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百夜一夜物語(短編百篇企画)  作者: 矢久 勝基


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15/26

015革命の後に……

四題

再現、修理屋、歴史を塗り替える、主人公最強

 華やかな街を一つ折れて、ドブの臭いのするビルの谷間に入る。

 乱雑に置かれた箱やらゴミやらを掻き分けていくと、何のシミだかよく分からない斑点がべったり付着している下り階段があって、それを下りると陰気な白熱球がぽつりぽつりと通りを照らす地下道に出る。

 作られた当初は、街の利便性を期待された地下鉄の駅になる予定だったが、建設途中に勃発した革命が計画を頓挫させて以来、ここは見捨てられた場所となってしまった。

 剥き出しの配管や下地処理だけが施された壁……多くは開発途中のまま置き去りにされていたが、中にはテナントとして入るはずだった店の看板がすでに掲げられているスペースもあり、それが朽ちてなおさら場に哀愁が帯びている。

 化け物の類は出ないが、そんな場所に蠢く〝棲人〟たちはある意味化け物よりもタチが悪いことで有名だった。女が一人で……いや、男が数人で迷い込んでも、〝棲人〟たちの食指が伸びれば、たちどころにそのすべてが食い散らかされて、どこに通じてるかも分からないドブに捨てられてしまう。

 そんな陋巷を横切る男は、黒い革のジャンパーに身を包み、暗く落ちくぼんだ目で何かを探していた。

 中毒者のジニーは、これをいい退屈しのぎと見たらしい。焦点の合わない目をうつろに泳がせ、口の端からよだれをたらしながら、酒瓶を片手に男に近づいた。

「オメェも付き合うかぁ」

 革ジャンの男はそれを一瞥しただけで立ち止まりもしない。

「おぅ、待てよ。カナシいじゃねぇか。同じ人間だってのによぉ」

 肩に手をかけるジニー。振り返る男はハタと思いついたように、

「ここは市場じゃないのか」

「お?」

「俺は客だよ。客には茶々を入れねぇのが、ここの掟じゃなかったか?」

「客……?」

「元締めを探してる。どこにいるか教えてくれるか」

「オメェ……なにモンだよ」

「どこにいるかと聞いている」

 ジニーが答えられずにいると、にわかに拍手をする音が聞こえてきた。

「いらっしゃいませ。お客様」

 それは薄汚れた行商人であった。無精ひげを生やした中年くらいの、くたびれたシャツと埃のついた前掛けを身に着けた男が、いつの間にやら斜め後方五メートルの位置に立っている。

「お客様はいつでも歓迎だぁよ。……なぁ? ジニー」

「お、おう」

 ジニーは怯えているかのように腰を引き、そそくさと走り去っていった。

「どうぞお客様」

 手を差し出し、奥へと誘う男の目には、ただならぬ妖気が感じられる。


 そこはもともと駅のホームとなるはずの場所だったようだ。左右に長く伸びた敷地に、ガラクタとしか思えないようなものが所狭しと並べられている。

 商人はアンドラと名乗った。彼はガラクタの中からブリキのオルゴールを取り出して、

「何をご所望かね。このオルゴールなんて、なかなかのものだぞ」

「あんた、もともとこんなチャチな商売屋じゃねぇだろ」

〝修理屋〟……男がそう呟くと、アンドラの目に再び光が迅った。

「お客さん、どちら様だ」

「ダッツウェル」

「ああ。お前さんが……」

 通称〝射抜きのダッツ〟という、名うての賞金稼ぎであり、〝忌み人〟と云われ恐れられている人物である。

「何が欲しい」

「あんた、歴史を〝修理〟できるんだろう?」

「……」

「その方法を売ってほしい」

 アンドラが、男を凝視して動かない。殺気すら帯びるその表情のまま、言った。

「何がしたい」

「ガキを一人……救いたい」

「やめとけ」

 中年男は内容も聞かずにそっぽを向いた。

「おいおい、客を選ぶのかよ」

「いいかい。歴史はだいたいが正しく推移してるものだぁよ。お前さんがしたいことが修復すべき歴史ならいい。だがそうでない場合は、時の流れからあらゆる抵抗を受けるのサ」

