12. 王城敷地内侵入
襲撃後のリーセア城下町に、初めての朝が来た。
ニワトリに似た鳥類の鳴き声が日の出を告げて、町に朝日が射し込む。
竜弥とユリファ、それにエイド・ダッグマンを加えた一行は城下町の中心を通る、王城へのメインストリートを歩いていた。
「今後の行動は打ち合わせ通りにお願いします。上手くいけば、王女殿下に気付かれることなく、魔導品保管庫まで辿り着けますから」
先ほど見せた威圧感は消え、通常のおちゃらけモードに戻ったエイドはにこにことした明るい表情で、大通りを先導していた。
結局、竜弥たちは事情を知っているらしいエイドの手引きで王国の魔導品保管庫に忍び込むことになってしまった。ユリファは最後まで渋っていたのだが、全てを見透かした目で「任せてください。絶対に王女殿下には見つからないようにしますから」と言い張るエイドに根負けした形だ。
あんまり邪険に扱って、ぷりぷり怒ったエイドがリーノに全てを報告してしまうのも避けたかったので、竜弥からもユリファを説得して、今こうして城下町に出てきている。
一行がメインストリートを進んでいくと、そのうちに見覚えのある場所に辿り着いた。昨夜、竜弥とユリファがリー・ダンガスと戦闘した場所だ。昨日は暗くてわからなかった町の細部を今日はよく見ることができた。
メインストリートの両脇に並ぶ建物群は、基本煉瓦で組まれていて、二、三階くらいのものが多い。電線の類もなく、そのため現代日本よりも空が広く、青く晴れた空が頭上を覆っているのは心地が良い。
地面は舗装されておらず、人々や馬車などが行き来すると細かい砂埃が舞う。何度か話に出た通り、電気製品の類は一切見当たらず、等間隔で並ぶ外灯は形こそ現代日本の物に近いが、全て魔導品であるらしい。
また、目立つ外灯以外にも魔導品があちらこちらに配置されている。行き交う人々は遠隔通信を行える魔導品によって連絡を取り合っているし、馬車を引く馬も、本物の馬の場合と馬をかたどった人工の魔導品の場合があった。見た目ほど生活水準は低くないようだ。
痛々しい傷跡が残る、町の修復には人力と魔法が合わせて用いられ、そのおかげで信じられないほどの急ピッチで元の町並みが形成されつつある。こういう所はむしろ日本より進んでいると言えるだろう。
「いやぁ、ワクワクしますね! 潜入ミッション」
エイドは楽しそうに前を歩いているが、ユリファはさっきから挙動不審に周りをきょろきょろと見回していた。まるで迷子になった女の子が必死に親を探しているような動作だ。顔を動かす度に柔らかな金髪がふわりと揺れて、見ていて可愛かった。
「ワクワクしているのはあんただけよ、エイド……。私はリーノに見つからないか気が気じゃないわ」
「ユリファって基本誰に対しても強気なのに、リーノのことになると、途端に弱気になるよな」
竜弥はそう茶化すように笑ったが、ユリファが鬼のような形相で睨んできたため、すぐに真顔に戻した。エイドはそんな二人のやりとりを横目で見て、優しい表情を浮かべる。
地面に残る血の跡。魔法の力でも簡単には消せない襲撃の爪痕。
その一つ一つに確かな悲しみがあって、その悲しみを少しでも和らげるように、町は明るく振る舞っていた。復興作業を行う町人たちはお互いに声をかけながら、暗い顔することを避けるように活気を維持していた。
その光景を眺めて、王国魔術師長エイド・ダッグマンは静かに思う。
こんな悲しい明るさを町に強いずとも済むように、己が世界をより守らなければ、と。
「王城はご覧の通り、無事に難を逃れた王国騎士、王国魔術師たちの手によって修復中です。王女殿下は軽傷。王国の保有兵力はこれを全体の約三割失い、王都防衛には深刻な影響が出ています。王都周辺に転移した土地で兵役に従事していた者たちが徐々に集結しているため、時間が経てば、王都防衛に必要な最低限の兵力は確保できますが、異世界に転移した我が国の状況を好転させるには足りないでしょうね」
敵の攻撃で燃え尽き、全体的に黒ずんだリーセア王城。
その正門まで辿り着くと、エイドは悲しげな表情で王城を見つめた。
「エイドの部下も亡くなったのか?」
竜弥は静かに訊ねる。だが、エイドは首を横に振った。
「いや、僕たちの魔術師部隊は襲撃時、任務で王都を離れていてね。ちょうど、王都周辺まで帰還した所で転移が行われ、町の防衛には一歩間に合わなかったんだ。だから、僕たちの命は守られたし、町の人々の命は守られなかった」
それが良かったとは少しも思えないけどね。と、エイドは自嘲気味に息を漏らすと、小さく身体を震わせた。
「でも、僕たちがいない間が狙われたのは、偶然じゃないと思ってるんだ。恐らく、敵に手を貸した誰かの入れ知恵だと予想しているのだけれどね」
冷たいその言葉に、ユリファの柔らかそうな頬がぴくり、と動いた。彼女は何も言わない。だが、その幼い身体は何気ない風でいて、警戒態勢に入っている。
「……でも、僕は理解してしまうんだ。正義のヒーローであるはずなのに、同時に酷く合理的な思考の持ち主だとも自覚している。取捨損得を考えて、入れ知恵をした人物が間違っているとはどうしても思えない」
「……正義のヒーローが、そんなことでいいのかしら?」
