとは限らない。


 竜弥の質問にイカツい目つきの丸刈りは、指をパチンと鳴らして満足そうに口角を上げる。


「正解だ、御神。俺は無形上位存在『ラディカルヒット』と混ざり合って生まれた、日本の能力者だよ」




 ガルミニウス峡谷。それが、竜弥たちが『ミーム』と対峙した峡谷の名前だった。

 この峡谷は特殊な形状をしていた。円環状になっていて、ずっと直進をしていれば、ぐるっと一周して同じ場所に戻ってくることができる。

 といっても、その距離はかなりのもので、逃げていった『ミーム』がほんの数時間で再び来ることはないだろう。


 この峡谷もまた、異世界アールラインから転移してきた土地である。そして、異世界の土地を元に戻そうとする竜弥たちの今回の目的地だった。

 円環状のガルミニウス峡谷はそれ自体の形も特殊だが、転移の形も特殊だ。

 円環部分に囲われて陸の孤島となった都市は、異世界のものではないのだ。つまり、日本のある都市を完全に囲むようにガルミニウス峡谷は転移してきたということになる。


 そして、その日本の土地というのが――。


「ここが、渋谷……?」


 若者たちが集う流行最先端の都市、渋谷だった。

 そして今、その街の光景が竜弥の目に飛び込んできている。だが、それは竜弥の知っている街の様子とはかけ離れていた。


「オレも最初は同じ反応だったぜ、御神。自分の目が信じられなかった」


 隣に立ってそう呟いたのは、峡谷で出会った丸刈りの能力者、ラディカルヒットだった。


 竜弥は自分の目が信じられなかった。渋谷といえば、大量の通行人に所狭しと並ぶビル群。喧騒に満ち、車が行き交い、夜になってもその騒がしさは続く。そんなイメージだ。


 だが、目の前の光景はどうだ。


 竜弥が立っているのは、一番人が多いはずのハチ公広場付近。そこから、世界最大のスクランブル交差点の方角を眺めていた。


 辺りには誰もいなかった。誰一人、歩いていない。車も一台もない。そもそも、信号機が点灯していない。立ち並ぶ建物には大きなひびや爪の跡がある。なぎ倒された電灯、通りには瓦礫の山ができている。渋谷の象徴とも言える大型ディスプレイの数々は電源が落とされているか、もしくは画面が破壊されて黒くなったままだ。


 若者たちが集う流行最先端の都市、渋谷。

 そんな日本の一大都市が、廃都と化していた。


「これは酷いわね……。大勢の死傷者が出なかったのは、幸運としかいいようがないわ」


 近くに落ちていた瓦礫を小さな手で拾いあげたユリファは、それを観察しながら言った。


「どれもこれも、『ミーム』の仕業だ。数日前、突然ガルミニウス峡谷からあいつが現れて渋谷はこんな風になっちまった。元々、こんな立地になったせいで避難勧告は出ていたからな。リーセアから派遣されていた魔術師軍の防戦、誘導で一般人には被害はあまり出てねえ。といっても、良かったと言える状況じゃねえがな」


 彼は竜弥のことを名字で呼ぶ。名乗ってもいないのにだ。明らかに誰かがバックにいるはずだ。妙に事情に詳しいラディカルヒットと向かい合って、竜弥は問う。


「それで、お前は何者なんだ。ラディカルヒット」


「さっきも言っただろ? オレは日本の能力者。お前と同じ、無形上位存在ってやつと混ざり合った化け物だよ」


「そうじゃない。俺が聞きたいのは、お前がどういう立場で俺たちの味方なのか敵なのかということだ」


「それはとても大事なことね。元が日本の国民だとしても、『存在しない結社』みたいな組織に引き込まれている可能性も十分あるから」


 ラディカルヒットはそう言ったユリファの方を向こうとするが、動作を途中でやめ、観念したように鼻息を吐いた。さっきまで瓦礫を持っていたはずのユリファの手には、黒光の槍が握られており、その先端の刃は彼の首筋に突き付けられていた。


「敵対する気ならもっと上手くやるさ。お前らが『ミーム』にやられるのを待っても良かったしな。約束しよう。オレたち(、、、、)は味方だよ。少なくとも、今はな」


 微かな違和感が竜弥の顔をしかめさせた。


「オレたち……?」


 竜弥がそう呟いた瞬間、峡谷で耳にした爆音のヒップホップが辺りに響き渡る。

 思わず耳を塞いだ彼の背後で、誰かの気配がした。

 竜弥は急いで振り返る。すると、そこには大きなラジカセを抱えた笑顔の少女が立っていた。髪は茶色で高い位置で二つに結んでいるため、動物の耳のようになっている。猫のような瞳は興味深そうに輝いて、竜弥を見つめていた。

 身長は百五十センチあるかないかで、白を基調とした装飾付きのワンピースを着ている。おまけに、デフォルメした猫の顔の首飾りをつけているせいで、それが猫みたいな印象を強めていた。


「ねーねー、きみ強い?」


 くりくりとした無邪気な瞳で、彼女は問うてくる。竜弥はなんて返せばいいかわからず、ただ首を傾げるしかなかった。


「そこの猫みたいな娘はオレの仲間だよ、御神。あともう一人いるんだが、そいつも変わっていてな。おそらく、その辺の廃ビルの中から、オレたちのことを観察している」


「あんたたち、一体なんなの? そっちの娘からも魔魂の気配を感じるわ」


 ユリファは警戒を緩めない。魔魂の気配があるということは、目の前の猫少女も能力者ということだ。無形上位存在と混ざり合い、能力者となった人間はいったい何人いるのだろう。竜弥が考えているよりも、人数は多いのかもしれなかった。


「オレたちは、元はただの一般人。そして今は日本の臨時政府に雇われた傭兵さ。今のところメンバーは三人で、『リトルアンガー』と名乗っている」


「傭兵……リトルアンガー、ね」


「オレたちだって憤ってるのさ。自分たちの国がこんなにされちまって、怒らない奴なんていない。だから、この能力を使って人助けをしたいんだ」


 芝居がかった仕草で、ラディカルヒットは理想を語る。だが、それを鵜呑みにする竜弥とユリファではない。


「嘘ね。白々しすぎるのよ、あんた」


 ユリファがそう切り捨てると、ラディカルヒットは芝居がかった表情をすっと引っ込めて、真顔になった。


「ま、冗談は置いておくとして。オレたちの目的は金だよ、ユリファ・グレガリアス。金さえくれれば、人助けだってするし人殺しだってする。傭兵ってのは、どの世界でもそういうもんだろ? なあ?」


 そこまで聞いて、竜弥は納得がいった。さっき、ラディカルヒットが言った台詞。今は仲間だ、という台詞。それは本当にそのままの意味なのだ。


 現在の雇主は、彼らの言う事を信じるなら臨時政府ということになる。そして、人助けを命じられた。だから、現在に限っては竜弥たちの仲間である。

 だが、もし雇主の命令が変わったら、そして、もっと多額の報酬で『存在しない結社』に雇われれば、容易く竜弥たちの敵になるということなのだろう。


『ミーム』に浴びせた一撃を考えれば、ラディカルヒットは相当の実力者だ。頼りになる。だがしかし、これほど信用できない人間もいない。

 竜弥は目の前の丸刈りの男に、より一層の不信感を抱くのであった。

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