 そして、〝そうでない場合〟が高い、とも言った。

「オレも修理屋として、いろいろな歴史を修理しようと思ったぜ。だが残るのは、だいたい悲劇と絶望感だけだった」

「笑わせる」

 言いながら、ダッツの目は一つも笑っていない。

「修理屋を名乗っておいて、修理には悲劇と絶望が伴うからやめろなんて、とんだお笑い草だろ」

「……あくまで過去の名だぁよ。今はこの通り」ガラクタを一瞥し、「しがない物売りだぜ」

「あんたはそれでいいよ。だから修理をする能力を売ってくれと言っている」

「……誰を救いたい」

「ガキだよ」

「名を聞いている」

「聞いてどうする」

「〝修理〟は時に歴史を塗り替える。救いたいガキによっては……この世界の迷惑になる」

 〝修理屋〟の目の光がなお一層強くなり、テコでも動かない意思を見せる。ダッツはしばらくその目を受けていたが、「ふーん」とはぐらかし、

「妖怪じみた雰囲気吐きながら、ずいぶんと人間味のある男じゃねぇか」

 そして続けた。

「あんたぁ、先の革命をどう思う」

 ダッツは、ただの洞穴と化してる地下鉄のホームを見回す。

「歴史が、ならず者に味方した。……結果どうなった。商業も産業も停滞し、ここはただの洞穴になっちまった」

「革命を止めたいのかよ」

「止めたかったなぁ……」

 一瞬、目を伏せたダッツだったが、

「だが……あの集団ヒステリーはどうにもならねぇよ。修復不能ってやつだ。あんたもそう思ったから動かなかったんだろう?」

「……ならいまさら何を修理したい」

「さっきも言ったろ。ガキを一人救いたい」

「そのガキの名は」

「サマリー」

「サマリー……」

 表情を難しくする〝修理屋〟。王位継承第四位、打倒された国王の庶子であった。確か年齢は十一だか十二だかを数えていたと記憶しているが、革命後のどさくさで〝失踪〟したはず。

「いや……殺されたんだ。〝どさくさ〟でな」

 〝ついでに〟殺された。必要のない虐待を受けて殺されたのだ。

「どさくさで殺されるような命だ。革命を止めることはできなくても、それくらいの歴史なら〝修理〟できるんじゃねぇか?」

「なぜ第四王子なんだい」

「王子だからじゃねぇ」

「は……」

「オトモダチ、だからだよ」

 ダッツは微々〝修理屋〟から目を外し、闇を睨みつけた。


 賞金稼ぎの仕事には、当然国家権力が絡むものもある。依頼と報酬の受け取りの都合、王城を出入りすることが何度かあった。

 サマリー王子は、彼が報酬を受け取って帰路を往く際、中庭から飛び出してきたことがある。庭にいた侍女の腕をすり抜け、ダッツを見送っていた兵をもかいくぐり、彼に飛び込んできたのである。

