第四話
「佳乃、僕はお前が好きだ。何度でも言うぞ。佳乃、僕はお前が」
「ちょちょちょいちょいちょいっ、待って。ごめん少し待って」
「待たない、いや、待てない」
二月十四日午前零時。その時刻にこんなところに呼び出されてこれが告白で無くてなんなのか。いつまでもとぼけるのってけっこう辛いんだぜ。遥か昔の悲しい思い出に浸ることでずっと耐えていたけど、その端々と、最後に思い出すのはやっぱりあのときの佳乃なんだよなぁ。もう今までの全ての悲しみを討ち滅ぼす聖なる女神かと思ったよ。
なんか佳乃が後ずさり始めた。僕が代わりに一歩詰めようじゃないか。
「ななっ、なんで?私のこととっ、す、好きだとかなんとか」
「僕は思い当たったんだ」
「何に?」
「佳乃は僕の事が好きなんじゃないかって」
「ーーーっ!!!」
かぁぁ、なんて生易しいものではない。ガアッ、と音がするぐらいに一気に顔を赤くする佳乃。
「まず今日はバレンタインデー、僕の誕生日の次の日だ。それで日付が変わるのを待っていたんだ。変わる前に渡しちゃうと意味合いが変わると思ってたんだろ?だけどな、佳乃が二年前に僕にくれたあのチョコ、あれを家で開けたときにはすでに僕は佳乃が好きだったんだよ!」
ああ、よし、良い感じにテンションが上がってきた。案ずるより産むが易しとはこの事だな。その場の勢いに、自分に任せて正解だった。自分の気持ちに偽り無く、一つづつ丁寧に伝えてやろう。ふふふ、いつまでも沈黙を保てると思うなよ!
「連れてこられたのは思い出の公園。ただの用事なら大学も同じなんだから別に大学で伝えてもよかっただろうし、試験休みでお互いに実家に戻って来たんだったらなおさらだ。だけどあえてここにしたその真意は……」
「や、やめろバカ!大声で騒ぐなみんな寝てるし恥ずかしいし分かったから!分かったから!」
佳乃が僕の胸ぐらを掴む。はあ良い匂い。真っ赤な顔でガオガオ言っても今の僕にとってそれは佳乃自身の魅力を強調しているようにしか見えないことを自覚して欲しいね。
「沈黙も意外と持たなかったじゃん。だがやめない。僕は知っているんだ。顔を明るく見せるためにわざわざ僕を街灯の下に立たせた上に自分は明かりを浴びて立つなんて小粋な真似をしてくれるね。おかげでもうめちゃくちゃ可愛く見えたよ、本当に抱きしめたい」
「うぇっ!?え、え……」
胸ぐらを掴んでいる、つまり僕の懐に入ってしまっている佳乃をそっと抱きしめる。ああ、佳乃の匂いだ感覚だ。ドキドキするけど、安心するんだ。信頼のおける、僕にとっての幼馴染みは、特別な人でもある。
佳乃にとってどうなのか。自信たっぷりに言ってしまったが、不安だ。これで全部僕の勘違いだったらどうしよう。やっていることは完全に犯罪だからねこれ。とにかく早く佳乃の口から返事が聞きたい。この不安をかき消したい。このあふれ出る想いをもっとたくさん、たくさん伝えたいのだ。
「大好きなんだ、佳乃のことが」
言っているそばからそんな言葉がこぼれた。つい、ふっと出てしまった。僕の佳乃を好きな気持ちは、正真正銘、汲みたて新鮮、心の底からのものだ。シチュエーションとテンションが不安を和らげているうちに、ありったけを伝えよう。
「……他の子にもそんなことを言ってきたんだろ」
「なぜそうなる。僕が誰かに好きだって言うのは佳乃がはじめてだ」
「嘘だ!秋伊坂さんとか先輩とか先生とかっ!」
「言ったことないよ。一度も」
そう。僕の生涯において告白は一度たりとも成功していない。成功したならこれが第一号になる。
「……」
「佳乃?」
「……いっつもズルいのよねホント」
なにかボソボソと言っている。
「ごめんなに言っているのかわかーーー」
「どっ、せえええいっ!!!」
佳乃は突然、ガッと僕のベルトを掴み街灯の後方、砂場の方へと押し始めた。くそっ、いきなりきたから踏ん張れない!!まさか佳乃、このまますもうに持ち込む気じゃないだろうな!?照れ隠しなのか何なのか分からないが、幼馴染みとは言え大学生になった男女がやってもいいことじゃねえよコレ!むしろ僕らは小学校の頃に『最後』のすもうをしたじゃないか!!
