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アザリアル  作者: 都宮まもろ
第1章
4/14

【3】

桃太は錆がかった金色のドアノブを掴んで少しだけ扉を開けた。

まだ扉をくぐっていないはずだった。

しかし、気がつくと3人はさっきまでいた部屋をはなく、知らない土地に立っていた。

バタンと背後で扉が閉まる音がした。

おかしい。まだドアをくぐっていないはずなのに、どうして俺たちはここにいるんだ。桃太は思考を巡らせた。

だが、いつまで考えても答えは出ない。

まぁ、いいか。昨日から奇妙なことばっかりだ。これくらい大したことはないだろう。

桃太は気を取り直して辺りを見渡した。

3人はどこかの街に居るようだ。

街と言ってもそれは近代的な街ではなく、西部劇に出てくるような古い街だ。

しかし、西部劇に出てきそうな馬はいないし、つばの広い帽子をかぶっている人間も居ない。

どの人間も少し色あせたスーツを着ていた。

桃太は扉が閉まる音がした方を振り返った。

そこには先ほど自分が開けたアンティーク調の扉とは全く違う、ボロボロの扉があった。

桃太は木でできたアノブを回してみた。

鍵がかかっているようだ。扉は開かなかった。

「仲間を見つけないとさっきの家には戻れないみたいだな」

「でも、どうやって見つけるの?その人がどういう人か全く分からないし」

こびわは言った。

「そこが問題だ」

莉世が左を指さした。

「あっち!」

「お前分かるのか?」

「わからないよ。でも、あっち、行ってみようよ」

桃太は短いため息をついて考えた。

確かにここに居てもなにも変わらない。とりあえず動いてみるか。そしたら何か分かるかもしれない。

「行ってみるか」

「うん!」

返事をすると莉世はいきなり走り出した。

桃太とこびわが急ぎ足でその後を追うしばらく進むと道いっぱいに人だかりができていた。

ざっと見て50人ほどいるだろう。

たいして多い人数ではないが、狭い道は塞がれていた。

それにも関わらず莉世は人の間(正確に言えば人の足の間)をすいすい通り抜けて行った。

桃太も莉世を見失わないように人をかき分けて進んだ。

何か珍しいものでもあるのだろうか。男達がほほう、とかこれは手に入れたい、とかつぶやいていた。

その中から女がすすり泣く声が聞こえたが、まぁ気のせいだろう。

そういえば、ここに来てから女を見かけない気がする。もしかすると、ここは何か厳しい決まりがあって女は外出禁止なのかもしれない。

こびわ、お前留守番してた方がよかったかもな。

桃太はあれこれ考えた。

そうしているうちにあっと言う間に人だかりを突破できた。

その先には十字路がある。

莉世は後ろを一度も振り返らず小走りで右に進んだ。

まっすぐ行ったり、曲がったりを繰り返しながら、莉世は本人の赴くままにどんどん進んでいった。

桃太はおとなしくそれに付いて行く。

ふとある事に気づき、立ち止まった。

桃太は後ろを振り向いた。そしてもう一度前を見た。

後ろにも前にも一緒にいるはずのこびわが居なかった。

こびわ、お前やっぱり留守番してた方が良かったな。


莉世、桃太、こびわの順で3人は「新しい仲間」を探すために、知らない街を歩きはじめた。

歩き出してしばらくすると、人だかりができているところがあった。

50人ほどの男たちが道を塞いでいる。

莉世は小さいから人の足の間をすいすいと簡単に通り抜けていくことができた。

桃太は背が高く、がっちりとしているから簡単に人を押し退けて通り抜けることができた。

しかし、こどものように小さくもなく、人を簡単に押し退けるほどの力も無かったこびわには、人だかりを突破することは容易ではなかった。

最初は桃太のすぐ後ろをついていったがあっと言う間に見失ってしまった。

やっとの思いで人だかりを抜けたとき、莉世と桃太の姿は見当たらなかった。

道は3つに分かれていた。

こびわはどうしようもなくその場に立ち尽くす。

そんな時、こびわの肩を誰かが叩いた。

こびわは後ろを振り返った。中年のやや小太りの男がいた。

男はニコニコしてこびわに話しかけた。

「人を捜しているのかね?お嬢さん」

「あ、はい」

「小さい女の子と背が高い男だろ」

「知っているんですか?」

「あぁ、知っているとも。彼らはまっすぐ行ったよ」

男はまっすぐ指さした。

「そうなんですか。ありがとうございます」

こびわは男に一礼をして男が指さした方へ走り出そうとした。

「2万リッツ」

男は走りだそうとしたこびわの腕を掴んで言った。

相変わらずニコニコしていたが、さっきの穏やかな笑顔とは違う、何かを企んでいるような微笑みだった。

「2万・・・リッツ?」

「そう、2万リッツ。道を教えた謝礼を頂かないとね」

