怨嗟の手紙
一応グロ注意と、R-15だと思ってください。
そこまでではないような気はしますが、念には念を、ということで。
シリアス展開で、救いのない終わりとなっていますが
それでも宜しければどうぞ、ご覧下さい。
『拝啓、この手紙を読む貴方へ
今、何処で何をしていますか。私の見ている空の続く場所に居ますか?
私が生きているこの世界は、ゆっくりと終焉へと向かっています。
何が原因なのか分からないままに、身近な人を含めて、多くの人々が彼岸へと歩みを進めています。
彼らは此岸を思い、こちらに留まることなどしないのです。安寧を求めて、黄泉の扉をたたくのです。
この世界は潰えずに、形を保っているのでしょうか。
これを、この手紙を読んでいるのは〝私〟ですか?
昨日、二つ下の弟が死に絶えました。彼は家族や友人達が次々に倒れゆく姿に耐え切れなかったようです。
その五日前には四つ上の姉と六つ上の兄が死にました。互いに思う人を亡くして哀しみから這い戻れなかったのでしょう。
その十日前には父と母が互いに微笑みながら相手を手折りました。涙を流しながらも微笑み、相手の胸にナイフを沈める姿は、少し、少しだけ恐ろしかった。
その四日前には私の友人達が彼岸へと渡りました。とち狂った誰かに通学中の電車を爆破されて、誰一人として欠けることなくあの川を越えていきました。
そして、今日。私がこの手紙を書くことを決めた切っ掛けとなった出来事ですが。
私の片割れが、目の前で、血の花に埋もれました。
実を言うと、こうやって文字に起こすことは出来てもその出来事が呑み込めていると、そういう訳ではないんです。
次々に人が死んで、近所の多くが空き家になっていたからでしょうか。空き巣を狙った不法侵入者と刺し違えたのです。
突然のことに驚き、縮こまり腰を抜かす私とは違いあの子は両手に父母が互いを刺したナイフを持ち、襲いかかっていきました。
その時はなんて無謀な、と思いましたが、今となっては私を守らんと必死だったのだと、理解できます。
二本の牙を携えたあの子は、慌てて刃物を手にした相手の喉笛を貫き、胸を貫きました。
でも、次の瞬間、相手の最後の悪足掻きに、あの子の命は掻き消されました。
最後の力を注ぎ込んで振り上げられた刃物は、ゆっくりと、でも止めることの出来ない速さで、あの子の胸に埋まっていきました。
息が、出来なかった。ヒュッと情けない音を喉が鳴らして、眩暈と、吐き気と、頭痛とに襲わて。
必死にあの子の名を呼んで、ズルズルと這いながら近付いて、あの子の胸に刃物を刺したソイツを突き飛ばして、あの子に縋り付いた。
少しずつ、少しずつ。冷たくなる身体。トプトプと胸に空いた穴から溢れ出る真っ赤な液体。苦悶の表情を浮かべて蹲る片割れに、全身が凍りつくような感覚を覚えました。
言葉に成らない声を出しながら、震えて涙を流すしか出来ない私は、それでも必死に止血をしようと動きました。
でも、その時。唐突に私の片割れは美しい笑顔を浮かべて、
「僕はもう、きっと手遅れだ。もうすぐこの心臓は脈を止める。ごめん、もう、一緒には居られないみたい。」
そう、言いました。そして、
「生きて、ね? 僕が居なくても、その心臓が自然に時を紡がなくなるまで、生きて。死ぬなんて赦さない。」
逝ってしまいました。
私が、友人達や家族達を喪っても、目の前で息絶えられても、それでも自暴自棄に成らずにいられたのは、偏に、片割れが傍に居て支えてくれていたからでした。
私達は産まれた時から一緒でした。殆ど離れることも無く、何かあれば互いに支え合いました。いえ、そんなお綺麗な繋がりではなかった。
依存、だったのでしょう。
互いに依存し、互いを支えとしていたからこそ、生きていられたのでしょう。だって、死ぬのも一緒だと疑わなかったのだから。
でも、あの子から、それは断ち切られました。あの子は、私が共に逝くのも、後を追うのも赦さないと、そう言って突き放したのだから。
だから、私は。こうやって手紙を残す事で、あの子の言葉を戒めとして、生きる糧として、手元に置いておきたいのです。
さて、これを読んでいるのがもし、私ではないのでしたら。長々と不幸話に付き合わせてしまって申し訳ないです。そうならきっと、私は手紙を再度読む事もせずに、これを持つことを恐れて捨てたか置いて逃げてしまったのでしょう。それか、他意によって此岸から消されたか。どちらにしても、彼岸であの子に叱られていることでしょう。
……身勝手なお願いをします。ここから先は、〝私〟へと宛てた手紙になるので、読まないでほしいのです。読む意味も無いでしょうし、自分へと願いや疑問を書き連ねているので、触れないで欲しいのです。
お願い致します。
そして、もし、これを読んでいるのが〝私〟ならば。
今、 何処で何をしていますか。私の見ている空の続く場所に居ますか?
