43. 一緒に行くと決めたから
「――任せとけ!」
竜弥の叫びと共に、右手の碧刃が一際強烈な閃光を放った。
彼は全身に巡る魔魂の全てを注ぎ込み、刃の輝きは増していく。
一瞬、自我を取り戻したユリファだが、彼女は再びがくりと項垂れて、低い唸り声を上げた。自我と本質が衝突し合って、彼女の身体は制御を失っているようだ。
ユリファは抗っている。助けを求めている。
だから、竜弥は。
「やってくれッ! エイド・ダッグマンッ!」
竜弥の咆哮と同時、彼の背後に巨大な魔魂エネルギーの塊が出現した。
それは王都からリディガルードまで移動する際にも使用したもの。圧縮した魔魂エネルギーを爆発させ、対象物を高速で撃ち出す術式。
「行くよッ! 竜弥くん!」
王国魔術師長エイド・ダッグマンが生み出した魔魂の塊は瞬間的に収縮、そして次の瞬間、竜弥の身体を超高速で空中へと撃ち出した。
「ウァガァァァァッ!!」
敵意を本能で察知したユリファ・グレガリアスが、周囲に黒光の魔法陣をばらまく。ある魔法陣からは魔魂弾、ある魔法陣からは黒色の槍が周囲へ発射され、その全ては的確に竜弥を狙ってきた。
竜弥は碧刃を素早く振るう。膨大な魔魂が刃から放出され、百以上あったユリファの攻撃は空中で爆発を引き起こした。
想定以上の爆風で竜弥の体勢が崩れかけるが、出現した青色の魔魂シールドが爆風を弾き返し、竜弥の身体を守る。今まで出会った人々の力を借りて、竜弥は速度を落とさず、ユリファのもとへ、一直線に急上昇していった。
そして、視界を覆っていた爆風を突き抜けた先。
ずっと一人きりだった黒衣の幼女の姿を捉える。
これは孤独の終わりであって、そして、これから始まる冒険の始まりだ。
きっとこの瞬間に、御神竜弥はユリファ・グレガリアスの真のパートナーとなる。
「さあ、助けに来たぜッ! ユリファッ!」
黒衣の幼女に急接近した竜弥は、碧刃を大きく下から振り上げた。
その一撃で、彼女を守っていた三大魔祖の闇は一瞬霧散し、生身の彼女が露わになる。
竜弥は切り上げた右手に左手を重ね、碧刃を両手で強く握って。
思い切り、ユリファの胸元に突き刺した。
同時、彼女の身体の溜まった大量の魔魂が膨張し、大爆発と見間違うような激しい放出を引き起こす。上空に放出された魔魂は、リディガルードを覆っていた薄闇を瞬時に払い、雲一つない快晴の青空が現れた。
空中に霧散した虹色の光の欠片が、ゆっくりと、街に落ちていく。
※
島都市リディガルードの外周区画は、水気の多く含んだ風が吹き付けてくる。御神竜弥は、水辺からの敵の侵入を防ぐ石造りの塀の上に立ち、外の世界を眺めていた。
青空、凪いだ水面、ただ静かな時間がそこには流れていた。
遠くにはうっすらと街のような影が見える。それが日本の都市のものか、異世界の都市のものかはわからない。
大切な相棒に、刃を突き立てた。
その時の感触を竜弥は忘れないだろう。だが、自分が取った行動は間違っていなかったと確信している。彼の行動によって、リディガルードの平和は無事に取り戻された。こうして、ぼんやりと綺麗な水面を見つめる時間も戻ってきたのだ。
自分が手にしたいと思っていた力。それを初めて行使する相手が、まさか自分の恩人だと誰が予想しただろう。彼女は痛かっただろうか。彼の緑刃が胸を貫通した時、ユリファ・グレガリアスは何を思ったのだろう。
「こんなこと、考えていてもしょうがないな……」
竜弥は穏やかな水源の光景に別れを告げ、踵を返す。「存在しない結社」が襲撃してきたあの日から、三日が経過していた。
今日は中央管理塔で、テリアが新都市長就任の挨拶をすることになっている。
全てが終わった後、だらけ姫ではなくなったテリアと顔を合わせて、竜弥はずいぶんと驚いたものだ。まさか大規模術式を発動するために、一人奮闘していたとは思わなかった。
竜弥はたった一人でリディガルードの町並みを歩いていく。別に一人になりたかったわけじゃない。ただ、横を歩いてくれる人物がいないだけだ。