でもある意味佳乃僕のことが好きだという返事であると捉えることもできる、かも。
ふふふっ、にやけちゃう。
「だあああああああああああっ!!」
「うわああああああああああっ!!」
片足が砂場に突っ込んだ拍子にバランスを崩されて、砂に倒れこむ。土臭い。けれども懐かしい砂場のにおいだ。ばっ、と街灯の方を見上げると、肩で息をしている佳乃が、逆光なのに分かるほど赤面しながらも、僕同様に、にやにやしていた。なるほど、分かった。この際、砂場が不清潔だとかは関係ない。年齢とか倫理とかも関係ない!
「全力で相手してやるよっ!」
立ち上がった僕は即座に佳乃の以前よりも、すなわち小学生の頃より重くなった胴体を掴み、片足を軸に砂場へと投げ飛ばす。小さな悲鳴をあげて倒れこんだが、髪が砂まみれなのも気にせず、佳乃は即座に起き上がってきた。
「うおおっ!」
「おらっ!」
どしん、と互いの身体がぶつかる。勿論互いの身体は互いの腕ががっちりとつかんでいる。膠着状態に突入した。少し重心が変わっただけで互いを投げられるし、互いに投げられる。懐かしい、この感覚だ!
「だいたい、あんたがっ!気がついてくれないのが悪いのよっ!!」
「小学校の頃の話か?詩歌ちゃんの時の傘の話だろう!!さっと貸してくれたからただの親切だと思っていたさ!むしろ僕のことが好きだったのならなぜあんなややこしいことしたんだ!」
「気づいて欲しかったに決まっているでしょう!?急に朝早く出るようになっちゃってさ、寂しいっつの、泣いたんだぞ!なぜあんなことをしたかって?あんたが他の子を好きだっていうのはとっても嫌だったけど!あんたがしょんぼりしているのも嫌だったの!気づけよ、女の子の繊細な気持ちだぞ!!」
「そんな繊細な感情に当時の僕が気づくわけないだろっ。あとになってその事で謝るか謝るまいかけっこう迷ったんだからな!で、なに?泣いたんだって?それは本当にごめんなさいっ!!」
「分かればい、い、のっ、よおっ!!」
「ぐおおっ!?」
体幹が崩れた瞬間を狙って放たれた投げ技で僕は危うく砂場に大の字を書くところだった。寸前、より深く砂場を踏み締めることによって体制を維持する。靴の中まで砂まみれになってきた。
「なめるなぁっ!!」
力を込めるが、佳乃はなかなか動かない。投げ飛ばせないほどの重さではないことはさっき確認している。なのになぜ……?
「ふっふっふっ……元サッカー部の脚力を侮ってもらっては困る」
「そういやお前中学校だとサッカー部だったよな……何でサッカー部なんか入ったんだよ」
「教えてやろうか?いいだろう。それはなあ、あんたがサッカー部に入るって、言ってたからだよ!急に吹奏楽部なんかに入りやがってっ!!」
あ、確かに言った。入学式の朝にそう伝えた。なるほど、悪いことをした。だが、それしきのことで弱体化されるほど僕のメンタルは弱くないぞ!
