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俺たちの国に異世界が転移してきた日。  作者: 月海水
第一章 異世界が転移してきた日。
28/59

27. 島都市でーと

 汗が噴き出すほどの激しい日射しが、真昼のリディガルードに降り注いでいた。異世界だからかセミの鳴き声こそしないが、この真夏のような高温はセミがいても全くおかしくない。


 だが、そんな暑い町の中で、竜弥は別の意味で大量の汗をかいていた。

 

「りゅうや~、すすめ~!」


 ノリノリで彼に命令を下すのは、だらけ姫テリア・オルトベイルである。無邪気に笑うその愛らしい顔は、息がかかるほど竜弥のすぐ近くにあった。


それはなぜか。簡単なことである。


竜弥は今、彼女の華奢な身体をお姫さまだっこしているからだった。


「きも。変態なんじゃないの?」


 ユリファの棘のある声が背後から聞こえて、竜弥の背中を流れる冷や汗はさらに量を増した。彼だって、テリアを抱きかかえたくてこうしているわけではない。


 塔の中の一室ですこぶる無気力だったテリア・オルトベイル。その彼女が外出するために突きつけてきた唯一の条件。それこそが、「竜弥が彼女をお姫さまだっこして移動する」だったのだ。


「テリア、もうやめにしないか……そろそろ人目が……」


「ダメダメ! 私、自分では一歩も歩けないよ! それくらい体力なくなってるんだもん!」


 人間として酷すぎる内容の台詞を、なぜかテリアは得意げに言う。


「自分で歩かないと、筋肉はどんどん減ってくぞ。ほら、歩け」


「そういう意地悪言うと、協力してあげないんだから!」


 そうやって頬を膨らませるテリアに、竜弥は逆らうことができない。彼女以外に転移魔術を使える人間のあてはないのだ。機嫌を損ねてしまえば、日本の命運さえ左右しかねない。


 目立つので、できればお姫さまだっこだけでもやめたいのだが、テリアはすっかり気に入ってしまったようだ。また、お姫さま抱っこで移動する自分たちに集まる好奇の視線とは別に、竜弥にはもう一つ困っていることがあった。


 そう。

 それは、テリアを抱きかかえた両手から伝わる温もりと――柔らかい女子の身体の感触。本当に指が吸い付く柔らかさだ。

 もっと力を入れて、どこまで沈み込むか試してみたくなる。なるべく意識しないようにはしているが、テリアは今までの人生で出会った中でもトップクラスの美少女だ。その彼女と密着している事実を完全に意識したら最後、竜弥の理性が飛びかねなかった。


