17. 東玉線線路上進行2
「うわあああああああっ!! 出たッ! 怪物だッ!」
大宮駅構内に駅員の絶叫が響く。己の生命の危機に酷く怯えた駅員の瞳に映るのは、黒色の光を纏い、全身に赤い紋様を浮かび上がらせた幼女。
彼女はにたりと笑い、舌なめずりをして駅員を眇め見た。彼女はゆっくりと口を開く。赤い口内が血の色を連想させた。そして、彼女は駅員の醜態を嘲るように鼻を鳴らして、静かに言葉を発した。
「……そうだ……私は化け物だ……早く逃げないと、食べちゃうぞ……っ!!」
「ひぃぃぃぃぃ!!」
明らかにおかしな台詞を吐いた幼女だが、恐怖に包まれた駅員にはそれを判別することができず、すぐさま回れ右をすると、持ち場を放棄して命からがら逃走していく。
「た、助けてくれええええええ!!」
逃げた駅員の後ろ姿はあっという間に見えなくなってしまった。周囲に静寂が訪れる。
「……こんなんでいいんかな……」
その様子を遠目に呆れて見ていたのは竜弥である。ユリファにどんな秘策があるのかと思えば、押し寄せた人々で混雑した改札前を、強化した肉体で人混みごと飛び越えて突破。慌てて追ってきた駅員を一般人の目のつかない所までおびき寄せ、今の威嚇で追い払った。秘策というか、ほぼゴリ押しだ。
しかし、そのおかげで改札内に入れたのだから、竜弥としてはよしとするしかない。改札入り口がきちんと封鎖されていたおかげで、改札内にはあまり人けがなかった。大宮改札内は駅ナカの店が充実しているのだが、今は街の混乱のせいか、各店の明かりは消えてしまっている。
「ね、上手くいったでしょ」
魔魂による強化モードを解いたユリファは、上機嫌で竜弥を振り返った。満面の笑みである。
「まあ、そうだな……」
渋々といった様子で竜弥は軽く頷くしかなかった。
二人は東玉線の乗り場まで辿り着くと、ゆっくりと階段を下りていった。ホームには数人の駅員の姿を確認できたが、竜弥たちは身を隠しつつ誰もいない方向へと進む。
「今更だけど、線路っていくつにも分かれてるはずだが、どれが目的地に繋がってるかわかるのか?」
「リディガル大水源の位置情報は、さっきの魔導品の機能で私の記憶に刻み込んだから問題ないわ。探知、検索、刻印までがあの魔導品の機能だからね」
「大型書店の店頭にある在庫検索機みたいだな」
「なにそれ?」
「別に知らなくていい」
あれは結構便利な機械である。売り場面積が広い中、目当ての本を探すのは毎度一苦労なのだ。ということは、あの地球儀型魔導品ももっと使い込むと相当便利な代物なのかな、と竜弥が意味のわからないことを考えている間に、ユリファはひらりと線路上に降り立つ。
「多分、この線路ね」
「んじゃ、地道に歩いていくとするか。結構時間かかると思うけど――」
大宮から池袋まで徒歩で行くとなると、かなり骨が折れるだろう。今はもう陽が傾いているので、徹夜で移動になることを覚悟しながら竜弥が線路へと降りると、
「――へ? 何言ってるの? 歩いてなんかいかないわよ、時間かかるし」
ユリファは怪訝な視線を竜弥へと向けた。竜弥も彼女が何を言っているのかわからず、困惑の表情を返す。
「歩かないでどうやって進むんだよ?」
「前も言ったけど、私たちの世界では生活のほとんどを魔法で成立させていたわ。だから、移動手段にも魔法を用いることができる」
「ワープみたいな感じか?」
ちょっとワクワクして、竜弥が訊ねると、ユリファはふるふると首を横に振った。
「期待してる所残念だけど、さすがに気軽に空間移動魔法は使えないわ。もっと控えめな方法」
竜弥としては、空間移動魔法の存在が否定されなかったことについてもっと掘り下げたいところだが、ユリファはどんどんと話を先に進める。
彼女は竜弥の手を握り、再び黒色の光を周囲に展開すると、目の前のレールをさっとひと撫でした。
「こうやって、物体に触れて魔魂を流すと……」
ユリファの言葉に呼応するように、レールが彼女の黒色の魔魂に染まったかと思うと、それが目で追えない速さでレール全体へと広がっていく。弾丸のようなスピード、瞬く間に目で見えないほど遠くまで線路が黒い輝きに染まった。
「これでこのレールには私の魔魂が流れた。これで自動的に私とレールの間にリンクが生まれたわ。リンクがある限り、私はこのレールから大きく外れたりしない」
「あー、うん……?」
彼女が何を言いたいのかよくわからず、竜弥は曖昧な返事をする。ユリファと線路が離れないから、なんだというのだろうか。
竜弥が首を傾げていると、ユリファは妙に優しい笑顔で両手を大きく開き、
「竜弥、来て……」
と、甘く囁くように言った。
「は?」
「いいから……」
ユリファのジェスチャーは、小さな胸の中に飛び込めという指示だろうか。理由もわからず、幼女の腕の中に飛び込むなんて――と竜弥は一瞬躊躇したが、よく考えると魔魂を与えるためにもう幾度も幼女と抱き合っている現実を思い出し、頭が痛くなる。
そんな風にうだうだしている竜弥にしびれを切らしたユリファは、無理やり彼の腕を引っ張った。不意のことだったので、竜弥は無様によろけて彼女の腕の中に包まれる。
「ユリファ、一体何を……」
混乱した竜弥が首だけでユリファを振り返ると。
そこには、にたぁと悪魔のような笑みを浮かべているユリファ。
「あ、こりゃ、嫌な予感が――」
「さあ、行くわよ!」
瞬間、竜弥の全身から魔魂が喰らわれていく感覚があった。初めのうちのような痛みこそないが、なんだかむず痒い感じがする。
魔魂の吸収が終わると、突如、ユリファの背後に巨大な黒光の球体が出現した。直径一メートル以上あるだろう。魔魂が圧縮されているようで、バチバチと放電現象のように微量の黒光が周囲に放出されている。こんな球体が爆発でもすれば、それはとてつもないエネルギーが……とそこまで考えて、なんとなくこの後起こることが予測できた。
「つまりは、今から俺たちはパチンコ玉になるってことでいいのか?」
「パチンコ玉ってなに?」
「いや、いいわ……」
竜弥の諦めの言葉が終わったのと同時に、ユリファと彼女にしっかりと抱きしめられた竜弥の身体は背後の黒光玉の大爆発によって、超高速で前方へと打ち出されることとなったのだった。
この物語はフィクションです。
今回の内容は実際だと危ないことが多々あるので一応。