中央管理塔に到着すると、すでにテリアによる都市長就任演説は始まっていた。
「――よって、オルトベイルの血を受け継ぐ私が、この都市の新しい都市長に就任することになりました。先代都市長に代わって、私がみなさんを守ります」
中央管理塔の中腹からせり出したテラスのような場所で、テリアは周辺に集まった大勢の市民相手に語り掛ける。
「しかし、すぐに先代都市長と同じ働きができるとは思っておりません。私はまだ未熟です。だから、お願いします。みなさんの力を貸してください。都市の復興は市民の方々の協力によって実現すると考えています」
青い瞳をした新しい都市長は、もう一人きりで何かを抱えることはやめたようだった。みんなで協力して、何かを達成する。それは素晴らしいことだと思う。
「――また、三大魔祖ユリファ・グレガリアスの暴走の件ですが」
相棒の名前が出て、竜弥はテリアの顔を見つめた。すると、彼女もまた彼に視線を向ける。お互いの視線が交差し、竜弥は押し黙ったまま、彼女の言葉の続きを待った。
「――ユリファ・グレガリアスの暴走は、彼女がリディガルード防衛に尽力してくれた末の出来事でした。故意ではなく、あくまで事故。幸いなことに、死者や重傷者はいなかったこともあり、今回の件は不問と致します。みなさんもどうか……彼女のことを怖がらないであげてください」
テリアのその呼びかけに対し、市民たちは大きく頷いたことに竜弥は正直、驚いた。みんな知っていたのだ。たとえあの時、恐怖の表情で暴走した彼女を見上げていたとしても。ユリファが街を守ろうとしていたことを。テリアの言葉や、市民の反応を知ったら、彼女はなんて言うだろうか。と、竜弥は青空を仰いでそんなことを思った。
御神竜弥は中央管理塔最上階へ足を踏み入れる。
そこには演説を終えたテリア・オルトベイルの姿があった。
「来たね~。ようこそー、リディガルード都市長室へ」
テリアは中央に据えられた椅子に座って、竜弥と対面する。
「元気そうだな。テリア」
「まあねー。竜弥があの時、動けない私を必死に担いで逃げてくれたおかげで、私は無傷でここに座れているよ。……さて、今後のことだよね。日本とアールラインの相互転移術式を手伝うかどうか、っていう話」
彼女が切り出したのは、竜弥たちがリディガルードを訪れた当初の目的に関する話題だ。ようやく返答がもらえる段階まで辿り着いた。
「結論から言うね。私は――竜弥に協力する。でも、都市長としてリディガルードから離れるわけにはいかない」
「それって……どういうことだ? 術式使用者がいないと、転移魔術は発動できないんじゃないか?」
「普通ならね。でも、舐めないで欲しいな。私は最高位魔術師にして、リディガルードの都市長。だから、特別にこんなものを作ったよ」
そう言って、彼女が服から取り出したのは、長さ二十センチほどの太い金属の塊だった。円錐状になっていて先端は鋭く尖っている。
「これは『魔魂の楔』。この魔導品を転移したい土地の中心地に差し込んで、術式を起動すれば、私が遠隔で転移魔術を発動できるようになる」
テリアの説明で大体の話はわかった。つまり、彼女は竜弥の旅には同行しない。だが、竜弥が『魔魂の楔』を転移したい土地に打ち込めば、転移魔術だけはリディガルードから行ってくれるというわけだ。
「それでいい。テリアも都市長としての役目があるだろうしな」
「理解してもらえて嬉しいよ~。ありがと、竜弥。ついでに、あなたが持っていた通信機器にも簡単な術式をかけておいたから、これからは念じるだけで私と通信ができるよ」
「なっ!? いつの間に!?」
竜弥が慌ててポケットからスマホを取り出すと、確かにぼんやりと青い光を帯びていた。
「他人の携帯を勝手に魔導品に変えるなよ……。まあ、便利だからいいけど……」
竜弥はスマホの時計で時間を確認した。もうすぐ正午を回る。
「時間だな。じゃあ、元気でな。俺はリディガルードを出るよ」
別れの挨拶を告げ、竜弥は都市長室を後にしようとする。一人、誰も連れずに――。
