027『へんたい仮面によろしく』
四題
仮面、ヒャッハァ―ッ!!、漆黒のコート、辻ヒーラー
「ぐへへへへ……」
「きゃぁぁ!!」
「ぐへへへへへへへ!!」
「きゃぁぁぁぁ~~~!!」
「……という事件が発生したらしいぞ」
「はしょりすぎててどんな事件だか全く分かんねぇんだけど」
県警の生活安全課に勤める父親の説明が、ありえないほどにチープで明は戸惑う。
「クラスの女子にも気を付けるように言っておいてくれ」
「ちょっと待て。ちゃんと説明しろよ」
「だから、ぐへへへへ……」
「それじゃわかんねぇっつーの!」
押し問答の末、ようやく聞き出したところによれば、ようするに露出狂らしい。
漆黒のコートを着た男が、夜道を一人往く女の前へと躍り出て、コートを両腕で広げれば、中はなにも身に着けてない……といった具合だ。
「変態だな」
「そうだろうそうだろう。息子よ、お前はそんな大人になるんじゃないぞ」
「なるかよ」
幼い頃から警察官という肩書きの親を見てきた。人一倍正義感の強い明だ。公序良俗に反することを憎んでいたし、変態などもっての外。街の秩序を護る癒しの存在になりたいと常日頃思っている。
ゆえに普段からボランティアに励み、おばあちゃんが街で困っていたら荷物を持つのを手伝い、店で子供たちが高いところに手が届かなかったら代わりに取ってあげる、と……街では知る人ぞ知る好青年と評判であった。
「〝露出狂に注意〟とか、電信柱とかに貼り付けたらどうだ」
だが明の提案に警察官の父は首を振る。
「電貼りは違法だからな」
昔は『交通安全』などの公共性の高い言葉は暗黙の了解を得ていたという例があるが、SNSの時代は世知辛い。父親が続ける。
「露出狂ってのは単なる露出だけを目的にしてないこともある」
あれは、品定めなのだ。……というのだ。
悲鳴を上げる娘に対してはただの露出にとどめ、逃がすのだが、恐怖で声が出なくなる娘を狙って犯罪を起こす傾向にあるらしい。
明はクラスの女子を思い浮かべてみる。皆怖いものなしと言った表情で日常を送っているが、いざ夜道で変な男と出くわした時、声を上げる勇気を持ち合わせているのだろうか。
一時間目が始まる前のクラスはいつもの喧騒に包まれている。益体もない話があちらこちらで花を咲かせ、今日も一日の始めを盛り上げていた。
明もその中に溶け込んで楽しげな表情を浮かべている。彼の班は仲がよく、今日も男女混合で、話題のユーチューブ動画で盛り上がっていた。
「カードローンを車型のドローンと勘違いした男の末路?」
「ゾンビ化してて草」
「なんでゾンビ化したの?」
「だからぁ、カーさん(母さん)にどろーんどろーんにさせられたからだよ」
「車型のドローン関係なくない?」
「全然分かってなくて草」
「だからぁ、カーのドローンと間違えてカードローンを申し込んだ明が母にブチ切れられて、芝刈り機でどろーんどろーんにされたマグロの切り身を……」
「待て待て。なんで俺になってるんだよ!」
……というところで始業のチャイム。席に座れば担任の花井は申し合わせたかのように入ってきた。
「あー、みなさん。まず伝えておかなければならないのですが」
前置きした花井は黒板の前に立ち、大きな文字で『変態』と書いた。
「街に、変態が出没しております」
「へんたいーーー?」
「コートの中身はアァンな露出狂が、夜な夜な街を徘徊しているようです」
明が言い出すまでもなかったようだ。クラスはすっかりそのネタがヒートアップし、授業が始まる気配もない。
「変態は怖いですね。特に女子は十分に気を付けるように」
「変態か……」
明と同じ班の聡はしみじみ呟いた。
「明……観念しろ」
「何で俺だよ!!」