 ダッツは感心した。大したすばしっこさだ。

「お主は〝射抜きのダッツ〟だな!」

 腰に絡みついて、超笑顔で彼を見上げる様。……その無邪気さに、ダッツの口角が上がる。

「はい、左様ですが、王子ともあろうお方が賞金稼ぎ風情などに、安易に近づいてはいけませんよ」

 言えば、駆けてきた侍女が、サマリーを引きはがした。

「申し訳ございません! この方のすばしっこさは私の手に余ります」

「ご安心を。俺に叛意はありません」

「メッキー、さがっておれ」

「そうはいきません!」

 二人でバタバタしている様を微笑ましく見ていたダッツだったが、やがて一礼すると踵を返す。

 その時、サマリーは叫んだ。

「わしも賞金稼ぎになりたい!」

 ダッツは立ち止まらない。

「わしも、お主のように強くなりたい!! わしに剣を教えてくれぬか!?」

 そこで、彼は足を止めた。やかましかった方を振り返れば、必死な目が一点、向けられている。

「剣術師範がいらっしゃるでしょう?」

「あのような儀礼剣法ではない! ちゃんとした剣術を身に着けたいのだ!」

「……王宮に実戦剣術は必要ありません」

「だから、賞金稼ぎになりたいのだ!」

 侍女の方へと眼球を向ければ、しきりに会釈をして、手で小さく「行ってください」と促している。

 ダッツは微笑い、

「ご家来を困らせているうちは、お教えできませんよ」

「……」

 おとなしくなった王子を尻目に、再び踵を返すダッツ。しかしその時再び、キーの高い声が耳を焼いた。

「では、わしとお友達になってくれぬか!?」

「お友達……?」

「何かあればわしがお主を助けよう。だからお友達になって……王城に来たらいつもわしを訪ねてくれ。……そしていつか剣を教えてほしい!」


 ……孤高の狼であったダッツウェルにとって、オトモダチという言葉は新鮮であった。オトモダチなどという存在が、かつて存在しただろうか。

 自分につけられた〝忌み子〟は、二つ名ではない。蔑称だ。

 常人とは、ほんの少し違う能力を持って生まれてしまった。それは、人を震え上がらせるほどの暴力的な能力だった。

 望んだわけではない。しかしその能力のおかげで世界から除外され、真に友好的な関係を結ぶ機会など存在しなかった。いや……

 あるところから、自分の方から拒絶していた。

 だから、オトモダチというものは何をするべきものなのか。オトモダチには何をすべきなのか……。分からないし、そんなことはあの子供が叫んだ時には考えなかった。しかし、彼の無残な死の噂を聞いた時、それが脳裏にちらついて、何もしなかった自分に後悔するようになった。

「俺の持ってるモノならなんでもくれてやる。修理する方法を売ってくれよ」

「やめとけよ。単なるガキの寝言だろうが」

「俺もなんでだかよく分からないんだがね。ただの思い付きならわざわざこんなところまで来ないよ」

「帰れ」

 言って、すれ違おうと進みだしたアンドラの胸に、ダッツの人差し指が伸びる。

「何をするつもりだ」

「もう一度言う。俺の持ってるモノならなんでもくれてやる。だが、売るつもりがないならあんたの命をもらって帰る」

「オレは賞金首でも何でもねぇ。お尋ね者になるぞ」

「はっ! あんたみたいな虫けらに構ってるほど、今のこの国がまともだと思ってるなら笑わせる」

「……」

「さぁ選べよ。俺の爪は痛えぞ」

 見れば、確かにその人差し指はサソリの針のような鋭さを帯びている。


 サマリーは半年前に突如勃発した革命時に、他の王族ともども捕らえられた。成人男子は極刑にて晒し首にされ、女は年齢問わずそれぞれ酷い仕打ちを受けたようだが、王子たちに関してはすべて投獄されるはずだった。

 が、第四王子であるサマリーだけはその年齢からは考えられないほどに、毅然とした抵抗を見せたらしい。挙句、刑場の端で集団リンチを受け、死ぬまで殴られ続けたそうだ。それを自慢げに話す者が、後日酒場でふんぞり返っているのを、ダッツ本人が目撃した。

 ……看過できなかった。

 さぞ痛かっただろう。打撃による痛みよりも、強くなりたいと切望していた純粋な瞳が、目の前に見た自分自身への無力感。

 彼の脳裏には、殴られ続けたその間、ダッツの姿がちらついたに違いない。……あの時、もっとせっついていれば……せめてこの理不尽に一矢報いることができたのではないか。と……。

