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超短編

がんばったね。

作者: しおん

"がんばったね"


その一言をどれほど願っていたのかなんて、きっと貴方は知らない。





できて当たり前。

そう言われながら育った僕は、出来ないことがとても恐ろしかった。丸しかないテストを親に見せ、二重丸しかない成績表を親に渡し、色々な賞状を片手に家路についた小学校生活。友人たちが色めき立つ頃に、僕は小難しい本をねだっていた。

それは、いい子に思われたいからという理由ではなく、文房具や参考書、問題集など学習に関わるものでなければ親が自分の為に買ってくれるものがないからだ。


洋服ぐらいなら買ってくれるだろう?

いやいや、残念な事に洋服は一つ上の兄が着ていた、所謂るおさがりと呼ばれるものですまされてしまった。あいにく兄はセンスの塊で、その服に一抹の不満も持たせてはくれなかったのだ。だからわざわざ新しいものを強請る必要もなかったし、壊れたりなくしたりしてしまったものは、親に言えば翌日には机の上に代わりのものが置かれていた。

友人達からは一線を引かれた様な立場で学校生活を送り、家では褒められる事も貶される事もなく日常を送った小学校生活は代わり映えもしないままに終わりを告げた。



親にとって公立の中学校に進学することは、落ちこぼれになるという事らしく僕はそれになんの意見ももたないまま、私立の中学校に入学した。受験勉強にはベストを尽くしたし、当然の結果だとも思った。

首席は惜しくものがしてしまったが次席で合格する事ができ、僕はホッと一息をついた。

それでも親はいい顔をしていなかったけれど……。


そんな事を一々気にするほど僕も子供ではなくなってしまったので、首席代表の挨拶を右から左に聞き流しながら入学式が早く終わる事を、顔に人当たりの良い笑顔を浮かべながら考えていた。


笑っていればいい。

それを学習したのは小学校の頃。ニコニコしていればみんな好印象を持ってくれた。

優しく話しかけたり、役に立てて良かったと手を貸せば、彼らは僕を慕ってくれた。


中学校でもそれは変わらないようで、相手の望んでいる事・考えている事が叶うように少しだけ手を貸せば、ありがとうと喜んでくれた。感謝をされて嬉しくない人間はいないと思う。

唯一不満があったとすれば、"王子様"なんていうあだ名。このとしになってそんなファンタジックなニックネームは正直、勘弁して欲しかった。


入学試験は次席だったがその後は三年間首席を死守し、特に目立った事件もなく僕は中学校を卒業した。



高校はエスカレーター式でそのまま入学。


自分で言うと自慢みたいになってしまうけれど、僕は運動が得意だ。というより、苦手なものがない。

だから、運動部の勧誘は凄まじいものだったし、正直そのエネルギーについていける自信がなかった。精神的に。


そして、そこから逃げるようにひっそりと文芸部に入部。活動日数もそこそこで実績もそこそこ。手を抜いていても咎めるような人もいなさそうだし、なにより、楽そうだった。実際、楽だった。


好きな本を好きなだけ読んでいていいし、部員もあまり近寄らない部室には、もちろん僕以外誰もいない。

時折顔を見せる副部長も、特に何をするでもなく立ち去ってゆく。


ここは正真正銘、僕しかいない、僕の居場所となったのだ。


二年生になって、僕は面倒事に立候補してみた。面倒だなんて思ってはいけないけれど、どんなに誤魔化しても面倒なものは面倒でしかなかった。

放課後、皆が部活動に精を出す頃、僕は一人で教室ではない場所を目指していた。そこは、部室ではない生徒会室だ。


面倒事というのは生徒会役員業務で、入学当初はするつもりなどさらさらなかったのにも関わらず、担任たってのお願いだ。無下に断る事も出来ないし、親も悪い顔はしないだろう。というわけで、一番楽ができそうな会計に立候補してみたところ、見事当選を果たしたというわけだ。まあ、ライバルには申し訳ないけど、これは必然だっただろう。


