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百夜一夜物語(短編百篇企画)  作者: 矢久 勝基


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24/27

024始まる前に終わる物語

四題

陰陽師、ごめん。、試行錯誤、ステータス

 拙者、生国は播磨にて、十手術の達人と名高い新免無二が養子として剣の道を邁進す。

 弱冠、十と三つにて有馬喜兵衛と決闘し、これを下してより六十余の決闘を重ね、つひには剣豪と称されるに到る。

 名を新免武蔵守藤原玄信。俗称を宮本武蔵と申す。

 史上最強の雄を自認し、歳積もりて六十の齢を経、往生せし後も冥府の鬼共と立ち回り、更なる剣の極意を習得す。

 時は過ぎ、現世は令和の時代となりても拙者の名は語り継がれること甚だし。読物や黄表紙、映画や電子遊戯ゲェム等にも度々登場する様は趣深きものにて、己の名が挙がるのを見ては、心躍る思いに候。


 されど、でござる。

 その日降臨した電子遊戯に於いて、拙者はあまりの惨事に思わず絶叫していた。

「なんじゃこりゃぁぁぁぁ!!!」

 拙者、剣術にて悟りを開き、どのような状況に置かれても平静を貫ける心胆を終生鍛え上げたつもりであった。しかしその認識の甘さを知ることになる。

 とはいえ、目の前に沸いた圧倒的な大惨事を前に、狼狽せぬ者などあろうか。

 見回せば見知らぬ装飾のなされた場所であり、寛永の世のものとは思われない板張りの小屋の中にいた。

「どうしました?」

 そして、拙者の隣には、半裸と言っても過言ではない奇抜な構造の衣装を身に着けている女がいる。

「何奴。妖怪か!?」

 物の怪でなければ説明のつかない露出度の高い姿と、異様に発達した乳のふくらみを惜しげもなくさらしている様。髷も結わぬ濃紺の毛をすべて前に流し、左右をまとめて胸の辺りで一つ結びにしてある髪の型も、今まで目にしたことはない。

「おのれ、物の怪め!」

「お主も似たようなご容姿ではありませぬか」

「……」

 さもありなん。部屋の端にある、やけに映りのいい鏡の前に立っていた己の姿は、妖艶な女狐そのままであったのだ。

「どういうことなのだ!!」

 なぜ拙者が女の姿になっておるのか。しかも髪色は桃色であり、目の前の娘よりもさらに怪異である。

「落ち着いてください」

 色をなした拙者を抑える女の力が予想外に強く、ひとまず抵抗をやめる。と、彼女は濃紺の髪を一度掻き分け、名を名乗った。

「わたしの名は関羽雲長。後漢時代、一騎当千の武者としてその名を馳せました」

「それが……なぜそのような姿に」

「お主も似たようなご容姿ではありませぬか」

「そうだった……」

 拙者の着てるのはおそらく狩衣の一種なのだと思うが、もはやみっともないというか、あられもないという表現そのままの官能的な形となっている。指貫(袴)も着けていない下半身は白い生足がすらりと伸びており、このような恰好で街に出れば、さぞ奇異な目にさらされることだろう。場合によっては先ほど拙者が疑ったように、妖怪の類と思われるやもしれぬこと請け合いである。