「お前、小さい頃、女子のスカートめくりまくってたよな……」
「……」
聡は小学校の頃からの幼馴染である。
「水泳の授業の時、わざとゴムゆるゆるの海パン履いて、それが脱げると走り回ってたよな……」
「明が露出狂で草!!」
「馬鹿野郎! もう三百年くらい前の話だろ!」
辺りを見回すと、女子たちの目が冷たい。しかし聡も別に明をいじめにかかっているわけではない。話題を変えた。
「てか、わざわざ黒板に変態って書く意味あったのか」
「ついでに漢字を覚えてもらおうと思いまして」
「小学生レベルの漢字で草」
さっきから草草言ってる御神が笑えば、花井も男子たちも合わせて笑う。が、明は笑わない。
「お前ら、露出狂をただの変態だと思ったら痛い目見るんだぞ」
「お前が言うと説得力があるな」
「馬鹿野郎、親父がそう言ってたんだよ」
「あ、親父警察だっけ」
「おう、ちょうど生活安全課だから対処方法みたいなのを呼び掛けてるみたいだよ」
「そんな親父からなんでお前みたいな変態が……」
「変態言うな!」
……この場はどうあっても旗色が悪いらしい。
「おい変態」
授業が終わり、休み時間になると、後ろに座ってる登美香が彼の肩を後ろからちょんちょんとつついた。
「変態じゃねぇ」
苦笑いの明が「なんだよ」と返すと、彼女の隣に座ってる美海もこっちを向いていることに気づく。
「対処方法ってなに?」
「え?」
「お父さんは、露出狂の対処方法をなんていってたの? 一応聞いておきたい」
「あぁ……」
その問いに、「とにかく声を上げろ」と、父親の言葉をなぞる明。理由も聞けば彼女は「なるほど」とうなずいたが、
「まぁアッタシは声出せるけど、美海は出せる?」
「やばい……」
やばいと一言呟く彼女は、人前で声を上げるなど、到底できない気の弱さを持っている。登美香は言った。
「じゃあ男子がだれか一緒に帰ってやればいいじゃん。はい。かわいい美海と帰りたい男子、挙手」
気が付けば同じ班の聡、御神も話に加わっている。その三人が三人とも、登美香の問いにそれぞれ顔を見合わせ、ややも沈黙した。
登美香の言う、美海の〝かわいい〟は確かにその通りなのだ。が、ここで積極的に名乗りを上げられるくらいなら、すでに告白してるだろうというくらい、草食系男子の集まりだったりする。
負け惜しみか強がりか、御神が笑った。
「誰も手挙げなくて草」
「しょうがねぇから俺が……」
「ジャンケンしよう」
どさくさに紛れる聡に明がねじ込んだ。途端、三人の顔がガンマンの決闘のように引き締まる。
「おっけー、いくぞ。さーいしょーはパー!」……御神がふざければ、
「……そういうのやめろよ」聡の目がマジだ。
「ジャンケンポン!!」
そして突き出される男たちの拳。おどけた雰囲気とは裏腹に、かめはめ波でも出るんじゃないかという気迫のこもったそれが突き出される様は、彼らの想いをそのまま具現していた。
「ほんとにいいの? 明君。家、こっちじゃないよね」
「ジャンケンで決まったことだし」
「うん、ありがとう」
薄暗い路地を、言葉少なに歩いてゆく二人。高架下を通る時、ちょうど電車が頭上を通り過ぎて、甲高い音が耳に鳴った。
「ここ、いつも怖いんだよね」
この高架には灯りがない。たった十数メートルの距離でも、電車が通れば視力と聴力を同時に奪われる感覚がする。
「確かに……」
男だとなにげない瞬間でも、女にとっては闇に首の根元を掴まれるような胸騒ぎを覚えるのだろう。
「まぁ警察も巡回を強化するらしいし、犯人捕まるまでは付き合うよ」
「うん、ありがとう」
長い髪を揺らして一揖する美海。しばらく広めの道を歩いていたが、そこを折れてまた人気のない道に入る。街灯はついているものの、寂しげな小道をしばらく歩いて行った時、美海は唐突に「湯熱ちゃん」と呟いた。