「あの変態、表面上は嫌そうにしてるけど、絶対テリアの身体、柔らかい……とか考えてるわよ」


『ええ。私も同感です。魔導品越しに見えるあの真顔が、逆に気持ち悪いですね』


「いや、聞こえてるから! 悪口! 全部!」


 竜弥は首だけを斜め後ろに回して、ユリファと『サポーター』の会話を遮る。が、白い目をしたユリファに一瞥され、前に向き直った。

 うむむー、とテリアが体勢を直そうとして、もぞもぞと動く。


「やめろ、テリア! そんなに動くと、感触が直に来てヤバいんだよ!」


「えー、私は別にいいよー?」


「ほら、見なさいよ、エリナ。やっぱり感触のこと考えてたわ、あの変態」


「あっ、エリナって呼ばないでください!」


 謎の経緯で結成された四人組のやりとりはもう、大混乱である。


「にしても、ただ運ぶだけなら、お姫さまだっこじゃなくてもいいだろう……。これ、一番目立つ体勢だぞ?」


「私、憧れだったんだよねー。人生、一度くらいは経験しておきたいってずっと思ってたんだよ!」


 元気よく笑うテリアの顔を見ていると、徐々に責める気力もなくなってくる。竜弥は観念して、リディガルードの中でも人通りの多い、中央管理塔周辺の市場に足を踏み入れた。


「で、目的地はどこなんだ? お姫さま」


 そう言えば、どこへ行けという指示はなかったな、と竜弥はテリアへ問いかける。だが、彼女は、ん? と首を傾げて、何も返事をよこさなかった。


「え、まさか目的地はない、とかじゃないだろうな」


「ないよ」


「ないのかよ!」


 流れるようなやりとりだった。先ほどからふわふわテリアに翻弄されっ放しである。てっきり、どこかへ行きたいのだと思っていたのだが、そうではないようだ。


「私さー、だるくて、お婆ちゃんみたいに町の人と交流とかできてないんだよねー。だからー、こういう時にみんなの顔だけでも見ておこうかな、なんて」


 そう言って、町の人々を眺めるテリアの瞳は、竜弥と適当な会話をしている時よりも真剣なように見えて、少し気になった。


「なあ……お前、もしかして――病気だったりしないか?」


 竜弥がそう訊ねたのも、きっとその延長線だったのだろう。だるいというのは、無気力なのではなく、体調が悪いせいなのではないか。そう考えたのも無理はない。


 そう問いかけられて、テリアは一瞬、無言になった。

 やっぱり、自分の勘は当たっていたのだと竜弥は確信する。


 そして。


「え? 超健康だよ?」


 と、テリアは言った。


「は?」


「いや、だから健康だよ。私!」


「いやいや、そんなこと言って、不治の病であることを隠す健気な感じなんだろ?」


「本当に健康なんだって! エリナちゃん、私、今年の健康検査、異常なかったよね!」


『はい。今年行われた中央管理塔の健康検査では、テリアさまの身体はとても健康でした。よって、本当にだるいだけだと思われます』


『サポーター』は本名で呼ばれることを諦めたようで、そこにツッコミを入れることなく、テリアの質問に返答した。


「マジかよ! じゃあ、なおさら自分で歩けよ! このだらけ姫!」


「やだよー!」


 がしっと、テリアは竜弥の身体にしがみつく。と同時に、その豊満な胸が押し付けられて、竜弥の両目が大きく開かれた。


「きも。本当に」


 その様子を、もはや「きも」としか言わなくなったユリファに見られて、竜弥は辛うじて理性を保つことができた。テリアを抱え直して、彼女の危険な胸との間に少しだけ距離を取る。


「でも、街の人たち、変わってなくてよかったよ。大規模転移術式が発動してから、リディガルードの周辺環境はだいぶ変化しちゃったから」


 少しだけ真面目なトーンで、テリアはそう呟いた。竜弥がその呟きに何て返そうかと考えていると、


「あれ、テリアさまじゃないですか!」


 一人の町娘がちょこちょこ、と寄ってきて、テリアに声をかけた。その表情はなんだか嬉しそうである。


「あまりテリアさまをお見かけすることはできないので、ちょっとラッキーな気分です。お身体は元気ですか? いつもリディガルードのために働いてくださっているのでしょう?」


 その町娘の言葉を聞いて、竜弥はさっきから人目がやたら気になった理由に気付いた。お姫さまだっこをして目立っていたということもあるが、そもそも、都市長の孫娘であるテリア・オルトベイルはリディガルードでは有名人なのだ。

 そして、町娘の態度から予測すると、あんなだらけ姫であっても嫌われていないようだった。竜弥がテリアに抱いている印象とはずいぶん違う印象を、目の前の町娘は持っているようだった。


「あー! 久しぶりー。どう? 実家のお店の経営は順調―? 今度、私も遊びにいこうかなー」


 テリアもテリアで会話を面倒がることもなく、町娘と笑顔で会話をしている。竜弥はその光景に違和感を覚えた。自室から出ることを極度に嫌がっていた姿と、目の前で町娘と楽しそうに会話する姿が、上手く重ならない。

 町の人と交流するのも面倒だ。と彼女は言った。


 だが、それならこの光景はなんだ。説明がつかない。

 

 彼女はだらけ姫なのか。それとも、そうではないのか。


「あ、そう言えば、カリアさまはお元気ですか? 今までは毎日、うちのお店に立ち寄ってくれていたので……最近は町でも姿をお見かけしませんから、少し心配です……」


 町娘のその言葉で、竜弥もその存在のことを思い出した。


 都市長、カリア・オルトベイル。テリアの祖母にして、島都市リディガルードの防空網を一人で司る大魔術師。その姿にも声にも、この町に来てから一度も触れていないのだった。


「それ、私も気になるわ。テリア、婆さんは今どうしてるの? エリナに塔の管理業務を全て任せているのも妙な話だわ」


 今まで、きもきもマシーンだったユリファがようやくまともな質問をテリアへとぶつける。


「お婆ちゃんは今、忙しいんだよ。大規模転移術式によって、モンスターの襲撃が増えたからね。対空砲火の回数も依然とは比べ物にならないし、お婆ちゃんが休んじゃったら、リディガルードは長くはもたないから」


 テリアは優しく笑ってそう答えた。


「そ、そうですよね……。すいません、変なことを聞いてしまって。最近は対戦闘警報が鳴る回数も多いからわかってはいたんですが……。数日前にも鳴っていましたし」


 数日前の警報とは、間違いなく竜弥たちが接近した時のものだろう。あれだけ対空火器や魔魂シールドを使用しているのだ。町の住人の生活に影響がないという方が不思議であり、同時に迷惑をかけていたことを竜弥は心から反省した。




 町娘は小さくお辞儀をしてから去っていった。その後ろ姿を笑顔で見送るテリアに、ユリファは小さい声で訊ねる。


「でも、それならいっそう、あんたがここでだらけてる暇なんかないんじゃないの?」


 それは追及するような強めの語調だった。ユリファは町娘と違って、テリアの返事に納得していない様子だ。だが、テリアはそんなユリファ相手にも全く怖気づく様子はなく、笑顔を崩さない。


「そうなんだけどねー」


 テリアのその呟きは、その後もやけに耳に残った。

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