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2:『それは夕焼け放課後で』



「つかさぁ……マジどうなってんだよ、その頭ん中」

「……そこまで言うか?」

 昼間と同じように足を蹴られながら、俺は要と一緒に職員室へと向かっていた。

理由は……まあ、俺が要の入部届けをなくしてしまったからなのだが……。

「いったいどんな生き方してたら、そんな物忘れが酷くなんだよ? 実はなんか病気じゃねぇのか、ぁあん?」

 どうやら要さんは、半ギレあそばしているらしい。

「ハッハッハ……っておいおい、恐い事言うなよ。アルツハイマーはもう少し歳とってからかかりたいって――」

「三十路越えのおっさんだろ。もう先生も初老じゃねぇ?」

「まだ全然初老じゃねぇよっ! ……つか、俺の歳なんてよく知って――」

「須藤に聞いた」

「っ……須藤先生……俺、教え子に聞かれたら、二十九って答えてるのに……」

 シクシク。

「……ちっちぇえサバ読んでんじゃねぇっての」

 ……思いっきり呆れられました。

「……ん? でも意味は間違ってはねぇ……のか?」

「……なんか言ったか?」

「いや……サバ読みっていうなら、私らとタメにもなんのかなぁ……とか考えちまって……」

 ……よく分からないことを呟きながらも、要の足は的確に、休むことなく同じ箇所を蹴り続けている。そんな直向きな精神に感心(?)しつつ……そんなこんなで職員室前まで辿り着いていた。

「どうする? お前もついてくるか?」

 ようやく蹴りを納めた要が、

「んっ」

と小さく頷くのを確認して、

 がらがらがら……

「……誰も居ないな」

 放課後も、六時を過ぎれば宿直ぐらいしか居なくなる。

警備員がいるこの学院では、宿直も週二で土、日曜しかないために、今日みたいな月曜日には誰もいなくなりがらんとしていた。

と、

「ああ……やっぱ良いや。私、廊下にいる」

「……は?」

 いきなり何を言い出すんだ、こいつ?