「楽しみだね」
湯熱ちゃんというのは温泉をテーマにしたアミューズメント施設で、数十種類の温泉が楽しめる。水着着用の混浴であり、班の五人で今度の祭日に遊びに行くことになっている。なお、読み方は『ゆねっちゃん』だ。
「ほんと、よかったのか? 御神が強引に決めた感満載だったけど」
「うん。楽しみ。今度水着買いに行くんだ」
「へぇ、どんなの?」
「それは秘密だよ」
視線がまっすぐ交差して、明はどきりと心を震わせる。美海もすぐに恥ずかしそうに目をそらした。
「明君、ヒーローになりたかったんだって?」
「誰に聞いたんだ」
「聡君」
「あいつめ……」
口が軽い。互いに悪いことと恥ずかしいことを知り尽くした仲だが、ひそかに想いを寄せている相手にあることないことをぶちまけられては、バツが悪いじゃないか。
「うん。まぁ、子供にありがちな奴だよ」
特撮モノのヒーローに憧れた。あんな風に、人知れず人を救う存在になりたかった。
いやもちろん、あんな超人的な力を手に入れられるはずもなし。その気持ちは心の中でアツく燃え上がって……やがて鎮火していったわけだが……。
「お父さん警察官なんだね」
「うん」
「血なのかな。その正義感」
「親父なんか別に普通の生活安全課の職員だよ」
「そんなの関係ないよ。かっこいいと思うよ」
「……」
明はちらりと彼女を横目に映した。
こんな風に持ち上げてくれると、すぐに気があるんじゃないかと疑ってしまう。何度思い違いであったことか。
その辺、苦い経験のある明は踏み込まない。やがて彼女の住むマンションが見えてきた。
「ありがとう。ホントにこんなの、しばらく頼んでいいの?」
「いいよ。家帰っても別にやることねーし」
……はぐらかしてはいるが、彼女の見ていないところで、明の顔はほころんでいた。
彼女に好意を抱いている……だけではない。
繰り返しになるが、彼はヒーローになりたかった。彼女にありがとうと言われる行為が、彼にとって小さなヒロイズムとなっている。
自分の存在が彼女の気持ちを救っている。そう思えることが彼にとっての喜びでもあった。
放課後、お互いの部活が終わるのを待って、二人で校門を出る光景にまだ少しの違和感を覚えながら四日間。
肩を並べて歩く二人の口数は少ないが、家が見えてくるたびに彼女の整った口元からは必ず「ありがとう」という言葉が発せられ、そのたびに明の胸は躍った。
そして五日目の放課後、部活の前に明の背中に声をかけたのが登美香である。
「どーだい若造。美海とはうまくやってるかい?」
「お前も若造だろうが」
「だから間違ってないじゃん。で、どう? 美海はおいしい?」
「食ったことねーよ」
「比喩表現がわからないのか若造」
「それ、流行ってんのか?」
「若造? うん、今日のアッタシのマイブーム。……変態の方がいい?」
「いいわけない」
登美香は笑いながら誰もいなくなった教室の机の一つに腰かけて、
「美海のこと、どう思ってる?」
「え?」
「アイツ、今度の湯熱ちゃん、アンタのためにビキニ用意したから」
「は?」
「今日、見せてきたよ。これで大丈夫かなぁって」
「……」
「こんなのつけたら絶対聡とか御神とかの気も引いちゃうよって言ったんだけどねー。アイツそういうとこ不器用だからな」
「……」
「でも覚えといて。それは、アンタのためだから。以上」
机から飛び降りて、手をひらひらさせ、「じゃあね」とだけ残した登美香を、明は呆然と見送るしかない。
だって今日も、彼女と二人で帰らなければならないのだ。どんな顔をしていたらいいのか分からないじゃないか。
部活を終えて下駄箱の前で落ち合う制服姿の二人。もちろん明の動揺に美海は気づかない。顔をひきつらせたままの明は目を泳がせながら、彼女を肩の向こうに置き、校門を出た。
