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俺たちの国に異世界が転移してきた日。  作者: 月海水
第一章 異世界が転移してきた日。
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09. 無形上位存在

「――は?」


 竜弥の眼前で木箱の山に腰を据えたユリファ。彼女の言葉に耳を疑って、彼は思わず聞き返してしまった。不安と緊張で鼓動が速くなって息が詰まる。呼吸するのが苦しい。


 竜弥の身体と混ざり合った、とユリファは言った。


「……何が混ざり合った、んだ……?」


 得体の知れないものに対する恐怖が、竜弥の全身を駆け巡っていた。


「アールラインが転移してきた時、変なことは起きなかった? 竜弥の『魔魂』と同じ虹色の光が見えたとか、そんな感じの」


 高校からの帰り道、アールラインが転移してきたあの瞬間、竜弥は確かに虹色の光に包まれた。あの光は転移現象が起こったことが理由で現れたものだと彼は勝手に解釈していたが、目の前の幼女はそれこそが竜弥が特殊体質になった原因なのだと言う。


「さっきも言ったけど、リーセアの転移魔術は半分失敗した。日本と混ざり合ってしまったことだけじゃない。もう一つ、大きな失敗があった。――それはアールラインに存在する無形の上位存在と、この世界の人間との融合よ」


「無形の上位存在……融合……?」


「精霊や神の類、それが無形の上位存在。対して、わたしを含む三大魔祖は有形の上位存在ね。大規模転移術式の発動時、整合性を保つために組み込まれていた補助術式の一部が機能しなかったの。だから、日本とリーセア、その二つが重なった際にそれぞれの同一座標にいた人間と無形の上位存在が融合して一つの個体となった。無形の上位存在は概念的な存在だから、さっきの乗り物やライフラインの物理的な安全術式の対応外だったわけね。不思議に思わなかった? 城下町に、竜弥以外の日本の人間がいないこと。基本的にこの辺りの日本人は、日本の国土と共にアールラインに転移してる。竜弥が取り残されたのは、無形上位存在と融合した影響なの」


「でも、『魔魂』が取り出せるって以外は、俺の身体は普通だぞ。今の俺は、確かにいつもの俺だ。その無形の上位存在? ってのと混じったら、意識とかも俺そのままじゃいられないんじゃないのか?」



 竜弥は焦燥で顔を歪め、木箱の端に腰かけるユリファに詰め寄ると、彼女の華奢な両肩を掴んだ。ユリファは現実逃避をするように縋ってくる竜弥に悲しげな視線を向けると、彼の瞳をじっと見て続けた。


「無形の上位存在はね、その辺特殊なのよ。彼らに自意識と呼ばれるものはない。他人から知覚されることもない。だから、通常の手段では存在を捉えることがそもそもできないの。それはね、存在しないことと一緒。彼らは自分がいることを認識する術さえ持たない。故に、自意識も生まれず、そこに存在していないことと同義になっている。実際は存在するし、確実にその場所で生き続けているんだけどね」


「何言ってるのか、わからねえ……わかるように説明してくれよ」


「簡単に言うと、空気みたいなものよ。ものすごい力を持った空気。空気を吸って身体に取り込んだからって、自分の意識がなくなったりはしない。けれど、酸素は身体の運動に使われる。そんな感じ」


「なんとなくわかったような、わからないような……」


「つまり、無形の上位存在が竜弥と混じっても、彼らは知覚できないのだから竜弥が干渉されたと感じることもない。そういうことなの」


「じゃあ、俺はもう昔の俺じゃないのか……?」


「それも、そうであって、そうでないのよ。だって、彼らは存在しないことになっているんだから」


「……?? 結局、どういうことだ?」


 竜弥には何がなんだかわからない。自分はもう昨日の自分ではなく、体質も変化したけれど、自分が自分でなくなったわけではない。ごちゃついて、頭がこんがらがる。


「まあ、竜弥の身体が超常的な存在によって強化されたってくらいに考えておけばいいと思う。自分が自分じゃなくなるようなことには、ならないはずよ。それに本当の問題はそこじゃない」


「これ以上何があるんだ……」


 矢継ぎ早に浴びせられる事実の数々は、竜弥の心を容赦なく殴りつけていく。精神の疲弊が限界に達しつつあるが、それでも降り注ぐ事実の雨は彼の身体を打つ。


「竜弥と融合した上位存在、それこそが問題なのよ。上位存在の中でも殊更に厄介な存在。そして、それを――」


「……それをあいつらが狙ってた?」


 そこまで言われれば、竜弥にも予想がついた。


「当たり。リーセア王城の地下、そこにはずっと、ある上位存在が祀られていた。昔の王族には、上位存在の気配を感じ取れる人間がいて、その王族が右も左も知覚できない上位存在を王城に導き、祀った。無形の上位存在は促されない限り動かないから、そのまま、何百年もの間、その存在は王城の地下にいた」