 先客の関羽殿はしかし、この怪現象を存じておるらしい。

「ここは『武道嬢 ~Budojo~』という電子遊戯の世界で、あらゆる歴史の英傑が集い様々な困難に立ち向かう内容となっております」

「それはいい」

 電子遊戯ゲェムであることは知っている。

「ただ、その英傑はすべてが擬少女として設計されているようで」

「なにゆえだ!!」

 今まで様々な媒介で拙者は登場してきた。しかしこれほど官能的な少女に転生した試しはなかった。

 が、関羽殿はさも当然の如く、

「その方が男性の参加者が増えるからですよ。考察が足りませんな」

「女が戦うというのか!?」

 寛永の時節ではありえない概念である。

「左様。令和では男も女も……いやむしろ戦士は女の比率が多いと言えましょう」

「なぜだ!」

「その方が男性の参加者が増えるからですぞ。男が英雄となれる時代は終わりました」

「女は家の内を護り、男は家の外で戦う、のではないのか!?」

「今時代そんなことを言ってたら〝ふぇみにすと〟にふるぼっこにされます」

 拙者は思わず己の胸元に目をやった。都でもなかなか見られない豊満な乳が揺れ、ずんと存在感を発揮している。

「こんな重い物をぶら下げて戦を立ち回れるわけがない!」

 それに、男と女では体力も筋力も違う。女の身体では六十余の決闘を完遂することはままならなかっただろう。

 が、関羽殿は「ところがところが」と、軽く嘲笑してみせた。

「電子遊戯の世界では男と女の身体的能力に差はなくできておるようです」

「男と女の役割は違うのだ。乳は赤児を育てるためにある!」

「否。男性参加者の目の保養のためです」

 んな馬鹿な……。ではこの姿に女の機能は存在せず、男を喜ばすためだけの形なのか。

 それはもはや女ではなく、第三の性と言っても許されそうではある。というより、肝心の女たちが同類と認めたくないかもしれぬと思ったりもする。

「ただ、このような世界にきても我々のなすことは変わりませぬ。立ちはだかる敵をただなぎ倒すのみ」

「ふむ……」

 拙者、顎に手を当ててしばし考える。

 電子遊戯なのだ。感情の抵抗はあっても、その辺の常識に囚われても栓がないのか……。

 女の姿を借りる、男と身体的能力の変わらぬ生物。これを男と女に対して〝嬢〟と呼ぶことするならば、拙者もこの乳に後ろめたさを感じずに立ち回ってもよいのかもしれぬ。

「相分かった。それで、拙者は何をすればよいのだ」


 幸い、この関羽殿という嬢は、この世界の仕組みを拙者よりよく知っている。

「ばーじょん1からおりますからな」

 よく分からんが、現在はそのばーじょんとやらが2のしーずんとなったらしい。それに伴い、また数多くの男が嬢として転生し、その目玉となっているのが拙者、宮本武蔵嬢らしい。

「宮本武蔵と聞いてこの身体。男たちは抵抗はないのか」

「おそらく男性参加者たちは今さら何が来ようと、慣れているのだと思います」

 聞けば楠木正成、柴田勝家、織田信長公までいらっしゃる。カエサル、夏侯惇、アレキサンダー、ブルータス、ナポレオン……そんな女っ気一つもない名前が全部半裸少女となって登場しているのだから、いまさら宮本武蔵など何するものぞということらしい。けしからん。製作者を叩き斬ってやらねば気がすまん。

「して、なにをすればよいか」

「我々は己を磨き、並み居る敵を倒せばよろしい」

「なるほど。……して、太刀はいずこに」

「太刀などありませぬ」

「なんと……?」

「〝すてぃたす〟を御覧なさい」

「〝すてぃたす〟?」

「〝めにゅぅ〟から〝すてぃたす〟です」

「どこにあるのだ」

「探すのではなく、感じるのです」

〝探すな、感じろ〟……まるで剣の極意の如くだと思いながら、その〝めにゅぅ〟とやらを感じてみる。

 すると、浮き上がってきた感覚で、確かに〝すてぃたす〟というものを感じることができた。

「陰陽師……?」

「そう。お主は陰陽師ですから、剣などは扱いませぬ」

「馬鹿な!!」

 世界のどこに宮本武蔵を捕まえて陰陽師に設定する馬鹿がいるのだ。猫に小判を渡すようなもの。豚を真珠で飾るようなもの。

「剣をもて! 拙者が何者なのかをとくと知らしめてくれるわ!」

「誰に知らせるおつもりか……」

 関羽殿が呆れ顔で脇に立てかけてあった棒を拙者に放る。受け止めた拙者はそれを太刀に見立て、一度横へと薙いだ。が、うまくいかないばかりか地面に落としてしまう。関羽殿は気の毒そうな顔をして、