「いや、まあ……先生がそんなことするとは思わないけど……さ?」

「??――そんな事?」

「……気にすんな、出てるから」

 それだけ言うと、要はさっさと職員室から出ていってしまった。

「……なんだよ、あいつ」

 おかしな行動をする奴だ――と首をひねってみるも、

「……まあ『いつもの事』か」

特に気にせず自分の机へ向かうことにした。


「ふむ――……おかしいな」

 記憶が正しければ、俺は要の入部届けを机の上に置いていたはずだった。しかし、(散らかり放題ではあるが)ざっと探してみても、それらしきものが出てこない。

「あれ…? どうしたっけなぁ……」

 昼休みなんてほんの数時間前のこと――であるはずなのに、机以外となると、どこにあるのか見当もつかない。

 …………。

「まさか……本気でビョーキの心配した方がいい……のか?」

 恐る恐る呟いた瞬間、襟元に、じわり……と嫌な汗が滲み出してきた。

「――い、いや、大丈夫だっ。まだ、大丈夫なはずだ!」

 ……何度も自分にそう言い聞かせ、今度は先ほどより念入りに探すことにした。


 数十分後……

「……あった」

 なんと言うことはない。隣人の机の下に潜り込んでいただけだった。

「そういえば……あの時は急いでいたからな……」

 『あの時』とは放課後――自分の書道道具を取りに来た時のこと。

「墨は人数分残っていただろうか?」

と、その事ばかりが頭を占めていて……

「とにかく、早く『和室』に向かわなければ」

と気が急いていた俺は、教室から持って帰った日誌や出席簿を、そのまま机の上に放り出していってしまったのだ。

おそらく、ただの薄っぺらい紙でしかない入部届は、その時に起きた風圧でひらひらと飛ばされていってしまったのだろう。

「よかった……アルツハイマーじゃなくて」

 見つかったことと言うより、そちらの可能性が下がったことに安堵のため息を洩らして、俺は紙に判子を二つ(担任印と顧問印)押した。

校長印は予め押されているので、これで入部届に必要だった判子が全て揃ったことになる。後は担任である俺が、きちんと管理していれば問題ない。

「――よし」

 机の引き出しから『重要書類用』のクリアファイルを取り出すと、そこに要の入部届けも大切に挟み込んだ。

 ようやく終わりを告げた本日の最重要案件に、脳みそが弛緩し始める――が、まだ全て終わったわけではない。

「さて――いくか」

 きっと廊下で退屈そうに待っているだろう――小さな『野獣』のもとへ、俺は向かうことにした。



 がらがらがら……

「おーい、終わった……ぞ?」

 職員室の扉を開けると、そこに要の姿はなかった。

「……なんだ、帰ったのか?」

 遅く迄待たせたこともあって、駅前の商店街くらいまでなら送ってやろうか――とも思っていたのだが、帰ったのなら仕方がない。

 七時を指そうとしている時計に比べ、まだまだ明るい夕日に染まる職員室に鍵を掛け――俺は、一応確認のために教室のほうも見ておくことにした。


  §


 夕日に染まる廊下を歩くと、今朝見た夢がうっすらと蘇る。


  *


 あの日――。

 俺は昇降口から校門までの道すがら……ふと見上げた自分の教室の窓――そこに映る、小さな影が気になった。

 何故かそれが、見知った女の子の姿形をしていたような気がして……そこに、曳かれるものを感じた。


 ――自分の直感がよく当たるのには、気付いていた。


 人の気配――というか、感情というか……。とにかくそういう類いのものが、自分に流れ込んでくるような感覚が常にある。

 だからあの時――いつもの日課である図書館通いを済ませ、校舎を出ようとした時――何となく感じた『奇妙な感情』に、ただ、興味を曳かれて……校舎の中へと戻ってしまった。


 今更ではあるが、それは、悪魔の囁きという他ないだろう。


 階段を上って教室に入る――が、そこにはもう、人の姿はなかった。

 ……しかし、いつも見ていた――少し陰のある横顔を持つ少女――彼女の席に、ぽつんと鞄が一つ取り残されていた。

「……ぅん?」

誰も居ない教室に、自分の発したうなり声が溶ける。

「気のせい……って訳じゃないんだよな……?」

 自分に言い聞かせるように、言葉が洩れ出てくる。


 まだ……ここで諦めていれば『最悪の事態』だけは避けられたのかもしれない。

しかし、一度持ってしまった『好奇心』を捨て去ることは、存外に難しいものだったらしい。


そして――、

さんざん校舎中を捜し回った成果が、あの――


『科学実験室』で視た――



――『彼女』の嬌態――



だったのだ……。


  *


「……どうかしてたんだ」

 後悔に胸が締め付けられる。

 あんなものを見せられるとは、思ってもみなかったのだ。


……いや、もしかすると――?


無意識に感じとっていたのだろうか?

だから――……


……が、まだ幼かったあの時の自分では、その感情がどう呼ばれるべきものなのか――形にすることが出来なかったのかもしれない。

「全ては……黄昏に沈んだ夕日……」

 古い思い出の中にある……彼女の記憶。

 学芸部に所属していた彼女が、卒業文集に残した言葉。



あの人の声を 思い出す

夕闇に染まるこの部屋で

別れに囁く その声を


姿は 思い出せずとも

今でも残る その言葉

セピアに染まった あの時間


全ては

黄昏に沈んだ夕日の中に



 どんな気持ちで、彼女はこの言葉を紡いだのだろうか?

 ここから伝わってくるのは、『あの人』――あの担任教師との破局のイメージだろうか?

 最後に添えられた一文は、

『破局の場面を、夕日を見る度に鮮明に思い出せる』

――という意味だろうか?


「……わかるわけがないさ」

 彼女の恋心にすら気付いていなかった自分に、あの詩を書いた時の彼女の気持ちなんて――理解できるわけがない。

 そう結論付けた時――……教室の方から、人の気配が漂ってきた。

「――なんだ……教室に居たのか……」

 なんとなく、要が残っていてくれたことに安堵する。

 彼女の――火薬庫じみた性質(?)は、どれだけこっちの気分が沈んでいようとも、無理やり引っ張り上げてくれるような――そんな気がしていた。

「…………」

 まあ、気後れしてしまうときも……少なからずあるのだが。

 教室の扉に手を掛ける。

「箱石――?」

 そこに彼女がいるものと、何のためらいもなく扉を開けて、教室を覗き込む。と――、


「え――?」

「は――?」


 ――同時に、声が漏れた。

(箱石……じゃない?)


