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俺たちの国に異世界が転移してきた日。  作者: 月海水
第一章 異世界が転移してきた日。
40/59

39. 本物の都市長

本日は三連続投稿! 二本目!

「ちっ! クソが! 俺は時間だけ稼げればよかったのによぉ!」


 雑魚魔術師が金杖を振ると同時、十数の白色魔法陣が展開した。だが、獰猛な目つきを崩さないテリアに、彼は一瞬怖気づく。その隙をテリアは見逃さなかった。


 ユリファが瞬きをしたその一瞬で、テリアの姿が消えた。

 そして次の瞬間、テリアは雑魚魔術師が生み出した白色魔法陣の目の前に出現する。彼女が手を一振りすると、それを合図に出現した衝撃波のような青色の刃が魔法陣を打ち砕く。その一連の動作が驚くほどの速度で繰り返され、五秒も経たないうちに、ほとんどの白色魔法陣は細かな光の破片となった。


 だが、一つだけ破壊を逃れた魔法陣、そこから放たれた魔魂弾が中央管理塔の内部壁に直撃する。

 大きく中央管理塔全体が振動し、内部の調度品が横転した。しかし、被害はそれだけで留まらない。被弾地点を中心に、まるで油に引火したように炎が広がり出す。


 ユリファはその術式に見覚えがあった。

 王都襲撃の際、リーセア王城を火炎に包み込んだ忌まわしい術式だ。


 周囲に火炎が広がっていく。形勢不利と判断したのか、その惨状に紛れて逃げ出そうとした雑魚魔術師の懐に、すでにテリアは高速で接近していた。魔魂の飽和現象を起こし、稲光のような魔魂を全身に帯びた彼女の細い右脚が素早く蹴り出され、目で追えない速度で雑魚魔術師の身体は壁へと激しく叩きつけられる。


「ぐはっ……!」


 雑魚魔術師の顔から涙と吐いた血液が飛び散る。魔魂によって、材質も関係なく広げられた火炎はすでに一階の天井にまで広がっていた。中央管理塔受付周辺は火の海になりつつある。


 だが、テリアは全く動じることなく、冷酷な表情で彼のもとへとゆっくり歩いていった。


「や、やめろ……待ってくれ……」


「ねえ、私の大切な人たちがこのくらいの痛みで済んだと思うの?」


 彼女が地面に足を振り下ろすと、魔魂が床を電流のように這い、雑魚魔術師の身体をめがけてうねる。


「や、やめろ……ぐあああああああッ!!」


 魔魂が雑魚魔術師の身体に到達したのと同時に、彼の全員が瞬間的に発火した。常人なら耳をふさぎたくなる悲鳴に呼応して、天井の一部が崩れ落ち、それは竜弥に向かって落下する。

 いち早くそれを察知したユリファは高速でフロアを駆け抜けると、彼の身体を抱き上げて、近くの床へと転がった。間一髪避けられたが、このままだと天井全体が崩落しかねない。


「竜弥……! 大丈夫!?」


 依然として、彼の意識は戻っていないようだった。だが、彼の形を失った両腕は徐々に、元の形を取り戻しつつある。赤黒い肉と白い骨が露出している再生途中の様子は、直視することが憚られるが。


「あと三分ってとこね……。私も魔魂さえ喰らうことができれば、加勢ができるんだけど……」


 ユリファの体内の魔魂保有量は極限まで減っている。このまま力を行使すれば、命の危険もあるだろう。このまま火の手の広がる中央管理塔に居続けるのは得策とは言えない。


「テリア! このままじゃ、私たちがもたない! 先に塔の外に退避するわ!」


「……うん。大丈夫。こいつを片付けたら、私もすぐ行くから」


 振り返って、そう笑ったテリアの表情はいつものように柔らかくて、それはユリファに恐怖を感じさせた。彼女は静かな怒りを抱えたまま、暴走してしまうのではないか。そんな懸念がユリファの脳を満たす。


