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アザリアル  作者: 都宮まもろ
第2章
14/14

【1-4】

「鍵は閉めておけよ」

ランカが同じことを繰り返し言うので、ミナカはそれにうんざりした様子だった。

「わかってるって」

「あと外には出るなよ」

「それもわかってる」

「じゃあ、行ってくるな」


昼間の探索は長時間に及んだ。

莉世とミナカが次はあっちに行こうだの、こっちに行こうだのと次々と提案をしたおかげで、宿泊先に戻ってきた頃にはすっかり日が沈んでしまっていた。

戻ってすぐには夕食を食べた。

ホテルの地下に広い食堂があって、食堂の受付で部屋に置いてあった食事券を渡すとウエイターに席まで案内された。

バイキング料理だ。

ウエイターは食べ残しはできるだけ最小限にとどめてほしい、レストラン内では走らないでほしい、食事の時間は2時間以内だと伝えた。

ウエイターが行ってしまうと同時にミナカは料理のある方へ一目散に向かった。それに続いて他の5人もぞろぞろと席を立ち物色し始める。

桃太はローストビーフとマカロニサラダ、天ぷらと目に付いた物を適当に皿に取り、飯茶碗に白くつやつやとした飯をたっぷりと漬け物を添えて席に戻った。

席にはすでにきえの皿が置いてあった。彼は6人分の飲み物を用意してくれているところだ。麦茶の入ったグラスを6つ運び終えて桃太の隣のイスを引いた。

「豪快だね」

桃太の皿を見てきえは笑う。桃太の皿の上はそれぞれの料理の境界線がわからないほど滅茶苦茶になっていた。対するきえは煮魚とホタテのバター焼きを一つの丸皿に、深い皿に細く切ったキャベツ、スライスされたキュウリとトマト、マッシュポテトを、そして飯茶碗に飯をそれぞれきれいに盛りつけていた。

桃太からしてみるときえの料理の取り方は上品すぎるし、同じ歳の男にしては少なすぎる。

桃太がそれを指摘するときえは言った。

「後からまた取りに行くよ。今はこれが食べたいんだ」

全員が料理を取り戻ってくるのを待って一斉に食べ始めた。

「探検はどうだったんだ?」

ランカが尋ねると莉世は真っ先に答えた。

「楽しかったよ!」

莉世は片手にフォークを持ちながら変わった老人のことや、思わず目で追ってしまいたくなるほど太った男のことなど桃太にとってはさほどどうでも良かったとこまで熱心に話した。

所々ミナカが話の補足をし、ランカはその話をとてもおもしろそうに莉世の話を聞いていた。

もちろんきえや桃太もその話を聞いていたのだがランカほど反応は見せずにいた。

それは正面にいるこびわも同じだった。

他の女たちがしきりにしゃべっている横でこびわは1人しゃべらずいた。こびわはふっくらした唇から料理を口に入れ、玩味しながら莉世とミナカの方を見る作業を繰り返していた。

食事を終えたのは19時10分前だった。

桃太は思う存分食べ、部屋に戻ると迷わずベットに転がり込んだ。


あのまま眠ることができたら最高だったろうに。

桃太はそんなことを考えながら夜のマリンダ街を歩いていた。日が沈んだ街はひどく殺風景だ。街灯が少なく周りが見づらい。

もし10メートル先に何者かがいたとしてもぎりぎりまで近づかなければ見えないだろう。

この街は桃太が知っている世界と比べると文明が進んでいない。桃太の居た世界ではこういう事件が起こった時には街中の至る所に監視カメラが取り付けられるだろ。さらに毛髪や体液の検査をすれば犯人をぐっと絞ることができる。

