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アザリアル  作者: 都宮まもろ
第1章
7/14

【6】

桃太はそんな2人の後ろ姿を見て溜息をついた。

「さっきから溜息ばっかりだね」

きえは笑う。

「笑うな」

桃太はバカにされたような気がしてふてくされた。

「莉世はまだこどもなんだから仕方ないだろ」

「まあそうだけど」

「遊んでいる間に見つかるかもしれないよ。はやく僕らも行こう」

そう言ってきえは歩き出した。

遊んでるうちに見つかるかもしれないか、そう易々と見つかれば良いんだが。桃太はしぶしぶきえの後ろを付いていった。

観覧車に向かっている途中、トントンと誰かに肩をたたかれたような気がした。桃太は立ち止まって後ろを返ったが背後には誰もいない。気のせいか、桃太はそう思って前を向いて再び歩きだした。

トントンとまた肩をたたかれた感じがした。しかし桃太はかまわず歩き続けた。

トントン、今度は確かな感触がした。うっとうしい、桃太は睨みつけるように振り返った。

すると真っ先にあるものが桃太の目に映った。

前方に合ったはずの観覧車がなぜか目指していた方向と反対の場所にあるのだ。目を擦ってもう一度確認した。何度見てもそれが観覧車であることは間違えない。桃太は息をのんだ。