歩き始めても落ち着かない明。しかしこの二人の下校は普段から口数が少ないので、美海は特に疑問も持たずについていく。十九時半。満点の空には、申し訳程度の星が輝いていた。
明は相変わらず黙っている。ひそかに思いを寄せる女性が、自分のためにビキニを用意して、「行くの楽しみだね」と言っているのだ。もはやロイヤルストレートフラッシュ。なんなら今告白してしまってもいいんじゃないだろうか。
……などと思うと無駄に緊張してしまう。そして、そんな緊張に縛られて歩いていると、妙に尿意を催してしまっていた。
下校路に、成見公園というやや大きめの公園がある。トイレ付きだ。家まで戻る距離を考えてもかなり我慢することになるし、それを口実に美海の家に上がり込むのは気が引ける。
「ちょっと待っててもらっていい? 便所行ってくる」
「うん。荷物持っててあげる」
「おう」
明るくてきれいなトイレであった。とりあえず自分で勝手に張り詰めさせた糸を解くように、大きなため息を吐きつつジッパーを下ろす。
さて、これからどうすべきか。放出するものを放出しながら考える。
やはりビキニを見てから考えるべきか。その時どう褒めればいい。いや、褒めるとかキモいか。
あれこれ自然な切り出し方やアプローチの仕方を考えつつ、服装を正して手を洗い、トイレを出る。そこで気づいた。
「あれ……?」
美海が消えているのだ。トイレかなと思った一瞬後で、彼は凍り付いた。
彼女のバッグだけが落ちている。簡単なマグネットで口がくっついているだけのタイプで、それが開いてしまって中身が散乱しているのだ。……ということは……。
明は辺りを見回した。が、これが意外に大きな公園で、街灯はついているもののその灯りが届いていないところも多い。一瞬では彼女を見つけ出すことができず、さらに焦る。
しかしその時、彼はこの場にかぐわしい芳香が漂っていることに気が付いた。何の匂いかと言われれば……。女の……匂いだ。
それがなぜ、急に薫ってきたのかは分からない。例えばさっきまで美海は手が触れられる距離にいたが、このような匂いを感じたことはなかった。
ただし、正確にはこの嗅覚は美海に反応しているわけではなさそうだった。なぜなら、彼の顔の角度は、五メートル先に俯瞰されているのだ。
視線の先に、彼女のバッグがある。それの何が薫っているのか分からないが、強い匂いを発するなにかに吸い寄せられるように歩き出す明。そして手を伸ばした先には……。
「こ、これは……」
無意識に摘まみ上げるそれに、明は息をのんだ。
それは……登美香の言っていた、美海のビキニであったのだ。
水色と白のストライプ。ブラの背中もパンツも紐で縛るタイプで、結び目がリボンとなってかわいらしい奴だ。
こんなのをあのかわいらしい美海に着られたら、男子などは悩殺されるに決まっている。ちょっとやりすぎで、遊んでるんじゃないかとすら思われる大胆な水着ではあるが、逆にこれを内々で着るだけと決めているのなら、それは明確な意思を示しているともいえる。
そして、今はその意思がどこに向いているかの答えを、明は登美香から受け取っていた。彼女は不器用な美海の行為がどこかで齟齬を引き起こさないよう、先に釘を刺しに来たのだ。
このビキニは自分のためにある……そう思い描いた明の様子がおかしい。外界から遮断されてしまったかのようにビキニを見つめ、葛藤しているのだ。
(だめだ! だめだ!! だめだ!!!)
その手は抵抗するかのようにぶるぶる震えているが、着実にパンツを顔の方へと寄せようとしている姿がある。
(いけない……こんなことをしては、変態じゃないか……!)