 ダッツはその男を、一瞬で葬り去った。

「この程度の野郎に殺されて……悔しかっただろうなぁ……」

 目の前で崩れ落ちる男を思いきり蹴り上げても鬱憤は晴れない。オトモダチが受けた痛みが自分の痛みのように思えて、我慢ができない。

 ……ダッツは〝修理屋〟を、凍てつくような殺気で縛り付けたまま、

「早く決めろよ。俺はそれほど気が長くないぞ」

 だが、対する男もそう簡単ではない。さほどおびえた様子もなく、

「殺せば〝修理〟はできねぇぞ。……それに、本気で修理がしたいならオレを不愉快にさせる行動は避けた方がいいぜ。領域内でオレがお前さんを見捨てたら最後、元の場所には戻ってこれねぇんだからな」

「付き合ってくれるんなら、手を出すつもりはない」

「……報酬は一五〇〇〇ペリカ。ビタ一文負けねぇぞ」

「そりゃ、ずいぶん足元を見たもんだ」

「場合によっちゃオレも修理の拒絶反応に巻き込まれるからな。相応だぁよ」

「分かった」手を下ろすダッツウェル。

「成立だ。どうすればいい?」


〝修理屋〟は、金を受け取ると、「もう一度確認しておくが……」と言った。

「ガキの生存が修復すべきでない歴史だった場合、お前さんは不運ハードラックに見舞われることになる」

「〝こうじゃなかったら死ぬ〟なんてシチュエーションは、もう飽きるほど日常茶飯だ」

「そうかい。……なら座れ」

 指さす先には、腰かけられそうな酒樽が立ててある。ダッツがひとまず落ち着いたのをみた男は、自身も陳列棚の突き出ている部分に腰を掛けた。

「殺された場所は知ってるんだな?」

「見たわけじゃないがね」

「どこだ」

「刑場」

 眉をひそめる〝修理屋〟。

「牢獄の中じゃねぇか……」

「不都合か?」

 彼は、うーむ……と、喉の奥を鳴らし、

「〝修理〟は、その場所に直接赴いて、修理したい時間を〝再現〟するんだぁよ。ところが現場は牢獄ときたもんだ。砦だぜ」

 罪人が内から外へ逃げられないようになってるということは、外から内へも入りづらいことを示している。革命以後の混乱期だ。場合によっては現在の警備体制などはあってないようなものなのかもしれないが、基本的には進入が困難であることを考えるべき状況にある。

「できれば現場までは事を荒立てたくねぇんだが……」

 憂う〝修理屋〟に、ダッツは平然としたものだ。

「中に入るだけなら問題ない。あの牢獄のことはよく知っている」

「忍び込めるのか」

「まぁな。……あんたも来るのか?」

「さっき言わなかったかよ。オレがいかねぇと、〝再現〟はできねぇ」

「すぐに行けるのか」

 ダッツが立ち上がる。それを目で追い、首をかしげて睨むアンドラ。

「……さっきもちょっと言ったがね」

「なんだよ」

「お前さんが修理したい歴史が修復可能ならいい。ただ、修復すべきじゃねぇ場合……すべての不運がお前さんに降りかかることになる。……その場合は速やかに撤退だぁよ。じゃなきゃ死ぬぞ」

「ふん……」

「あーそれと。その場合もカネは返さねぇからな。それでもいいなら……」

「行くぞ」

 言葉を遮り、踵を返すダッツウェル。男も渋々立ち上がるしかない。


「なんてこったい」

 アンドラは言葉を失っていた。

 この街の奥深くに水脈があるのは知っていたが、その水路に人が通れる場所があるとは。

 それが、牢獄までの抜け道となっているとは。

「笑えるだろう? 看守たちは、牢獄内で暴動が起きることにビビってたんだ」

 その思いが、外界を拒絶すべき施設に穴を開けていた。そのことは王族や高官ですら知らなかったと思われる。革命後も知られてないことは、この場所の無防備さでも分かる。

 ダッツは牢獄直下の岩盤に据えられているタラップを見上げ、

「ただ、地上に出るためのハッチが、普通はこちらから開かない」

「どうする」

「ぶち破る」

「できるのかい」

「フタの上に惑星でも置いてなければな」

 ただ、ひどい爆音を立てることになる。牢獄としては今も使われているから、その後は出たとこ勝負となろう。

「あんたは戦えんのか」

「まぁ、修理には争いがつきもんさね」

「じゃあ死なずについてこい」

 危ないから下にいるよう指示を出し、ダッツは一人、タラップを上がる。かなりの高さがあるのもそうだが、特に踏ん張れる足場のない所で、どういう力を発揮するのか。見上げるアンドラの興味が彼の姿を映した時……。

