25. 塔の中での会話
『竜弥さま。テリアさまは管理塔の十階、そのワンフロアを貸し切ってお住まいになられております。ただいま、魔導リフトを向かわせておりますので少々お待ちください』
竜弥の手の中で拳大の石型魔導品が、『サポーター』の声に合わせて明滅を繰り返す。竜弥と、ふて腐れ気味のユリファは応接室を出て、魔導リフトがやってくるのを待っていた。
「ありがとな、『サポーター』。案内までしてくれて」
竜弥が魔魂通信用の石型魔導品にそう声をかけると、
「……仲良さそうね~」
と、頬をぷくっと膨らませたユリファが白い目を向けてきた。
「お前、そうしてると、おもちゃ買ってもらえなくて拗ねてる子供にしか見えないな」
「あ、ひどいっ! なんてこと言うの!」
さらに大きく頬を膨らませて、ユリファの幼い顔は種を頬張ったハムスターみたいになる。
「あのさ、今話題が出たから、この際前々から思ってたこと聞いていいか?」
「……? なによ」
急にすっと神妙な面持ちになった竜弥に対して、ユリファは怪訝そうな視線を向けた。実は竜弥にはずっと気になっていたことがあるのだ。見た目は幼女そのもののユリファだが、今までの言動は子供のそれとは思えない。だからこそ、生じた疑問。
「――もしかして、ユリファってその……ロリババアって奴なのか? 見た目と違って、何百年も生きてる類の」
その瞬間、竜弥には世界が凍り付いたかのように感じられた。鋭い冷気が辺り一面を満たし、ユリファは俯いてしまって表情が見えない。
『……竜弥さま。それはさすがにデリカシーの欠片もない発言かと』
『サポーター』の声も、そこはかとなく引き気味だ。
「竜弥……あなた……そんなこと思ってたの……」
ぼそっとユリファが呟く。小さな身体が怒りでわなわなと震えていた。それはアールラインの一般人であれば、恐怖で卒倒するような光景だろう。
「いや、だってほら、本当だったらまだ無邪気に外を駆け回って遊んでる頃だろう――」
「――死にたいのね?」
ユリファが怒りで真っ赤になった顔をゆっくりと上げる。その双眸はキッと竜弥を睨みつけており、身体からはうっすらと魔魂の黒光が漏れ出している。
明らかな脅威が竜弥の眼前に存在した。彼は頬をひきつらせて、精一杯の笑顔を作る。
「ユ、ユリファ……その、一回話し合わないか?」
「わたしたちの間に、もう対話は必要ないわ」
『乙女の敵ですね』
いつの間にか二対一になっていた。
ユリファの抑えきれなくなった魔魂の光が、フロアに放出されていく。竜弥の笑顔は恐怖で固まってしまって、大量の冷汗が顔面を濡らしていく。
「ま、待て……いや、待ってください!」
「あら?」
竜弥の眼前、三大魔祖と恐れられる幼女は、今までに見たことのないほど妖艶な笑みを口元に浮かべて。
「なぜ、待つ必要があるのかしら?」
その後、黒光によって作られた無数の光弾が、死ぬギリギリのところまで竜弥の身体に叩きこまれた。
「わたしは正真正銘、見た目に見合った時間しか生きていないわよ」
上昇する魔導リフトに乗って、ユリファは呆れたようにそう言った。彼女の視線の先には、リフトに横たわった状態で、全身に刻まれた傷を魔魂により急速修復中の竜弥がいる。
「いてえ……辛い……」
生傷はほぼ修復されたものの、まだ節々が痛い。疑問を投げかけたことを心底後悔しながら、竜弥はやっと少し落ち着いたユリファへと視線を向ける。
「にしては、思考や発言が大人びてないか?」
「確かに人間で考えたらそうでしょうね。でも、わたしは三大魔祖の一人。有形高位存在だからね。人間よりも早く知能が発達するのよ」
「そういうもんか。見た目は人間と同じだけど、別の種族なんだもんな。ユリファは」
「そういうこと」
魔導リフトが十階に到達して、転落防止用に周囲に展開されていた筒状の魔魂の壁が消滅する。竜弥はよろよろとフロアへと足を踏み出した。
その背後で、竜弥に攻撃を加える直前に避難させておいた石型魔導品が、ユリファの小さな手の中で震える。
『……私が横から口を挟むことではないですが。ユリファさま、よろしいのですか? あのような説明の仕方で』
「いいのよ。だって、知ってもしょうがないことだもの――」
一度言葉を切ったユリファは竜弥に気取られないよう、小さく自嘲気味に笑みを浮かべた。彼女は自分の背中から生えた二つの黒翼に視線を送ってから静かに目を伏せて、言葉の続きを零す。
「――グレガリアスのことなんて」