20. リディガルード防空網――主砲直撃
「お、見たことない湖みたいなのが見えてきたな。あれがリディガル大水源か?」
碧竜の背中に乗って数分。強烈な暴風が依然として吹きつけているが、ユリファの能力によって風によるダメージが軽減されていることもあり、竜弥は地上の景色を眺める余裕さえ出来てきていた。
「うん、そうね。まだ遠いけど、水に囲まれた島都市が見えるわ。あれが私たちの目的地、リディガル大水源唯一の島都市リディガルードよ」
池袋があった場所を中心に、辺り一帯は大きな湖のようになっていた。横幅はそれほどないがかなり奥行きがあり、水源全体を視界に収めることはできない。
水面は日本ではあまりお目にかかれないほど澄んでおり、傾いた日差しによって照らされて橙色の輝きを見せている。遠くにはユリファの言うように、小さな島のような影がうっすらと見えた。
「にしても、大水源っていうわりには範囲が狭くないか? 対岸は見えないが、横の幅はぎりぎり確認できるぞ。並の湖よりは大きいけど、大水源って感じじゃない」
「おそらく、リディガル大水源の一部だけ転移してきているのね。リーセアの生活用水はかなりリディガル大水源に頼っているから、全部こっちに来てたらそれはそれで問題だし、いいんじゃない?」
「そういうもんなのか。ま、じゃあ、リディガルードがこっちに来てたのは、本当に運が良かったって事だな」
「日頃の行いに感謝しないとね」
「ヴァァァァァァ!」
普通に日常会話をしている二人に対して、怒るように碧竜が鳴いた。完全にタクシー代わりにされて苛立ちが募っているようだ。ユリファが上手く誘導しているようで、碧竜は見事にリディガルード直行コースを辿っている。あまりにコースを外れると黒光の壁が出現して、竜を元のコースへと押し戻すのだ。少し可哀想でもある。
「いやー、それにしても眺めがいい。ついつい現状を忘れて観光気分になっちまうな」
最初の恐怖はほぼ消え失せた竜弥が眼下の景色を見回して、感嘆の声を漏らしていると、
「んー、でも、そろそろ臨戦態勢に入った方が良さそうね」
と、ユリファが苦笑気味に言った。
「は?」
竜弥は顔をしかめて思わず聞き返す。
「聞こえなかった? 臨戦態勢」
「いや、むしろ聞こえたから聞き返してんだが」
「ヴァァァァァァァ!」
「リディガルードってね、確かに観光地としても人気があるんだけど――」
「ヴァァァァァァァ!」
「――実はリーセア一の――」
「ヴァァァァァァァ!」
「だああ、うるっせえよ、碧竜!」
竜弥は足元の緑色の鱗をがしっと踏みつける。そのおかげか碧竜が一瞬黙ったので、竜弥はユリファに視線を戻した。
「で、なんだって?」
すると、ユリファはすぐそこまで迫ってきていたリディガルードを見下ろしながら、
「――リディガルードは、リーセア一の防空能力を持ってることでも有名なのよね」
それとほぼ同時。
リディガルードの外周の数か所が強烈に光ったのを竜弥は目にした。そして、一秒もしないうちに。
碧竜の右翼付近で激しい爆発が生じた。瞬間的に全てを吹き飛ばすような爆風が巻き起こり、竜弥たちもあと少しで碧竜の背中から振り落とされそうになる。右翼の一部が破砕し、飛び散った硬い鱗が竜弥の顔面に向けて弾丸のように飛んできた。
「うわっ!?」
反射的に右手を出して、鱗をキャッチするが刃物のように鋭く尖っていたため、手の平から血が流れ落ちる。竜弥は痛みに顔をしかめるが、状況はそれどころではない。
リディガルード外周から次々に青色の閃光弾が放たれ、碧竜のすぐそばをかすっていく。さっきもこれが命中したのだろう。
時間が経たないうちに二発目が碧竜の胴体へと直撃し、爆発の衝撃で碧竜の身体は後ろへと大きく弾き飛ばされて空中で後方に一回転した。
「きゃあああああっ!」
碧竜の背中にしがみついたユリファの甲高い悲鳴が竜弥の耳に届く。
「バヴァァァァァァァァァァ!」
碧竜の鳴き声は先ほどまでとは違い、明らかに苦しんでいた。碧竜は数秒、自由落下をしたのち、なんとか体勢を整え、ふらついているものの滞空状態に戻る。
「相変わらず、ド派手な攻撃をするわね、あの婆さん……」
眩暈を抑えるように、額に手を当てながらユリファが呻いた。
「な、なんだってんだよ、今のは?」
「あれはリディガルードお得意の魔魂対空砲よ。リディガルードには都市の外周に沿って六つの砲台塔が建てられているの。今のは、そこに設置された主砲から発射された魔魂エネルギー弾による攻撃よ。魔導兵器の一種と考えていいわ」
「魔法云々関係なしに、もはやただの未来兵器だな……」
竜弥は息も絶え絶えに、碧竜の背中から眼下を見下ろした。リディガルードの外周には、十階建て相当の砲台塔を六つ確認することができる。石造りの塔だが、見た目の文明度の低さと攻撃の威力のギャップはすでに体感済みである。
そして、竜弥は六つの砲台塔よりも目につく建物の存在についてユリファに訊ねた。
「おい、街の中央になんかさらに巨大な塔があるんだが……?」
「ああ、それね。実は六つの砲台塔って、おまけみたいなもんなのよ。リディガルード防空網がリーセア一と言われるのはあの中央管理塔があるから」
「砲台塔よりやばいってのか……?」
「砲台塔の火力を一としたら、中央管理塔の火力は一万くらいね」