 ダッツは天をふさぐ闇に人差し指を置いていた。その指が闇にめり込んでゆく様までは肉眼では確認できなかったが、ダッツの腹から発せられた猛獣のような哭き声と共に、彼自身が闇へと消えていく。

 地鳴りが鳴動となって洞を揺らした。瓦礫の雨が降り注ぐ様に慌てて身を隠すアンドラの視線の先に、地上の光が差してくる。

 もう、男の姿は見えない。天が崩れるような轟音は、いつの間にか争いの喊声に変わっていた。


 アンドラが地上へと昇り詰めた時、いくつかの死体が積み上がる脇で、ダッツウェルが三人の警備兵と対峙していた。

 中庭だろうか。建物と建物の間に位置した場所の片隅に隠し通路はあったようで、一気に広がった視界の先に、続々集まってくる警備兵が見える。

「ぜんぜん忍び込んでねぇぞ!」

 怒りをぶちまける〝修理屋〟に、そっけなく「すまないな」と返すダッツウェル。そして人数が十を超えた時、彼は仁王立ちのまま、伸ばした人差し指をゆらりとちらつかせて言った。

「もういいだろう。俺たちは刑場に用があるだけだ。死にたい奴は死ねばいいが、そうでない奴は通してくれ」

「ふざけたことを!!」

 ブロードソードを正眼に構える兵の声にはまだ力がある。

「それは、どの部分がふざけてるんだ? 刑場に用がある部分か。死にたい奴が死ねばいい部分か」

「すべてだ! 警備兵とて侮られては勘弁ならん!」

「じゃああんたは殺ろう」彼は周りを見回し、

「その後、今の質問をもう一度するから、後の奴らは答えを考えておけ」

 ダッツウェルの腰が一瞬落ちる。それだけで、アンドラは……いや、誰もが、彼を見失った。

「……俺たちは、刑場に用があるだけだ。死にたい奴は死ねばいいが、そうでない奴は通してくれ」

 その声を、アンドラ以外の九人は耳の裏で聞いた。遅れて人の崩れ落ちる音。うつ伏せに斃れた男は心臓を貫かれていて、それは腕の太さで背中まで貫通され、穴が開いていた。


 刑場は、レンガ造りの壁に囲まれた更地だが、ちょっとした競技ならばできるくらいの広さがある。芝生というか背の低い雑草が萌えていて、刑を実行するのであろう部分だけ、よく踏まれて土が見えていた。

 遠巻きに、警備の兵が群れている。何を考えているかは分からないが、とりあえず邪魔にならなければいい。

 ……と思うダッツの脇で、アンドラはため息をついていた。

 この男ともども、賞金首にされることは間違いない。というより、現在応援を呼ばれている最中だろう。〝修理〟の可否に寄らず、もう一面倒を被らなくてはならない。

「報酬が足りなかったと後悔してるぜ」

「あんだけせびって何を言う」

「高飛びで全部使っちまうわ!」

〝忌み子〟……確かに忌み子だ。

 困ったものだ。奇特な男だと歓迎してしまった自分の好奇心を呪うしかない。そして、こんな無茶をしてもなお付き合ってしまった自分の好奇心を。

 さらに、こういう状況になってもなお、次の展開に期待してしまう好奇心を……。呪うしかないのだが……。

 思えば革命以降、退屈な日々だった。あの革命がすべてを変えてしまった。

 どうせこれから先、楽しいことなどありはしない。この国は衰退の一途をたどるだけだ。

(ま……いいか……)