「わしも矛の名手でしたが、今は龍を呼び出し操る召喚士。矛は扱えませぬ」

「陰陽師でどう戦えというのだ!」

「陰陽師というからには式神を駆使するのでは?」

「無理に決まっておる!」

 そんなのはやった事もないし、だいたい法術の印というのは複雑で、呪文も長い。

「では致し方ありませんな」

 ため息混じりの関羽殿。

「武蔵殿を選んだ者はみなこう言うでしょう。名前だけ、形だけ、乳がでかいだけ」

「乳関係あるか!」

「それだけ目立つ乳があれば、誰もの目がそこに向きましょう」

「人のこといえるか」

「わたしはよろしい。すでにばーじょん1での人気きゃらですからな。……それに引き換え武蔵殿は……」

「尻でかを連呼するな!!」

「そんなことは言うてませぬ!!」

 実際、尻がでかいと言われる方がまだマシである。尻がでかいのは安産の証なのだから。

 だが、乳がでかいのは少々いただけない。令和の世では知らないが、寛永の時節、おなごの体形に余計な曲線があるのはあまり尊ばれぬのである。

「ともあれ、みな武蔵殿の無能に落胆し、クソだのカスだのゴミだのと言われてしまうでしょう。令和の世は罵詈雑言に満ちております」

「左様な無礼は勘弁ならん!」

「でしたら強くなるしかありませんな。我々は所詮電子遊戯の中の人物に過ぎませぬ」

「ぬぅぅ……」

 矜持にかけて、馬鹿になどされるわけにはゆかぬ。その気持ちが、拙者を立ち上がらせた。


 とはいえ、簡単ではない。

 式神を扱うためには、式札という人の形を象った和紙を操ることになるのだが、なにせもともとただの和紙だ。冷静に考えて、和紙がひとりでに動くなどあり得ぬこと。

 関羽殿が洋椅子と教えてくれたものに座り、洋机という板の上に式札を置き、とりあえず見つめてみる。

 見つめてみる。穴が開くほど見つめてみる。

「……」

 動くわけがない。

 拳を握って力を込め、やはり見つめてみるが、効果はない。

「関羽殿、どうやるか分からぬか」

「……後漢に式神などという概念はありませんでしたからな」

 陰陽師と言えば安倍晴明が最たるところではある。ゆえ、彼の象徴であった清明紋の五芒星を、紙に筆で書いて、式札の下に敷いてみる。そして再び力を込めてみた。

 ……動くはずもない。

 だが、拙者は曲がりなりにも剣の道にて悟りを開いた者。少々の逆境ではへこたれない。

「鏡を用いてはどうだろう」

 鏡には古来から気の流れを操るための道具として知られている。特にこの部屋の鏡はよく映るので、効果は高いやもしれぬ。

 隅にある全身鏡を机の脇に置き換え、式神を映してみる。その向かいにいる己の姿も鮮明に映り込んで、拙者は改めて今の姿を確かめてしまった。

 小さく整った輪郭に、澄んだ瞳。眉は毅然としていて、口元は柔らかい。桃色の髪が顔を上げた瞬間にふわりと揺れ、白い肌を輝かせているように見える。

「……」

「どうしました?」

「なんでもない」

「聞けば、お主は倭の国でももっとも武力に長けた剛の者とか」

「ふむ……」

「わたしも腕には自信があります。生身でお会いした時は、ぜひ一度立ち会いたいものですな」

 その言葉に、拙者は思わず関羽殿の方へ目を向ける。

「顔面偏差値の勝負をしたいということか?」

「んなわけないでしょう」

 目の前の美形がいたずらっぽく笑う。

「剣戟での勝負ですよ、当然」

 冗談めかしてはいるがその目の奥は深く、只者ではない雰囲気を全身に纏っている。もし拙者と関羽殿が相まみえることがあったらどうなるか……心は躍ったが、今今は棒も振れない軟弱な陰陽師であることには変わりない。

「いつか……お相手いたそう」

 それよりも今は試行錯誤を続けなければならない。ばーじょん2とやらの看板嬢の矜持にかけて、今は式神を操れなければならぬのだ。


 それから、式神とにらめっこをするのを、何日も何日も繰り返した。が、遅々として進まない。陰陽術に必要なものは小屋に揃っているようだが、書にある通りの印を結び、文(呪文)を唱えても式札が動く気配はなかった。

