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アザリアル  作者: 都宮まもろ
第2章
13/14

【1-3】

「ではそろそろ行きましょうか」

十分すぎる休憩をとって、コスタリカを先頭に再び街中を巡る。

公園を抜け、通りをまっすぐ行くと駅に到着した。道順は単純だ。寄り道せずに警察から歩いてくれば30分でたどり着くだろう。

事件の被害者はこの道を歩いている間に犯人と接触しているとコスタリカは説明した。

次に桃太たちはコスタリカに導かれ、宿泊先へと向かうことになった。そこは駅のすぐ近くだったが、今まで来た道には面していない。

宿泊先は招いた側が手配したものらしく、送った覚えはないが自分たちの荷物が届いているらしい。

コスタリカがフロントで手続きをして茶色いボストンバックを2つ持ってきた。

「ひとまずここでお別れです」

コスタリカは鞄と鍵を桃太に渡した。

「僕は他の仕事があるので先に帰ります。みなさんは時間まで自由に過ごしてください。食事も3食とっているので好きな時間に召し上がってくださいね」

それから、とコスタリカは莉世を見て言った。

「莉世さんはどうされますか?」

当の本人は首を傾げている。どういう意味かわらないといった感じだ。

「時間も遅いですし。それに事件が事件なだけにどうするのかと思いまして」

「そちらに問題がないなら、とりあえず今日は男3人だけで行きたいんだけど。良いかな?」

きえは言った。

「大丈夫です。その方が安心ですもんね」

それから少しやり取りをしてコスタリカはその場を後にした。

泊る部屋は3階だった。鍵を開けてドアを開くとまず大きな部屋があった。その部屋の左にはユニットバスルーム、右には扉が2つあり、それはどちらも寝室につながっていた。寝室が2部屋に分かれていることは桃太たちにとってとても好都合だ。

大きな部屋にはテーブルに椅子が6脚。テーブルには白い造花の入った花瓶と、コップが6つ。コップには白い布が上から被せられている。床にはクリーム色の絨毯が敷いてあった。

ユニットバスルーム以外のどの部屋もフローリング張りで、ホテルと言うよりもどちらかというと個人の家に近いように思えた。

桃太は片方の寝室に入ってみた。縦長の部屋にはベットが3つ、その間に簡単な棚があり棚の上にはスタンドライトが置いてあった。部屋の一番奥に窓がある。白いレースのカーテンを少し開けて外をのぞくと、ちょうどその下はホテルの前にある道路だった。

「桃太君もさ、もっとこの街を探検してみたいと思わない?」

背後からミナカが話しかけてきた。ミナカは両手を桃太の肩に置いて背伸びをし、桃太の耳元へと猫なで声で呼びかけた。

「一緒に探検に行かない?莉世もそうしたいって言ってるんだけど」

「興味ないな」

「嘘だー。だって桃太君、外見てるじゃん」

桃太は適当な言い訳を考えてみるが、なかなか思い浮かばない。

ミナカは背伸びをやめ、そのかわり両手で桃太の肩を後ろに引っ張った。いつの間にか桃太の隣には莉世もいて、莉世はミナカに応戦するように桃太の手を握り、二人して桃太を部屋から連れ出そうとしている。

桃太は負けまいとその場に踏ん張った。だが後ろから桃太を引く力は華奢な女の力とは思えないほど強く、一歩後ろによろけてしまうとそのままどんどん後ろに引かれてしまった。

完全に負けてしまったのだ。逃げ場はない。

やれやれと桃太は思った。こうなってしまえば従う他はない。夕食の時間まで桃太は莉世とミナカ、それから後からついてきたこびわの探索に付き添うことになった。

ホテルを発ち、駅まで行って公園へと続く大通りに出た。それから行く当てがなかったので、とりあえず公園のある方に進むことになった。

「あれ、なに?」

駅からさほど離れていないところで莉世は言った。

道ばたに大きな青いシートを敷いて、老夫が何かを売っている。

それは、確かにその場所に存在するものなのだが、どこか歪だった。例えてみるなら、一枚の風景画に後からベンチの絵が描かれた別の紙を貼り付けたような、そんな不自然さだ。