「あの、リッツって、何ですか?」

こびわの声は震えていた。

「この街で使われているお金の単位のことだよ。それを知らないと言うことは君はここに来たばかりなのかい?」

こびわはこくりとうなずいた。

「仕方ないなぁ。それならおじさんと賭をしよう」

「賭?」

「そう、お嬢さんが勝ったら謝礼は無しにして良い」

「もし、私が負けたらどうなるんですか?」

「さぁ、どうなるだろうね」

男はニタッと笑った。

「あそこのカジノに行こう。あの店はいろんなゲームがあるから、お嬢さんが好きなのを選べばいい」

男は抵抗するこびわの腕を引っ張って、店に連れ込もうとした。

その時だった。

こびわの背後からすっと腕が伸びて、男の顔に何かを突きつけた。

男は驚いてこびわの腕から手を放した。そして、その一瞬の隙にこびわはまた違う誰かに肩を掴まれ、引き寄せられた。

「良くないな。そういうの」

こびわの背後にいる人物が言った。

「なんだお前は!」

「そうだね、彼女の代理人。ということにしとこうか」

代理人と名乗った人物はこびわの前に出た。

こびわと同じ年くらいの青年だった。

「その女を返せ!!」

中年の男は怒鳴った。

「2万リッツ」

青年は男の右手を指さした。

札が2枚、しっかりと握られている。

「彼女の代わりに僕が払った。君だってしっかりそれを受け取っている」

「だが・・・!」

「君が要求したのはお金だろ。文句はないよね」

青年は男を睨みつけた。

男はそれに圧倒されたらしく、青年から目をそらし、くそっと言いながら人だかりの中に消えていった。

「大丈夫だった?」

青年はこびわに聞いた。

その問いに答えはない。

こびわは追いつめられ、逃げ場を失った小動物のように怯えていた。

「大丈夫?」

青年は腰を屈めてこびわに目線をあわせた。

しかし、こびわはすぐに下を向いて青年の視線から逃げた。青年は変わらずこびわを見つめる。

「大丈夫、僕は君になにもしない」

それでも、こびわは全く反応しない。

青年は困ったように少し考えた。

「すぐそこに喫茶店があるんだ、そこに行こうか」

青年はそう言って、そっとこびわの手を取った。

こびわは何も抵抗せず、ただ青年についていった。


2人は古い喫茶店に入った。

青年は一番奥の席にこびわを座らせ、カウンターに居た白髪の老人に話しかけた。

老人は頷いて、カウンターの奥から薄い毛布を持ってきて青年に渡す。

青年は毛布を受け取ると、それをこびわの肩にかけた。

「落ち着くまでここにいよう」

それだけ言ってカウンターに戻り、たばこに火をつけた。

こびわは渡された毛布を頭まですっぽりかぶって肩をふるわせた。

老人がレコードを取り出し、それをプレーヤーにかける。

店内では心地よいオルゴールの音と、老人がコーヒーカップを拭く音がだけが響いていた。


一方、こびわがいないことに気づいた桃太と莉世は今まで通った道を逆戻りして十字路まで来ていた。

さきほどの人だかりは今はもう無い。

「こーちゃん、どこにいるのかな?」

「引き返したのに会わなかったってことは、違う道に行ったんだろうな」

「じゃあ、こっち!」

莉世は左を指さした。

「そっちか、行ってみるか」

「うん!」

莉世と桃太は手をつないで、こびわを探し続けた。

「落ち着いた?」

オルゴールの曲は4曲目に入っていた。

青年はカップを2つ持ってこびわの正面に座った。

「この店のココアはすごく美味しいんだ」

青年はそう言って、右手に持っていたカップをこびわの近くに置く。

こびわは毛布から顔を出して、テーブルに置かれたココアをじっと見た。

それからゆっくりカップを手に取り、一口だけココアを飲んだ。

「本当はこの店はコーヒーが専門なんだけど、僕はコーヒーが飲めないんだ」

青年は微笑んだ。

「あの、助けてくれて、ありがとうございます」

こびわは少しだけ頭を下げた。

「どういたしまして」

「でも私、お金なんて持ってないから、さっきのお金を返すことはできません」

こびわは俯いた。

「いいよ。そんなのいらない」

青年はティースプーンでココアをかき混ぜながら言った。

「え」

「僕は助けたかったから君を助けた。お金がほしいからじゃない」

こびわは口をぽかんと開けた。

ところで、と青年話を続ける。

「君はこの街に一人で来たの?」

「あっ」

「他の人は?」

「はぐれました。さっきの人がいっぱいいたところで」

「そっか」

青年はココアを飲み干した。

「じゃあ、早く見つけよう」

こびわはその言葉に頷いて、立ち上がった。

2人は白髪の老人に礼を言って店を出た。


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