「ぬぅぅ……」

 いや分かる。剣の道を目指した拙者は、極意なるもの、一朝一夕で得られるものではないことは分かっている。

 特に畑違いの陰陽術である。朝になり夕暮れを迎え、深夜独りぼっちで試行錯誤を繰り返し、それが徒労に終わると辛くなる。

 しかし、そんな時はこう言うのだ。目の前の鏡を見つめて。


 ~~ 笑って、笑って、笑って武蔵

   泣きべそなんてサヨナラ ね♪ 宮本武蔵 ~~


 目の前の、己のあまりの愛苦しさに、それで癒されてしまう。

 これほどの容姿なのだ。今では嬢になれてよかったとすら思っておる。

 が、ある日の昼下がり。その様を、つい(?)目撃してしまった関羽殿はガタガタンといろんなものを蹴っ飛ばして後ずさりした。

「む、武蔵殿。ど、どうなされた?」

「なんだ。拙者が拙者のことを愛して何が悪い」

「え……?」

「嫉妬か?」

「いえいえいえいえ! 滅相もありませぬ!」

「ならばよい」

「……」

 というか、拙者の人生にホントに式神は必要だろうか。これだけの愛嬌を持っているなら、大好きなお洋服を着てお化粧し、お決まりのハーフツインを巻いてお出かけしてれば、それだけでいいのではなかろうか。

「む、武蔵殿……?」

 とりあえず式神を脇に置き、メイクを始めた拙者を、関羽殿が嫉妬する。

「どうした? 拙者の可憐さに声も出んか」

「え、えっと……」

「かわいくて御免。」

「こ、ここ数日で心境が変化しておりませぬか!?」

「気になっちゃうよな。御免。」

「気になります! ご自分の姿に見惚れている場合ではありませぬぞ!」

 関羽殿の表情は完全に引いているが、そんな視線など怖くもなんともない。おそらく宮本武蔵がこのような容姿を備えていれば、あのような武骨な一生を終えることもなかっただろう。それだけの美貌が今、拙者を取り巻いておるのだ。可憐すぎて、正直息がつまる。

「そ、そんな調子で陰陽術を会得することなどできましょうや!」

「関羽殿」

 拙者の表情が澄み渡る。

「拙者は陰陽師などではなくてもやっていける気がするのだ」

「なんと……」

 開いた口のふさがらない関羽殿。

「あの……この『武道嬢』は戦うげぇむですよ……? 容姿が如何に良くても、強くなければ生き残れませぬ」

「そもそもだ。すてぃたすを見てくれぬか」

「はい」

 すてぃたすには『武力、知力、体力、女子力』という四つの数字があるのだが……。

「なぜ陰陽師に必要な知力が28で、必要のない武力が99なのだ!」

 向いてない。陰陽師に向いてない。

 どう考えても製作者の悪意しか感じないその数字の割り振りに、拙者のやる気が起きないのも分かってもらえるのではないかと思う。

「しかも意味の分からない〝女子力〟はいくつだと思う」

「まさか100とか」

「132でござる!」

「まさかの、100が最高じゃなかった事実……」

「ゆえに、拙者はこの女子力を有効に使うことに決めた!」

「女子力などどこで使うのですか!」

「どこにも使えぬとあらば、なぜ女子力などという項目があるのだ!」

「わたし、ばーじょん1からいますが、女子力を使った試しなどはありませぬ!」

「ならばなぜあるのかを聞いておる!」

「存じませぬ!」

「されば拙者が使えばよい! 重い厚底ブーツとお気に入りのリュックを引っかけて、崩せない前髪をくしでといて、お出かけするのだ!!」

「戦うげぇむなのです! このままでは〝乳だけ〟と総スカンをくらいますぞ!?」

「届きませんね。その陰口」

「えぇぇぇ……?」

 かわいいが正義なのだ。かわいいだけじゃダメですか?