 白い、透き通るような肌をしていた。折れそうなほど細い二の腕と、制服に掛けられた綺麗な指。

夕焼けでセピアに染まる教室と、少女の……頬。

「――な」

 驚きのあまり、なにか言葉を口にしようとして――思考が麻痺していることに気付いた。

 ……とりあえず、扉を閉めるか。

 がらがらがら……

 …………

 ………

 ……

「……な――なんだったんだ?」

 数瞬の間をおいて――しかし、体勢は扉を閉めたときまま、頭の中だけがフル回転して記憶を整理し始める。


 少女は……半裸だった。


「ま、それは……いいとして」

 二番目に浮かんだのは、「誰だ?」という疑問だった。

 少女の顔は、どこかで見たことがある――気がするのだが、間違いなく俺のクラスの生徒ではない。

 ……では、なぜ自分のクラスで半裸状態になっているのか?

「……制服を持っていたな」

 少女の手にあったのは、間違いなくうちの制服だった。つまり、うちの生徒であることは間違いないわけだ。

「……う…ん」

ようやく呪縛から解かれた腕を組み、今度は『いったい、どこで少女を見たのか?』を思い出そうとする。

「たぶん、最近ではない――はずだ。……そう……たしか……昔の生徒にあんな子が――」



 ――『先生』?



……体が、硬直した。


 少女の半裸を見たときの比ではないほど、心臓が勢い良く跳ね上がる。

「この学校の先生……ですよね?」

「あ、ああ……」

 ……心臓が、喉元までせり上がっている感じがした。

 昔の記憶が、彼女の言葉に反応して一つの『名前』を呼び起こしている。

だが、その記憶自身が「それはあり得ない」と、打ち消している。

「そんなはずは……ない…」

 苦しげに吐き出した俺の言葉は、声にならずに掻き消えた。

「……え…と?」

 何か不安そうな目で俺を見つめる少女。

「苦しいとか……どこか痛いところでもあるんですか?」

 少女は手の届く距離まで近づくと、俺の背中をゆっくり擦ってきた。

 ……違う…『彼女』じゃない

 少女の手から、暖かい…落ち着く何かが流れ込んできている気がする。

そのおかげか、激しく脈動していた心臓はおとなしくなり、まともな思考も出来るようになった。

 確かに少女は『彼女』に似ていた。しかし、年齢を考えればおかしなことに気付く。(いや、当たり前だが)そう考えると、何から何まで違って見えた。

 ……そういえば『彼女』はロングヘアだったのに、少女はショートにしている。

 いつも陰を持っていた『彼女』の瞳と違って、少女はきりっとした……反抗的ともとれる眼差しをしている。

「……大丈夫」

 怯えさせないようにやさしく言って、ゆっくりと体を伸ばした。

 そうすると、背も『彼女』と違うとわかった。いくら俺が大人になったといっても、目の前の少女の背は俺の胸辺りまでしかなく――170を越えていた『彼女』の背よりも明らかに小さかった。

「よかった……どうしようかと思った」

 小さく安堵の息を吐いて、俺のそばからゆっくりと離れていく。

 ……離れていく。

 離れて……て、

「どこまで行く気だ?」

「へ?」

 ゆうに五メートルはある地点でこちらを向く少女。その首から下は……明らかに逃走の体勢をとっていた。

 ………。

きっかり三秒の間をあけて、

「……で? 何で逃げるんだ?」

「い、いやぁ……ちょっと道を間違えまして――」

「ここは完全に学校の敷地内だ。道も何もない」

 …………。

「……い、いえ……ね? コンタクト落としちゃいまして~、周りがよく見えないんですよ――」

「探してやる。で、どこで落とした?」

「………ぁ~」

「…………」

 ……………………。

「………すいません」

 ついに逃走を諦めたのか、急に手足の力を抜いて悄気てしまう。

「いや、謝られても……俺にはさっぱり分からないのだが……」

 ここに少女が居る理由も分からないし、大体、この学校の制服を持っているのだから、ここの生徒じゃないのか?

 何が何だか分からない謎の少女の出現に、(最近はよく暴走する)頭を悩ませてみる。

と、


「せえええんんせぇえええ!!!」


「――っ!?」

 ビクンッ!

  ぅぇぇぇ…ぇぇぇ…

 聞き慣れた声が、思い切り校舎内に響き渡った。

もう誰も居ない校舎なもんだから、エコーもバッチリかかっている。

 さすが『箱石 要』。

アイツは、絶対に、俺を、不整脈にする気だっ!


「――どぉおおこぉおおおっっ!!!??」


 *§*


「きみ……名前は?」


 とりあえず、教室で出会った少女には、職員室までご同行願うことにした。

その途中、どうしても気になって仕方がなかったことを聞いてみる。

 はっきりと似ているわけじゃないが、無関係とも思えない容姿に、

もしかすると、『彼女』に近い人間なのではないか――?