「どうしたの?」

きえは後ろを振り返ったまま、動かない桃太の元に歩み寄った。

「おい」

「なに?」

「観覧車、こっちにあるぞ」

桃太は観覧車を指した。

観覧車はジェットコースターの左隣にあったはずだった。しかし今はジェットコースターの真っ正面にある海賊船を象ったバイキングの隣に堂々とそびえ立っている。

ジェットコースターとメリーゴーランドの間は最初からその場所にはなにも存在していなかったかというようにぽっかりと空いていた。

「おかしいね、いつの間に動いたんだろう」

きえは眉を顰めた。

「動くって、あれは生き物じゃないだろ」

「そうだけどまるで逃げられたみたいじゃないか」

「逃げられた」

確かにそうかもしれない。桃太は観覧車に目を向けた。

捕まえれるものなら捕まえてみろ。なんだか観覧車がそう挑発しているように見えてきた。

「とにかくあれに乗りたいなら方向転換だな」

桃太は宙で指をくるっと回した。

その唐突、短い叫び声が響いてきた。その声は間違いなく莉世とこびわのものだ。

桃太ときえは驚いてその声の聞こえた方を振り返えろうとした。

すると急に頭が重くなり視界が真っ暗になった。

桃太はバランスを失って尻餅を付いた。ごつんと頭が何かに当たった。

手探りで自分とぶつかったものを探すが何も触れない。

吐いた息がわずかに跳ね返って、息をする度に肌が少し湿る。

もう一度手を前に出してみるが先ほど同様、何もその手に当たらなかった。

桃太は試しに自分の顔を触ろうと両手を顔に近づけた。手は何かに触れた。

しかしそれは肌ではない。

それに触れる度にゴソゴソというこもった音が耳に響いた。

誰かに何かをかぶせられた。そう桃太は推測して自分の頭を覆っているものを両手で挟み、少しだけ浮かせてみると下方から光が差し込んできた。

推測は正しいようだ。

桃太が勢いよくそれをはぎ取ると頭を覆っていたものはごろっと地面に転がった。

「うさぎ」

桃太は愕然とした。地面に転がったもの、それはウサギの着ぐるみの頭部だったのだ。

「なんでこんなものが」

きえはうさぎの頭を持ったまま、幼いこどものように頬を赤くしてぽかんとした。そして何かを思い出したようにはっと我に返った。

「こびわたちは!?」

2人はさっきの悲鳴が聞こえた方へ体を向けた。

すこし先に自分らと同じうさぎの頭をかぶった女が座り込んでいた。肩胛骨まである束ねられた長い髪、紅色の袴に黒のブーツ。間違いなくその姿はこびわだった。

こびわは何かにおびえるように両手で自身の体を抱きしめて座り込んでいる。きえはこびわの元に駆け寄って着ぐるみを取った。一瞬の出来ごとにこびわは目をぱちぱちさせた。

「こびわ、大丈夫?」

きえは尋ねた。

「あ、うん、大丈夫よ」

こびわはそう答えると暗闇から抜け脱して安心したのか、胸をなで下ろした。

「で、莉世はどこだ」

桃太は呟いた。どこを探してもこびわと一緒にいるはずの莉世の姿が見当たらなかったのだ。

こびわの顔が一気に青ざめた。

さきほどの悲鳴とこびわの様子からして良からぬことが起こったのだろう、桃太は考えた。

「こびわ、何かあったの?」

きえは不安げにこびわの顔をのぞき込んだ。

「誰かが、後ろからこっちに向かって走ってくる音がしたの」

こびわはぽつり、ぽつりと話し出した。

「それで何だろうって思って振り向こうとしたら、あのうさぎの着ぐるみを被せられて、びっくりして莉世の手を離しちゃった」

こびわはそう言ってうなだれた。

束ねた髪がさらっと前に垂れた。

「その誰か莉世を連れていったのか」

「そうかもしれないね」

桃太ときえはあれこれ考えを巡らせた。

どうしよう、こびわは消え入るような声で呟いた。

「どうしよう、何かあったら」

こびわは袴をぎゅっと握って肩をふるわせた。

「こびわ」

きえはそっとこびわの肩まで手を伸ばした。しかしその手はこびわに触れることはなかった。

あともう少しというところで手を引いたのだ。

その代わり宙を空回りした整った手をぎゅっと握りしめた。

「僕と桃太が莉世を連れ戻すよ」

きえのまっすぐで、揺るぎのない赤い目が桃太を捕らえた。

桃太はきえと目が合ってどきりとした。

表には出していないものの内心では莉世を探し出すことが億劫だと思っていたのだ。なんだかきえにそれを読まれたような気がして桃太は手に汗を握った。

「そうだな」

桃太が気が抜けた返事をするときえは満足げに微笑んだ。

「私はどうすればいいの?」

微かな声でこびわは尋ねた。

「こびわはここで待ってて」

こびわは少し躊躇ったが頷いて束ねた髪の先をもぞもぞといじった。

「じゃあ、行こうか」

「ちょっと待て」

桃太は立ち上がろうとしたきえの動きを止め、無言で何かを指さした。

きえとこびわはその指が指し示す方を見た。

サーカステントの形をしたプレハブの小さな建物があった。

周りを低い柵がぐるっと囲っている。建物の壁はクリーム色、屋根はオレンジと黄色が交互に塗られていて屋根のとんがりの先では赤い旗がハタハタと風になびいていた。

そして2本足で立ったうさぎの置物が2体、お入りくださいと言うように建物の扉に手を向けこっちを見ている。

建物はあきらかにこの遊園地にはそぐわない異様な雰囲気を漂わせていた。

「あのうさぎ、着ぐるみと同じだわ」

こびわは微かに身を震わせた。

こびわの言う通り、入り口を挟んで並んでいる2体のうさぎはあの着ぐるみとおなじ顔をしていた。

桃太はなにも言わず建物に近づいた。

観覧車は近づこうとすると逃げるように場所を変えた。

しかしこの奇妙な建物は桃太が一歩、二歩と前に進むと一歩、二歩とこちらに歩み寄ってくる、そんな感じがした。

低い柵を跨ぎ、桃太は2体のうさぎの間に立った。その後ろにきえとこびわが並んだ。

建物中からはまったく何も聞こえない。

「中が気になるな」

桃太は扉をさっと撫でてこびわときえの方を向いた。

「開けて良いか?」

「もの好きだね」

そう言ってきえは目を細めた。

「僕は良いよ」

こびわもきえに同意した。

桃太はそっと扉を引いてドアの隙間から中を窺った。

モニターがきれいに壁に組み込まれている。

電気はついてないが数え切れないほどのモニターから発さられる光りが建物の中を照らしていた。

モニターには遊園地の各所が映し出されている。

音はなく映像だけが淡々と流れていた。

その中に男が1人いた。

男は扉に背を向け、仁王立ちになって画面を凝視している。

その人物をよく見ようとさらに扉を引くと扉がキィッと音を立てた。

その音に気づいて男はこちらを振り返った。

「なんだ、あんた達」

振り向いた青年は眉間にしわを寄せ桃太達を睨んだ。

キリッとした切れ長い目、スッと伸びた鼻筋、これが世間一般で言うイケメンという人間なんだろうな。桃太はまじまじと男の顔を見た。

どこからともなく風が入り込んできて、青年の銀色の髪をふわふわと揺らす。前髪が揺れる度にきれいなガーネットのような瞳が見え隠れした。


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