「そいつが俺の身体に入ったのか?」


「ええ、その無形上位存在の名は、全能神エギア・ネクロガルド。無形上位存在の頂上に君臨し、魔法の源である『魔魂』を生み続ける、生命の神よ。その恩恵もあって、リーセアは長い間、栄えた王国だった。あの魔術師団体がそれを狙うまでは」


『魔魂』を生み出す全能神。それが竜弥の身体と融合したという。そして得られたのは、三大魔祖ユリファ・グレガリアスでさえ欲する、無限量の『魔魂』。敵の魔術師団体が全能神を狙うのも無理はない。

 

 事情がなんとなく見えてきた。だが、それを納得できるかどうかは別だ。


「どうにか分離したりはできないのか? その、全能神エギア・ネクロガルドって奴を」


 分離する術さえあれば、さっさとそれを実行して、竜弥は元の身体に戻りたかった。彼は元々、『魔魂』などというものを必要としていないし、無用な長物は手放すに限る。


 それが災いを呼ぶのなら、なおさら。


「わたしの力じゃできないけど……そうね、リー・ダンガスが使ってたみたいな、その道を極めた者だけが使える『独特魔術』の中には、できるものもあるかも……」


 そう簡単にはいかないらしい。まあ、簡単に分離ができるのなら、ユリファと初めて会った時に分離、回収されていてもおかしくないのだから、その点は落胆しなかった。分離できる可能性があるだけマシだろう。


「じゃあ、その『独特魔術』が使える奴を探す必要があるってことだな……」


「でも、そう簡単に探すことは出来ないと思う。『独特魔術』を使える人間は極少数なの。それに、全能神の力は敵からすれば脅威だから、今後、竜弥は攻撃の標的になるはず。攻撃をかいくぐって、どこにいるかもわからない最高位魔術師を探す。それは容易なことじゃないわ」


 そこで提案なんだけど。と、ユリファは続けて。


「わたしはこのまま、日本とリーセアの転移を元に戻すために頑張ろうと思うの。かなりの時間はかかるけど、手立てはある。だからその、わたしが守るから、一緒に来てその力を貸してくれない? その途中で目当ての人物にも会えるかも――」


「――嫌だ」


 即答だった。ユリファが何を言い出すのかも、竜弥にはなんとなくわかっていたので、ノータイムで返事をした。想定外だったのか、目の前の幼女はきょとんとした表情で可愛らしくこちらを見ている。


「嫌だよ。ここまで成り行きで来たものの、これ以上危険な目に遭うつもりはない。敵に狙われるってんなら、事情を話してどこかで保護してもらうよ。これ以上、望んで敵地に突っ込むのはごめんなんだ。俺はもう疲れた。一回、家に帰りたい」


 それは竜弥の本音だった。リー・ダンガスとの戦闘時にはかなりの傷も負った。いくら『魔魂』の力で治癒するとはいえ、致死ダメージを一撃で食らえば意味はない。最高位魔術師とやらは日本でも王国でもいい、誰か詳しい人間に事情を話して見つけてもらおう。竜弥はもう疲れたのだ。自分を取り戻そうと旅に出て、途中で死んでしまったらまるで意味がない。


「…………」


 ユリファは不自然に黙っていた。竜弥が協力を断ったことがショックだったのだろうか。もちろん、彼女の申し出を断ったことに多少は胸が痛む。必要としてくれている相手を拒否することに何とも思わないほど、無神経にはなれない。

 ただ、それよりも優先する事情があるということだけだ。

 竜弥は家族にも会いたかった。この混乱の中で父親や母親、妹はどうしているだろう。そう考えると、このまま、日本を救う旅に出るなんて、やっぱり無理な相談だった。


「…………」


 ユリファは依然黙っている。竜弥はその様子に不穏なものを感じ、恐る恐る彼女に訊ねた。


「……どうした?」


「竜弥、家ってこの近く?」


 ぽつり、と彼女は言った。


「そうだ、俺は家に帰る途中で――」


 ハッと、竜弥は口を噤んだ。

 そこまで言って、彼は気付いてしまったのだ。リーセアが転移してきた時点で、家はもう目と鼻の先だった。無形上位存在と結びついた竜弥以外の物体と人間は、異世界に送られている。


ということは。



「―――――家がねえええええええええええっ!!」



 竜弥のむなしい叫びが、木造の廃家屋を悲しげに揺らした。


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