僕は得意の笑みを浮かべながらドアを開く。


「こんにちは」


室内にはまだ副会長しかおらず、生徒会の活動はまだ始まってはいないようだ。とりあえず会計のデスクに積まれた書類に目を通し、今日の会議での肝となるであろう部分を念入りに予習する。


「コーヒーと紅茶どっちがいい?」


不意に副会長が声をかけてきた。


「紅茶でお願いします」


生徒会室には小さなキッチンが設置されている。それは、遅くまで残り仕事をする役員の為に学校側からの配慮で設置されたものだ。


そして、そこにはコーヒーと紅茶と緑茶があるはずなのだが、僕には誰も緑茶を進めてこない。僕が緑茶が嫌いなのではなく、イメージ的に合わないからなようだ。

大福とコーヒーを出されて顔が引きつったのは、今ではいい思いでである。


僕はこの学校で唯一、気に食わない奴がいる。教師だとかそんなものではない。


会長だ。


我が、生徒会長様なのだ。


僕と同じように会計に立候補したにもかかわらず会長となりえた先輩に、僕は少なからず嫉妬している。

そういう場所は、今まで必ずと言ってもいいほど僕だったのに、一つ上の彼はそれを当たり前のようにかっさらっていったからだ。もう一度言おう、会計に立候補したにもかかわらずだ!


横暴で傲慢(ごうまん)で自由でわがままで、まるでガキ大将みたいなあの人がなぜ会長なのか、僕には微塵も理解出来ない。

同じ三年なら気配り上手な副会長を会長にするべきだと思う。


会議のために続々と顔を出す役員達。書記と庶務2人が顔を出し、残りはあと一人だ。

会議を開始する予定時刻を大幅にすぎたというのに、まだ来ない。


「遅れた」


悪びれた様子もなくそんな事を言って入ってきたのは、会長。


「みんないるな。始めるぞ」


謝罪の言葉もないままに、会長の一存で会議が開始される。

僕は思う、この人は暴君であると。


「まずは会計書類か」


一々口に出すところがまた、嫌味っぽい。

皆、特に何も言わず僕が制作した書類に目を通す。気になる事があればその場ですぐに質問をしていくスタイルの会議なので、他の役員達の疑問や不明な点にその場で端的に答えなければならない。

本来なら学生にそこまでの能力を求められても困るのだが、この学校の生徒会はこの程度の事は当たり前にこなせなければならない。歴代の彼らが(おこな)ってこれたのだから。


書記、副会長、庶務と順に顔をあげていく中、会長はなかなか書類から目を離さない。何かミスをしでかしただろうか……長い沈黙と、進まない現状に焦燥を抱く。


「とりあえずミスはないみたいだな」


眺めていた書類から顔をあげ、そんな事を口にした。

ミスがないのなら、何をそんなに見てたんだよ。

行き場のない怒りが僕の中でふつふつと湧き出す。表情にも、口にも出さず心の中で。


それからなという会長の言葉に、僕は気を引き締める。

今日もお得意のダメ出しタイムか。表が見づらい、場所によって書体を変えるべきだ、配置が適当すぎる。今日はどんな事がその口から出てくるのかと、会長の顔を伺うと


「こんな詳しく纏めるの大変だっただろ。……よくがんばったな」


予想外の言葉が零れ落ちた。

正に意表を突かれてしまった僕は、そのまで固まった。

ねぎらいのつもりで言われたその言葉に、それ程の意味は込められてはいないのだろう。

でもそれは僕にとって大切な言葉で、待ち望んでいたものでもあった。


がんばったね。

その一言は、幼き日に必ず耳にしているであろう言葉。





ーー少しだけなら会長について見直してもいいかなと思った。






読んでくださりありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 小さい頃から親に褒められない子というのは本当に可哀想だと思います。多いのが親の高望みだと思うのですが、子供は今のままで認めてあげて勉強ができなくても運動ができなくてもそのままのこどもを無条件…
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