プロローグ
呼吸を整え耳を澄ます。
物音を立てないように壁沿いにゆっくりと階段を上がる。とにかく、相手の位置を特定しないとどうしようもない。
集中しろ、そう言い聞かせ全身系を耳に集中させ廃ビル内の物音を探る。だが人間が潜んでいるとは思えないほど周囲は静まり返っている。
相手もそれなりに経験積んでいるようだ。準備が整うまでは姿を見せないどころか音も立てないだろう。
「だったら仕掛けてくるまで待ったほうが得策…かな?」
出口には地雷式のトラップを仕掛けてある、それにかかってくれるのでもいいのだが。
ビルの中央窓際、手ごろな大きさ部屋に移動して迎撃準備をしつつ状況を整理する。
「四十万孝24歳、今日の午後8時23分、工事現場の鉄骨を投げ飛ばして7人の重軽傷者を出した超能力者、能力は身体強化か物体操作系の能力者だと思われる…か、見た感じ後者かな」
訓練されているだろう人間がなぜそんなことをしたのかはよく分からないが、まあ彼にも思うところがあったのだろうと勝手に納得する。
吐く息が白くなり始める、準備はもうすぐ完了だ。
「それで警察には手に負えないだろうってこっちに仕事が回って来て指令のメールが届いたのが1時間前、もう0時近くになるのか、くそー、10分もあれば終わると思ったのに…」
そこまで考えたところでガゴンッと何かが動く音が聞こえた。
反響していて詳しい音源は良く分からないがどこかで物音が立っている。
ゴンッ、ガンッ、ゴンッ、ガンッ……
人が歩く音じゃない、もっと大きな何か。そして音源の位置が特定できてくるにつれて奇妙なことに気がついた。
「音源が二つ…? 真上と……真下ぁっ!!」
突如として上下からコンクリートの床を突き破って鉄骨がせり出してきた。
「危なっ、一般の高校生を殺す気か!!」
一般の高校生などではないのだがつい口をついて苦情が出てきてしまう。だが二本の鉄骨はそんな苦情などお構い無しに回転しながら此方に向かって来る。壁を利用して飛び回り鉄骨を避けながらこれを操作してるであろう四十万の姿を探す。その間も前後から同時に迫ってくる鉄骨、大丈夫、これくらいなら避け続けられる。
「上下左右からの鉄骨と僕の位置が全て同時に把握できるってことは…外か!!」
窓から外を見ると隣のビルとの間の少し狭い空間、浮かせた鉄骨に乗っている四十万姿が目に入った。
浮かせた鉄骨に乗って移動していたら音なんて立つはずがない、全く気配が無かったのはこういうことか。出口のトラップは全くの無駄だったわけだ。だが、やっと四十万の位置が分かった、これでこちらからも仕掛けられる。時間もかかったことだしさっさと終わらせよう。
四十万のほうに向かって右手を掲げる。これでいい、方向さえ示せば後は勝手にやってくれる。その間鉄骨を避け続けるのは難しいことじゃない。
時間にして数分後、回転し猛攻を仕掛けていた鉄骨が急にスピードを落とした。動きが遅ければそれほど脅威的な威力は持っていない、動きを予測し回転の力がもっとも弱い中央部分に手を当てる。
「凍れ」
その瞬間鉄骨がその周囲の壁ごと凍り付き、動きを止めた。
「────!?」
四十万の顔が驚愕の色に染まる、急激に下がった気温で体温もずいぶん低くなっている様だ。もう一本の鉄骨も同じように壁に張り付かせ、そのまま窓の外の四十万の方に向かって飛ぶ。
「寒さで体うまく動かないでしょ、じっくり時間をかけて作った冷気を全てぶつけたからね」
動きの鈍い敵など相手にはならない、浮いてる鉄骨の上に同乗し四十万の体に触れる──────。
[四十万孝拘束の任務完了、場所は──…]と報告のメールを打ち夜の街を歩き出す。後始末は勝手にやってくれるだろう。
これが僕、氷上結人の裏の顔であり真実の顔、普段の仮面を被った自分を脱ぎ捨てた本当の自分。超能力、《オールフリーズ》という特異な力を持たされた僕が生きなければならない世界。
今日は疲れた、早く帰ろう──…
何か始まってしまいました。
更新不定期ですがよろしくお願いします。