しかしその意思とは裏腹に、その水着の残り香が発するフェロモンに耐えられない。
まるで巨大な重力に負けるかのように、やがて彼とそのパンツは、一体化した。
その瞬間。
「ヒャッハァーッ!!」
どのようなエネルギーか。彼はそのパンツに核融合を引き起こしたかのような反応をし、全身に力をみなぎらせた。股の部分を縦に通して結合したパンツから覗く瞳は獣のように血走って、怒髪天を貫く勢いで髪が逆立つ。
おそらく、今スカウターで彼の戦闘値を計ったら、急上昇の挙句に故障するだろう。それほどのエネルギーが、一瞬、彼と共に大気を揺らしたようになった。
「クロスパーーーーーージ(脱衣)!!」
すべての服はまるで彼が噴火を起こしたかのように吹っ飛び、カッターパンツ一枚だけを残して彼の肉体をさらす。パンプアップして鬼の背中を描く筋肉。その分厚い胸板には、いつの間にか彼女の水着のブラが巻かれていた。
同じ公園の巨大な遊具の裏。一人の少女が、その遊具に張り付くようにして震えている。
その場を照らす月明かりを遮るように、漆黒のコートを纏う男がじりじりと彼女に詰め寄っていた。まるで巨大な蝙蝠の翼を広げているかのようにコートを広げたまま、彼は彼女の身体を包み込もうとしている。
「ひ……」
少女とはもちろん美海のことだ。彼女は声を出すこともできず、目のやり場に困って顔を背けている。漆黒のコートの中は一糸纏わぬ姿であった。
「いい子にしてなさいね」
深々と被られた帽子に隠れた顔から、そのような声が漏れる。彼女は明のバッグだけは決して手放さず、それを抱きしめて遊具に張り付いていたが、男が一息に覆いかぶさってきた時、腰を抜かしてへたり込んでしまっていた。
「ぐへへへへへへへ」
先ほどが翼を広げた蝙蝠なら、今度は彼女に寄生した蝙蝠が、その肌から血を吸い尽くそうと牙を立てるが如く、その下卑た顔を近づけていく。
「ぐへへへ……ん?」
が、男はすぐに異変に気付いた。
唇の先にあるのは彼女の唇のはずだったのに、実際に触れた感触に、彼は布を感じたのだ。
しかもくにくにと柔らかい感触で、心なしか温かい。それが視界いっぱいに広がっていて、暗がりであることも手伝って、なんだかよく分からない。
「なんだこれは」
「教えてほしいか。それはわたしのゾウさんだ」
そして男は気づいた。抱きしめたのは、へたり込んだ少女ではない。気づかぬうちに間に割って入った男の股間だったのだ。小さくなっている少女に突撃したため、自然、顔が股間に当たるほど、男はかがんでいた。
「うぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!!」
五メートル飛び退る。というか、転げ戻る男。彼は〝ゾウさん〟にキスをしてしまったのだ。慌てて唾を吐き出して唇を洗浄する傍ら、見上げたその先で、影はまるでシロクマを倒した範馬勇次郎であるかのような肉体美溢れるポーズを決めている。
「だ、だ、誰だ!!」
「わたしか? わたしは人々に憩いを与える辻ヒーラー。癒し仮面である!!」
「明らかに変態仮面のパクリだろ!!」
「オマージュと呼んでいただきたい。タイトルの『へんたい仮面によろしく』とは、あのヒーローに敬意を表すための言葉。わたしを通じて彼の偉業を令和の少年少女に伝えられるのであればそれが本望なのだ!」
あんど慶周というキワモノ(誉め言葉)の漫画家が描いた勧善懲悪(?)物語である。週刊少年ジャンプ掲載当時、そのぶっとんだ描写で一世を風靡するかと思われたが、意外に短命に終わってしまった迷作だ。当方コミックさえ集めたのに残念。
「そのタイトル! 著作権が怖くないのか!!」
「世の中には『ブラックジャックによろしく』というコミックがあるな。だがまぁダメならしかたない」
別にロイヤルティプログラムにも登録していないのだからこの作品で利益を得てはいない。同人活動としてこれくらいは赦してもらいたいものではあるが。