〝修理屋〟はため息もう一つ。レンガの壁の端に寄って、その怪異な眼光を中央に向かってぎらつかせた。

 刑場に、妙なコントラストがかかり始める。がらんと何もなかった場所に人影が現れ、それらが寄ってたかって、一人の少年を壁際へと追い詰めている様となって浮かび上がった。

 色をなすダッツウェル。だが飛び出そうとする彼を、〝修理屋〟が鋭くたしなめる。

「もう少し待て! 〝再現〟にはもう少し時間がかかる!」

 その間にも、サマリーは追い詰められていく。

「いい加減謝れよクソガキ」

 サマリーは震えてはいたが、気丈に声を上げた。

「詫びぬ! 非礼は主たちの方だ! 反乱が成ったとて、横暴が赦されると思うな!」

「コイツぶっ殺してもいいのか?」という別の声が飛び、

「今なら捕える前に死んでたことにできるだろぉ」と、誰かが言う。王子は震えながら、

「脅しには屈さぬ! わしは必ず強くなり、主らを返り討ちにしようぞ!!」

「馬鹿野郎。お前は今ここで死ぬんだよ」

「死なぬ! わしにはわしを強くしてくれるオトモダチがおる! 強くなるまでは絶対に死なぬ!!」

「……」

 ダッツは唇をかみしめていた。

 無邪気で、青臭い。それが、なぜか、ダッツの心の奥に打ち付ける。

 ……その外で、〝修理屋〟は言った。

「いいかい。この中に入ればお前さんもこの時間軸に入ることになるが、ゼッタイにあのガキの手を引いて出てくんなよ」

「どうなる」

「パラドクスだぁよ。ガキの存在が無くなるぜ」

「分かった」

「それとお前さんがあの中で死んだ時はその時間軸で死んだことになる」

「んなことはどうでもいい。急げ!!」

「ハードラックに気をつけろよ! 行け!!」

 叫んだ時、すでにロックウェルの姿はコントラストの異様に低い世界で、一人の男の背中を貫いていた。


「誰だ!!」

 予期せぬ乱入者に仰天した男たちは一目散に距離を取り、状況を見てなお仰天する。乱入者の腕の先が、仲間一人の胸元から突き抜けていたのだ。

 それを振り払うように捨て、一同を見渡すダッツ。サマリーも目を丸くして驚いている。

「そいつのオトモダチだよ」

「国王軍の残党か!」

 男たちはそれぞれに、先ほどの警備兵と同じ格好をしている。胸にホイッスルを下げている者の一人がそれを口にくわえた。が、音が響くまでには男の首が吹き飛んでいた。

「射抜きのダッツは知らないか?」

「射抜きのダッツだと!?」

「普段はわざわざ名乗らないんだがね。今日は全員殺すから、面が割れてもいいだろう」

「なっ……」

 声を発そうとしていた男が、既に心臓を射抜かれている。八メートルあった間合いなど、あってないようなものであった。己を矢であると見立てるこの拳法は、奥足をやや引くことにより、爆発的な突進力を生んでいる。触れるものをすべて破壊してしまう、忌み子として捨てられた彼の特異な右人差し指を生かした闘法と言えた。

 そんなダッツへと踏み込める剛の者もいた。剣を真っ向に振り上げ、一息に剣尖の距離まで詰めると逆袈裟に振り落とす。

 が、この賞金稼ぎは何も遠距離から放たれた矢のような戦いしかできないわけではない。斜めに空気を分断していく剣を右ステップでかわし、崩れた右側の足でまた〝弓を引いて〟己を解き放つ。身体ごと貫通したかのように命を奪って通り過ぎたその鏃は、さらなる獲物を求めてその人差し指を向けた。……が、その時。

