28. 疑問点の数々
竜弥たちが中央管理塔を訪れてから、数日が経った。
テリア・オルトベイルとの交流は依然として同じようなことの繰り返しで、ここ数日間、毎日お姫さまだっこをして一緒に行動しているが、協力の約束を取り付けることはできていない。
「なんだかんだ言って、テリアはこの場所を離れる気がないのかもね」
テリアの好意で、無料で貸してもらえている宿屋の一室。ユリファはベッドに腰をかけ、足をぶらぶらと浮かせながら言った。竜弥は向かいに椅子を置いて座り、彼女の足が揺れるのをただ見ていた。
「でも、仮にこの町に愛着があって離れたくないにしても、辻褄が合わないことがあるぞ。日本全土の再転移を手伝うかはともかく、リディガルードのことを少しでも心配しているのなら、池袋とリディガル大水源だけでも転移魔術で入れ替えるべきだ。それなら、モンスターが襲ってくる頻度も減るんだろ?」
竜弥のその問いに、背中から生えた黒い翼を愛おしそうに撫でて、毛繕いを始めたユリファは頷いた。
「それは間違いないわね。今は近くに碧竜なんていう無形上位存在もいるわけだし、危険が多い。リディガル大水源の元々の場所は、それほど危険度が高いわけではなかったし、転移魔術を行う価値は十分にあると思うわ」
「それでも、テリアは転移魔術を行う気がない。ということは――」
「――何か裏があるわね。まあ、元々カリアが姿を見せず、テリアはあんな状態。どう考えてもおかしいんだけど」
ユリファは何かを考えるように、ぼうっとしながら黒い羽毛を整えていく。
「テリアが、実は転移術式を使えないっていう可能性はないのか? ユリファが使えると思い込んでいるだけとか」
「それはないわ。実際に小規模な転移術式実験は過去に、リディガルードで行われたことがあるの。私もその場にいた。テリアは確実に転移術式を使える。その頃は、多少雑なところはあったけど、だるいなんて言う子じゃなかったわね」
「大魔術師カリア・オルトベイルの孫娘、最高位魔術師テリア・オルトベイルか。というか、気になっていたんだが、大魔術師と最高位魔術師って何か違うのか?」
その辺の単語の使い分けを聞くタイミングがなかったので、竜弥は落ち着いている今のうちにと質問を投げかけた。
「大枠は一緒よ。王都で戦ったリー・ダンガスのように、独特術式を習得した魔術師が最高位魔術師の称号を得ることができて、その中でも権威のある人間に送られるのが大魔術師の異名。だから、地位というよりは二つ名に近いかもね」
「最高位魔術師の中でもトップクラスの人間が大魔術師ってことか。俺から見たらきっと、化け物ばっかなんだろうな……」
「間違いなく化け物の集まりよ。といっても、彼らからしたら竜弥の方がよっぽど化け物に見えると思うけど」
ユリファはそう皮肉気に笑った。竜弥も皮肉気に笑い返す。大魔術師でさえ恐れるほどの力。それが竜弥の中に眠っている。なんだか現実じゃないみたいだなと思ってから、今、自分が置かれている状況も十分おかしいことを思い出した。本来なら池袋がある場所にこんな水源が存在し、その中の島都市で三大魔祖の幼女と会話をしているのだから。
「昔のテリアはもっと真面目な子だったんだろ? 何で変わったんだろうな」
過去のテリアがどんな人物だったのかはわからない。だが、先日会った町娘の態度などを見ていると、都市長の祖母と同じく、尊敬される人物であったのは間違いないだろう。
「わからないわ。昔は町の人たちとの交流も好きで、よく婆さんと一緒に出かけていたわよ」
「俺からすると想像できない光景だ」
「そうよね。……とにかく、早くテリアをやる気にさせないとまずいと思う。今は婆さん一人で街を守れているけれど、碧竜が戻ってこないとも限らないし。いずれ、確実にテリアの力が必要になる。転移魔術以前の問題よ」
「だけど、どうしたらいいんだろうな? 打つ手がねえよ」
宿屋の一室に、二人のため息が広がった。
※
「んで、グレガリアスと妙な存在感を放っている坊やはどうしてるんだい?」
『依然として、リディガルードから退去する気配はありません。何度も促してはいるのですが』
中央管理塔の最上階。全面ガラス張りになっているそのフロアの中央に置かれた椅子、そこに大魔術師カリア・オルトベイルは鎮座していた。部屋に響くのは、魔魂通信越しの『サポーター』の声。
「馬鹿な連中だね。せっかくこっちが気を回して、退去命令を出してやったってのに。どうせ、婆さんが無茶な要求をしてきた! とか喚いたんだろう。グレガリアスの奴は」
『……大体、そんなところです。テリアさまに転移魔術を使わせて、日本とリーセアの国土を元に戻そうとしているようですよ』
「グレガリアスもそれなりに責任を感じているということかい。王国の大規模転移術式を発動させちまうなんて、最悪も最悪の事態だからね」
『……悪い人間ではないようですけど』
「お、あんたがほだされるなんて珍しいね」
『ほだされてなどいませんよ』
「で、あのグレガリアスと共にいる妙な坊やは一体、なんなのかわかったのかい?」
『いえ。以前として、魔導品は驚異的な魔魂反応を計測していますが、その原因は不明。会話もしましたが、特別おかしな点はありませんでした』
「あの魔魂反応はグレガリアスのものかと思っていたけれど、まさか隣の坊やのものだとはね。納得がいかないことばかりさ。グレガリアスにしても、あいつが本当にリーセアの大規模転移術式をみすみす発動させるものかね? ……もしかして、自ら――」
『都市長?』
「いや、そうだとしても、そうせざるを得なかった理由があるんだろうねえ。悔しいけれど、悪くは考えられない。あたしも――あいつにほだされた一人だからかねえ」
『……都市長。もう一つ、気になっていることがあります。……テリアさまはなぜ、あそこまで無気力になられたのでしょうか? ここ一ヶ月くらいのことだと思いますが。何か知っているのでは?』
「さて、どうだろうねえ? ただ、言えるのは……」
『言えるのは?』
「あの子は、誰よりもこの町を愛しているって事さ」
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