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俺たちの国に異世界が転移してきた日。  作者: 月海水
第一章 異世界が転移してきた日。
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03. 金杖

「――戯言を言わないでよ、底辺の魔術師」


 瞬間、ユリファの双眸が残虐の色に染まった。


 地面を叩きつけるように蹴り上げた彼女は、小さな体躯を弾丸のように飛ばし、魔術師の男の懐に潜り込んだ。周囲の黒光が彼女の細い右腕に瞬時に巻きついたかと思うと、ユリファは漆黒を纏ったその右腕を横に一閃、薙ぎ払う。


 薙ぎ払った右腕は後退した魔術師にかわされ、空を切った。

 だが。


「ぐああああああッ!」


 男の苦悶を帯びた絶叫が耳に届いた。

 飛び散る鮮血。月明かりに照らされて、グロテスクなまでに艶めかしく輝くその血液は、さっきまで慇懃無礼な態度を取っていた男のもの。

 彼が必死な表情で腹部を押さえているのを見て、竜弥はやっと男の腹部にばっくりと横一直線に切り傷が出来ていることに気付いた。


「いくら力を失ったからって、あなたたちに負けるほど落ちぶれちゃいないのよ」


 裂傷による激痛で悲鳴を上げ、床に倒れ伏した男がジタバタともがく中、黒光を全身に帯びたユリファは冷酷な表情で彼を見下ろしていた。まるで感情がない。


 怖い。


 一連の流れを目にした竜弥が思うのはそれだけだった。退屈な現実から刺激的な非現実の中に実際に身を置いて、わかった。怖いのだ。バトル物の世界はカッコいい? 楽しそう? そんなわけはない。実際のファンタジー世界で待っているのは、目の前の残酷な光景だ。


 人を傷つける魔法がある。異能力がある。ならば、それだけ血が流れるということだ。他人を殺傷できるという点では、魔法は銃やナイフなんかと同じ。


 それを容易く振り回すユリファのような存在がいる世界はきっと、竜弥が生きていた現代日本よりも命を失う確率が高い。


「ひっ……助けて……」


 以前の日本で暮らしていれば、消えそうな命を必死に繋ごうと、涙を流して命乞いをする魔術師の姿など見ることはなかった。


 以前の日本で暮らしていれば、無様に命乞いをする男を、まるで死にかけの豚を見るような目で見下ろす幼女に出会うこともなかった。


「助けて……助けてくださいぃぃ――」


 血だまりに伏した魔術師は身体を引きずって、縋るようにユリファの足に纏わりつき。

 

 そして。




「――なぁ~んてなぁ!」




 地を這いつくばっていた男の口元がにやり、と歪められた。竜弥は全身で危険を感じ、


「危ないっ!」


 黒光の幼女に向かって叫ぶが、ユリファの反応は一瞬遅れた。

 突如、ユリファの目の前に対面する形で出現したのは、ちょうど彼女の背丈ほどの大きさがある、白い閃光を放つ魔法陣。

 それが一際鋭く発光したかと思うと、次の瞬間、ユリファは魔法陣から放たれた光の奔流によって後方へと吹き飛ばされ、高速でテラスの壁へと激突した。強い衝撃で粉塵が舞い、ユリファの姿が見えなくなる。

 血だまりに倒れていた男の手には、いつの間にか彼の背丈と同じくらいの金色の杖が握られていた。


「ふふ、ふははぁ! 俺が何の策もなく、あなたに戦いを挑むわけがないでしょう! 役立たずのチビ女ぁ!」


 魔術師の男は金色の杖を地面に突いて、ゆらりと立ち上がると高らかに笑う。


「王都強襲用にチューンナップされたこの金杖きんじょうには、作戦遂行に必要な術式があらかじめ全て記憶されてるんだよ! もちろん、対お前用の殲滅術式もなぁ!」


「なんだよ、あの杖……」


 竜弥が呆然とする中、粉塵の向こうから苦しげな声が聞こえた。


「……あらかじめ術式を記憶させておいて使用する金杖よ……。魔力の源である『魔魂』を消費する必要もなく、使用者の魔術錬度も問われない。雑魚がその道の達人と渡り合えるようになる、国宝級の反則アイテム。それは予想してなかったわ……」