と考えていたのだ。


 今でも思い出せる『彼女』の名前。

『朽木 美津子くちきみつこ

それほど目立った美人ではなかったが、整った顔立ちをしていた。

『学校で三番目の美人』

とも、

『裏の人気ナンバーワン』

とも囁かれていた。

 ……そういえば、彼女があるときを境にして、徐々に目立ってきたのを思い出した。

 あれは確か――中二の春休み明けだったはずだ。そう……新学期の初日で、教室の中の空気が浮き足立っていた。そんな中、『彼女』は《優しい無表情》を浮かべていた。

 身体はそこにあるのに、心だけが、どこかへ飛んでいってしまっているような。

 あれは人を好きになった時の表情なのだ――と、女子校教師をしている今なら分かる。

 吐き出したくても吐き出せない、飲み込みたくても飲み込めない、心の中に浮かんだゴムボールみたいなもの。そんなものが彼女の中にもあって……苦痛と幸福感が、彼女に魅力的な表情を浮き出させていたのだと……


 二度目の変化もあった。

中二の夏。

これも休み明け。

 春の変化は、『前から彼女のことが気になっていた一部男子』にしか分からなかった。

それに対し、今回の変化は彼女を別人のようにさせていて

――気付かずにいるほうがおかしい――

とさえ思えた。


きっとこの時から……

『担任』と『彼女』が付き合い始めたのだろう。


 何かがあったのだ――

と見れば気付くといっても……その『何か』が何なのか?

まだ幼いと言っていいあの頃の俺には、分かるはずもなく――

 決定的な『場面』を見せられるまで、

俺は『彼女』の育んでいた「恋心」を目で追っていた。


 …………。

「……先生?」

「――え? ……あ、悪い」

 横から声をかけられて……自分が、彼女となにか話している途中だったことを思い出す。

「――……聞いてなかったんですか?」

「……悪い」

 まだ夢の中にいるような……ぼんやりと霞がかかっているような頭で、とりあえず謝罪を重ねる。

すると、目の前の少女は「むっ」と表情を曇らせ――

「…………」

「――あ、え?」

そのままそっぽを向いてしまった。

 ――――。

……何だか、彼女の体中から妙なプレッシャーがじりじりと放たれている……気がする。

「えぇっと……」

俺は必死に先程までの会話を思い出し、

「――そ、そう! 確か、きみの名前を聞いてたんだった……よね?」

自分が彼女に話し掛けた時――その最後の言葉に辿り着いた。

が、

「……教えてあげません。私、そういう人の話を聞かない人は嫌いです」

 完全に明後日の方向を見つめたままで、彼女は俺の心にちくりと『刺』を刺す。

「……反省してます」

「もっとしてください」

 すっかり臍を曲げてしまった少女に、どう接していいものやらと困り果ててしまった俺は――しかし、同時に(――あれ?)と妙な違和感を得る。

 この子って……こんな感じの子だったか?

 まあ、さっき知り合ったばかりなのだから、多少、印象が変わろうともおかしくはない。おかしくはない――のだが……。

 初めはもっとこう……空気のような。

『感情表現の乏しい少女』

そんな印象を受けていたのだ。

……少なくとも、こんな『刺』を持っている少女には見えなかった。

 不思議に思いながらも、しかし、次の瞬間にはどうでもよくなっていた。

――というより、記憶も感情も真っ白になっていた。


「せえええんん!!!せぇ――どん!「グフッ!?」――えええぇぇぇ!!!」


 ……車に撥ね殺されたのかと思った。

もしくは、野良猪の突進をまともに食らったかと。

 しかし、校内でそんなけったいな事件が起こった――なんて話は聞いたこともなく……すぐに、よく知る人物の名前が頭に浮かぶ。

……まあ、叫んでたし。


「……はあぁこおぉいいぃしぃぃいいいっ!!」

「――――ぁ」

 俺にタックルを咬ましてくれやがった箱石要が、通り過ぎて行った先でこちらを振り返り……引きつった笑みを張り付け、再び走り出そうと――

「むぅわてぇええいっっ!!」

――するより早く、俺の右手が動く。

 がしっ!

