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01. アガディス=ランド級『ミーム』

 砂を巻き上げた乾燥風が吹き荒れる峡谷。

 そこに、御神竜弥とユリファ・グレガリアスはいた。


「くっそおおおおおおッ!」


 竜弥は腹の底から叫びながら、峡谷を落下していた。真下、峡谷の底には、通常では考えられないほどの巨体を持ったモンスターが重い身体を振り回し、近くを飛び回るユリファを撃墜しようとしている。


 全長二百メートル。亀のような甲羅を持ち、その甲羅からは無数の細い棘がハリネズミのように生えている。長い尻尾は左右に振るたびに峡谷を激しく抉っていた。頭部はげっ歯類のような顔つきで、大きな歯――もはや牙だが――が口から突き出ている。


 アガディス=ランド級『ミーム』。

 それが、今、竜弥とユリファが戦っている化け物の名前だった。


 事の発端は、リーセア王国魔術師軍の魔術師長、エイド・ダッグマンからの依頼だった。

 リディガルードを出立する際、同じく滞在していた彼に頼まれたのだ。依頼の内容は、ユリファが耳にしたという超巨大モンスター出現の噂、その真偽の確認だった。


 エイドが部下に運ばせていた魔魂探知の魔導品によると、確かに巨大な魔魂反応は存在していた。しかし、それが有害なモンスターのものであるとは限らず、その調査に竜弥たちが駆り出されたというわけだ。


 元々、ユリファにはその依頼を受ける気などなく、竜弥もその意見に従おうと思っていたのだ。しかし、その出現地点というのが、竜弥たちが目指そうとしていた渋谷近辺だったことと、協力してくれないとユリファの居場所をリーノに伝えちゃうぞ~というエイドに意地悪い脅しをされたせいで、竜弥たちは片手間にこの地を訪れることに決めた。


 エイド曰く、超大型モンスターは希少存在であり、十中八九、安全だろうということだったのだが。


「グガァァァァァァッ!!」


 実際、竜弥の目の前にいるのは、モンスター生態系の頂点に君臨するアガディス=ランド級の最下位に位置するモンスター、『ミーム』なのだった。最下位と言っても、そこらのモンスターを軽く凌駕する脅威的な存在だ。


 巨大な鋭いかぎ爪が振り上げられ、落下している竜弥の身体を払おうとする。その爪だけでも、竜弥の身長より大きかった。竜弥は身体を捻り、辛うじて敵の攻撃をかわすが、かぎ爪によって生じた突風が彼の体勢を崩す。


 しかし、彼は動じず空中で前方に一回転した。そのまま頭を下にして急降下をはかる。真下には『ミーム』のドでかい鼻先があった。鼻は鈍い茶色で体液のようなもので湿っている。だが、その部分は背中の甲羅と違って柔らかそうだ。


「覚悟しろ! 『ミーム』!」


 竜弥の右手に大量の魔魂が送り込まれる。虹色の光が周囲に散らばり、次の瞬間、彼の手の内から碧色の刃が出現した。その刃先は鋭い切れ味を誇る。竜弥以外は手にすることのできない規格外の武器。それが魔魂を碧竜の鱗に注ぐことによって生成されるこの碧刃である。


 ただその一点、『ミーム』の鼻先を切り裂くためだけに、竜弥は峡谷の上からダイブした。

 そこだけを見つめていたから、竜弥は体勢を崩しても動じることがなかったのだ。


 そして、彼は落下のエネルギーを利用して『ミーム』の鼻先を切り裂いた。大量の血液が迸り、峡谷の底へと滴り落ちていく。


「上出来よ! 竜弥!」


 竜弥の身体が地面に叩きつけられる前に横から受け止めたのは、黒翼を生やし、空を自由に滑空するユリファ・グレガリアス。やっと双方を有効活用した戦い方ができるようになっていた。


「ギャアアガアアッ!!」


 竜弥の一撃は『ミーム』に確実なダメージを与えていた。しかし、それは敵を倒すほどではない。それもそうだ。今回ばかりは体格に差がありすぎる。三大魔祖ユリファ・グレガリアスが味方にいても、倒すことは不可能に近い。人間と小動物が戦っているようなものだ。


『ミーム』は尻尾を激しく振って暴れる。そして、背中から突き出た棘の一つがこちらに向けられた。それを見たユリファは血相を変える。


「竜弥、今からくる攻撃は絶対に避けるわよ!」


 彼女の忠告とほぼ同時、『ミーム』の細い棘の一つから、禍々しい紫色の光線が高速で竜弥たちを襲う。回避準備をしていたこともあり、容易く避けることができたが、ユリファの表情は依然、真剣なままだ。


「アガディス=ランド級『ミーム』。その最大にして最悪の特徴は、あの攻撃よ。でも、まさかもう撃ってくるとはね。よほど鼻の痛みが堪えたらしいわ。普段は命の危機がある時にしか使わないはずだもの」