 衝撃によって周囲に舞った瓦礫の粉塵の中から、よろよろと歩み出たユリファは小さな顔をしかめた。額から一筋の血液が流れ、地面へと滴る。


「おい! 大丈夫なのか?」


「大丈夫……と言ったら嘘ね。わたし、嘘つくのは嫌いだからはっきり言うけど、この状況は激ヤバよ」


 空元気で小さく笑顔を浮かべてみせるユリファに、竜弥はどうすればいいのかと動揺するばかりだった。ユリファは敵の魔術師に訊ねる。


「その金杖、どうしたの? あなたレベルの魔術師が持つには、いささか不相応な代物だけど」


「これはリーセア王国の滅亡に賛同する、ある協力国から借り受けた物ですよ。これを持っているのは俺だけじゃない。強襲に参加した魔術師全員に配られています。己が素養に関係なく、予め記憶させておいた同種の術式を同威力で発動できるんです。これぞ理想の軍隊!」


 竜弥は魔術師の姿に違和感を覚えて、ハッと目をやると、男の裂けた腹部はいつの間にか元に戻っていた。服は裂けているが、傷は完全に塞がっている。これも金杖の力なのだろう。


「攻撃用、回復用、気配を消すものから、対あなた専用の白光術式まで、作戦の全てのパターンに対応した最強の杖ですよ! これがあれば、自身の力の強弱などもはや関係ない! ユリファ様とて、逃げられません!」


 高揚したように、金杖を天に掲げる魔術師の姿を見て、ユリファは小さく舌打ちをした。


「……よくもまあ、そんな厄介な代物を隠してたものね」


「保険ですよ、ユリファ様。事実、あなたはこうして裏切った。金杖の存在をあなたに隠していたのは正解だったわけだ」


「……ほんと、気分の悪い話」


「さあ、もう終わりにしましょう。俺も忙しいんです。まだまだ、殺すべき人間たちが残っている!」


 男の狂気に堕ちた叫びと共に、先ほどと同型の魔法陣がユリファを囲むように三つ出現した。魔法陣一つでさっきのダメージだ。三つまとめて食らえば、ユリファも無事ではいられない。

 

 怖い。

 竜弥はまたそう思った。

 怖い、怖い、怖い。

 だが、それでも、なぜか竜弥の足はユリファの方へと向けられていた。なぜだろう。こんなことに関わらないで、知らないふりをして逃げれば、自分の命は助かるかもしれないのに。

 

 でも、それはできなかった。


 さっき、階段の所で見た死体。目の前の幼女があんなふうになってしまうのだけは、どうしても避けたかった。どうせ、幼女が死んでしまえば、抵抗する術を持たない竜弥の命もないのだ。だったら、せめて足掻きたい。

 

 それに、別にごちゃごちゃとそんな風に物を考える必要も、実はないのだ。

 