「すっかり女子になっておるではありませぬか!!」

「女子力高くて御免」

「あ、はい……」

「ムカついちゃうよね? ざまぁw」

「……」

 関羽殿を完全論破した拙者はアイラインを整え始める。やばい、かわいすぎ。

 そりゃ、女子力132でもおかしくない。何点満点なのかが謎ではあるが、もはや『生まれてきちゃってごめん☆』ってくらいすごい。

 恍惚な表情を浮かべる拙者には、すでに関羽殿が見えてはいなかった。


「む……武蔵殿……」

 半ば震えている紺色の髪が、それでも拙者の方へ腕を伸ばしてくる。

「まだいたのか。貴女は貴女のことだけどうぞ」

「そういうわけにはまいりませぬ」

 斜め後ろを見上げると、彼女は拙者の肩に手を置いて睨んでいる。

「お主は腐っても元英傑。この電子遊戯に選ばれた友として、その堕落を看過するわけにはまいらん!!」

 途端、関羽殿が鈍く光った。危険を察知した全身の毛が一瞬逆立って、拙者は反射的に椅子を蹴ってそこを飛びのく。

 まさに刹那。蒼い光を放つ竜が建物の屋根を突き破って、椅子と机を飲み込み地中深くまで突き抜けていった。

「なにをする!!」

「さすが。よく避けましたな」

 という言葉と共に再び地面を突き破って現れる竜は、蛇のような長い身体をにじらせて上昇した。その衝撃波で小屋が崩れ始めたことで、拙者は瓦礫の間隙を縫って外へと脱出する。

 外には長閑な田園風景が広がっていて、どう脱出したか、関羽殿が正面に立った。

「剣戟ではございませんが、わたしと一手、立ち合っていただきましょうか」

「なぜだ!」

「それでお主の目が覚めるなら」

「待て。拙者には得物がない」

「問答無用」

 関羽殿が右腕をくるりと回すと竜は再び口を開け、超低空飛行から拙者の首元を狙って迫る。その様は宍戸梅軒の鎖鎌から伸びる分銅を思わせた。

 拙者はややも腰を沈め、その暴風を一寸先でやり過ごす。間合いの感覚は、まだ身体に生きているらしい。

 普段ならここで後の先を取り、一閃してこの場を納めるのだが、太刀のない今、それは叶わない。拙者は思わず得物になるものを探し、眼球だけを忙しく左右させた。

 その間、身を翻した蛇のような竜の第二波が襲い掛かる。彼奴は地面に突っ込むことなど何の躊躇いもないらしく、上空から己を地面へと叩きつけるような軌道で、刹那の前に拙者のいた場所を貫き、地面を貫いて、十間離れた向こうから顔を出した。

「さすがですな」

「立ち合いは間合いがすべてでござる」

 生前、眉間に張り付けた米粒だけを斬らせて生身を斬らせないほどのことはやってのけた。如何な相手が竜であろうと、いや、竜のような大味な動きをする物であればなおさら、間合いの極意を発揮するのは容易い。

「ではこれは如何?」

 関羽殿の腕がまた動く。竜は拙者の周りを旋回しつつ、あるところで複雑に身を捻って上昇。正面上空から再びこちらに顔を向けたかと思うとかっとその顎を開いた。

「なっ!?」

 腰を低くして構えていた拙者は目を丸くする。……竜というものが本当に火を吐くことを、初めて知った瞬間だった。

「くっ!!」

 濁流のような速度で雪崩ながら放射線状に広がる炎。避けるとかそういう次元の問題ではない。視界全体が紅蓮の光で埋め尽くされ、到達する前からその熱気が拙者を縛り上げた。

 その数瞬の刻。死を覚悟したその瞬間でしかし、〝宮本武蔵〟が反応する。

 拙者ではない、宮本武蔵という嬢の身体が瞬時に複雑な文を刻んだのだ。

 そして一喝する少女。

『ぽっちーーーん!!』

 拙者の身体のはずなのに、それらは完全に別の意志で行われる。

 呼応して、視界をふさぐ人型の式札。嬢の声と共にみるみる膨張すると、まるで衝立のようになって炎を迎え撃つ。

 到達した炎は式札を突き破ることができず、周辺のみを焼き尽くして通り過ぎていった。

「おお……」

 感心する関羽殿。それを最後に竜は消え、場に静寂が訪れる。

「お見事な結界ですな」

「うむ……」

 再現性はない。なにせ、自分で行ったわけではないのだから。

 が、逆を言えば、再び危機が訪れれば、身体が勝手に反応するのかもしれないとも思う。攻撃のしかたはよく分からないが、少なくともこれで鉄壁の守りを形成することができるだろう。

 それでよかった。この身が傷つかずに済むということは、つまりこの美貌を保てるということだ。もはや自分がかわいすぎて傷つくのが怖い。

 とりあえず、それらしいことを言っておく。

「生前、思えば拙者は守るために戦った。だからこれからの戦いに武力は必要ない。すべてを護り抜く、鉄壁の盾となろうぞ」

「すばらしい!」

 こじつけだったが、関羽殿は溜飲を下げてくれたようだ。拙者としてはもうこのまま何もせずに街にお出かけしたい気分だが、さっきの竜に襲われるのは面倒なので、聞いてみる。

