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終:『それは……』


 とんとん……


「――は、はーい」

 さっきまで読んでいた雑誌を枕の下に隠すと、俺は少し焦り返事を返した。

「……ちわ」

 ひょっこりと顔を覗かせたのは箱石要で、その後ろには朽木美津弥も居るようだった。

「……よぅ」

「……ああ」

 短い挨拶を交わしただけでドアからなかなか中に入ってこない要。その間に、何とも言えない空気が漂う。

「……なぁにやってるんですか、二人とも?」

 さして気にしてない様子で要の脇を擦り抜けると、美津弥は手に持っていた物を備え付けのテーブルにドンッと置いた。

「これ、お見舞い」

満面の笑みを俺に向けてくれる美津弥。

「………ありがとう。鉢植えの百合なんて初めて見たよ」

「でしょう? 私もびっくりしちゃった」

「つうか、こんなモン持ってくるな」

 俺は新しく増えた頭痛の種に、頭だけじゃなく胃までも軋ませながら、動かせない右腕を庇うように上半身を起こした。

「あのさ……大丈夫?」

 あの日――全てが彼女達にばれたあの時から、少しおとなしくなった初代『頭痛の種』は、包帯の巻かれた俺の右手と右足をちらちら見て縮こまった。

「さすが『ボーンクラッシャー』の異名を持つ箱石だな。見事にポッキリだ」

 俺の台詞に誉められたとでも思ったのか、要は「いやぁ…」と言いながら照れ笑いを浮かべる。

 ちなみに箱石が持つ『骨折り』の異名は、三年生の先輩数名の腕をポキポキ折って病院送りにしている事から来ているのは周知の通り。先日絡まれて(絡んで?)いた相手も、その一人というわけだ。

「別に誉めてないからな」

一応きちんと突っ込んでおいて、

「ま、心配すんな。一月もあれば……というか、夏休みがあるんだから新学期には治ってるさ」

「うん。……ごめんね。私の所為で……」

「気にすんな。俺がしたくてしたことだ」

 半分嘘があるのは気にしないでもらおう。巻き込まれただなんて言ったら、さらに要が落ち込んで、調子が狂うどころか消化不良になりそうだ。

 要はもう一度「ごめんね」と呟くと、「ちゃんとしたお花買ってくるから」といって病室を出ていってしまった。

「…………」

「……かわいいでしょ?」

「うっ……」

「――……変態」

「おいこら」

 ベッド脇の椅子に座りながら、美津弥が白い目を向けてくる。

「まったく、こんな人生二倍生きてるオジサンのどこがいいんだか」

「俺もそれは思うが、人に言われるとかなりムカつくな」

「ああもう、要を泣かしたら承知しないですよ?」

「……」

「あ、また黙りですか。先生……もう彼女の気持ちは分かっているんですから、食っちゃっても良いじゃないですか――……ろりこん変態のくせに」

「オイ待て。食っちゃっても――も問題発言だが、ロリコン変態は聞き捨てならないぞ」

「えーっ? 本当のことじゃないですかぁ」

美津弥の視線がさらに冷ややかなものになる。

「今でも私のお母さんのことが好きだなんて、異常ですよ?て言うか、キモイデス。しかも、それが十六年も前の……だなんて………中三好きのおっさんがロリコンじゃないなんて言わせませんよ?」

「……ごめんなさい」

謝るしかなかった。    そんな俺を、美津弥は少し困った顔で見た後、

「……先生?私の母のこと、聞きたいですか?」

「………」

 どうなんだろう?

 まだ、『彼女』の事が好きなんだろうか?

 しばらく考えた後、

「……いいや、別に」

と、答えていた。

 いつのまにか俺の中で『彼女』は幻と消え、ただ、『朽木美津弥の母親』としか残っていなかった。

きっとあの、頭にこびり付いていた『光景』――誰にも話せず、日を追う毎に心の奥底に澱んで溜まっていた記憶が消えた所為だろう。

彼女達に知られてしまってからは、夢を見ることもなく、その記憶すらおぼろげになりつつあった。

「……そうですか」

 どこかホッとしたように笑う美津弥。彼女も何か……心にしこりがあるのだろうか?