 だが、今のユリファではテリアがたとえ暴走したとて、それを止める力はすでにない。それなら竜弥を担いで、ひとまず安全な場所まで避難するべきだろう。


「あんた、冷静になりなさいよ」


 そう言葉をかけてから、ユリファは竜弥を担いで塔の外へと歩いていく。腕力強化に使える魔魂さえ、もうほとんど残っていない。よろよろと体勢を崩しながら、それでも必死に、彼女は外を目指す。


 ※


「私、冷静なんだけどな……」


 テリアはぽつり、と零す。眼下には魔魂に身体を焼き尽くされ、のたうち回っている雑魚魔術師がいた。本当に下等な存在だとテリアは思う。なのに、数で押し切られ、結果としてリディガルードの市民は大勢殺されてしまった。


 そのことに、テリアはたまらなく腹が立つ。


 みんなを守れなかった自分に。

 タイミングの悪い敵の襲撃に。

 こんな下等な魔術師が存在していること自体に。


「みんなの弔いの為に、こいつは殺さなきゃ」


 テリアの青い瞳が殺意に輝く。跡形もなく、死ぬことへの恐怖を残すこともなく、ただ塵になるまで壊し続けよう。その考えだけが頭を満たす。


 怒りに支配されたテリアの手が、青閃光の刃を生み出そうとして。


『――怒りに身を任せることは、街を守る者として控えるべきでは?』


 テリアが持っていた携帯型魔導品から、無感情な声がした。テリアの手が静かに止まる。


「…………エリナちゃん」


 聞こえてきたのは、「サポーター」の声。

 テリアは業火に包まれた中央管理塔の中で、一人大きく息を吐く。


『自覚を持ってください。偉大な指導者には、それにふさわしい振る舞いが求められます。その魔術師はもう確実に死にます。そんな瀕死の敵にどれほど痛みを与えても何の意味もありません。あなたがすべきことは、もっと他にあるのでは?』


 淡々と諭してくる「サポーター」に、テリアは頬を歪めて苛立ちを見せる。


「……冷静だね、エリナちゃんは。尊敬していたおばあちゃんが死んだっていうのに」


『……いえ。私も冷静ではありませんよ』


 くすっと、魔魂通信越しにエリナの吐息が聞こえた。


『慣れないことをしたせいで、もうしばらくは立ち上がれそうもありません。自分の出血を見るのは、子供の頃に転んで膝をすりむいた時以来ですね』


「!? 大丈夫なの、エリナちゃん」


『……大丈夫です。治らない傷ではありません。それに私が抗ったことで、最上階の聖域は無事に守られました』


 その言葉でテリアは全てを察した。エリナが己の身を引換えにしてまで、何を守ろうとしたのかを。


『私はこんな姿になっても「サポーター」です。だから、提言をします。……復讐に囚われないでください。そんな余裕があるのなら、街の人々を守ってください』


 テリアは急速に熱が引いていくのを感じていた。憎くてしょうがなかった雑魚魔術師のことは途端にどうでも良くなった。憎しむことが悪いことだとは言わない。だが、都市長を受け継いだ自分は、そんな小さな感情に構っている暇がない。


「……そうだね」


 大炎に包まれた一階フロア、そこに立ち尽くす少女の瞳からは、綺麗な涙が。彼女はそれを拭って周囲を見上げる。目を瞑って彼女は魔法陣を展開した。そして、延焼の魔術を打ち消す術式を発動する。


 みるみるうちに炎は消えていく。

 それは彼女の個人的な怒りと共に。


 そして、炎が全て消えた時。彼女は本当の都市長になった気がした。


「ねえ、エリナちゃん」


『なんでしょうか?』


「エリナちゃんはお婆ちゃんのことを尊敬してたから、『サポーター』として働いていたんだよね?」


『ええ、そうですね』


「じゃあ、私の支援をする理由はない、んだよね……。辞めちゃうのかな?」


 ちょっと弱気な様子でそう言ったテリア。

 思ってもみなかった言葉に面食らったエリナは、一瞬沈黙してから、くすりと笑って。


『そんなこと、考えてもみませんでしたよ。都市長(、、、)

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