「ふん、同じ手が二度も通用するものかっ!」
「わっ!?」
佳乃が力を込めるタイミングに合わせて逆に力を抜き、重心の移動を利用して投げる。これで今のところ僕の勝ち越しだ。しかし……そうか。確かにサッカー部に入るって言ったなあ。でもまさか女子サッカーもないのに、よく入れてもらえたものだ。
「サッカー部って確か人気で、入部試験があったよな。どうやって受かった?」
「気合いで」
「へ、へぇ……」
「なに感心してんだ!なまじっか受かっちゃったせいで、あんたが居ないのに気づいてもやめづらかったんだからな。おかげで脚筋は要らないほどくっついてるんだよっ。て言うか要らない!!」
「なるほどなっ。どおりで強いわけだ!」
再起した佳乃と組み合う。そして膠着。
「そうだ、佳乃!何でお前はあの日、雨の日、僕に先輩の居場所を……」
「あんたが好きな人がどんな人か気になって、図書室で知り合った姉傘先輩と日頃からよくお喋りしていたの。そしたらあの日、私だって会うのは久々だったけど、たまたま通りかかったときに……」
「ああ、そうか……」
先輩に対する未練は今や細切れになった、いや細切れにした思い出の奥底だったが、表層に残っていた最後の一片が取り除かれた気分だった。
「何が『あなたが彼を好きなのは知っている。だけどごめんね。今の私には必要なの、だから少しだけ許して』だぁよ。許すわけないでしょーが!しかもケジメつける前に勝手にいなくなっちゃうし、残されたあんたは魂が抜けてるし、面会は謝絶されるし、しかも復活後も成績が良かったもんだから一緒の高校にいけないかも知れなくなるし!あのオンナは悪魔か!」
「ちょっ、それはあんまりな言い方なんじゃ!?しかも半分濡れ衣だっ」
「スキありっ!」
「がはっ!?」
佳乃が強靭な脚力をもってして放った足払いは見事に僕の姿勢を崩すことに成功し、背中から砂場に倒された。そのまま佳乃が上に覆い被さる。しまった、マウントを取られた!
「へっへっへっ、もう動けないだろ」
「くっ……」
両腕が掴まれて両足も太ももでホールドされている。しかもかなりの力だ。なんだよこれ想像していたよりも全く羨ましさを感じない。それどころでは無いからかもしれないが。
「これで二勝二敗。あとテンカウント取ったら三本先取で私が勝ちだ!いち、にー、さん!よん!」
「おい!本来の目的を忘れていないか!?」
「そんなものはハナから無い!」
「ええっ!?」
「ごー、ろく、なな!」
「俺への返事は!?」
「はちっ!!!」
コイツさてはこのまま勢いで誤魔化して今日の午後にでも仕切り直すつもりだな?
そうはいくかよ!
幸い肘から先は自由だ。届けっ!
「えいっ」
「きゅっ!?ど、どこ触ってんのバカ!」
「スキありぃ!!」
「ぎゃあっ」
好き、在り。なんつって。
しかしぎゃあっ、て……その言葉に可愛いげも飾り気も在りはしないないが、砂上を転がり今度は僕が上になって目の前にある佳乃の顔を、そのせっかくの化粧を砂で台無しにしながらも嬉しそうで、楽しそうなその顔を見て、そんなことは些細な問題になるかどうかを議論する以前の問題以下であることに気がついた。つまり全く問題外だ。
「えへへ……強いね」
「だろ?これでも力は抑えているんだぞ」
「ウソつき。さっき本気だって言ったくせに」
「ありゃ言葉の綾だ」
「……」
「……」
わあお、何も思い付かない。勢いでここまで来てしまったけれど、この状況どーしよう。
「あっ、あっ、そうだ。やっぱり佳乃と乙女先生は共犯だったんだろ。僕を復帰させて、それから自称誕生日プレゼントのバレンタインデーチョコを渡すために策を練った、そうだな?」
「えっ、え、ああ、そうそう!あんたがまさか長いこと病むことになるなんて考えてなかったからめちゃくちゃパニクったんだよねあのときさ……そしたら何かの、確か体育で捻挫して保健室に行った時にたまたま乙女先生に会って。会うなり『意中の彼を正気に戻したくはないか?』だなんて言うものだからビックリしちゃったよ、ははは……」