 彼は、雑草に紛れていたツル科の植物に足を引っかけた。本来ならその場でつまづく程度のものだろうが、なにせ一つの踏み込みが亜音速の技である。身体は勢い余り、遠い向こうのレンガの壁に激突した。その衝撃で崩れたレンガが霰となって彼を襲う。

 それにすかさず踏み込んでいける者はいなかった。何が起きたか分からず呆然と山になったレンガを覗く。その視線の先で、レンガは一人でに崩れ、血まみれの男が立ち上がった。

 ダッツの表情が苦い。身体のどこが壊れたか、どこが動くかを確かめる。頭は何とかかばえたが、激突の時に接触した右肩は粉砕されたらしい。足も、脱臼を起こしている。

(これが……)

 不運ハードラックというやつなのか。

 こんなことは今まで一度もなかった。全く〝不運〟としか言いようがない。

 サマリーを救うことは、間違った歴史なのか。……〝修理屋〟の忠言が思い出された。

『修復すべきじゃねぇ歴史である場合……すべての不運ハードラックがお前さんに降りかかることになる。……その場合は速やかに撤退だぁよ。じゃなきゃ死ぬぞ』

 眼球が自然、非業の死を遂げたはずの子供に向いた。

 子供の目が純粋に……純粋にこちらを向いていた。まるで何かを期待するように。まるでダッツの次の行動に、自分の魂を込めているような、頼りなくも力強い目で、彼を映している。

(オトモダチか……)

 その響きが、なぜだか誇らしい。クズのような己の人生に、あの子供は救いの手を差し伸べてくれたかのように思えた。

 救いだと思えたのは、子供が王族だったから?……いや……

 初めて、自分の人生を肯定してくれる存在だったから……。

 ゆらりと、前進を再開するダッツ。弓の弦は切れてしまった。矢は折れてしまった。だが……まだ生きている。

 血を滴らせながら、震える手を握りしめた。指を動かすごとに剣で刺しぬかれたような痛みが走るが、動かないわけではないらしい。

 その異様な様に、兵たちは及び腰になりながらも剣尖を上げた。

「オラ、チャンスだぞ。早くまとめてかかってこいよ」

 男の挑発に導かれて、残った六名の兵は彼を包囲するように移動する。そして死に体の身体目がけて突進した。

 一人目の兜割り。これをふらついて避けた先に二人目の突きが伸びる。それを極端に身体を落とし、傾けてかわしたダッツは右人差し指に力を込め斜め上につき上げた。

 脇腹をえぐる一撃が兵に血反吐を吐かせた時、他の剣が彼の背中を斬り裂く。身に着けていた皮のジャンパーがクッションとなり一命はとりとめたが、背中から舞った血は、兵たちを勇気づけた。

 周りを囲み、一斉に剣を振り上げる。ダッツは傷ついた左足で〝弓〟を引いたが、抜け出せるほどの力を発揮できない。逆に前につんのめって最悪の状況を作り出した。

 兵たちは振り上げたはずの剣を逆手に持ち替えていた。ダッツがころんだので真っ向から振り下ろすよりも刺し貫いた方が早い。

 それらを見上げたダッツの目がさらに太陽の光で焼かれ、数を把握することさえできない。歴史の抵抗は執拗だった。

 が、その時、兵の一人の胸が急に盛り上がったようになった。断末魔を上げその場に崩れ落ちた時……その根元には、すでに斃れていた兵から奪った剣を心臓に突き立てる、サマリーの姿。

 それは同時に、兵の注意がそれたことを意味していた。ダッツは這うようにして兵の一人に飛びつき、首元に指を刺し貫く。首などはまるで豆腐であったかのように簡単にその指を受け入れて吹き飛んだ。

