21. グレガリアスの黒翼
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今日から少しずつ更新再開です!
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「魔魂誘導砲、発射!」
『――都市長、待ってください。攻撃目標「碧竜」、原因不明の魔魂爆発にて、リディガルード上空からの急速離脱を確認』
老婆が高らかに宣言した発射命令を、魔魂通信越しの声は無感情に遮った。老婆は攻撃を邪魔されたことに、あからさまに嫌な表情を浮かべる。
「なんだい? せっかく、魔魂誘導砲の威力を見せてやろうとしたところだってのに」
『都市長。まだ脅威は去っていません。碧竜の魔魂干渉がなくなったことによって、存在のみを感知していたもう一方の魔魂解析が可能になりました。解析結果、脅威レベル最大。異常な魔魂増大を確認。これは……何もないところから、魔魂が生まれ続けているかのような……』
「何を寝ぼけたこと言ってんだい。あやふやすぎるよ。機械みたいな正確さがあんたの取り柄だろうに」
『都市長。魔魂反応の源を目視で確認できますか? イレギュラーな事態です』
無感情の声に促され、老婆は背もたれに身を預けた状態で、碧竜の去った後の地点に目を凝らす。
「……何か人影のようなものが見える気もするけどね、さすがに小さすぎてよくわからないね」
『了解。警戒態勢を維持。魔魂誘導砲、オンライン。砲撃も可能です。都市長、ご指示を』
「まあ、そんな規格外の魔魂を持っているってことは、ろくな存在じゃないだろうね。さっきはお預けを食らったから、今度こそ気を取り直していこうじゃないか。魔魂誘導砲の準備をしな!」
『了解。照準を当該空域に浮遊する正体不明の目標に確定。自動追尾モードに移行。誘導レーザーを射出。エネルギー供給完了済み。いつでもいけます』
「それじゃあ今度こそ、我がリディガルードが誇る防空能力を見せてやりな――魔魂誘導砲、発射!」
※
「ぐっ!」
身体中の血流が騒いでいるような、そんな気分に竜弥は襲われていた。全身が沸騰したら恐らく、同様の感覚を得るだろう。熱い。その感覚はユリファが竜弥の首に回した腕から、密着した柔らかいお腹から、優しく触れた吐息から、その全てから、送りこまれていた。
夕暮れのリディガルード上空は、全てが優しいオレンジ色に包まれていて、感動的ですらある。白い雲は夕焼けに染められ、水に囲まれた都市も、周辺の水面も全てが橙色の輝きを見せる。
御神竜弥はユリファ・グレガリアスに魔魂を喰われていた。
いつもよりも深く、強く、身体の芯まで喰らうように、ユリファは目をきつく閉じている。同じ熱さを、彼女も感じているのだろうか。
もしもそうなら、ここまでお互いがお互いと繋がっていることを明確に感じる行為もないのではないかと思う。
存在と存在の輪郭が曖昧になり、一つにまとまりかけているような気分だ。それに辛うじて抵抗することで、己の存在を何とか維持しているという錯覚に捕らわれる。
いつもなら、ここまで深く繋がる前にユリファは手を放す。だからその先に、こんな感覚が待っているとは思わなかった。彼女は第二段階まで力を取り戻すと言っていた。ならば、第三、第四の段階に到達するには、これ以上に存在同士を通わせなければいけないということか。
仮にそこまでした時に、きちんと自我が残るのか。竜弥には自信がなかった。
ユリファはまだ目をつぶっている。
だが、中央管理塔は待ってくれなかった。
誘導灯を照射している中央塔最上階の屋根部分、そこには超巨大な砲台が設置されていた。その砲身が鈍い青色の光を放ち始め、急速に集束していく。
やがて、巨大砲身が眩い光を蓄えられなくなり、放電に似た現象が発生し始めた。何度か見たことがある、魔魂の飽和現象だ。砲口が竜弥たちに向けて完全に固定され、わずかなズレもすぐさま修正してくる。
――逃げきれない。
竜弥は直感でそう思った。冷汗が全身から湧き出て、眼下の水源へと落ちていく。ユリファが三大魔祖の独特能力を取り戻すのが先か。砲撃を受ける方が先か。
呼吸すら忘れて、竜弥は祈る。
突如、竜弥たちを捉えた二本の砲撃誘導灯がぼんやりと鈍い青光を放った。竜弥は本能的に危険を感じる。
「ユリファ、誘導灯が光り出した! なんの兆候だ?」