「して、次は何をすればいい」

「お主が陰陽師として目覚めたら、いよいよ冒険の始まりです。この電子遊戯はいわゆる〝放置げー〟と呼ばれる類なので、仲間を編成したら、ぷれいやーの意志とも無関係に、世界にはびこる怪物どもをひたすらに倒し、れべるあっぷを行っていきます」

 何が面白いんだその内容は。

「ぷれいやーたちというのは、それを見てるだけか」

「どうやら、世界中を旅する無数の編成の中から推しを探し、それを応援することで楽しみを得るようです」

「よく分からんな」

 寛永の人間にはその良さが分からないが、聞けば人気らしく、ばーじょん2も期待されているそうで、まぁそれで成立してるなら拙者がどうのということでもないだろう。

「すると、目立つことは大事だな」

「左様。誰と組み、どのような戦い方をするかで推しを集めていくのが目的ですぞ」

「むしろ、電子遊戯をしているのは拙者たちの方ではないか」

「令和というのはそういう時代なのでしょう。さぁ、誰と組むのも自由です。冒険に出ましょう」

「仲間は関羽殿でいい。貴女が攻め、拙者が守りでちょうどいいではないか」

「そう言ってもらえるためにお主に付き添っておりました。戦わずともよいと言われた時は落胆いたしましたが、無事目覚めて頂いたことをうれしく思います」

 目を細めて微笑を浮かべる関羽殿もかわいらしい。彼女と向かう冒険は、意外に楽しいかもしれない。思えば愉快な気分となった拙者はうなずいた。

「相分かった。では門出を祝して、拙者が歌を歌おうぞ」

「え、歌?」

「題名は『かわいすぎてごめん☆』」

「……」


 私は武蔵 宮本武蔵

 元は剣豪 今は美少女

 武力が高い 知力が低い

 誰こんなステータスにした?


 袴も履いてない

 生足にょっきりで

 お決まりのハーフツイン巻いて

 お出かけしよ 

 使えないけど 式神持って 

 陰陽師だもん


 Chu! かわいすぎ御免☆

 宮本武蔵で御免

 Chu! ギャップ萌え御免

 中身が男で御免

 Chu! 替え歌で御免

 面白くないよね御免

 Chu! ファンの人御免

 武蔵がこんなで御免

 ムカついちゃうよね? ご・め・ん。


「自虐入ってませんか?」

「かわいいからよいのだ」

 拙者、ばーじょん2の目玉だけあって、声優がやたら豪華である。歌を歌うだけでも推しにとっては生唾ものだろう。あとはかわいければいいのだ。かわいいからいいのだ。

「うむ……かわいすぎる……」

 手鏡に映る己を見て恍惚とする拙者。女子力132は伊達ではない。

「武蔵殿ーー。トリップしてますぞーー」

「やむをえんことよ(このかわいさ)」

 きっと令和の覇権が取れるほどに人気になるのだろう。今から楽しみでしかたない。どこかで人気投票やってほしい。

「では、そろそろ冒険の旅へと出かけましょう」

 気を取り直した関羽殿の足取りは軽く、拙者の手を引くその表情は楽しげではある。……が、

「うむ。だがどうやら此度はここまでらしい」

「へ……? まだ始まってもいませんぞ……?」

「ゲェムはな。しかし今回の紙幅は埋まったらしい」

「〝ふざけるな〟とくれーむが来ますぞ」

「ざまぁww」

「……」

「とまれ、我らに人気が出るようなら続編も描かれよう。まぁ拙者がこんなにかわいいから確実だが!!」

「どうでしょうね……」

「なにげに構想もある。この内容、普通に長編行ける」

「これから先、お主に恋をする者も出てくるとか」

「そんな続編が見られるかどうかは閲覧と応援数次第というわけだ。まぁ待とうではないか」


 ……そして、海の見える街を背に、魔境への旅路に佇む二人。

 我らの旅はまだ始まったばかりだ!

 もとい……始まる前だっっ!!

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