ユリファは小首を傾げて皮肉気に問う。けれど、エイド・ダッグマンは弱々しく微笑を浮かべると、
「きっと入れ知恵をした人物も、ある意味では正義のヒーローだと思いますから」
と言った。
王国魔術師軍が誇る魔導品保管庫。
それは王城の正門をくぐって、右奥へと進んでいった場所に存在する。敷地中央に鎮座する王城からは少し離れた場所に位置しており、移動の道中さえ見つからなければ保管庫内に警備兵はいないはず、というのがエイド・ダッグマンの見解だった。現在、警備兵がいないのは、優先度の低い持ち場に配置されていた一般兵たちが全員、復興作業に回されているからであるらしい。
昨日は混乱の連続だったため、竜弥は王城の敷地内がどうなっているのかよく理解していなかったが、外壁に囲まれた内部はそれなりに広く、王城以外にも様々な建物が存在するようだった。現代日本における大学のキャンパスみたいな雰囲気である。
正門から王城入り口までは一キロ前後の距離がある。その間には豪華な庭園が広がり、正門から王城までを誘導する舗装された道の中ほどには、小さな広場があり、魔導品の噴水が設けられていた。
「―んで、ここからどうするんだ? エイド・ダッグマン」
竜弥は恨みがましい声でエイドを責めた。しかし、周囲に聞かれないよう最大限の注意を払った小声である。
「……ははは、こんなつもりじゃなかったんだけどね」
エイドもボリュームを絞った声で返事をしてくる。
「ちょっとエイド、責任持ってどうにかしなさいよ……!」
動揺した様子でユリファもエイドを睨むが、
「と、言われてもこれじゃあね」
エイドは諦めたように両手をひらひらとさせると、三人が隠れている王城敷地内の植え込みから、外の様子を眺めた。
そこには、
「おい、エイド様の姿はあったか!?」
「いや、こっちにはいないぞ! くそ、確かに姿が見えたはずなんだが、どこ行ったんだ! 放り出されたままの仕事が山積みだっていうのに! 全員で探せ!」
「おう!」
続々と集結する王国魔術師たち――つまりはエイドの部下がアホな上司を血眼になって探していた。周囲には増援の一般兵までやってきて、人でごった返している。
「エイド……お前、『僕が敷地内のみんなと話して気を引くから、そのうちに隠れながら進んでもらえるかな?』とか言ってたよな……。んで、実際に王城関係者の前に姿を現したら、指差されて追われるって笑えねえぞ」
「誤算だね」
エイドは腹立つほどあっけらかんと言った。
「誤算だね、じゃねえよ! なに、清々しい顔してんだ!」
これならば、竜弥たちだけで潜入した方がよっぽど兵士たちの気を引かずに済んだだろう。すでに保管庫までの道のりには厳戒態勢が敷かれており、部下たちは上司を捕獲する気満々だ。
「もう、ほんとに呆れるわ……あんたが一番のお尋ね者って、ため息通り越して笑えるわよ?」
ここに来て、ユリファのエイドに対する蔑みはピークに達していた。そんな彼女の様子を面白いなぁと眺めながら、竜弥はこれからどうするべきか思案する。
だが、すぐに気付いた。この状況を抜け出す、極めて簡単な方法を。
「あれ? なあ、この状況……エイドが大人しく捕まればいいだけじゃね?」
ユリファがびっくりしたように、目と口を大きく開く。その仕草は歳相応で可愛らしかった。エイドも別の意味で驚いたようで、同じく目と口を大きく開いていた。
「りゅ、竜弥君! 僕を、僕のことを売るというのかい!?」
「うん。な、それがいいだろ、ユリファ?」
「ええ、もちろんよ。考えるまでもないわ」
情けのない即答。竜弥とユリファの意見は一致し、多数決により今後の方針は決定した。エイドは瞳を怯えたように揺らし、冷たい視線を送る竜弥とユリファに交互に目をやった。
「そ、そんな……! 嫌だ、嫌だぁ! 竜弥君、慈悲を、慈悲をぉ!」
「うわ、纏わりついてくるな!」
竜弥は必死の形相でべたべたと引っついてくるエイドを思いっきり蹴り飛ばし、その勢いで植え込みから激しく転がり出たエイドは、部下たちの前にその姿を現した。
「あ、いた! エイド様だ!」
「エイド様が植え込みから転がり出ていらっしゃった!」
エイドの部下たちの動きは迅速だった。わいのわいのと騒ぎながらも、どこからか取り出した縄でエイドをグルグル巻きにし、すぐに指一本動かせないように捕縛してみせる。完全に慣れた動きだった。
「にしても、なんで魔術師長は植え込みから出てきたんだ? 植え込みになにかあるのか?」
その兵士の発言に、竜弥とユリファはびくりと身体を震わせる。確かに何の脈絡もなく、植え込みから人間が出てくることはあり得ない。だが。
「やめとけ。どうせ何もないさ。植え込みから意味もなく飛び出てくるくらい、エイド様なら日常茶飯事だろ?」
部下の一人の言葉に、全員がまあ、そうだな。と頷いた。まさかの納得である。数人の兵士たちに担ぎ上げられたエイドは、そのまま王城へと向かって消えていった。
「た、助けてくれ~~~!」
エイドのアホらしい叫び声が竜弥たちのもとまで届くが、彼らは全く気にすることなく、植え込み周辺から人けがなくなったことを確認した後、植え込みから頭を突き出した。
「さあ、行くか」
「ええ。やっと落ち着けるわ」
血も涙もない会話を交わして、竜弥たちは魔導品保管庫を目指す。