――そう気付いていても……そんなに強くなれない俺は、心の中に誰もを住まわせれるほどの場所はなく……


「………へぇ…何だか楽しそうじゃん」


 突然、入り口から声が掛かる。

「あ……」「え?」

 いつのまにか帰ってきていた要は、不機嫌そうに俺のところまで花束を持ってくると、

「――……先生?」

と、心の底から凍らせる笑みを浮かべた。

「は…ぃ……」

 恐怖で咽が引きつって声が出ない。

が、その後の光景は、恐怖どころでは済まされなかった。

「……せんせぇ」

 急に顔を歪ませたかと思うと、要はぽろぽろと大粒の涙をこぼし始めたのだ。

「わ、うわ!?」

 さすがに驚いて何かどうにかしようとするのだが、混乱してうまく宥める方法が見つからない。

(何かないか? 何か………そうだ!)

思い出したのは、彼女達が来たときにとっさに隠した雑誌だった。

 俺は枕の下から雑誌をさっと取り出すと、


「これ買ってやるっ!」


と言って、ベッドの中で雑誌をめくりながら考えていた要の『誕生日プレゼント』を指差した。

「………」

「………」

これには驚いたのか、要の目からこぼれていた涙がぴたっと止まり、美津弥も、雑誌を見たまま完全に固まっていた。

「ど………どうだ?」


…………うっ…ぐす…


「――えっ? ええぇぇ!?」

止まったと思った涙はしかし、再びぼろぼろぼろぼろ……

「ど、どうした!?」

もう訳が分からない俺は、直接本人に聞くことにした。

 要は、顔をぐしゃぐしゃにしながら、

「…………しぃ」

 ……………は?

 なんと仰いましたか?


「うれしぃ…よー……うわあぁぁ……」

泣いているのか笑っているのかよく分からない顔をして、要は泣いていた。

「よかったね、要」

 横からあやすように頭を撫でながら、美津弥が要を抱き締める。それに要は「うん、うん」と頷いて、


「でぇも…だぁさぁぁい」


「……へ?」

「うん、そうだねぇ……先生、ダサい趣味だねぇ」

「……いや、ちょっと待てお前等」

「でぇもうれしいぃ…!」

「うん、うれしいね」

「いや、だから――」

「でもださいー!」

「そうだねぇ…化石ものだねぇ――変態だしねぇ」

「て、オイ!――『ダサい』言うな!

つうか、朽木は何げにひどい事言ってんじゃない!!俺だって傷つ――」

「でもぉ!うれしぃいぃ!」

「そうだねぇ……よかったねぇ……」


………もう…好きにしてください


 がっくりとうなだれてしまう頭を支える気力もなく、俺はベッドに置かれた雑誌を眺めた。

 雑誌には、俺の書いた大きな赤丸が目立っていて、その右上に書いた「一番候補!」が、気合いが入りすぎて恥ずかしかった。

が、それ以上に、

「そんなにダサいか?」

と、二人の教え子にボロクソに言われたことの方が強烈で、しばらくショックで立ち直れそうもない気がした。



 そんなこんなで――要と俺の関係は、生徒と教師という関係とはまた少し違った妙なものを内包してしまうのだが――これから起こる波瀾万丈な人生を予知することなど出来るはずもなく。

……ただ、今ある波乱だけでもう、いっぱいいっぱいだった。



――十数分後……。

「リングか、チェーンがいいぃぃいい!!」

「馬鹿! 十年早いっ! このカエル消しゴムで良いんだよ!」

「先生……やっぱダサいって、それ……」




おしまいm(__)m

(夕焼け鏡像 要編 終)

要編とありますが、他のはアナザーとかイフの話なので『夕焼け』は簡潔にしたいと思います。(・∀・)ノ

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