「とにかく、抵抗できない娘に手を出そうという不埒な変質者め。わたしがアメイジングおてあてを施して成敗してやろう」
「そこだけ『ヒーリングッとプリキュア』になってるぞ!!」
「辻ヒーラーだからな。癒しながら倒すなら、あの技しかない。……さ、お嬢さん」
振り向く癒し仮面の肉体美が生々し過ぎて悲鳴を上げる美海。
「きゃぁぁぁぁ!!!」
「何で襲われた時にその声を上げられないのですか!!……とにかくお逃げなさい!!」
そして上半身だけで振り返り、変質者を睨む癒し仮面。男は半ば腰を抜かしているようだったが、くるりと踵を返し立ち上がると、一目散に逃げだそうとする。
が、ヒーラーなヒーローはさらに力強く、大地を蹴っていた。
「逃さん!!」
彼は一瞬で変質者の男を追い抜き道を塞ぐ。そして常識をはるかに上回る跳躍を見せると、股間と太ももで顔を挟み込んだ。
「ぶぇ!!」
「アメイジングおてあて!! 癒しのゾウさんフランケンシュタイナーー!!」
癒し仮面は股で挟み込んだ男ごと伸身の宙返りをしてみせる。変態たちの身体は夜の公園に舞い、一回転して地面に落ちてきた。
最終的に、癒し仮面は男の顔面に乗るようにして正座をし、それに組み敷かれ、仰向けにノビてしまった男……という構図となる。
「な……なんか……クセになりそう……」
……男の股間に踏みつけられたまま、気絶した男の最後の言葉だった。
「あ、あの……」
後ろでへたり込んだままの美海が小さな声を発す。
「ありがとう……」
暗がりだからか、それともパンツを被った仮面のせいか、癒し仮面が明であることは気づいていないらしい。明もこの姿で自分であることがバレてはいけない。
「うむ。お嬢さん。気をつけて帰るように」
「では」と、そそくさ走り去れば迂回して公園のトイレに戻り、素早く制服に着替えた。仮面をとっても未練がましく握りしめていた美海のビキニを含め、彼女の荷物をとりあえずバッグに詰め直すと、それをもって再び美海の元へと走る。
「美海ちゃん! 大丈夫!?」
「あ……明君」
現場はへたり込んだ美海と、気絶している露出狂、それ以外は静かな公園の風景である。
「ごめん! 俺がトイレなんか行ったから!」
「大丈夫。今夢みたいな出来事が起きて助かった……」
「夢?」
「なんていうか……悪夢……?」
「あ、そ、そう……」
明も微妙なリアクションをするしかない。自分自身も、なぜビキニとの融合であのようなエネルギーが出たかを説明できないし、したくない。
彼女に手を貸し立たせてやる。小さく「ありがとう」と呟いた彼女は男を見ないようにしながら言った。
「変態が変態をやっつけてくれた……っていうか……?」
変態……そう、確かにビキニを被って半裸で立ち回るヒーローなど、変態以外のなにものでもない。
自分は確かにヒーローに憧れた。ヒーラー(癒し)にもなりたいと思った。しかし、このような変態気質を自身が持ち合わせていたと思うと、ショックでもある。
「と、ともかく美海ちゃんが無事でよかった」
ただ、明らかに己の限界を超えた肉体と運動能力を発揮したことは間違いない。自分は美海のパンツを被るとそのような力が湧いてくるのか。そんな非科学的なことが起きていいのか。
なににせよ、図らずも彼自身が少年時代に憧れた特撮モノのヒーローそのままの力が、悪を、懲らしめたのだ。その部分に関して、彼の感慨は深い。
……と、明は気絶している男を軽く忘れていた。
「とにかく、この男を警察に届けよう」
暗がりで犯人の顔はよく分からない。しかし明は、ある一定の違和感を覚えていた。そしてその違和感が犯人の顔を確認した時、驚愕に変わる。
「……」
「え、どうしたの?」
美海が男の顔を見るために近寄ることはない。遠巻きにして明の反応を待っているが、一向に動かない彼を怪訝に思い始める。
一方で、明は、なんというか、すべての謎が解明されような気がしていた。
美海の身体を求め、今は気絶をしているそれは……自分の父親であったのだ。警察官。正義感にあふれたはずの父。
