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俺たちの国に異世界が転移してきた日。  作者: 月海水
第一章 異世界が転移してきた日。
14/59

13. 魔導品保管庫

「どう? 見張りの兵士はいる?」


「いや、ここから見える範囲には誰もいないな……静かなもんだ」


 リーセア王城の敷地内を進み、正門から見て右の最奥部へと到達した竜弥たちは、目的地である二階建ての立派な保管庫を遠目から観察していた。


 魔導品保管庫の正面には大きな両開きの扉があり、一階側面部分には普通の小窓が数個、二階の屋根部分には等間隔にステンドグラスがはめ込まれている。そこから陽の光を取り込んでいるようだ。白い外壁のその保管庫は外観だけだと、中規模の教会のようにも見える。


 エイドの言っていた通り、周辺に兵士の姿はない。竜弥はユリファに手で合図をして、保管庫の外壁まで音を殺して接近する。建物内部からも人の気配はしなかった。警戒しつつ、ゆっくりと正面扉まで移動した竜弥は扉を少しだけ開いて、中の様子を覗く。


「何か見える?」


 内部は薄暗くてよく見えない。ユリファは扉の隙間から覗き込むために、竜弥の懐に潜り込んできた。彼女の体温をすぐ近くに感じ、どぎまぎしてしまう。


「うーん、何も見えないわね……」


「……兵士はいないようだし、とりあえず入ってみるか?」


「そうしましょう。でも、王国の魔導品保管庫だからね。何か罠があってもおかしくない。気をつけるのよ」


 ユリファがこくり、と頷いたのを確認して、竜弥は重い鉄の扉を勢いよく押した。ギギッ、と鈍く軋む音がして扉がゆっくりと開いていく。


「おお、すごいな……」


 保管庫の中に足を踏み入れ、竜弥は思わず感嘆の声を漏らした。内部は図書館のような作りだった。小窓から射し込む光で、小さな埃の粒がまるで宝石のように美しく輝いている。

 中央に通路が確保され、その両脇にはぎっしりと棚が並べられていた。その棚には、大小様々な魔導品が整理番号をつけられて管理されており、その総数を数えるのは骨が折れそうだ。入り口付近の魔導品棚群を抜けると、奥には中大型の魔導品が床に整列整頓されていた。大砲のような形のものや、銃のような形のものもある。


「この辺りは魔導品というより、魔導兵器の保管エリアみたいね。魔魂を使用することで強力な威力を発揮する兵器。それが魔導兵器だけれど、結局こんなに蓄えていても、肝心の魔魂を注入する人間がいなければ役に立たないわけで、難しいわよね」


「ここの魔導兵器が使用できたら、襲撃を退けることができたのか?」


「退けられたかは別として、城が焼け焦げるようなことにはならなかったかもね。でも、襲撃はエイド自身が言っていた通り、彼が率いる魔術師軍がいない時を狙って行われる計画だった。だから、魔導兵器が使えたらって仮定自体が意味ないのよ」


「……」


 十中八九、エイド・ダッグマンの不在時を狙うように指示したのは、ユリファだろうと竜弥は思っていた。エイドの話しぶりからしても、以前はユリファとリーセア王国の間に交流があったようだ。リーセアの事情に内通しているユリファが襲撃時に弱点をつかないはずはない。


 なぜ、ユリファがリーセア王国の襲撃に手を貸したのか。それは未だわからない。だが、ただの善悪で判断できない複雑な背景があることは、ユリファやエイドの態度から察することができた。


「……一階には目当ての魔導品はなさそうね。二階に上がってみましょう」


 ユリファに促され、竜弥は保管庫奥の階段を慎重に上っていく。踊り場で折り返し、二階の様子が少しずつ見えてくると、彼は妙な違和感を覚えた。

 

 重い。

 空気が重い。


 保管庫の一階とは明らかに空気が違った。音一つせず、完全な静寂が竜弥の意識を締め付けてくる気がした。心が休まる静寂とは違う種類の無音だ。鼓膜を圧迫し、呼吸すら心なしか苦しくなる。


「……何か、いるわね」


 ユリファが苦い声で囁く。他に何の音もないせいで、彼女の声がやけに大きく響いた。


「ああ。やっぱり感じるか?」


「すごく嫌な感じ。警戒して」


 階段を上がりきる。二階は一階とは違って物が少なかった。部屋の突き当たりに大きな魔導品の影が見えるが、薄暗くてそれが何かはわからない。

 外から見た時にはわからなかったが、二階の天井はとても高かった。声を出すとよく反響する小ホールのような室内。

 そんな遥か頭上の屋根にはめこまれたステンドガラスを通して差し込んだ陽の光が部屋の中央を鮮やかに照らしていた。あと少し日の当たる範囲が広ければ、魔導品の正体も確認できただろうと思うと、もどかしい気持ちになる。


