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俺たちの国に異世界が転移してきた日。  作者: 月海水
第一章 異世界が転移してきた日。
33/59

32. 街に刻まれた紋様 side:ユリファ

 ユリファ・グレガリアスは、自分を踏み潰そうとする『無邪気な箱』を呆然と見つめていた。彼女は回避行動を取ることもなく立ち尽くす。圧倒的な絶望が身体中を支配して、抗うことを諦めさせていた。


 無論、この場を打開する力は十分に持ち合わせている。

 しかし、彼女の身体は動こうとしない。


 もう、何も見たくないのだ。

 今からこの場を乗り切って、竜弥たちを探し出して、その時に彼らが生きている保証はない。自分が必死に駆けつけた先で、知っている顔がミンチになっていてもおかしくなかった。

 それならもう、諦めてもいいのではないかと思う。


 ユリファがここまで頑張ってきたのは、己の責務を果たすためだった。

 リーセアの大規模転移術式。あれを発動させたのは間接的にではあるが、ユリファであると言っていいだろう。


 リーセア王国と三大魔祖ユリファ・グレガリアスは、あの王都襲撃の瞬間までは友好関係にあった。いや、ユリファとしては今も友好関係を撤回したつもりはない。だが、生き残った王女リーノ・リンド・リーセアは失望しているだろう。


 異世界アールラインには、全種族から恐れられる三大魔祖が存在した。その三人の序列の中で、一番下位に位置するのがユリファ・グレガリアスである。


 三大魔祖は強大すぎる力を持っており、その力が一か所に集結することを避けるため、三人は遠く離れた地に散らばって、世界の安定をはかっていた――と、いうのは恐らく語弊があるだろうとユリファは思う。力の分散によって世界の均衡を保つ、などということを考えていたのは、三大魔祖の中で彼女一人だけだった。


 傲慢かつ狡猾、狂気を孕み、絶対強者として君臨する悪魔を具現化したような畏怖すべき存在。それが序列一位と二位の魔祖であり、彼らは好き勝手に世界中を移動していた。

 その二人と鉢合わせしないように、強大な力が集結しないように、ユリファが計算して距離を取っていたというのが正しい。


 その旅路の途中、リーセア王国に身を寄せ、ユリファはリーノと交流を深めたのだ。


 だが、結果的にユリファは王国の大規模転移術式を発動させた。それは、全能神エギア・ネクロガルドが『存在しない結社』の手に渡るのを防ぐためだったが、そのためには王国を極限まで追い込む必要があった。


 もっといい方法があったのでは、とユリファは死の間際に後悔をする。いくら、様々な事情が重なったとはいえ、自分の打った手は好手だったのか。


 それを知る前に、どうやら彼女の命は終わりを迎えるらしい。


 覚悟をして、ユリファが目をぎゅっとつぶった時だった。


 高速で接近した青色のエネルギー弾が、音もなく『無邪気な箱』胴体部を打ち抜いた。その一秒後、猛烈な爆音と爆風がユリファの小柄な身体を襲う。『無邪気な箱』胴体部は一瞬にして爆散し、焼けた金属片を辺りに飛び散らせていた。


「な、なに……?」


『あなたにそこで死なれてしまっては困るのですよ。ユリファさま』


 緊急時の通信用として、持ち歩いていた携帯魔導品から『サポーター』の声が聞こえた。ユリファは事態を理解して鼻を鳴らす。


「最後まで自分の責任を果たせ、ってことかしらね……」


 自分はずっと一人きりなのだと、ユリファは思っていた。最強の名を冠する存在は、誰も届かない頂きに到達することができるが、その代わりに共に歩む者を望めないのだと。


 だが、彼女の考えはどうやら間違っていたらしい。自ら命を放棄しようとしても、お節介で助けられる程度には、仲間というものがいたようだ。


 彼女は小さく口元に笑みを浮かべる。仲間がいるのなら仕方がない。一人きりなら死ぬ気も起きるが、誰かが悲しむのなら、まだ生きねばならないだろう。


 その双眸に生気を取り戻したユリファが辺りを見回すと、さっきまで対峙していた雑魚魔術師はいつの間にか姿を消していた。敵の狙いはあくまで、中央管理塔と魔魂誘導砲なのだろう。ユリファのことは足止めさえできていればいいのだ。


 街の至る所で小型魔魂シールドが展開していた。その動力を全てカリアが賄っていると思うと、少し恐ろしくもあった。人間だというのに、規格外の魔魂保有量である。


『ユリファさまへ報告。現在、竜弥さまがテリアさまを抱えて、中央管理塔へ向かっているのを捕捉。至急、合流することを推奨します』


「ありがと、エリナ」


 そう言うと通信用魔導品をしまって、ユリファは恐怖の叫びに満ちた街の通りを眺めた。あれだけの数の『無邪気な箱』が投入され、これほどの騒ぎになっているのに、まだ叫び声が聞こえる。それこそが異様な状況だということを、市民たちは知るべきだ。


 本当なら、もうここには叫ぶこともない死体の山だけが出来ているはずなのだから。


 都市長の庇護下で生き延びる人々、彼らを助けなければならない。そのための力をユリファは持っている。


 だから、彼女は跳躍した。


 黒光で強化した両脚で空中に飛び上がり、体内に残っていた魔魂をグレガリアスの黒翼に注ぎ込む。瞬間、共鳴したように両翼が鈍く輝き、ユリファは超速度で滑空した。


 上空から見ると、街中に『無邪気な箱』胴体部が投下されているのがわかる。もはや、『無邪気な箱』ではなく『無邪気な街』と呼んだほうがいいだろう。悪趣味の極みだ。


「……ん? これは……」


 ユリファは上空から街全体を見渡すことであることに気付いた。それはずっと気になっていたある気配について。リディガルードに到着してから、ユリファは違和感を覚えていた。


 妙な魔魂の流れが微かに感じられたのだ。碧竜や魔魂誘導砲の影響かと思い、初めは気にしていなかったのだが、結局、現在までその感覚はずっと続いている。


 ユリファは単独行動中にそのことも調べていたが、有益な情報は得られていなかった。妙な魔魂の流れの気配は微弱だ。そのため、かなり魔魂の気配に敏感な存在でないと気付くこともできないようだった。


 だが、ユリファはようやく得心がいった。

 そして、自分の今までの色々な発言を思い返し、苦い声で呟く。


「……そういうことは、早く言いなさいよね。あとで謝らなきゃいけないじゃない」


 上空から街全体の魔魂の流れを感知すると、それらが一つの紋様の形を作っていることがわかった。そしてそれは、リディガルードに来てから生じた、全ての疑問への回答。


 その紋様は、ユリファ・グレガリアスがかつて目にした、ある術式を発動させるためのものだった。

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