というか、先ほどの違和感は〝声〟だ。声に聞き覚えがありすぎた。
父が変質者だったのなら、なぜクラスの女子たちに警告するよう告げたのかがよく分からないが、とにかく父である。幼いころからその背中に憧れていた明としては、憎らしいほどの裏切りを感じ、声も出ぬほどの憤りに包まれた。
……はずなのだが、今だけは、別のことが腑に落ちてしまい、そのせいで二の句が継げない状態が続いている。
(血……なのか……)
父親は変態だった。なるほど、だから自分にもそのような嗅覚が身についていたのかもしれない。というか、だからやたら小学校の頃、裸をさらしていたのか。血は争えないのか……。
「どうしたの……?」
あくまで動けない明に、美海は微々近寄った。明は、
「いや……ちょっと説明すると長いんだけど……」
「うん」
「これ、俺の親父だった」
「ええええーーーーーー!?」
「以上」
「短かーーーー!!!」
美海は明に寄り縋るように駆け寄ると、おそるおそる男を見る。
「ど……どうするの?」
「いや、容赦なく警察につれてく」
「警察官なんじゃないの?」
「おかげで取り調べも楽だろ」
「……いいの……? いろいろ悪い噂立たない?」
「一話完結だから気にしない」
「何の話?」
「こっちの話」
動揺を軽言でごまかしつつ、彼の脳裏はおぼろげに自分のビジョンを描き始めていて忙しい。親父など半分どうでもいい。
あのような変態エネルギーがビキニでみなぎるなら、これで街のヒーローやヒーラーになれるんじゃないか……。
方向性は不本意でも、それはもともとの宿願だった。それで街を救い、癒しになっていけるなら、親父の件などおつりがきてなお余りがあるんじゃないだろうか。そして……
明は寄り添っている美海の方を見た。……この娘を、真の意味で護っていくことができるんじゃないだろうか。
「どうしたの?」
美海の方が、彼の雰囲気の異変に気付く。彼は決意と共に、口を開いた。
「その、助けてくれた変態はどうだった?」
「え、どうだった? って?」
「かっこよかった、とか……」
「え……」
もし、彼女が応援してくれるなら、これより先、自分は変態になろう。そして街を護り、彼女を護る存在となっていくのだ。
「……」
美海はしばらく沈黙していた。瞳の内側で、先ほどの場面を思い起こしていたのかもしれない。
「俺、大切なのは姿格好じゃなくて、心の在り方だと思うんだ。その変態が、変態がゆえに街の癒しとなるなら……それってアリなんじゃないかなって」
明の言葉が彼女の背中をそっと押す。この街に、ヒーローが誕生する瞬間であった。
だが、しかし、but however、美海はやがて、なんだかすまなそうに言った。
「ごめん、ナイ」
「え……?」
「ナイ。アリエナイ」
「え、え、え、どうして……?」
「だって、変態じゃん……」
「え、ヘンタイダメデスカ……?」
「だってあの人、私の水着を被ってたんだよ……?」
「う……」どうやらしっかり見るところは見ていたらしい。
「っていうことは、私のカバン漁ったってことだよね……?」
「(イエ、チガウンデスケド……)」
「ナイナイ。ごめん、もう会いたくないし、……あの水着ももう着れない」
「……」
「え、どうしたの? なんで明君がそんなショックな顔してるの?……まさか」
「ナイナイナイナイ!!! 俺がそんな変態なわけないだろ!!」
「だよね。……よかった……」
心から安堵している美海の表情を見て、明は一転、今の決意と自分の特異な才能を一生心の奥底にしまっておくことを誓った。いや。
「誓っていいのか!? もったいないんだけど!!」というジレンマに苛まれた挙句に、必死に取り繕い始める。
「なぁ、考え直したりしない? 美海ちゃんを救ったみたいだし……」
「ごめん、ナイナイ。さすがに。生理的に」
「はい、ごめんなさい……」
安直に得たヒーローでヒーラーな明の夢の実現は、ここに頓挫せざるを得なくなってしまったのであった……。