見事、本格的遁走を開始される前に、奴の首根っこを取り押さえることに成功した。

「やっ……先生? ぇえっ? ちょっと、やだっ。え、まぢ?」

 随分と焦った声をあげる要に対し、俺は、出来るだけ優しい笑みを浮かべて答えてやる。

「ああ……マジでキレました」

言うなり、俺は彼女の首を掴んでいた右手に、さらなる力を込めて……

 ぐぐぐぅぃ……

「んぁ!? 痛いっ! まぢ痛いって、せんせっ! ……え゛? チョッ――浮いてるっ!? 足、浮いてるって!!」

 ……ちんちくりんな要の体は、思っていた以上に軽かった。

俺自身、まさか片手で浮くとは思ってもみなかったので、少なからず驚いてしまう。

「……おまえ……日頃、何食ってんだ?」

「そんなん適当だって。昨日はカレー食ったし、うどん食ったし、牛丼食ったし……ていうか、早く放せって! まぢ痛いんだってばっ!!」

「あ、ああ……」

 動揺を隠せないまま、そっと箱石を床に降ろす。

 ……しばらくの間、うずくまって《両手で首をさする小動物》と化していた要だったが、

「――ああ、もう……マジ痛かったっ! 痣んなったらセンセーに責任とってもらうかんねっ!!」

若干痛みが引いてきたのか、(目に涙を溜めながらも)俺の方を睨み付けてくる《野獣》へと復活を遂げていた。

「……そんだけ元気がありゃ大丈夫だ。むしろ、俺の鳩尾のダメージの方が深刻な気がする。だから俺がもしもの時は、お前が責任をとれ」

「はあっ――!? 馬鹿言ってんじゃねえよっ! 誰が責任――……」

何か口に出そうとした瞬間、箱石の表情が固まる。

そして、次に出た言葉は、

「……な、何考えてんだっ!! この――エロ教師っ!!」

だった。

「…………いや、お前も言ってたぞ?」

「言ってねぇよっ! そんな意味で言ったんじゃねぇよっ! 馬鹿じゃねぇの?! てか、馬っ鹿じゃねぇのっ?!」

 見る見る顔を赤くさせながら、「バカバカ」と怒鳴り散らかす要。

 ……照れてる?

のか、怒っているのか……よくわからん表情だ。

「だ、だいたい――」

 散々ひとを罵ってくれたお陰か……要のテンションが、ようやく落ち着きを見せ始める。

キレ気味だった声のトーンも、うまく下がってきた――ときに、

「あ、あの……?」

と、控えめな声が割り込んできた。

「――ああ、悪い。すっかり忘れてた」

 俺は横に立っていた少女の存在を思い出し、要は、その少女に今気付いたという顔をした。

 そして――、


「――……ダレ?」


すうぅ……と、感情の抜け落ちた目で、俺に問い掛けてくる。

(な、なんだかわからないが……怖いっ! 怖いッス、要さんっ!)

「いやぁ……俺も『誰か』は知らないんだが……」

 視線を逸らし、頭を掻きながら答えると、


「…………ヘェ――」


と、まったく信じていないという口調で要が睨み付けてきているのがわかった。

「そう言えば……先程まで、先生はどちらにいらしていたのかしら? 職員室には施錠をされて行かれたようですし……ワタクシ、随分と不安にならせていただきました――が?」

 ……俺の周りには、口調を変えて他人を責める人間が大勢居るんだなぁ……

そして俺は、「ごめんなさい」

と謝ってばかりの人生を送っている。

「……あの、もういいですか?」

 再び入ってくる声に……要はなぜか不機嫌な顔をして、俺は安堵の息を吐いた。

「もうそろそろ帰らないと……真っ暗ですよ?」

 光の変化する中に居た所為か――気付くと、校舎も外も薄暗くなっていて、いつの間にやら空にはお月様も浮かんでいた。

「……二人とも送るよ」

 謝罪の意味も込めて、俺はそう口にしていた。

二人の反応は、

「当然」

と言い切った要と、

「あ、お願いします」

と、どこか他人事のような少女の……

「――そういえば、まだ名前聞いてなかったな?」

唐突に、重要なことを忘れていたのを思い出した。

「ああ……『朽木くちき 美津弥みつみ』です。明日から、ここでお世話になりますので、よろしくお願いします」

 頭を下げる美津弥(なんか言いにくいな)を見て、

『ああ、やっぱり……』

と思う自分が居て――しかし、彼女の名字が『朽木』であることに疑問が浮かび……ただ、


「――ああ。よろしく」


と、それを顔に出さないよう気を付けることしか出来なかった。



 要が、そんな俺の表情を見て、怪訝な顔をしていたことにも気付かずに……


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