「……」
「……あっ、お母さん元気?」
「元気も何もさっき会っただろ」
「あれ、そうだったね……」
やべーよ繋がんねえよ会話が。
佳乃の方も何か調子狂ってるみたいだし!その佳乃が口を開く。
「……前もこうなったよね。小学校の三年のとき」
「……なったな。確かあのときは」
「そう。ケンカだったよ」
「ああ、僕と佳乃が……?」
「違う違う。ケンカごっこ。お父さんに怒られて泣きべそだった私に強くなろう!修行しよう!って言ったのそっちじゃん。それで好きになったわけじゃないけど……」
ああ、確かにそんなことを言った気がしてきた。幼い頃の自分の行動力は本当によく分からない。もしかするとその時から、意味合いは多少違えど佳乃のことが好きだったのかもしれないな。
それに佳乃は、少し思い出したが、あのときも投げられて笑っていた。投げたときよりも、投げられたとき。今も変わっていないっていうことは、もとからそういうタチなんだろうな。
「……」
「……」
さて。
「ねえ、どうするの。もうそろそろ重いよ?」
「僕がテンカウント取ったら勝ちだ」
「勝って、どうするの?」
「負けたら、佳乃の返事を待つ」
「だから勝ったときは?」
「……待たない」
「わあお」
待てない。もう十秒が限界だ。
「じゅう、きゅう、はち……」
「あ、えー、どうしよっかな……」
「なな、ろく、ご……」
自然と、手に力を入れそうになる。
「よん……」
佳乃、全く抵抗する気がない。
僕をじっと見つめているだけだ。
紅潮した、美しく汚れていて、すっかり変わっている懐かしい顔で。
「さん……」
佳乃を抱き起こす。自然、距離が近づいていく。
「に……」
もうこうなったらカウントでも何でもない。
だが、結審することに変わりはない。
「いち……」
佳乃が目を閉じた。
そっと、触れるように。
視野が限定されるほどに。
耳が燃え盛るほどに。
頬が溶け落ちるほどに。
鼻が押し合うほどに。
手足がしびれるほどに。
互いの鼓動が聞こえるほどに。
互いの血液が混ざるかのように。
唇を重ねる。
それは伝達であり、誓約であり。
あるいは単に「 アイ」と表現されるものを確かめる儀式。
「好きだ、佳乃」
「私もだよ、佳智」
ふ、ふぅー。めちゃくちゃ緊張した。まさかちょっとキスするだけでこんなに心構えがいるだなんて。ドラマとかじゃけっこう簡単にやっているように見えたんだけどな。いや、ともかく成功して良かった。一時はどうなるかと思った。
「そ、そろそろ実家に戻ろう。ただでさえ色々と勘繰られてそうだし、きちんと正しいことを直々に伝えなきゃ。へ、変に気を使われでもしたら困るし!はははっ」
なんてアフターケアが下手くそなのだろう。さっきまでのロマンチックな雰囲気が一転して夜の町の寒さに呑み込まれた。そう言えばまだ雪が降っていないな。天気予報じゃ雪だったのに。せっかくなら雪が降っていた方がもっと良かったかも……
「佳智!」
「佳乃?どうかし」
唇を奪われた。
佳乃の方からこちらに抱きついてきて、少し背伸びをして。
しかも長い!深い!
なんだこれ!
待って待って心の準備が!心構えが!
ほどなくして解放された。
「そんな、いきなりすぎるっ!」
「だって、佳智ぜんぜんキスしてくれなかったし」
「そ、そりゃ初めてだったし、加減なんて……ごめん」
「私だって初めてだ。さっきは佳智にしてもらったんだからな」
佳乃はドヤ顔と満面の笑みの両方を顔に浮かべ、宣言した。
「これで私の勝ちだね」
「もう、好きにしてくれ」
「だから好きだって言ってるじゃん」
「ああいやちが……わない。俺も好き」
「……もっかい、する?」
「……してみるか」
雪の降らない空の下。
ようやく歩調を揃えた僕らと共に、夜は更けていったのだった……
これにて終結。
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