 なぜなら。


 ――ピンチになっている女の子は、助けるべき存在なのだから。


 敵の魔法陣が回転を始め、強く発光する。閃光が闇夜を切り裂いて、眩い光が目を突き刺す。

 元々、蚊帳の外みたいな扱いだったのに、それでも、竜弥はユリファのもとに駆けた。


 そして魔法陣に囲まれたユリファに手を伸ばす。そんな竜弥の姿を目にしたユリファは驚いたように、目を大きく見開いてから、小さく微笑んだ。

 眩しい。何も見えない。

 伸ばした腕が、ユリファの柔らかな身体に触れた。


 真っ白な視界の中、耳元でユリファの優しい囁きが聞こえる。


「――関係ないあなたのことを巻き込むつもりはなかった。あなたは後ろで見てるだけでもいいのに。それでも、わたしを助けようとするの?」


「ああ。もちろんだ。これ以上、幼女に守ってもらってるだけじゃ、さすがに格好がつかないからな。少しだとしても、力になるよ。ユリファ」


 くすり、とユリファが笑う声を聞いた。


「ありがとう。きっとこのお礼はするわ。無鉄砲で、だけど勇敢なあなたに」


 ユリファの息遣いが、鼓膜を優しく揺らす。


「――それじゃあ、少し力を貸して」


 白い閃光の中で、竜弥は柔らかく細い腕に抱かれる感触を覚えた。

 とても甘美で、眠くなるような、安らかな感覚。その中に溺れそうになって――。


 次の瞬間、眼球が飛び出そうなほどの強烈な激痛が竜弥の全身を襲った。


「がああぁぁぁぁぁぁぁッ!」


 激痛はどこまでも続き、叫び声が延々と頭の中を回る。身体中が痛みに軋み、酷い痙攣が何度も発生する。無限に続く地獄。そう表現しても過大ではない。


「ごめん、ちょっと痛かったかも」


「ちょっとじゃねええええええええッ! 何がッ! 何が起きてんだよッ!」


 竜弥の叫びと共に白光が霧散し、元の夜闇が戻ってくる。同時に、竜弥はユリファの細腕に抱かれていることに気付いた。激痛は未だ続き、意識が今にも飛びそうだ。

 竜弥はユリファを敵の攻撃から守ろうとしていたはずだった。なのに、この状況はなんだ、と彼の頭の中を思考が巡る。これは敵の攻撃じゃない。ユリファと触れている箇所から痛みが流れ込んできている。


 朦朧とする意識の中、竜弥がユリファへと視線を向けると、彼女が身体に纏っている黒光にさっきまでとは違う、虹色の光が混じっているのが見えた。どこかで見たことがある、と記憶を探ると、よく似たものを思い出す。

 竜弥が王城に飛ばされた際に身に受けた光。あの光に似ているのだ。


 虹色の光が黒光に溶け込んでいくと、ユリファの白い肌に禍々しい、赤い幾何学の文様が浮かび上がる。瞬間、痛みに加えて強烈な重圧が竜弥の全身を襲った。身体中の血液が震え立つような、本能からの恐怖。天敵に遭遇した野生生物のそれ。


 ユリファが身の毛だった竜弥の身体をパッと放すと同時に、彼は痛みから解放されて地面へと無様に転がった。白目を剥いて口を半開きにし、痙攣する竜弥を見て、やりすぎたとユリファは反省したような顔をする。


「な、なんだってんだ……」


 息も絶え絶えに竜弥が呟きを漏らすと、両の瞳まで真紅に染めたユリファが答える。


「あなたの身体に眠る魔力の源『魔魂まこん』をもらったの。初めてだったから加減がわからなかったけど、死ぬことはないと思う、多分」


「多分って……」


 酷い眩暈で自分の世界が回る竜弥は、もう何がなんだかわからずに瞼を閉じた。視界を塞いだ彼に届くのは、幼くて、小さな鈴の音のように高いユリファの声。それは金杖を携えた魔術師に向けられたもの。