あの子を喪って、私は初めて私の心を埋めていたモノに気付きました。こんなにも支えてくれていたこと、笑顔をくれていたことを知りました。
この気持ちは、今でもずっと変わりませんか?
あの子の命が目の前で消えてすぐは、取り戻そうと必死に手を伸ばしたりもしたけれど、まだ、そんなことをしていますか?
私は、あの子の言葉を守れていますか?
この胸に残った棘が、ちゃんと残っていてくれることを願っています。
今、この手紙を書いている、この時は。私は絶対にこの胸の痛みと、あの子の言葉を守ります。
最後に。今の私から、この手紙を読んでいる〝私〟に向けて。もし、この手紙を読み返したのなら。
あの子のいない世界で笑わないで。幸せにならないで。ずっとこの痛みを忘れないで。
此岸を捨てない代わりに、幸せを全て捨て去って。
これから幾つもの凶報や訃音が届くでしょう。それでも生きて、世界を呪って下さい。
それだけは、叶えて欲しいです。 敬具』
昔、双子の片割れを亡くした時からずっと持ち続けていたポーチの中に、涙でグッシャグシャになった、滲んだ文字で書かれた手紙を見付けた。あの時喪った片割れの言葉が、呪縛のように絡みついて離れなくて。だから私は今も息をしている。
もうあの時から十何年か経って、終焉へと向かっていた世界は終着点へと辿り着かぬまま歩みを止めた。
懐かしい手紙に視界が少し歪んで、読み終わってから細く長く息を吐いた。
『過去の私へ
お前の言った通り、未だに私は生きているよ。痛みも呪縛もそのままに。
あれだけの人間が狂った理由は、未だに分かっちゃいない。一部では小型版のノアの方舟だって言われてるだけだ。
あの子を殺した世界は呪っているし、未だに笑うなんて考えられないから安心してくれ。
あの子を喪った代償は、大き過ぎた。今でも孤独と絶望が胸を締め付けるし、そのせいで壊れそうになる。
でも、ちゃんと生きてるから。思い出の中のあの子の笑顔が励ましてくれるから、大丈夫。
今、私は、昔あの子とよく行った丘の上で、空を見上げている。お前の見ていた空の続く場所にいるよ。
これからも、それは変わらない。あの子が私を呼んでくれるまで、私はこの恨めしい此岸で生き続けるよ。』
古い手紙に返事を書いて、二通を一緒に破り捨てる。ただの紙吹雪となったソレは、私が私たる所以であり、私の決意の表れであり、この世界を呪う術式だ。
さぁ、あの時私を半分殺した世界よ。潰えてしまえ。
お前の遺した禍根はお前を呪い、苦しみ滅びゆく世界を嘲笑おう。
この心臓が自然に時を紡がなくなるまで、ひたすらに、私は怨嗟の、呪縛の詞を連ねよう。
風が頬や頭を撫ぜるように吹いてきた。
“程々に、ね”
……耳元で微かに懐かしい、苦笑するような声が聴こえた気がした。
読んで下さり、ありがとうございました!
此度は、緑@秋珊瑚がお題を考えてくれました。
お題は
『手紙』
です。
お題提供の時に「シリアルになりそうだね」と話していたのですが、ガッツリシリアスになっちゃいました。
何故でしょう?
これ書いてる時、ずっと頭の中で『ひぐらしのなく頃に』の癒月さんの『you』という曲が流れてました。
だから話の中にも歌詞がちらほら。
きっと二人なら「お前らしい」と言ってくれる(だけ)と信じてる……!!
緑@秋珊瑚の『別れと卒業と手紙と』
と
出水想市楼の『言の葉を運ぶ人』
もオススメです。是非見てください!