「見たところ普通の攻撃だけど、何か特別なのか? そんなに血相を変えるなんて」


「あれにはね、直接的な殺傷能力はないの。でも、一番恐ろしい。あれがかすりでもしたら、もう人間として生きていくことができないの」


「どういうことだよ?」


「ミーム、っていう言葉は知ってる?」


 ユリファは突然妙なことを聞いてきた。


「いや、知ってるぞ。目の前の化け物の名前だ」


「そっちじゃなくて。ミーム――まあ、私が口に出した言語は竜弥にわかるように翻訳されているから、どんな単語になっているかはわからないけれど、あなたの世界で一番近い意味の単語に変換されているはず。ミームというのは、簡単に言うと、人間の文化を構成する情報のことよ」


「……よくわからないな。それがどうしたんだ?」


「目の前の化け物の最大の特徴は、そのミームを破壊することなの。それがあの紫色の攻撃。あれが身体に触れると、人間が人間でいるために必要な文化的要素を失い、精神の一部を汚染される」


「精神を、汚染……?」


 物騒な単語に竜弥は唾を呑み込んだ。危険な攻撃だとは思っていたが、そんなヤバい代物だとは予想していなかった。


「社会的人間から道徳や倫理感を構成するミームを奪ってしまえば、それはただの動物と変わらないわ。アガディス=ランド級『ミーム』はそれを容易く行うことができるモンスターなの。あんたの身体回復能力を使っても、奴の精神汚染は治せない。だから絶対、あの攻撃だけはかわして」


 ユリファの真剣な表情に竜弥は頷く。言われなくても、そんなものを食らうほどの馬鹿ではない。だが、そうなると『ミーム』の攻略はなおさら難度を増す。

 竜弥は万が一、攻撃を食らっても急速治癒を行うことができる体質だ。だから、軽度の被弾を覚悟すれば、戦闘の立ち回りはそれほど難しくない。だが、精神汚染の効果を持つ紫の光線を掠りもしないようにするとなれば、話は別だ。


「竜弥! 前を見てッ!」


 ユリファの言葉にハッと顔を上げると、『ミーム』の背中の棘が紫色の光を帯び始めていた。奴の第二撃だ。


「回避するわ! しっかり掴まってなさいよッ!」


 ユリファは背中から生え出た黒い大翼をはばたかせて、急角度で紫光から逃れようとする。だが、今度の棘は先ほどよりも太く、それは必然的に紫光線も太くなることを示していた。

『ミーム』は竜弥たちに照準を合わせるよう、その巨体を傾けた。棘は的確に竜弥たちを狙っている。そして、紫光線が竜弥たちに向かって放たれる、その寸前。


 峡谷全体に、ノリのいいヒップホップのミュージックが鳴り響いた。


 場違いも甚だしい。まるで洋画などでヒーローが登場する時にかかるような音楽だ。竜弥たちが怪訝そうに顔をしかめたその瞬間。


「ラディカルヒットォォォーーーーーーーッッッ!」


 峡谷内を目に見えないほどの速度で突き進んできた何かが、『ミーム』の巨体に直撃した。


 驚いたのは、『ミーム』の反応だ。普通であれば、どれほどの速度を持っていようが、『ミーム』に対して豆粒ほどのサイズしかない、その何かは『ミーム』の巨体で潰れてしまうだろう。しかし、実際は違った。


 大声を上げながら突っ込んできた何かは丸刈りの若い男であり、『ミーム』にぶつかる直前、彼の拳を黄金の光が包み込んだ。そして、彼はその拳で『ミーム』の巨体を殴り飛ばしたのだった。


「ウガァァァァァッ!!」


『ミーム』はその衝撃に耐えられずに、峡谷の横壁に巨体を打ち付けた。衝撃で崖が崩れ、辺り一面に砂埃が舞う。照準が狂った紫光線はあらぬ方向へと発射されて、横壁を破壊、峡谷の崩壊に拍車をかける。


「もういっちょ! ラディカルヒットォォォーーーーーーーッ!!」


 滞空した丸刈りの男は、『ミーム』のいる真下に向かって、思い切り右拳を突き出す。すると、また黄金の光が出現し、その拳は『ミーム』の頭部を容赦なく潰した。


「ゴァァァァアガガアアッ!!」


 だが、『ミーム』の致命傷とはならなかったようで、『ミーム』はその巨体からは考えられない程の素早さで身を起こすと、峡谷を駆け抜けてこの場を離れようとする。


 丸刈りの男はそれをただ黙って見つめるだけで、『ミーム』を追いかけようとしなかった。彼もまた、紫光線の脅威を認識しているのかもしれない。


 崩落の進んだ峡谷には、ただヒップホップの音だけが鳴り響き続けていた。

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