「ねえ、ところでさ」
そんな竜弥の背中をテリアは呼び止めた。そして、純粋な疑問をぶつける。
「ユリファはどこにいるの?」
その問いに、竜弥はゆっくりとテリアの方を振り返る。彼の顔は――呆れて死にそうな表情になっていた。
「実はな……」
「ちょっとおおおおおっ!? 竜弥、なに一人で中央管理塔に来てるのよっ!」
魔導リフトの方で、ドタバタ! と足音が聞こえたかと思うと、小柄な幼女が都市長室に転がり込んできた。そんな彼女を指さして、竜弥は深くため息を吐く。
「……見ての通り、完全に寝坊だ」
「あー、だから竜弥は一人だったんだ~」
テリアは得心したように、笑顔を浮かべた。そのやりとりを聞いて、うぐぐ、と幼女は唸る。
「なんで起こしてくれないのよ! 竜弥、酷い! おかげでテリアの演説も聞きそびれちゃったじゃない!」
「何言ってんだ! メチャクチャ起こしたぞ! それでも全然起きねえから、俺は一人で、朝の都市外周散歩まですることになったんじゃねえか!」
落胆を表すように、ユリファはがっくりと肩を落としていた。だが、竜弥はそんな様子を見て、思わず笑ってしまう。
「……何笑ってんのよ」
「いや、ユリファが元気になってよかったな、と思ってさ」
あの時、御神竜弥は確かに相棒、ユリファ・グレガリアスの胸元に碧刃を突き刺した。だが、それは彼女の命を奪うための一撃ではなかった。竜弥の碧刃にはエイド・ダッグマンによる術式が付与されていた。その術式は、魔魂の放出を促す効果のもの。
竜弥は碧刃がユリファを貫く寸前、彼女に向かって叫んだ。
『この刃を喰らえ!』と。
竜弥の碧刃は元々、魔魂によって生成されたもの。だから、日頃から竜弥の魔魂を喰らっているユリファにしてみれば、吸収するのは容易なことだった。
そうして、辛うじて残っていたユリファの自我は、竜弥の碧刃を喰らった。エイドがかけた魔魂放出の術式ごと。その効果によって、大量の魔魂はリディガルードの空に爆散し、ユリファは無傷のまま、自我を取り戻すことができたのだった。
「そういや、リディガルードの騒ぎを聞いたリーノ王女がこっちに向かっているらしいぞ。『存在しない結社』の情報を少しでも得たいんだと。エイドが言ってた」
「えっ!? ちょ、ちょっと待って! それ本当なの? じゃあ、今すぐにでも出発しましょう! まだ顔を合わせる勇気はないわ! あれ、それでテリアは仲間になってくれるの!?」
ユリファ・グレガリアスはリーノ王女のことになると、とても取り乱す。その理由はまだわからないけれど、それもこの先の旅で明らかになるだろうと竜弥は思う。彼はテリアとの会話を簡単に要約して伝えると、ユリファの背中を叩いた。
「――じゃあ、行くか。新しい土地へ」
「ええ。今度はリディガルードを南下していきましょう。実は街中で、アガディス=ランド級超大型モンスターの目撃情報を耳にしたのよね……。あんなのが本当に出現してたら、周辺の街は一瞬で壊滅するわよ」
「なんだそのモンスター……名前だけで強そうなんだが……。はあ、また戦いの予感がするな……」
二人は楽しげに会話をしながら、都市長室を後にする。
三大魔祖と人間、釣り合わない存在の二人はしかし、対等の地位を自覚して歩いていく。
なぜなら、二人はこれ以上ないパートナーなのだから。
そんな二人の後ろ姿を、テリア・オルトベイルは微笑ましげな表情で見つめていた。
〈終〉
この話で、この作品は一時完結となります。ありがとうございました。
まだまだ書きたいことはたくさんあるのですが、今後については反響次第にしようと思います。
続きを読みたい、と思ってくださる読者様がいらっしゃいましたら、
評価、感想、レビュー、ブクマなどなんでもいいので、作者の目の届くところに何かしら残しておいてもらえると参考になりますので、よろしくお願い致します。
一週間ほどで更新を再開するか、このまま完結するかを決めようと思いますので、それまで見守って頂けると幸いです。