 竜弥が二階のフロアに足を踏み出した瞬間だった。

 ドンッ! と大きな地鳴りがして、保管庫全体が大きく揺れた。それと同時に、今まで二階フロアに満ちていた静寂を乱暴にむしり裂くように、鼓膜を破るような轟音が部屋のつき当たりから放たれた。


「な、なんだってんだ!?」


 混乱して叫ぶ中、竜弥が己の目を疑った。部屋の奥、置かれていた何かの魔導品が、いつの間にか立ち上がっていた(、、、、、、)

 ユリファはすでにそれが何であるかを把握したようで、視線を鋭く研ぎ澄まし、戦闘態勢に入っていた。彼女は小さな身体で咆える。


「竜弥! この騒音はきっと、あの魔導品――いえ、魔導兵器の起動音よ!」


「ま、魔導兵器!? なんでそんな物騒なもんが起動してんだよ!」


「おそらく、これはトラップ……。許可なく魔導品を使用しようとする者を粛正する、拠点防衛型の魔導兵器だわ!」


「ギ、ギギガガガッ!!」


 叫び声のような、鳴き声のような、そんな気持ちの悪い音を魔導兵器は発する。

 その背の高さは竜弥の二倍ほどだった。

 四本の太い筋肉質の足。それは横に伸びた長方形のような形の胴部分から伸びているが、生物であれば存在するはずの胴から上がない。その代わり、腹の辺りから醜く歪んだ顔のようなものが浮かび上がっていた。顔のパーツは妙に人間っぽく、そのせいで気持ち悪さが余計に増す。

 二つの瞳があり、どちらも瞼を閉じている。口はへの字に歪んでおり、苦悶の表情のようにも見えた。全体は鉄のような金属製の素材でできており、魔導品であることは明らかだが、それにしては妙に生物的な空気が漂っている。


「グ……ギ……イッッ!!」


 甲高い唸りと共に、双眸がベロッ! と開く。そこに黒目の部分はなく、全体が真っ白だった。目を剥いているように見えて、とにかく気色が悪い。


「ウギィ! ガッ! キュエッ!」


「気持ち悪いな……。あんなのが魔導品を守れるのか?」


「私に聞かないでよ。魔導兵器ってことはわかったけど、あんな奴は見たことないわ。王国所有ってことは決して侮れないと思うんだけど……」


「ギィゲルグィ!」


 また意味のわからない鳴き声を上げる魔導兵器。竜弥はユリファの顔を真顔で見つめて訊く。


「ほんとに?」


「いや、わからないけど……」


「ウルゥ!」


 竜弥たちが階段付近で様子を見ていると、謎の魔導兵器はぴょこぴょこと部屋の中心へと歩み出した。その動作は小動物のようで可愛らしいが、あくまで動作だけで見た目は完全に異形の存在である。重量もあるため軽そうな動作とは逆に、二階のフロアは衝撃で縦に揺れる。


「ウルゥ! ウルゥ!」


 そのまま、ぴょこぴょこと筋肉質の足を前に出し、部屋の中央までやってくると。


 瞬間、突如目の前の壁から生え出た太く長い、金属の腕が、竜弥の身体を乱暴に薙ぎ飛ばした。


「――ぐはぁっ!」


「竜弥!」


 竜弥の身体は別の壁に激しく叩きつけられ、背後の壁には激突によって巨大なヒビが入る。


 だが、それで終わりではない。


 今度はヒビの入った場所から、そのヒビを突き破るように新たな太い金属の腕が出現し、竜弥の足首をきつく掴んだ。


「ちっ! 何よこれ! 最悪な状況じゃない!」


 瞬間的に加速したユリファが、竜弥の足首を掴む金属の腕を思いっきり蹴り飛ばした。だが、さらに壁から二本の金属の腕が突き出て、彼女をわし掴みにしようとする。

ユリファは痛みで意識が朦朧としている竜弥を抱きかかえると、意識を集中し、魔魂の体内回路を接続。

 数秒と経たないうちに膨大な魔魂が彼女の幼い体内へと流れ込み、肌には赤黒い幾何学模様が浮かび上がった。


 三大魔祖ユリファ・グレガリアスの強大な力の一部、それを一時的に取り戻した彼女は、黒光の槍を全方位に射出。それは複数の金属の腕を貫通して動きを一時的に止めた。

 

 そして、彼女は言う。


「この魔導兵器の正体、やっとわかったわ……」


「な、なんなんだよ、これは?」


 魔魂によって急速回復能力を得た竜弥は、なんとか会話できるほどに回復して、息も絶え絶えにユリファに訊ねる。


「これは予想した通り、かなり厄介な魔導兵器よ。対象エリアに入った者を一人も残さない、拠点防衛兵器――」


 敵の本体であると思われる長方形の胴体がぎょろり、と二人を睨みつけた。白一色のその瞳からは、魔魂の光が溢れ出している。



「――その名は、『無邪気な箱』」


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