「……」
竜弥はもう黙るしかなく、じっと中央管理塔を見た。今のところ、管理塔に動きはない。傷ついた碧竜は現在、滞空姿勢を取るのがやっとのようで大きな回避行動を取れない状態だ。今何かされたら一たまりもないだろう。それを自覚しているのか、碧竜は傷ついた身体にもかからわず、中央管理塔と対面する形に体勢を移行した。
攻撃は最大の防御である。そのことを碧竜も本能的に知っていた。
碧竜はそのトカゲのような赤い口を大きく開いた。無傷の左翼から緑色の魔魂が口元へと送られていく。そして、集束が限界に達した瞬間、碧竜の口から高速で放たれた複数の光弾が中央管理塔の最上階を襲った。
「うわっ!?」
強烈な閃光の爆発。一瞬、光の中に飲み込まれた中央管理塔の輪郭さえもわからなくなった。通常なら街一つを破壊しかねない攻撃。
だが、光が消散した後、再び現れた管理塔は全くの無傷だった。塔の全面には青光の薄い膜のようなものが展開されている。あれが攻撃を受け止めたのだろう。
「なんだ、あの防御力……ってか、なんで交戦することになったんだよ? 俺たち、何もしてねえぞ?」
「いや、普通に碧竜みたいな高位存在は外敵とみなされるわよ? もちろん、攻撃されることをわかってて碧竜に乗ったんだけどね」
「じゃあ、この先のプランはあるってことだな?」
「当然」
ユリファは小さな胸を張って、ふふんと誇らしげに笑う。
「……んで、その策とは?」
「正面突破」
「お前そんなのばっかだよな」
今までの戦闘を思い返してみても、頭を使っているのは竜弥ばかりでユリファは基本、強大な力で押しまくっているだけである。それでも、それを押し通す力があるのだから、何も言えないのだが。三大魔祖は強大な力を持つが故に、パワープレイヤーになってしまうのかもしれない。
「それじゃ、ここまで送ってくれたお礼を碧竜さんにしてあげるとするわ。飛ぶわよ、竜弥」
「飛ぶ、か。正直、慣れたくもないけど慣れてきたな」
ユリファは再度、しっかりと竜弥を抱きしめると、碧竜の背中から大きく上空へと跳躍した。傷ついた碧竜は呻きながら体勢を崩す。その横腹付近に、見たことのある球体が出現した。魔魂を圧縮した黒光の球体だ。ついこの前、大宮を出発する時に見た。
「……ぶっ飛ばすのか?」
「ぶっ飛ばすのよ」
黒色の球体は一瞬で数倍に膨張し、碧竜の身体と同等の大きさになった。同時に、碧竜の体表を薄く黒光が覆って、ダメージを軽減するシールドの代わりを果たす。
次の瞬間、球体が激しく爆発。その威力を利用して、碧竜は目で追えないほどの速度で遥か彼方へとすっ飛んでいった。
状況が理解できない碧竜は絶叫し、その叫びは碧竜の姿が豆粒大の大きさになるまで聞こえ続けた。
「また乱暴な……」
「ちなみに碧竜は右翼に傷を負っていたけど、あれくらいならしばらくすれば完治するわよ。竜弥と同じで潤沢な魔魂が身体を修復するの。だから、多少乱暴にぶっ飛ばしても、それも問題なし」
「治るから乱暴していいって論理は横暴だぞ、マジで……」
竜弥は己の自動修復のことを思い出し、碧竜に同情する。
確かに傷は治るが、痛いことは痛いのだ。なかったことになるわけではない。高位存在をタクシー代わりにし、用が済んだらぶっ飛ばす。さすが、世界中から恐れられる三大魔祖はスケールが違う。
「でも、これでリディガルードは碧竜を脅威とみなすことをやめるわ。あとは平和的に上陸するだけよ」
黒光を帯びたユリファが魔魂の力によって、緩やかに降下を始めたその時だった。
突然、竜弥たちに向けて、リディガルードの中央管理塔から二本の光線が照射された。その二本の光線は竜弥たちの左右に走り、常に竜弥たちを光線間に収めるように移動し続ける。
まるで滑走路の誘導灯のようだな、と竜弥は思い、そして、その意味を少しの間考える。
中央管理塔から発射されている光線には攻撃能力はなさそうだ。しかし、竜弥たちを正確に捕捉している。
「捕捉……?」
大方の予想がついて、竜弥は引きつった笑みを浮かべた。
「なあ、ユリファ……これって、ロックオンされてる?」
すると、彼を抱きしめたまま、降下を続ける幼女は爽やかな笑顔で、
「されてるわね!」
と返してきた。
「おいおいおいおいおい! マジか! ヤバいんじゃねえの!?」
中央管理塔はさっき碧竜が喰らった主砲の一万倍の威力。そんなもの、生身の身体でくらったら無傷で済むはずがない。
「さすがにまずいわ。見逃してくれるかと思ってたけど、竜弥の特殊な魔魂を感じ取ったのかしら。普段はちょっと危険だから控えてたけど、竜弥の魔魂を第二段階まで喰らって対応しないといけないわね」
「第二段階? なんだよ、それ」
また知らない単語が出てきて、竜弥は焦りながら訊ねる。こうしている間にも、竜弥たちは落下を続けているのだ。
「第一段階は通常戦闘で行使するレベルの能力の復帰。第二段階は三大魔祖だけが持つ、独特能力の一部まで復帰させることよ」
「それ、誰が定義づけしたんだ?」
竜弥の口から出たのは純粋な疑問。だがそれに対して、ユリファは曖昧に微笑んだだけだった。
彼女は照準をこちらに固定した中央管理塔と相対し、軽く肩を回す。
「――さて、三大魔祖の独特能力を取り戻すのは久しぶりなわけだけど、ちゃんと制御できるかしら?」