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俺たちの国に異世界が転移してきた日。  作者: 月海水
第一章 異世界が転移してきた日。
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23. 中央管理塔

「なあ、その翼、しまえないのか? さっきから通行人たちに怪訝な顔されてるんだが」


 リディガルード市街地の通りを歩く竜弥は隣のユリファに耳打ちをした。すれ違う人々の視線は例外なく、ユリファの背中から生える黒翼に釘づけだ。


 ユリファは、んー、と唸りながら、顎にちょこんと手を当てて、


「これ、実は私の意思で消したりできないのよね。全盛期の時はずっと翼が生えてたし、今は多分、時間経過で自然と消えると思う」


 と、あっけらかんと言った。


「そんなアバウトな」


 彼女の返事に呆れ顔をした竜弥は、頭上のどこまでも青い空を見上げる。


 強い日差しが通りを行く二人を容赦なく熱していた。リディガルードの人々はみな薄着だったが、それでも暑そうだ。


 リディガルードは島都市という名の通り、それ自体が一つの街である。外周はぐるりと高い防波堤で囲われ、一定の間隔で砲台塔が設置されている。

 防波堤の内側に沿うように居住区、島の中心には市街地が位置し、市街地の中央部には、魔魂誘導砲を備えた中央管理塔がそびえ立つ。その高層階まで上れば、街全体を見渡すことができるだろう。


 市街地は湿度が高く、そこかしこに水気があった。それをじめじめしている、と取るか、透き通った水の匂いがする、と取るかで印象は全く異なる。


 ともかく、そんな湿度の高い街中を竜弥たちは中央管理塔に向けて歩いているわけである。


「ま、呼び出しがかかったのは好都合ね。こっちから押し入る手間が省けたわ」


 先ほど宿屋を出発する際に、竜弥たちは宿屋の主人に呼び止められていた。主人の話によると、中央管理塔から二人に対して呼び出しがかかっているらしい。ユリファの快復を待って、その旨を伝えるよう、管理塔の連中に頼まれていたのだと言う。


「婆さん元気かなぁ。いや、元気じゃなきゃ、あんなのぶっ放せるわけないんだけどね」


 ユリファは気楽な様子で笑いながらそう言った。だが、竜弥はまだ警戒を解けずにいる。なにせ、中央管理塔の人間とはほぼ関わりがないのだ。竜弥にとって、相手は魔魂誘導砲を撃ってくる存在なのである。警戒せずにはいられない。


「あ、見て見て。魚売ってるわよ、魚」


 ユリファが指さした方向に竜弥が目をやると、簡易的な布と木造の枠組みで作られた、たくさんの屋台が並ぶ市場が視界に入った。さすがは水の都市。新鮮な魚がたくさん陳列されている。


「――っと、見えてきたわね、中央管理塔」


 その市場の向こう側、リディガルード中央部には目的地である中央管理塔が鎮座していた。形状は巨大な灯台を想像すると近いかもしれない。煉瓦造りの建物が多い街の中で、中央管理塔だけが近代建築に寄った造りになっているようだ。十五階はある塔の最上階が全面ガラス張りになっていることも、異質な雰囲気を放っている原因の一つだろう。

 塔の近くまで近寄っていった竜弥は、正面玄関口が両開きのガラスの自動ドアになっていることに驚いた。


「なんか俺の世界とあんまり変わらねえな」


「この自動ドアも、もちろん魔導品の一種よ。特殊な作りでその辺の石材よりも耐久性が高いって聞いたわ」


 ユリファは一切物怖じすることなく、自動ドアを通り抜けていく。竜弥はその後を追っていった。塔の地上階は広々としていて、受付口として機能しているようだ。空調がきちんと効いている室内のハイテクさに、竜弥はまた違和感を覚えるが、いちいち気にしていたらきりがない。


 ユリファが二人の受付嬢が座っている正面カウンターに近づくと、


「こちら、中央管理塔正面受付となります。お客様のお名前とご用件をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


 受付嬢の二人はお手本のような素晴らしい笑顔を浮かべて、カウンターにやってきた幼女へと丁寧に訊ねる。が、目の前の幼女の背中から大きな黒い翼が生えていることに気付くと、完璧だった笑顔がわずかに引きつった。


「婆さんの呼び出しで来たユリファ・グレガリアスよ。連絡してもらえるかしら」


 黒翼を無邪気にはためかせながら告げたユリファに、受付嬢二人の顔はみるみる青ざめていく。


「さ、三大魔祖……!」


 もはや、震えていることを隠さずに、受付嬢たちはカウンターからさっと身を引いた。すぐに内線を繋ぎ、どこかへ口早に連絡している。


 思えば、竜弥がユリファに対する異世界人の反応を見るのは、これが初めてだった。なるほど本当に恐れられているようだ、となんだか竜弥は変に感心してしまう。


「お前、本当に怖がられる存在だったんだな」


「ちょっと、傷つくこと言うのやめてくれる?」


 慣れてるのかと思いきや、ユリファはショックを受けているようだった。翼が生えていない状態ならば、気付かれないことも多かったのかもしれない。


「あの、そ、そちらの方はどちら様ですか……?」


 内線対応をしていない方の受付嬢が竜弥の方を見て、恐る恐る訊ねてきた。


「ああ、こっちは竜弥よ」


 ユリファの不親切極まりない紹介に、受付嬢は困り切った表情を浮かべる。


「ええと……竜弥さまはどちらの竜弥さまでしょう」


「どちらのって言われても、竜弥は竜弥よ?」


 ユリファは全く他意なく首を傾げたが、受付嬢はそれを威圧と取ったようで、「ひぃぃ」と小さく叫んでから何も聞いてこなくなった。職務放棄である。


 しかし、今の対応から考えると、三大魔祖というのはもう身分証明にさえなっているようだ。竜弥には所属なり身分なりを訊ねてきたのに対し、ユリファはほぼ顔パスである。ちょっと便利だなと思うが、どこに行っても自分の存在を認知されているということが、あまり気分のいいものではないということは察しがつく。


 まして、それが負のイメージであるのなら。


「か、確認が取れました。三階の応接間にて、担当者がお待ちしております。三階へはそちらの魔導リフトからどうぞ……」


「担当者? 婆さんじゃないの?」


「カ、カリアさまは近頃、姿をお見せになっておりません。詳しくは担当者の方からお話があるかと思います……」


「どうしたのかしらね? あの人間好きの婆さんが」


「とにかく、応接間に行ってみようぜ。事情を説明してもらえるかもしれねえし」


 竜弥はユリファを促して、受付嬢から指示された魔導リフトと呼ばれる石造りの足場へと乗った。もちろん初めて乗るのだが、今までの流れからどういう挙動をするかは、容易に予想できる。


 二人が乗って数秒後、青い魔魂の光が足場を包むように筒状に展開し、それが頭上へと伸びていく。そして、魔魂で作られた筒の中を足場がエレベーターのように浮上していった。


「俺、案外早くこの世界に馴染めそうだわ……」


 現代日本と変わらない便利さに、竜弥はぽつりとそう呟いた。


次の更新は明日か明後日です!

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