道を行くマリンダの街の人間は特に気にとめる様子もなくその出店の前を通り過ぎている。しかし桃太たち部外者はどうしても素通りすることができなかった。

その理由は売り出されている物にあった。

見たことがない木製の楕円形の物体が青いシートの上に20個ほど、ずらりと並べられていた。

「これ何ですか?」

ミナカは店を出している老人に尋ねた。その男は商人にしてはずいぶんと風変わりな格好をしていた。黒のニット帽を目元が隠れるほど深くかぶり、黒のコートを着用している。口元は生やしっぱなしの白い髭で覆われていて、桃太からして見てもとても不潔に見えた。

「これはロマルスですよ」

「へえ、これがロマルスなんだ」

「これを自分のセンスで着色したり、彫刻して大切な人に贈るんだ」

よく見てみると楕円形の物体は人の顔の形に見えるし、ちょうど目元に当たる場所には目の形に似た楕円形の穴が二つ開いていた。

売り物のロマルスのうち、ひとつは黄色や赤色、緑色や白色の絵の具で着色されていて、また別の物は白一色だけれど細かく彫刻されていたりと、どれも色の塗り方や彫り方がバラバラで、どれひとつとして同じ物はなかった。

「あれだけ違うよ」

莉世の言うようにひとつだけ、他のお面と違う物があった。それだけが右目は他のものと変わらないのだが左目に穴が開いておらず、そのかわりに米粒大ほどの窪みがあった。

商人は他とは違うそのロマルスを手に取って、桃太たちによく見えるように見せた。そして幼い子どもに教えるようにゆっくりとした口調で言った。

「このロマルスには宝石を埋め込むんだよ。この窪みのところにね」

「どうしてこのロマルスだけ?」

こびわが尋ねた。

「これは特別な日に贈る特別なロマルスなんだ。いつ贈るものかわかるかな?」

わかったとミナカは指をならした。

「結婚の時でしょ」

「正解だ。これは婚約の時に男が女に贈るもの。でもその時だけじゃない。これは女が死んだときにも贈られるんだ」

商人は意味ありげに言う。無造作に生えた髭のせいで、はっきりとはわからないが、にったりと笑っているようだった。

「女にとって結婚というものは人生の大イベントだ。そして人生最後の儀式、葬式も大切なイベントだからね」

「でも同じ物を贈るって不思議ね」

こびわはいまいち理解できないといった様だ。確かに、どちらとも人生における大切な儀式だ。だが華やかで喜ばしい結婚と、しっとりとした悲しい葬儀に同じ物を贈るとはいささか奇妙である。

「宝石は何を付けるって決まっているの?」

「婚約のときはピンク色の宝石、葬儀のときは水色の宝石」

「そうなんだ。きれいだろうな」

ミナカはうっとりとした表情で、特別だといわれるロマルスの窪みを指でなぞった。

莉世に至ってはさっきから、一人でロマルスを被っては他の物に取り替え、被っては取り替えを繰り返していた。

ところで、と商人は改まったように口を開いた。

「お嬢さんたちはどこから来たんだい。この街の人間じゃないだろう」

どこから来たのかと聞かれることは非常に厄介だ。それは自分ら自身だってわかっていないことだし、何せ説明のしようがない。

「北、かな」

ミナカは言った。その答えは根拠がないことだが、あの扉の先の家はもしかするとこの地にすら存在しないで天に存在するものかもしれないし、もしかしたら本当に北に存在するかもしれない。

「北というとラムダ、キース辺りかな」

「そう、その辺り」

「だけどそれ以上のことは言えないの」

こびわがそっと付け足したおかげで、商人はそれ以上出所についてはなにも言ってこなくなった。そのかわり老夫は俯いてぶつぶつと独り言を言い始めた。

「この街は若い者がだいぶ減ってきたからね、きっと喜ぶよ」

よく聞き取ることができなかったがおそらくそう言っていただろう。他にも何かをつぶやいた後に、商人はふと顔をあげた。その顔にはまるで良い物を見つけたかのような、満足げな笑みが浮かんでいた。

どう考えてもそれは「不気味」以外の何でもなく、こびわがそれを非常に気味悪がったので、桃太たちは何も言わずにその場を立ち去った。

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