「うぉぁぁぁぁぁぁ!!!」

 そして上げた絶叫と、思わぬ刺客の登場に兵たちが浮足立つ。素人剣術で振りあがったサマリーの剣にも過剰に反応し、ダッツに対して隙を作ってしまう。

 それでたちまち二人がやられた。そのまま、残りの一人がサマリーへと向かっているのを見て、ダッツは反射的に無事な右足で〝弓〟を引き放つ。

 亜音速の加速。一瞬でターゲットを突き抜け、サマリーの目の前に躍り出た彼から、閃光が走るようだった。

 が、今のダッツはまともな着地ができる状態にない。だいぶ勢いは殺したが、そのままサマリーに激突し、二人でもみ合いながら少し向こうに転がった。


「助けに来てくれたんだな! 礼を言う!!」

 もっとも、サマリーに怪我はない。ダッツよりも早く飛び起きて、彼の手を取って起こそうとして……

 ごくりと……息をのんだ。

「大丈夫か!!」

「あぁ、……大丈夫ですよ……」

 ごろんと仰向けに向き直るダッツ。その胸には、サマリーの構えていた警備兵の剣が深々と刺さっている。

 これもまた。不運としか言いようがないが、しかしそのダッツが笑った。

「ざまぁみろだハードラック」

 この少年を殺した連中はすべて潰した。不運など何をするものか。

 そして、〝生きている〟サマリーの方を向き、

「貴方が賞金稼ぎになれる時代が来ましたよ」

「そんなことより!!」

 剣を抜こうとするサマリーを止める。

「抜けば血が噴き出します。死期が早まる」と言えば、サマリーは慌てて手を引っ込めた。

「早く誰かを呼ばねば!」

「いいから行きなさい。俺がここに来たことを無駄にするつもりですか」

「しかし!!」

「貴方は今、奇跡の上を歩いてるんだ……」

 この子供が生き残ることを歴史は歓迎していない。しかしそれは、逆に言えば、この子供が後の歴史を変える存在であるともいえるのだ。

〝修理屋〟が言ってた……修理を試みても、あるのは悲劇と絶望だと。だから、この子供の生存は、結果、歴史にとっては悲劇と絶望なのかもしれない。

 しかしダッツはその絶望への奇跡を、尊く思えた。

 幼いころから、人に触れれば殺してしまう特異な能力を持っていた彼は、忌み子と呼ばれて社会から抹殺された。誰にも歓迎されない人生を歩み、歴史に悲劇と絶望をもたらしてきた。

 それでも生きた。結果が、悲劇の歴史へと時代を変える存在を生きながらえさせる悲劇であるなら、これほど自分に似合った結末もないじゃないか。

 だから生きろ。生きてほしい。……ダッツは、動く左腕を持ち上げ、彼の手を求めた。

「誰にも望まれなくても……生きなさい。いずれ歴史の方が貴方を求めることになる」

 その手を握りしめ、叫ぶサマリー。

「生きるよ! 感謝する!! だがなぜお主が死なねばならん!!」

「一つ、賞金稼ぎの基本を教えましょう」

 ダッツは苦しげに、だが正確に言葉を伝えようと唇に気を遣う。

「賞金稼ぎは、賞金を稼ぐこと、自分が生き残ること以外は、考えてはならない」

「お主はそうではないではないか!!」

「だから死ぬんです。……俺のような賞金稼ぎは失格です。立派な賞金稼ぎになりたいなら、こんなことをしちゃいけないということを忘れないでください。……さぁ、早く行きなさい」

 ダッツが急かすのは、サマリーよりも鋭敏な耳が、増援の足音を聞き分けたからだ。

「いいか。お前が、次の俺になるんだ」

 急に荒くなった言い方で、逆に少年は納得したようだ。彼は尊敬すべき賞金稼ぎの手を握りしめたまま、

「必ず、お主のような賞金稼ぎになる! お主のように強い人になってみせる!!」

 そして、脇目の振らずに走り出す。その、小さくなっていく背中を見てようやく……あれと関わってしまったことが一番の不運であったことに気づいていた。いや……

 ……あるいは、最初で最後の幸運だったのかもしれない。

「オトモダチねぇ……」

 ダッツウェルは迫る足音を聞きながら、改めて、笑っていた。

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