「……それはただの誘導灯じゃないわ。砲撃の瞬間、特殊な力場を作り出して、撃ち出されたエネルギー弾を加速させる補助機構でもあるの」
目を閉じたままの幼女は落ち着き払った声で返答する。その説明を聞いて、竜弥の脳裏を似た原理の現代兵器の存在がよぎる。
「――レールガン」
苦い声で竜弥は呻く。
磁力によって弾丸を急加速させる兵器で、その技術はリニアモーターカーなどにも用いられている。その威力は非常に驚異的だ。その仕組みを磁力ではなく、魔魂によって運用しているということは、どれほどの破壊力かは考えるまでもない。
中央管理塔に据えられた巨大砲、その砲口に魔魂の光が収束していく。飽和した魔魂が稲妻のように、空中を駆け巡る。もう時間はない。
みるみるうちにその光は強まっていき、そしてついに、圧縮された魔魂のエネルギーは砲口の直径を超える大きさにまで膨張。
「ユリファ、まだか!?」
「……あと少し」
空気を裂くような、鋭い高音が竜弥の耳まで届く。巨大砲の全機構が高速で作動している音だろう。
発射まであと数分か、一分か、それとも数秒もないのか。
身体を硬直させ、ユリファの第二段階覚醒をひたすら待つ竜弥。
そして。
中央管理塔、その最上階。
そこから空中を鋭く狙う巨大砲の砲口が一瞬、眩く光を炸裂させ。
音速を超える最大出力の魔魂ビームが発射された。
リディガルード上空の大気を一瞬で蒸発させ、超高温の熱波の渦を生みながら竜弥たちに迫る。しかし、その魔魂ビームがユリファたちに着弾するコンマ一秒前。
三大魔祖、ユリファ・グレガリアスの紅色に染まった瞳が大きく開かれた。
無尽蔵の魔魂を食らった黒衣の幼女。彼女の小さな体躯、その背中から大きな何かが勢いよく突き出された。それらが鼻先に迫った魔魂誘導砲のビームを受け止める。
爆発が起きた。大水源全体に亘る巨大な爆発。リディガルード一帯は、上空に展開された青色の魔魂シールドによって守られているが、街の周囲の水面は衝撃波によって激しく真下へと押し込まれる。大きな水柱があちこちに立ち、雨のように水しぶきがリディガルードの魔魂シールドへと降り注ぐ。
竜弥はその一連の流れを何も認識できなかった。それは当然だ。全てが終わるまで、数秒もなかったのだから。彼が気付いた時には、すでに大水源の水面が激しく乱れ、防いだ魔魂ビームが稲光のように周囲に放射される光景が目の前にあった。
「何が起きたんだ……」
彼はユリファの小さな身体を見た。そして、先ほどまでとの大きな違いに気付いて、目を疑う。
「ユリファ、お前、それ……」
「久しぶりに出したけど、ちゃんと動いたみたいね」
そう言って、疲れが滲んだ幼い顔で笑みを作る幼女。その背中からは二つの大きな翼が生えていた。黒い大翼。それは今までのような魔魂の光で疑似的に生み出した柱などとは違って、しっかりと身体の一部として生えている。
「……グレガリアスの黒翼と呼ばれてる代物よ。これを顕現させるのはさすがに骨が折れたわ……」
そう話すユリファの焦点はきちんと合っていなかった。疲労が彼女の意識を奪いかけているようだ。翼を生やした彼女はぼうっとした状態で竜弥を抱えたまま滑空し、高度を下げていく。
「……それが三大魔祖の独特能力の一つなのか?」
「ええ……これは私の意思とは無関係に動く自立型の翼。どんな攻撃も防ぎ、私とは違った攻撃パターンを持つ……もちろん私の意思を汲み取って、こうやって下降したりもしてくれるけどね」
黒翼はリディガルードの外周部に向けて、高度を下げ続けていく。攻撃の第二波を竜弥は警戒したが、なぜか中央管理塔は最初の砲撃以来、沈黙していた。
「きっとこの翼を生やしたおかげで、こっちが誰だか伝わったんだわ。わたし、あの砲撃をしてきた婆さんとは知り合いなのよ。だから、あとは安心、して……」
そこまで言って、ユリファはかくり、と力を失って項垂れた。
「ユリファ! おい、大丈夫か!」
ユリファは意識を失ったようだったが、黒翼は完全に自立しているようで、降下の挙動にブレは起きない。しかし、それでも竜弥はユリファの身体が心配で気が気でなかった。
また、彼女ばかり酷使させてしまった。
竜弥の心の中にはそんな淀みが生まれて、しこりのように残る。
結局、リディガルード外周部に着地するまで、竜弥はユリファの名前を呼び続けていた。