それに対してマリンダでは「見回り」という原始的な方法でしか対策することができないのだ。

桃太たち3人は一言も話さずに噴水公園を通りすぎ、署へ直行した。

街中を歩いているのは3人だけではなかった。

どこかの街から電車に揺られ、この街に戻ってきた者が大勢居た。女の姿も少なくはない。コスタリカ曰くマリンダはこの近辺の街でも住人が多いほうらしい。

街の住人たちは桃太たちと同様に無言で帰るべき場所に向かっていた。

「時間ぴったりですね」

コスタリカは昼間訪れた応接間まで通した。応接間のテーブルには地図と懐中電灯、無線機が置いてある。

席に着くとコスタリカは地図を広げた。

「これがマリンダの地図です。ここが駅ですね」

コスタリカは赤い鉛筆で地図上に丸印を付ける。

「ここが警察署です」

マリンダには住宅街が4つある。コスタリカは言った。

「どの地区の人であろうとメインストリートは必ず通ります」

メインストリートとは駅から署へと続く道のことらしい。コスタリカはその道に赤い線を引き、さらに6つの印を付けた。

「ここが被害者が襲われた場所です」

「この近くでも襲われているの?」

きえは目を丸くした。6つの印のうち3つが警察署の近くだった。

コスタリカは表情を曇らせる。

「件数が増えるにつれ、この近くで襲われるようになっています」

馬鹿にされている。桃太は思った。おそらくそれは全員が感じていることだろう。

コスタリカはため息をついた。

「僕たちに恨みでもあるのでしょうか」

「心当たりはないのか?」

「思い当たることは、何も無いです」

「思惑は犯人にしかわからないってことか」

ランカは腕を組んだ。

「それで、これからどこをまわればいいんだ?」

コスタリカははっとして腕に付けている時計をみた。

「そうでした。これからみなさんにはマリンダを巡回してもらいます。特にどことは指定しませんが、やはりメインストリートに事件が集中しているのでその周辺を・・・・・でもそこだけに偏らないようにまんべんなく見回ってほしいです」

桃太たちはそれぞれ無線機、懐中電灯、腕時計を預かった。

「もし何かあったらこれで知らせてください。これはティーチフェルトさんに繋がるようになっています」

ティーチフェルトだけが署内に残ることになっているようだ。

個々人の無線機はティーチフェルトに繋がり、ティーチフェルトから全員の無線機に連絡が行き渡るのだとコスタリカは言った。

「巡回は24時30分までです。時間になったらこちらに戻ってきてください」

4時間半。それは気が遠くなってしまいそうなほどの時間だった。

桃太の気持ちを察したのかコスタリカは深々と頭を下げた。

「長い時間ですが、よろしくおねがいします」


「どうする?」

時々すれ違う警官と思われる人物たちに聞こえないように、ランカは声を顰めた。

「このままだといつまで経っても捕まえられそうにないよな」

「それを考えるのが僕たちの役目なんだろ」

きえの言うとおり、桃太たちはこの世界では優秀な探偵団として見られているのだ。最高の策略で必ず犯人を捕まえなければならない。

「何か良い案は無いのか?」

桃太はきえに投げかけたみた。きっとこいつならいい考えを持っているだろうと期待して。

「一つだけ思いついたことはあるよ」

「なんだ?」

「でもあまりいい方法ではない」

きえは視線を下に落とした。街灯の微かな灯りに照らされたきえの表情は、あまりそれを言いたくないように桃太には見えた。

桃太は静かにきえが口を開くのを待った。だがやはりきえは黙ったままだった。

「いい方法じゃないってどういうことだよ?」

ランカはきえに発言を促した。きえは渋々とそれに答えた。

「そう思うのは僕だけかもしれないけれど、これは失敗してしまったら誰かを傷つけてしまうことになると思うんだ」

「どんな方法なんだ?」

「誰かをわざと犯人と接触させるんだ。つまり、誰かに囮になってもらうということだよ」

きえの言い分は文字通り、誰かを犯人に引きつけて犯人を捕まえるというものだった。

確かにうまくいけばそれはとても良い案だがもし失敗すれば犯人を捕まえられないどころか、確実に新しい犠牲者を出してしまうことになる。

「もちろん囮になった人が犠牲になるだけじゃなくて、その人ばかりに注意を払い、他の人が襲われていることに気づかないこともあり得る。囮作戦はリスクが高すぎる」

「でも他の考えを俺も桃太も思い付かないからな」

「一回でもいいからやってみていいんじゃないか」

桃太は軽く考えていた。囮も他の人間にもしっかり注意を払えば良いし、なにより何もせず、ただぐるぐる見回りするより楽しそうだ。

「じゃあ、もし決行するとして、いったい誰を囮にさせる?」

桃太はマリンダ警察署のこと思い返した。たしか署内に女の姿は一人も見なかった。

「警察に女はいなかったな」

「そうだったか?」

ランカはきょとんとした。

「うん、いなかったね」

ランカと対照にきえは冷淡だった。

「僕たちは優秀な探偵団なんだ」

「それがどうしたんだ?」

「だからこの事件は僕たちが、僕たちの手によって解決しなければならない。作戦を立てるのも実行するのもすべて僕たちがする」

「まどろっこしいな」

何が言いたいのかはっきりしろという意味を込め、桃太は皮肉っぽく言ってみた。さっきからきえにしては遠回しな表現が多すぎるのだ。

「ミナカかこびわを囮にしないといけない。僕はそれがとてつもなく嫌なんだ」

暗闇の中、街灯に照らされうっすらと見えるきえの表情は苦痛に歪んでいた。

「この街は若い者がだいぶ減ってきたからね、きっと喜ぶよ」なぜだか桃太は昼間の商人の言葉を唐突に思い出してしまった。


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