「さあ、この状況も想定されているのかしら?」


「……なんだ、その『魔魂』の量は。常識的なレベルを超えている……っ」


 魔術師の男が初めて、心の奥から恐怖しているのが彼の震えた声色からわかった。竜弥が感じている重圧を、魔術師の男もまた感じているのだ。


 だが、魔術師の恐怖は竜弥よりも強いはずだ。ユリファの全身から発せられた殺気を、一身に受けているのだから。


 竜弥が薄目を開けると、動揺した魔術師がちょうど金杖を振り上げたところだった。


「せ、殲滅しろ! 金杖!」


 ほぼ恐慌状態にある魔術師の叫び声に呼応して、再び三つの魔法陣が出現する。

 しかし、


「そんなもの、今のわたしには効かない」


 時折、虹色に変化する黒光をドレスのように纏ったユリファが、右腕で振り払う動作をしただけで全ての魔法陣は派手に砕け散った。


「き、聞いてないぞ! お前の力はすでに失われたはず――」


「ここに彼が現れたのが運の尽きだったわね」


 そう言って、ユリファはうつ伏せに倒れたままの竜弥にちらりと目をやる。それから、魔術師に鋭い視線を戻す。


「いくら綿密に計画を練ったって、金杖で集団の戦力を底上げしたって、実行するのは人間よ。結局、あなたの魔術師としての格はその程度だったってこと」


 ユリファは魔術師の男に向かって、一歩足を踏み出す。黒光が暴風のように暴れ始めて、彼女が踏みしめた地面に、雷撃のように走って広がった。


「やめろ、来るな……!」


「先に仕掛けてきたのはそっちよ? 底辺の魔術師」


 そう言って、ユリファは赤い紋様が浮かび上がった右腕を振り上げた。魔術師は呆然と涙と鼻水を流し、その様を見ているだけ。


 そして。


 容赦のないユリファの黒光の一撃が、振り下ろした右腕から放たれた。

 次の瞬間、王城ごと揺らすほどの強烈な衝撃が竜弥を襲う。身体が跳ね上がって転がり、危うく壁に叩きつけられそうになる。


「ぐぁあぁぁぁぁぁぁッ!!」


 ユリファの黒光の直撃を受け、弾き飛ばされた魔術師の身体が宙を舞う。そのまま、絶叫した彼はテラスの手すりの向こう側へと落ちていった。


「ちょっと、やりすぎじゃないのか……」


 依然、地面に倒れ込んだまま動けない竜弥はその光景を複雑な思いで見ていた。確かに、あの魔術師の男は敵だった。だが、だからといって、容易く命を奪う行為を素直に肯定することはできない。


 竜弥から見えるのは、黒光を全身に帯びさせた幼女の後ろ姿。彼女の表情は竜弥には窺えない。

 黒の光は次第に沈静化し、ユリファの身体に広がった赤黒い紋様も収束した。元の姿に戻ったユリファはしばらく夜空を仰いだ後、小さな微笑みと共に竜弥に振り返る。


「ありがとう、おかげで助かったわ」


 ユリファは倒れた竜弥のもとに歩んできて屈むと、そっと彼の頬を撫でようと手を伸ばした。


「……っ」


 一瞬、さっきのおぞましいユリファの姿を思い出して、竜弥の口元が引きつる。だが、彼は反射的に込み上げた恐怖を抑え込んで、彼女の手が自分の頬を撫でるのを黙って見ていた。


 魔術師を葬ったユリファに恐怖を感じる。それはあまりに不義理なことだった。彼女は好んで魔術師の命を奪ったわけではない。身を守るためであり、結果的に竜弥の命をも助けた。

 

 甘いことを言っていたら、自分が殺される。ここはそんな世界なのだ。


 だから、竜弥は恐怖を飲み込む。自分を助けてくれた幼女に最大限の敬意を払うため。

 そして、ユリファは竜弥が恐怖を押し殺してくれていることを察した上で、優しく頬を撫でていた。


 奇妙で、安らかな時間。それがほんの少しの間続いた後。

 その時間を破るように、唐突に王城の廊下から女性の声が投げかけられた。


「やっと……見つけた」


 衰弱しきった女性の声。竜弥の頬を撫でるユリファの小さな手がぴくりと硬直し、竜弥は顔だけを声のした方に向けた。


「…………リーノ」


 呟かれたのは、弱々しいユリファの言葉。

 竜弥とユリファの視線の先には細剣をか弱そうな両腕で持ち、マントを羽織った少女の姿。彼女も強襲にあったのか、着ていたドレスのような衣裳は至る所が破れ、端の方は焦げ付いていた。

 だが、少女の桃色の長髪がふわりと風にゆれると、ボロボロであるはずなのに、妙に様になる。些細な動作から育ちの良さを感じる。


「……なんで、なんでだったの?」


 彼女は悲痛な声色で言葉を紡ぎながら、ユリファへと近づいてくる。両手に剣を構えたまま。


「……なんで、私たちの城を襲ったの?」


 リーノと呼ばれたその少女は、竜弥のそばに膝をついたユリファに剣先を向けると、彼女の瞳を正面から見据えた。


 そして、言う。疲弊と失望に塗れた声色で。


「ねえ、答えてよ――――――グレガリアス(、、、、、、)


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